最近ここは賑やかになった。
晃司が連れて帰ってきたプログラムの優勝商品、無神要あらため、朔夜が現れたからだ。

彼の人柄によるものか、周りの人間が大いに変わってきている気がする。

彼は興味深い人間で、行動・発想ともにオレの予想を軽く凌駕する。
第一に見ていて飽きないのがいい。
そんな彼の日々の生活を観察し、ここに記そうと思う。



本人には無許可だが。




月と太陽――番外編――
~隼人くんの秘密日記~




●月×日

食堂に手を繋ぎながら、直人と朔夜がやってきた。

朔夜は晃司たち3人がいないとき、同室者のオレや俊彦、勇二のところにいることが多い。
(もっとも、勇二は酷く嫌がっているが、朔夜に押し切られる事が多い)
昨日は攻介も任務でいなかったからか、直人のところに泊まっていたらしい。
直人は少し前まで、朔夜が近づくと逃げていくような毎日を繰り返していた。

男相手に動揺することも無いと思うのだが、女ですら持ち得ない天性の美貌で微笑まれては無理もない。
もともとウブなところがあった直人は、朔夜の「好き好き攻撃」に耐えられず、逃げてしまい、追いかけっこが始まった。

その逃亡っぷりは見事で、日が経つにつれ巧妙なものになっていた。
最後のほうでは、オレでも気付かないほど遠い所にいる、朔夜の気配を敏感に感じ逃げ出すという鋭さを見せた。
裏で動く工作員としての活動が多い直人にはいいスキルアップだろう。

一昨日から、遂に捕まったのか、慣れたのか、一緒にいるようになった。

顔が赤いし、俯きがちだが、その手を振り解かないところを見ると、満更でもないのかも知れない。
このまま彼が、朔夜に走らず、女に走れるといい。

ああ、雅信が噛み付きそうな目で睨んでるな。
一騒ぎありそうだ。やれやれ……。





●月◆日

今日は朔夜はオレの部屋に泊まる事になった。
朔夜が風呂に入ってる間に、薫が意味深な笑顔でやってきた。

「君に見てもらいたい物があるんだ」

そう言ってやつが取り出したのは一冊の本。薄いA4サイズでご丁寧にカバーが付いている。
視線で問うと、同じように見ろと促されたので、本を開いた。絡み合う裸の男たち。
…………同人誌というものだった。
薫の交際相手の1人が描いているものらしい。

オレに見せてどうしろと?

しかも目次には「晃司×朔夜」の文字。
ますます薫の意図がわからず見ると、

「2人はどこまで進んでる? これくらいはしてるんだろ?」

とわざわざ最後のシーンを開いてオレに見せた。

色々と突っ込み所が多すぎで困るんだが、何故オレがそれを知っていると思うんだ薫?

朔夜がいなければ、納得がいくまでじっくり話し合うところだぞ?

オレが黙っていると聞くのを諦めたのか、本の感想を聞いてきたので、一気に本を捲り流し読みをして薫に返すさい、一言だけ述べた。

「風呂上りの朔夜はこれの3倍は色っぽいぞ」

何故か腹を立てて部屋から出て行った。なんに対しての怒りだ?

「隼人ー、上がったよー」

……風呂上りの朔夜を見て、オレは薫に言った発言を訂正したい衝動に駆られた。
せめて5倍と言っておくんだった。





●月▲日

ロビーで朔夜が楽しげにメールを打っている。
聞いたところによると、あの名前からしてカタギには思えない陸軍の鬼龍院大佐とメル友になったそうだ。
あの厳つい顔で、顔文字や絵文字を駆使し、とても面白いメールを送ってくるらしい。

朔夜は楽しんでいるが、それを知った晶の激しい驚きっぷりは記憶に新しい。
あの自信家で野心的な晶の「オヤジ……」と呟く哀愁漂う背中は、なんともいえなかった。
オレに見られたと気付いたときは、悔しそうに部屋に戻ってしまったが。

大佐のメールは軍の簡単な知識や彼の経験談などが送られてくるらしく、タメになると言っていた。
また遊ぶ約束をしたらしい。
大佐が、朔夜の親友のように、嘘を織り交ぜた軍の常識を語っていなければいいのだが。





●月▽日

海軍基地にて、仕事をしていると、見るからに機嫌の悪い柳沢大佐が扉を蹴破って現れた。

「おのれぇぇーーー!!! 鬼龍院のクソジジイめぇぇぇーーー!!!!」

同期をジジイ呼ばわりしても仕方が無いだろうに。

なんでも鬼龍院大佐に若くて優しい美人と、メル友になったことを聞かされたらしい。
瞬時に朔夜の顔が浮かんだが、あえて何も言わないでおいた。

相手は軍人でも、軍の関係者でもないが、素性も知れてるし、情報を漏洩する恐れもない人物。
なので、遠慮なく軍のことで愚痴ったり、励ましてもらったり、遊ぶ約束をしたりと楽しくメールの遣り取りをしていると自慢されたらしい。

その話を聞いて、オレは今すぐにでも特別施設に戻りたいと心から思った。
ぜひ朔夜にそのメールを拝見させてもらいたい。

大佐が知り合ったという美人も羨ましい様だが、何よりメル友が出来たと自慢されたのが悔しかったようだ。
確かに、この人たちとメル友になろうなんて思う人間はまず軍の中にはいないだろうな。

出会い系サイトにでもアクセスし、メル友を作ったらどうかと注進してみた。
顔も素性もわからん奴とメールを遣り取りしてどうすると怒鳴られた。
テロリストが出会い系サイトにアクセスしているとは思わないが、素性の知れない人間に、軍の話は出来ないだろう。

他に話のネタもないだろうしな。

その後暴れられて大変だった。始末書の数が増えた。
自分の部下とメル友になろうと考えなかったことだけでも不幸中の幸いだと思っておこう。





●月☆日

朔夜が晃司の長髪を梳きながら言った。

「この髪邪魔じゃない?」
「問題ない」

晃司の返答はそっけなかったが、誰かに踏まれたらどうするんだとか、爆発に巻き込まれてチリチリになったらどうするとか、
風が吹いたとき大変だろうと言い募り、
晃司の髪を結ばせる事に成功した。

朔夜が言ったような状態の晃司を想像し、ふと思考の海に沈んだ意識が浮き上がってくると、崩れ落ちた朔夜の姿が。

「どうかしたのか?」
「……結べない」
「は?」
「晃司の髪……サラサラキューティクル過ぎて結べないんだ!!」

軍の支給石鹸で髪洗ってるくせに、サスーンクォリティが高すぎるだろ!と朔夜が叫んだ。

…………せめてシャンプーを使え晃司。

というか今までもこの部屋の風呂ではシャンプーを使わず、石鹸を使っていたのか?
だから石鹸だけ減りが早かったのか。
どうでもいいことだが、確か薫の愛用シャンプーが「ビダル」だった気がする。

なぜ朔夜がそんなことを知っているのか追求したいところだが、髪を結んだ途端、スルスルと滑り落ちていくゴムに気を取られた。

「くっ! 本人だけでなく、髪まで頑固者か!!!」

俺は負けない!と漫画のような台詞を言うと、猛然と晃司の髪に挑み続けた。

しかし、相手は高尾晃司。彼の髪も、普通ではなかった。

何度ゴムで縛っても、スルリとゴムは抜けていく。
結ぶときに朔夜が髪を手に取る時も、油断していると朔夜の手から流れ落ちてしまうのだ。
しかも晃司が時々動くので、その度に朔夜の悲鳴が生まれる。

5時間程時が流れた。

「できた……!」

感極まった朔夜の声に、オレは読んでいた本から顔を上げた。
晃司の長い髪が、高く結い上げられていた。

「やったな! 朔夜!!」
「すげぇよおまえ!!」
「……本当にやったんだな」
「おめでとう、朔夜」

いつのまにかギャラリーが増えていて口々に祝いの言葉を送っている。
一部呆れているやつもいるが。

朔夜の気も済んだ事だし、食堂に行こうと全員が動き出した。
腰を屈めていた朔夜はうーんっと声をあげ、軽く背を伸ばしていた。
5時間も座り続けていてダルくなったのか、晃司も立ち上がって軽く身体を動かした。

パサッッ

時が止まった。

晃司が軽く首を動かすと、髪を縛っていたゴムが流れるように滑り、落ちた。
あの静寂と気まずい空気は今でも忘れられない。

いたって冷静に落ちたゴムを拾い、晃司はそれを朔夜に渡そうとした。

「落ちたぞ」
「~~~~~~ッッ!! 晃司の馬鹿ーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!」

叫ぶとダッシュでどこかへ行ってしまった。

晃司は特に動揺することもなく、秀明に視線を移した。
秀明は溜息を吐くと、朔夜を追いかけていった。
その背中はオレに中間管理職の悲哀を感じさせた。

そのあとからずっと、珍しい事に朔夜は秀明にくっ付いたまま、誰とも口を利かなかった。





●月★日

部屋に朔夜が飛び込んできた。

「勝負だ! 晃司!」

突き出した拳に握られているのはカラフルなリボン。
晃司はその拳に目をやり、次いで朔夜を見る。

「いいだろう」

戦いの火蓋が気って落とされた。朔夜のリベンジの始まりだ。

オレは前回と同じく、無表情の晃司の後ろへ回り、髪を纏め始めた朔夜に感心した。
あの晃司の後ろを取り、無傷で済むのは朔夜くらいだろう。

晃司に声をかけ、無視された男がしつこく呼び止めようと髪に触れようとして、殴り倒されたのをオレは知っている。

「無断でオレの後ろから手を出すからだ」

本人は全く悪気なくそういったそうだ。
戦闘慣れしている人間にとって、後ろから伸ばされる手に警戒しない奴はいないだろう。

……っと、考え事をしている間に、髪は結び終わったらしく、長い三つ編みが1本出来上がっていた。

なんともシュールな光景だ。

似合っていないわけでも、悪いわけでもないんだが、あの晃司が三つ編みをしていると言うだけで、込み上げてくるものがある
朔夜は一仕事終えた職人のような爽やかな顔で、編み込むことに成功したリボンにご機嫌だ。
ついにやったな、おめでとう。

「武器としても使えそうだよね」
「そうか」

晃司のその一言に、弾かれた様に朔夜は立ち上がった。

「充電が切れる! 志郎を補充しなくっちゃ!!」

という謎の言葉とともに、慌てて部屋から出て行った。
……充電式だったとは知らなかったな。
晃司の三つ編みに、エネルギーを使い果たしたのだろうか?

うっかり朔夜の思考に染まりかけたオレは、飛来する何かの気配に後ろへ飛んだ。

ヒュン。

風を切る音と共に、晃司の長い髪が襲ってきた。

「……なんのつもりだ?」
「朔夜が武器として使えそうだと言っただろ? 試している」

朔夜はコレに感付いて逃亡したのか!!

三つ編みにした髪で襲ってくる晃司。髪は鞭のようにしなり、オレに迫ってくる。
勿論、髪だけで攻撃してくるのではない。
オレは晃司の攻撃(+髪)を避けながら、胸中で朔夜に恨み言を呟いた。




この寝る前の軽い運動とは言えない時間は、
晃司が「悪くない」というまで続けられたことをここに
明記しておく。





あの髪は今後、晃司の任務で意外な活躍を見せる事だろう。





NEXT・・・・・・?


月と太陽の番外編です。
しかも今回は隼人がメインですね。うちのオリキャラの中でも特に主要人物なんですが、いつも二番手にまわっている隼人ですが、そんな彼の私生活を……って、日記書いてたのね。
まあ、隼人はあのとおりのしっかりした性格なので日記書いててもおかしくないでしょうが……
問題は中身ですよ、中身!!あんた何かいてるのッ?!!
生みの親の私でも、そんな性格なんて知らなかったよ(汗)って感じです。
それより薫と鬼龍院……似合いすぎて怖いです。

けむけむさま、素敵なギャグありがとうございました。
次回作楽しみにしてます。