ドラマチック・ラブストーリー



「ふ~。サッパリした~」

玲は、タオルで濡れた髪を拭くとバタッとベットの上に寝転んだ。

ちなみにここは玲の部屋で、この屋敷は大浴場(しかもかなり広い)もあるが、個室には個人用の浴室もあるのだ。
でもって玲は、自室の浴室で部活でかいた汗を洗い流したというわけだ。
ついでにいうと、今は夏休みである。

(兄さんと父さん、今頃どうしてるかな~。海外って言ってたけど、どこだろ?)

しかし、本当にどこの海外へいったのだろうか?海外なんてたくさんあるというのに。

玲は、ぼんやりと昨日海外に出かけていった兄と父のことを考えた。
自分を置いて二人だけ海外に出かけて言ったのは、少し―――いや、かなりムカつくが、やはりいないとなると気になった。
それに、一人(使用人はいるが)で留守番はかなり退屈だった。

そんな玲の耳に、携帯の着信音が聞こえてきた。

(ん?このXファイルのテーマは、父さんからだな)

玲は、今年の夏は、着信音を怪奇系の着信音にしているのだ。
Xファイルのテーマ(海外ドラマ『Xファイル』)がその一つである。
ちなみに、かけてくる相手によって着信音が異なる。
例えば、玲の父ならXファイルのテーマ。兄ならエクソシストのテーマ(映画『エクソシスト』)。
北斗ならfell like "HEAVEN"(映画『リング』)。雄平なら死の着信メロディ(映画『着信アリ』)。
蒼天なら世にも奇妙な物語のテーマ。五月ならMystic Antipue(ドラマ『トリック』)だ。
なので、夜眠っているときに着信音がなると、かなりドキッとくる。

「もしも~し」
『俺だ。お前一人を置いていって悪かったな。元気でやってるか?』
「元気だよ。ていうかさ、どこからかけてんの?」
『……気にするな』
「(何だ?今の間は)用がないんなら切るぞ?ついでに親子の縁も切ってやる」
『待て。落ち着け、落ち着くんだ、玲。用があるから電話をしたんだ』
「じゃあ、用件を言ってよ」
『せっかちな奴だな。俺はそんな風にお前を育てた覚えは……』
「切るから。じゃあね」
『待て。用件を言おう』
「じゃあ、早くして」
『(反抗期か?)単刀直入に言うと、明日あたりに将来、桐山家に嫁いでくる人がくるから、きちんと応対しろ。以上だ』

ピッ。ツーツーツー。

「切りやがった(怒)」




―――翌日。

メイドA「ねぇ、聞いた?今日は、桐山家に嫁ぐ方がいらっしゃるそうよ」
メイドB「知ってるわよ。けど、どちらの婚約者かしら?」
メイドC「やっぱり、順番を考えると、長男の和雄様の方じゃないかしら?」

そんなメイド達の楽しそうな会話を偶然、玲は立ち聞きしていた。

(ふ~ん。兄さんの婚約者ってどんな人だろう?)

婚約者がどんな人かはわからないが、相手はあの兄だ。
大抵の女性なら文句は一切ないだろう。
しかし、何故兄がいない日にわざわざ来るのだろう?

とにかく、玲はその兄の婚約者がどんな人か興味がわいてきた。




「はじめまして、冬宮緋雪です」

兄の婚約者が到着し、玲は、ほぼ100%近く興味本位で出迎えた。
相手はどうやら、自分より少し年上らしい。

「こちらこそ、はじめまして。桐山家の次男の桐山玲です」

今の玲は、表面上は普段となんら変わりはないが、その心の中はかなり戸惑っていた。

(ずごい、綺麗な人だ)

玲は内心、兄の婚約者・冬宮緋雪に対し、心ときめいていた。
何故なら、相手はすごく美人で、その上、物凄く自分の好みのタイプなのだ。
ふと玲は、彼女が兄の婚約者ではなく、自分の婚約者なら良かったのにと思ってしまった。

(って、何考えてるんだ、俺は)

玲は、その考えを自分の頭から強制的に排除した。




玲は、緋雪がいる部屋の前まで来ていた。
緋雪は、どうやら十日ほど泊まるらしい。

本当なら、緋雪に対して妙な気持ちを持たない為にも、関わりたくはない。
しかし、やはり十日も同じ家(というよりも屋敷)にいるのに関わらないというのもかなり気まずい。
それに、未来の義姉になる人なのだから、それなりに仲良くしなければならないだろう。
だから、緋雪とどこかへ出かけようかと、誘いに来たわけだ。

しかし、それは言い訳ではないのか?
本当は、だた個人的に緋雪と一緒にいたいだけなのでは?

(まさか……な)

そう思いつつも、玲は緋雪が気になって仕方がなかった。




「水族館に行くのなんか、はじめて」
「え?そうなの?」

玲は、緋雪の言葉に驚いた。
しかし、やはり緋雪も良家の令嬢なのなら、箱入り娘でも仕方がないだろう。

(やばいな)

玲は、始めていく水族館に心躍らされて、無邪気に微笑んでいる緋雪をすごく可愛いと思ってしまった。
もしかしたら、出かけたのは失敗だったかもしれない。
そんな可愛い表情を見たら、本気になってしまいそうだ。




「うわ~、綺麗」

緋雪は、巨大な水槽の中にいる色とりどりの魚達に見入っていた。

「あっ、エイがいた。マンボウも。……あっ、こんなところにヒトデが」

緋雪は、無邪気にはしゃいでいた。

どうやら、本当に水族館にくるのははじめてらしい。
無邪気のはしゃぐ緋雪が、すごく微笑ましくて、可愛かった。
それに―――――

(魚よりも、緋雪さんの方が綺麗だ)

しかし、そう思った途端、玲はその考えを頭から消した。

(何考えてるんだよ、俺は)

緋雪は、兄の婚約者だ。だから、その緋雪のことが好きになるのは、完璧な兄に対する裏切り行為に他ならない。

そんなことを考えている玲の手に、ふと暖かくて柔らかな感触がした。

「ねぇ、もうすぐペンギンのショーが始まるんだって、いこう?」
「えっ?あ、あぁ」

その感触は、緋雪の手だった。何と、いつの間にか緋雪に手を握られていたのだ。
普段の自分なら直ぐに気付くというのに。それだけ、思い悩んでいたということだろうか?

玲は、緋雪の手の体温と感触、そして、邪気のない笑顔に心臓が高鳴っていた。




それからは、ほぼ毎日玲は緋雪と出かけた。
玲は、緋雪とはできるだけ関わりたくなかったが、緋雪が誘うので、どうしても断れなかった。
おそらく、緋雪は未来の義弟と仲良くなろうとしているのだろう。玲はそう思った。
そして、その考えると妙に胸が痛い気がした。
結局、自分と仲良くするのは、婚約者である兄の為なのだ。

一緒に映画や遊園地にいったり、ショッピングにいったり、端から見たらデートしているようにしか見えないだろう。
しかし、その中身はまったく違う。玲は、これが本当のデートならいいのにと思っていた。
緋雪と一緒にいるたびに玲は、緋雪のことが好きになっていった。
もしかしたら、今はもう本気になってしまっているのかもしれない。




そんなある日―――。

玲は、部活の帰り道をぼちぼちと歩いていた。
その表情は、心成しか寂しげだった。

(今日、帰るんだな)

玲は、今日一日中、緋雪のことばかり考えていた。
その所為か、部活中に自分に向かって飛んできたボールに、ボーとして気付かずに当たってしまったりなどして大変だった。
ちなみに、そのボールを誤って玲に当ててしまった部員は、恐ろしいほどの満面の笑顔の北斗にどこかへ引きつられて行ったらしい。
その部員は、恐怖に歪んだ表情と、まるでホラー映画のヒロインのような悲鳴をあげていたらしい。
しかも、間の悪いことに、蒼天は怪我をした部員の手当てで保健室に行っていていなかった。
雄平も、母親が今度は夏風邪をひいてしまったらしく、その看病で部活にはいなかった。
つまり、そのときの北斗を止められる人間は、誰一人としていなかったのだ。
余談だが、その他に部員は涙を流しながら、北斗に引きつられて行ったその部員の冥福を祈っていたとかいないとか……。

しばらくすると、北斗が一人で戻ってきた。しかし、いつまでたってもその部員は、部活に戻ってくることはなかった。
そして、原因は不明だが、北斗の着ていた白い半袖のTシャツに赤い絵の具のようなものがついていたとか、いないとか……。

「玲君」

玲が、ぼんやりと歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
その声は、玲が今まで考えていた人の声だった。

緋雪さん」
「エヘヘ、迎えにきちゃった」

緋雪は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

思った。自分は、やっぱりこの人を―――緋雪さんを兄には渡したくないと―――。

「今日で帰るから、玲君とは中々会えなくなるね」

緋雪は、寂しそうに言った。

あぁそうだ。緋雪とはもうそう簡単には会えないだろう。
もしかしたら、次に会うときは兄と緋雪との結婚式のときかもしれない。

玲の脳裏に、純白のウェディングドレスを纏い、タキシードを着た兄の隣で幸せそうに微笑む緋雪の姿が思い浮かんだ。
そして思った。確かに思った。緋雪のそんな姿は見たくないと―――。

「…え?」

気が付いたら、緋雪を引き寄せて抱きしめていた。
そして―――

「……ん……」

緋雪の唇に自分の唇を重ねていた。

唇を離すと、再び緋雪を抱きしめた。

「……兄さんには悪いけど、好きなんだ。もし、緋雪さんが兄さんと結婚するなら、きっと攫ってしまう。
もう、どうしようもないくらい、緋雪さんが……緋雪が好きなんだ」

玲は、強く緋雪を抱きしめた。

玲の言葉を聴くと、緋雪は玲の背に手を回して、抱きしめ返した。

「私も、玲君のこと好きだよ」

信じられなかった。もしかしたら、自分に都合のいい幻聴なんじゃないかと思った。

「本当だよな?幻聴じゃないよな?」
「うん。本当だよ。私も玲君が好き。大好き。ううん。愛してる」

幻聴じゃなかった。
玲にとって、今まで生きてきた中で一番幸せな瞬間だった。
しかし、それと同時にある不安が襲ってきた。

(兄さん、怒るかな?)

玲の脳裏に兄が、自分にイングラムM10サブマシンガンの銃口を向けている光景が映っていた。
想像した途端、玲はその恐ろしさにゾッとした。
しかし、もう後に引けない。元より引く気もない。
掴んだこの幸せを守るためなら、兄との修羅場も覚悟の上だ。

(兄さんには絶対に渡さない。マシンガンだろうが、ロケットランチャーだろうが、バズーカ砲だろうが、
戦車だろうが、核ミサイルだろうが持ってこい。絶対に負けない)

玲は、緋雪と抱きしめあいながら、悲愴な決意を固めていた。



一方、そんな二人を物陰から見詰めている二つの影があった―――。

「見ろ和雄、やっぱり玲はああいうタイプが好みだったんだ。オレの目に狂いは無かった。よかったな」
「ああ、だがどうして最初から玲の許婚だと言ってやらなかったんだ?おかげで変な噂が流れたし」

何と、二人と見詰めていた影は、玲の父・桐山涼雅と玲の兄・桐山和雄だった。
ついでにいうと、海外に行ったというのは真っ赤な嘘。
本当は、二人で出かけたりなどする玲と緋雪をずっとストー……じゃなかった。見守っていたのだ。
ちなみに、桐山の言う「変な噂」とは、緋雪が桐山の婚約者ということの他に、
桐山と玲の緋雪を挟んだ三角関係というのも噂になっていたのだ。

「分からない奴だなぁ……最初から障害がない恋なんて面白くないだろ。
オレは息子にはドラマチックな人生を送ってもらいたかったんだ」

涼雅は、我が子の成長が嬉しいと言わんばかりの表情をしていた。

桐山は、そんな父に呆れながらもとんでもことを言った。

「あの様子では、玲は近いうち婿に行ってしまうのだな。寂しくなるな」

桐山は、ポツリと呟いた。その表情は心成しか寂しげだった。

「和雄、玲が婿に行くとはどういうことだ?」

涼雅は、桐山の言葉に怪訝そうに尋ねた。

「知らないのか?彼女は一人っ子で、跡を継ぐ男がいないから、婿を取らなければならないことを」

桐山の悪気も悪意も一切ない言葉に、涼雅はかなりの衝撃を受けた。

「な、何だと!!?……冗談じゃない!!!誰が可愛い息子を婿になどやるかーーーー!!!!
婚約なんか破棄だ、破棄!!!絶対に認めん!!!!」

親馬鹿―――もとい馬鹿親全開の涼雅に、桐山は本当に心底呆れていた。

そして、桐山は気付いていた。
自分達の数十メートル後方に―――――

「おめでとう玲。君が幸せなら僕は満足だよ」

と言いながら、涙を流す奈名瀬北斗の存在に―――。




まあとにかく、それから数年後。
玲は、無事に冬宮家に婿入りしましたとさ。
メデタシメデタシ。

「めでたくなーーーーーい!!!!!!!(By 涼雅)」




昼顔さまから頂きました、昼顔さまのオリキャラの桐山玲夢です。
もしも尊敬する兄の許婚に恋してしまったら…と、いうシチュエーションで。
しかし、その実態は息子にドラマのある(障害のある)恋をさせてやろうという親バカだったというオチでお願いしたんです。
桐山父見事なまでに親バカぶり発揮してくれました。
そしてバイの北斗くんの存在も大きいです。
北斗も昼顔さまのオリキャラです。詳しく知りたい方は昼顔さまのサイト『夢鏡』で連載のオリバト混合を読んでください。
昼顔さま、いつも素敵な作品をありがとうございます。これからもよろしくお願いします。