I never had any friends later on
like the ones I had when I was fourteen.
Jesus, does anyone?
あれから、もう何年もたつんだな。
オレと典子がこの国に来てから何年も。
あの頃、オレたちは何も考えずに生きていた。
でも、今は……。
あのころ僕達は・・・
「……慈恵館。ここだ」
小さいけれど温かみのある建物。
子供達の笑い声が聞こえる。
それだけ、ここを管理している人間が温かい人柄だということだろう。
「あら、どなた?」
その優しげな声。振り向くと美しく優しそうな、そうまるで有名な絵画でみるような聖母のような女性が立っていた。
「あ、あのオレ……」
その青年は少々赤くなりながら俯いたが意を決したように言った。
「オレ中川っていいます。中川典幸」
「中川くん?」
最初はきょとんとしてたが、数秒後にその女性はハッとして青年の顔を見詰めた。
「……15年前、こちらの七原くんとプログラムを脱出した中川典子の弟です」
「でも本当に驚いたわ……中川さんの弟さんが尋ねてくれるなんて……。
なんて言ったらいいのか……」
良子はお茶を差し出しながら途惑っていた。
あの事件は本当に酷いものだった。良子自身も危害を加えられ一生消えない傷になった。
でも、彼女の……中川さんの肉親はずっと辛い思いをしたことだろう。
愛する娘が生きているのか死んでいるのか……それすらわからないのだから。
「……秋也くんも、どこでどうしているのか」
いい子だった……本当にいい子だったのに……。
「先生?」
典幸はオロオロとした。それもそうだろう、良子の目から涙が溢れていたのだから……。
「……ごめんなさい。秋也くんのこと思い出して」
「わかります。オレも……ねえちゃん……姉のことを考えると……。
色々、悔やむこともあるんです……もっと姉を大事にしてやっていたら……とか。
あの日も……あの修学旅行の日もオレは……」
今度は良子がハッとした。もう、いい大人といってもいい典幸が泣き出したのだから……。
「姉が……姉が帰ってこないのはオレのせいだから……。
オレが『姉ちゃんなんか帰ってくるな!!』って言ったから……
……だから……だから……姉ちゃんは、姉ちゃんは……」
――15年前のあの日――
「秋也くん食べてくれるかな?」
『美味しいよ典子さんはお菓子作りの天才だな』
そんな都合のいい妄想が脳内を駆け巡る。よーし頑張るぞ。
典子はいつになく張り切っていた。その時、せっかく作ったクッキーに手が伸びている。
「あ!こら典幸!!」
「いっただきまーす」
「何てことするの!!それは大事なものなのよ!!」
「なんだよケチ。クッキーくらいいいじゃないか」
「ダメよ。これだけはダメ」
典幸はムッとした。最近、姉がやたら乙女チックなふけり方をしていることには気付いていたが、やっぱり好きな男ができたのだろう。
それにしたって弟に対してこの仕打ちはないんじゃないのか?
一度だって姉ちゃんオレにクッキー作ってくれたことあるのかよ?
どうせ、その男には『弟に作ってやったついで』とか言ってやるつもりなんだろ?
「ちくしょぉ!!姉ちゃんのバカ、アホ、おたんこナス!!」
「な……ば、ばか?」
典子は目をぱちくりさせていた。
「何だよ、暇さえあれば秋也くん秋也くんって」
「ど、どうして……どうして」
どうして、あたしの好きな人の名前知ってるのよ!!
「知ってて当然だよ!!『秋也くん、食べてくれかな』って鼻歌歌いながらクッキー作ってたのどこの誰だよ!!」
うかつだった。典子は耳まで真っ赤になった。
「何だよ、何だよ!!最近オレのことはちっとも相手してくれないくせに!!
姉ちゃんみたいに計算高い女になびく男なんかいるもんか!!!
姉ちゃんなんかふられちまえっっ!!!!!」
「何てこと言うの典幸!!謝りなさいよ!!」
「うるせえ!!姉ちゃんのチビ、ブス、ブリッコ!!!
姉ちゃんの顔なんかもうみたくないよ!!!
修学旅行にでも何でも行けよ、もう二度と帰ってくるなよ!!!
姉ちゃんがいなきゃオレだってせいせいするんだからな!!!」
思う存分暴言を吐くと典幸は部屋に駆け込んでいってしまった。
それは小学生にありがちな些細な売り言葉だったのかもしれない。
典幸は正直言って面白くなかったのだ、姉が恋に夢中になっていることに。
小さな男の子の可愛いヤキモチだったのだ。
でも結局、典子とは仲直りしないまま、典子は修学旅行にでかけてしまった。
部屋のドアの前に小さな包みがあった。
『さっきはごめんね。帰ってきたら一緒に遊園地に行こうね』
そんなカードが添えられたクッキーが。
次の日の朝、目覚めたら両親が泣いていた。
典幸はすぐに姉に何かあったのだと悟った。
でも両親はまだ子供の典幸には何も話してくれなった。
そして典子はそれっきり帰ってこなかった――。
「……オレが帰ってくるな、なんて言わなければ……
姉ちゃんは……こんなことには……」
「何言ってるの?それとこれとは関係ないわ。
中川くん、お姉さんの不幸の原因はもっと別のことにあるのよ」
「……両親もそう言いました。でもオレはそうは思えなかったんです……」
わかっている。国が決めたこプログラムのことは。
それでも心の中でもやもやが続いていた。
あの夜ケンカをして、典子と仲直りせずに別れたことに。
典幸の中ではずっと続いていたのだ。
この15年間、ずっと――。
「……すみません。本当はこんなこと言う為に来たんじゃないんです。
オレは15年間、姉とケンカ別れしたままだったことをずっと悔やんできました。
15年間、姉のことを考えると苦しくてたまらなかったんです。
それが、やっと……昨日終わりました」
典幸はそっと鞄から手紙をとりだした。
「今日、お伺いしたのはこれを先生にお見せする為だったんです」
良子は恐る恐る手紙を受け取った。
『お父さん、お母さん、典幸、お元気ですか?
心配かけてごめんなさい。私は元気ですから、どうか安心してください。
私と秋也くんはアメリカに無事に亡命し、人権団体の方のお世話で言葉も覚え学校にも通わせてもらえました。
今では田舎の小さな町で幸せに暮らしています。
この国にきて、友達も大勢出来ました。それに私のことを理解してくれる人も。
その人と二年前、結婚しました。子供も一人います。
お父さんとお母さんのように温かい家庭を作ります。
私は大丈夫です。だから、どうか私の心配はしないでください。
お父さん、今年で定年退職ですね。今まで真面目に働いてきたんだから今度はゆっくりしてください。
お母さん、色々迷惑かけてごめんなさい。お母さんに教えてもらったお料理、今でもちゃんと作ってます。
典幸、あなたの成長した姿みたかった。あなたの名前の通り、どうか幸せな人生送ってください』
ああ、そうか……終わったというのはこのことか。
「よかったわね。お姉さん無事で」
「はい……姉ちゃん、反政府活動をしているひとと偶然会って、その手紙をそのひとに託したんです。
その続きも読んでみてください」
良子は再び手紙に目を通した。
『先日、驚くひとに再会しました。秋也くんです。
その時、手紙を預かりました。どうか、秋也くんの大切な良子先生に渡して下さい』
良子は目を丸くした。手紙の中には、とても手紙とは思えないメモ用紙の切れ端が入っていた。
小さなメモ用紙の切れ端……でも、びっしり字が書き込んでいた。
小さな字で、裏表隙間がないくらいびっしり……。
『良子先生、お元気ですか?連絡もせずに心配かけてすみません。
これが先生のもとに無事に届けばいいのですが。
オレは今、オレたちの敵である大東亜共和国と戦っています。
戦うといっても平和的な戦いです。
この国にきて、オレは国連に携わる仕事をしている弁護士の方と出会いました。
そして、そのひとから法律の勉強を教わることになったんです。
かつて父が戦ったように、オレも政府と戦う為に。
大東亜共和国の非道な行いは国際的に問題になっています。
オレに法律を教えてくれた先生は、国連にそのことを訴えて大東亜共和国を変えようとしているんです。
オレはそのひとと一緒に、その運動に人生をかけることにしました。
死んだ両親の為、良子先生の為、大東亜に殺された慶時やクラスメイトの為
そして、大東亜共和国に生まれた全ての人の為に』
秋也くん……。
『先生、もう一つ先生に知っておいてほしいことがあります』
良子は封の中に一枚の写真が入っていることに気付いた。
『オレの恩師の娘さん……今ではオレの妻なんですが、彼女との間に生まれた娘です。
本当は先生に真っ先に知らせて抱いて欲しかった。
妻が妊娠した時、オレは決めたんです。
もし、生まれたのが女の子ならオレが一番尊敬しているひとから名前をもらおうと。
見てください。オレの大事な娘「良子」です』
秋也くんっ……!
『先生のように控えめで芯の強い立派な女性になるように。
そう願って名づけました。
オレはいつか必ず帰ります。この国に、先生に会いに。
どうか、それまで元気でいてください』
「……手紙、先生に届いたかな」
七原は窓から空を見上げていた。
「……慶時……川田……委員長……」
空を見た。雲一つ無い青空を――。
「……三村、杉村、豊……」
空に浮ぶ。みんなの顔が……友達の顔が。
いや、友達だけじゃない全てのクラスメイトの顔が……。
みんないい奴だった……本当にみんないい奴だった。
本当に悪い奴なんて一人もいなかった。
オレはそう信じている。
信じているから戦えるんだ。
二度と、あんな悲劇を生み出さない為に――。
「パパ、パパ。支度まだぁ?」
「あなた早く。良子が待ちくたびれてるわよ」
「ああ、今行く」
七原は作成していた書類に印をおした。
「これで良し……と。……ん?」
ヒラリ……何かが机の上から床に落ちた。
「……15年か」
それは……七原が国を出るとき持ってきたたった一枚の写真。
この15年、ずっと持っていたもの。
クラス写真だった――。
「…………」
七原はそれを机の上におくとペンを出した。
そして写真の隅に短い一文を書き記した。
「パパ、早く」
「ああ、すぐに行くよ」
そして上着を取ると部屋をあとにした。
その写真にはこう書かれていた。
I never had any friends later on.
like the ones I had when I was fourteen.
Jesus, does anyone?
~END~
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