その日、杉村は急いでいた。
「大変だ。急がないと貴子に怒られ‥‥」
廊下の角。曲がった途端、頭に星。そして激痛。
「‥‥痛ぇ‥おい、どこ見て走ってるんだよッッ!!」
「す、済まない‥‥」
杉村、そしてぶつかった相手はお互いを見た。そして‥‥。
「「何で、オレが目の前にいるんだッッ!!!!!」」
同時に叫んだ‥‥。
どうやらぶつかったショックで中身が入れ替わったらしい。
最大の悲劇は‥‥相手が新井田和志だったことだった。
Who?
「クソ‥‥新井田の奴、どこに行ったんだ?」
あれからどうなったかというと、二人はすぐに近くのトイレに入った。
そして鏡で自分の姿を確認。
と、次の瞬間、新井田(肉体は杉村)は猛スピードでどこかに行ってしまったのだ。
「弘樹の奴遅いわね」
「貴子ぉぉぉーーーーー!!!!!」
「やっと来たわね」
「た・か・こぉぉーー!!!!!」
ピシッ‥!瞬間貴子の第六感が目覚めた。
バギィ!!
そして杉村の右頬に貴子の左ストレートが見事に決っていた。
「うげぇ‥‥な、何するんだ貴子ッ!!!」
ハッと我に返る貴子。
「オレだよオレ。大事な幼馴染の顔忘れたのかよッ!!」
「ご、ごめん弘樹‥‥なんでかわからないけど、今あんたから新井田みたいなおぞましいオーラを感じたのよ」
ギクゥッ!!
(す、鋭い!!さすがはオレを毛嫌いすることにかけては右に出る者ものがいない女・千草よ!!
だがオレもこのまま引き下がれないぜ。せっかくのチャンス、せめて胸くらい揉まないと)
「なあ貴子。久しぶりに、どこか静かなところで二人っきりにならないか?」
「‥‥どうしたのよ弘樹。なんか目がいやらしいわよ」
「‥き、気のせいだよ。なあいいだろ?」
「‥‥別に構わないけど」
「貴子ぉぉーー!!!!!」
貴子はギョッとした。それもそうだろう。
この世で最悪の男・新井田が猛スピードで駆け寄ってくるではないか。
「だ、騙されるな貴子、そいつは‥‥」
「気安く、呼び捨てにするんじゃないわよッ!!!!!」
次の瞬間新井田の腹に貴子の回し蹴りが入っていた。
「新井田の分際で、あたしの名前を呼び捨てにするなんて、どういうつもりよ!!」
「ま、待ってくれ貴子ッ!!話を聞いてくれよ、そいつはオレじゃないッ!!
オレと新井田はぶつかったショックで中身が入れ替わったんだッ!!!!!」
なんですって?
貴子は杉村を見た。そう言えば、いつもの杉村と違う。
「な、何考えているんだよ貴子。そんな非現実的なことあるわけないだろ?」
「ふざけるな新井田!!こんなことして許されると思っているのか?!」
と、この騒ぎを聞きつけてクラス中の生徒たちがやってきた。
「おい、新井田。おまえ何叫んでるんだよ」
「ち、違うんだ三村!!信じてくれ、そいつはオレじゃなく新井田なんだよ。
オレたちは中身が入れ替わったんだ!!!」
「……はあ?」
「その証拠に、オレとおまえしか知らないことも知っているぞ。
三村、おまえ外国のアダルトサイトから無修正の写真ダウンロードしてるだろ?」
「……な、なんでおまえがそれを!!?」
「七原、おまえが好きなひとは部活の新藤先輩だ」
「に、新井田!!ろくに会話もしたことのないおまえが、なぜ!!?」
「豊、おまえ三村の命令で無修正写真を他校の生徒に売りさばいたことあるだろ?」
「……ど、どうして知ってるの?!!」
「国信、おまえの好きなひと中川だろ。七原に聞いたんだ」
「ばらすなよ!!……って、どうしておまえが?!」
「決まってるだろ、それはオレが……」
と、言いかけて杉村(身体は新井田)は固まった。
白い目でジーと見られていたからだ。
「……新井田、おまえがどうしてそんなこと知ってるのか知らないけど」
「……公衆の面前で……言っていいことと悪いことがあるってわからないのかよ」
「……酷いよ新井田。オレ傷ついた」
「……典子さんの目の前で……許せない」
「「「「新井田、校舎の裏でゆっくり話をしよう」」」」
「ま、待ってくれ!!本当にオレは杉村なんだよ!!」
「新井田、笑えない冗談はそれくらいにしろよ」
「に、新井田おまえ!!」
「なあ、貴子。こんな奴ほかってオレと一緒にどこかに行かないか?」
「貴子騙されるなっ!!そいつはオレじゃない新井田なんだ!!」
憐れにも杉村は三村たちに引きずられながらも尚も叫んだ。
「信じてくれ貴子!!他の奴に信じられなくてもいい!!
でも、おまえだけは信じてくれ!!おまえなら、わかってくれるだろ!!
貴子、お願いだ。わかってくれっ!!!!!」
「…………」
「全く、この期に及んで……帰ろうぜ貴子。なあ、おまえの家に行っていいだろ?」
「…………」
「どうしたんだよ貴子」
「……なんでもないわ」
「そうか、じゃあ帰ろうぜ」
新井田は図々しくも貴子の肩に腕を回してきた。
「……ちょっと弘樹、何するのよ」
「いいじゃないか。オレたち幼馴染なんだしぃ」
「…………」
――次の日――
「和志、どうしたの?変な子ねぇ」
杉村は新井田家にいた。
家に帰るわけにも行かず、仕方なく新井田の家に来たのだ。
息子の様子に新井田の母は多少気になった様子だったが、特に詮索もされなかった。
(……オレ一生このままなのか?一生新井田として生きるのか?
誰も信じてくれない。仕方ないよな、あまりにも非現実的すぎる……)
「和志、ちょっと和志聞いてるの?」
杉村はハッとして顔を上げた。
「クラスメイトだっていう女の子が来てるわよ。すごく美人の?」
「……クラスメイト?」
美人の……まさか!
「……この土手」
「覚えてる?」
「小学校の頃はよくおまえとここで遊んだ。そういえば川の中で転んで……泣いたこともあったよな」
「あんたって本当に昔は泣き虫だったものね」
「だから拳法ならうことにしたんだ。強くなる為に」
「そうね。でも、あたしから見ればまだまだよ」
「相変わらずキツイな貴子は」
それから杉村は真剣な表情で切り出した。
「……どうしてオレだとわかったんだ?結局三村やクラスメイトの誰も信じてくれなかったのに」
「わかるわよ。何年一緒にいると思ってるの?」
「……ありがとう」
「なぁ、千草ぁ。いつまでくだらない話してんだよ。帰ろうぜ」
10メートルほど離れた場所から新井田が話しかけてくる。
(貴子がそばに寄るなと言ったからだ)
実は新井田はというと、あの後貴子に手を出そうとして散々な目に合った。
「それにしても杉村ぁ、おまえって本当にいいご身分だったんだな。
今日、掃除当番だったんだけどうざいから旗上にかわってもらったんだよ。
『拳法大会優勝者のオレにさからうのか』ってちょっと脅してやっただけなんだぜ。
学校の奴等も、オレが『回し蹴りの練習台になりたいのか?』って、言えば言うこと聞いてくれるんだ。
おまえ、なんで今まで大人しくしてたんだよ。ちょっとしたことで人生バラ色なのに。
本当に無駄な人生過ごしてたんだな。これからは拳法の達人肩書き、オレが有効に使ってやるから安心しろよ」
「……なあ貴子。今、あいつを殺したら、自殺になるのか?」
「……あんたが手を出す前にあたしがやってるわ」
「……オレ、ずっとこのままなのかな……こんなことならやりたいことやっておけばよかった」
「……やりたいことって?」
「例えば……子供の頃約束しただろ?拳法の全国大会で優勝して、その賞金でおまえに薔薇の花束プレゼントしてやるって」
「そんなことまで覚えてたの?」
「……ああ、平凡だと思ってたオレの人生だけど……オレ幸せだったんだなって思った。
拳法習ってよかった……三村や七原と友達でよかった……何より……」
杉村は貴子の顔を見て笑った。その笑顔は新井田のそれとは違った。
「……何より、おまえと幼馴染で良かった」
「……弘樹」
「…………本当に良かった」
「弘樹」
「……何だ?」
「その顔じゃなかったら抱きしめてキスしてやりたいくらいよ」
「……とにかく考えましょう。きっといい解決方法があるわ」
「……ああ、でも新井田が協力してくれるとは思えない」
「そうね。あいつ、あんたになったことを利用して人生謳歌しているもの」
「まったく、杉村の奴、本当につまらない人生送ってたんだな」
新井田は自室(と、言っても杉村の部屋だが)で杉村の貯金通帳を眺めながらほくそ笑んでいた。
「無駄使いせずに貯金しまくって……金は使ってこそ価値があるんだ。
よーし、オレが盛大に使ってやろう。
あーあ、うるさい親はいないし。上手くいけば屋根伝いに千草の部屋に行けるし。
本当に、杉村の奴恵まれた人生送ってたんだな。
まあ、顔だけは以前のままのほうが良かったかな?
でも、オレはこれからは幸せな人生過ごせるんだ。ワクワクするぜ」
ふと見ると本棚にアルバムや日記が。
「暇つぶしに見てやるか」
『19○○年。長男弘樹誕生』
「ギャーハハハ、泣いてやんの、こいつ」
赤ん坊だから泣くのは当然なのだが、とにかく新井田は現在箸が転がっても笑えるほど楽しいのだ。
『城岩町に引越し。新居の前で記念撮影』
「ちっくしょー、この頃から千草のお隣かよ。美味しい思いしやがって」
『お隣の貴子ちゃんと』
「お、千草とのツーショットじゃんか。なんだよ殴られて泣いてるじゃないか。
赤ん坊の頃から頭が上がらなかったんだな」
『貴子ちゃんと一緒に入園式』
「千草とおてて繋いで入園かよ。なんだなんだ、また泣いてるぞ。
杉村の奴、泣き虫なガキだったんだな」
『初めての遠足』
「け、また千草と手をつないで歩いてやがる」
『卒園式』
「おいおい、また千草と園の前でおてて繋いで記念写真かよ。
入園式と一緒じゃないか。しかも、また泣いてるぜ」
『入学式』
「千草と校門前で記念写真か。……お、今度は堪えてるぞ泣き虫卒業か?」
『拳法道場にて』
「へえ、この頃から拳法習ってたんだ。……って、なんで千草がいるんだ?
こいつ、どこに行っても千草に面倒見てもらってんのかよ」
『拳法大会小学生の部優勝』
「……うれし泣きしてるぜ。……千草まで泣きそうな顔している。
そんなに嬉しいのかよ……」
最初は面白半分にアルバムをめくっていた新井田だったが、いつの間にか笑いが止まっていた。
『10歳の誕生日。お隣の貴子ちゃん彩子ちゃんとスリーショット』
『運動会。貴子ちゃん一位、弘樹二位。残念』
『お隣と旅行に。大仏前にて貴子ちゃんと一緒に』
『初めての修学旅行。貴子ちゃんと』
『卒業式。桜の木の下で貴子ちゃんと』
『中学校入学式。貴子ちゃんと校門前で』
『拳法大会県大会優勝。貴子ちゃんとツーショット』
「………………」
新井田は何気なく日記を開いた。余談だが杉村は無口な分筆まめで小学校のときから日記をつけていた。
『今日は入学式。ランドセルって結構重いんだな。とにかく嬉しいことばかりだ。
新しい教科書、新しいノート。でも一番嬉しいのは貴子と同じクラスになったこと』
『今日は道場で新しい技を覚えた。貴子の前で披露したら「まるでダンスね」。相変わらずキツイな貴子は』
『今日の運動会のかけっこ。自信があったけど、やっぱり貴子には適わないな。
本当に、あいつは走るのは早いよ。もしかしたら将来オリンピックに出場できるかも』
『本当に嬉しかった。弱虫だったオレが優勝できるなんて。
それもこれも貴子がいつも励ましてくれたからだ。
貴子がいなければ、きっと長続きしなかった。
面と向っては恥ずかしくて言えないから、ここで言うよ。
ありがとう貴子。おまえが一緒にいてくれて本当に良かった』
『最近、すごく気になることがある。貴子の部活にすごくカッコイイ先輩がいることだ。
貴子もすごく憧れている。顔もオレよりずっといいしな。
オレは不安なんだ。もしも先輩と付きようになったら、以前のようにオレとは付き合ってくれなくなるんじゃないかと思うんだ。
オレからはなれていくんじゃないかって……』
『来週はついに陸上県大会だな。頑張れよ貴子、おまえなら大丈夫だ。
それにしても無理してないかと心配だ。もう十分だから、少しは身体を休めて欲しい。
大会前に潰れたら出場さえも出来なくなるからな』
『拳法の県大会もあと一週間を切った。貴子、応援してくれるおまえの為にもオレは絶対頑張る。
出場して頑張ればそれで満足なんて戦いはしたくないんだ。
だって、おまえが早朝トレーニングにずっと付き合ってくれてたんだから。
おまえは「あたしにとってもトレーニングになるから。あんたの為じゃないわよ」なんていうけど、オレはわかってる。
おまえのことは誰よりもわかっているつもりだからな』
『今日は嬉しいことがあった。母さんが同窓会、父さんが出張でオレ一人で留守番かと思ったら貴子と彩子が来て食事を作ってくれた。
まあ、彩子はまだ小学生だし。ほとんど作ってくれたのは貴子だけど。
メニューはグラタンにポテトサラダ。明日の朝食にって味噌汁も作ってくれた。
そういえば、おまえの手作りなんて久しぶりだけど、本当に美味しかったよ上達したな。
きっといい奥さんになるよ。オレが保証する』
新井田は静かに日記を閉じた――。
――次の日――
「おい、ちょっと話がある」
「なんだよ」
「いいから来い」
新井田は杉村を呼び出して屋上に。
「おい……考えようぜ。元に戻る方法を」
「え?」
「そろそろ戻らないとシャレにならないしな」
「本気で言ってるのか?」
「ああ」
どういう風の吹き回しだ?でも、よかったというべきだろう。
それにしても、あれほど楽しんでいた新井田がどうして急に。
考えてもわからないので杉村は考えるのを止めた。
「あーら、珍しいツーショットじゃない。ねえ桐山くん」
振り向くとなぜか桐山と月岡が立っていた。
「ねえねえ、もしかして秘密のお話?だったらアタシ参加したいわぁ」
「ち、違うんだ月岡……実は」
杉村はわけを話した。もっとも親友の三村たちで信じてくれなかったのだから信じてくれるわけ……。
「まあ、大変だったわね。ねえ桐山くん」
「そうか?それはそれで面白いんじゃないのか?」
……信じてくれた。なぜ?
「あら、だってアタシそういう超常現象にすごく詳しいのよ。
将来、Ⅹファイルの捜査官にだってなれるくらいにね」
「ほ、本当か月岡!!?だったら教えてくれ、どうすれば元に戻れるんだ!!?」
「やっぱり入れ替わった瞬間以上のショックを与えることじゃない?
ねえ桐山くん、協力してあげなさいよ。ね?」
「ああ、それもいいだろう」
桐山はなぜか学ランを脱いだ。そして……。
バッカァァァーーーンッッ!!!!!!!!
必殺拳を放っていた……その衝撃で杉村と新井田は吹っ飛んでいた。
「きゃあ!やりすぎよ桐山くん!!2人とも大丈夫!!?」
「何するんだ桐山!!死んだらどうしてくれるんだ!!?」
「そうだそうだ!!杉村はともかく繊細なオレは即死もありうるんだぞ……って、アレ?」
「……新井田、その姿」
「……杉村、オレたち」
「「元に戻ってる」」
「よかったわね二人とも」
「「で、でもどうして……」」
「簡単よ。桐山くんは全てを超越した男なの。
天才は全てにおいて不可能を可能にするのよ」
……って、どんな理屈だ!!?
まあ、元に戻れたからよしとしよう。
「……それにしても新井田。どうして、おまえ、その気になってくれたんだ」
「……フン、オレは勝ち目のない戦いはしないんだよ」
「え?」
「いくら、いい女でも手に入らないってわかってる女にパワー使うほどオレはバカじゃないってこと」
「……おい、どういう意味だよ」
「あーあ、何でこんな奴と……オレのほうがいい男なのに」
「おい、新井田……わかりやすく言ってくれよ」
「おまえもさっさと気付けよな、誰が一番大事な存在なのかってことくらい。
ふりまわされる周囲の迷惑も考えろよ。
さーて、オレはオレだけの女探しに行こうかな。
とりあえずナンパだナンパ!!」
新井田は吹っ切れたように走り去っていった。
「……なんだよあれ」
そうだ貴子にこのこと報告しないと。
「貴子、貴子!」
「弘樹」
「聞いてくれ貴子。実は……」
「良かった元に戻ったのね」
「なんでわかったんだ?」
「わかるわよ。あんたと、あのバカの違いくらい」
「そ、そうか……」
「さあ帰りましょう」
「……なあ貴子」
「何よ」
「オレのこと、一番わかってくれてるのは、もしかしたらおまえかもしれないな」
「……何よ、あんた」
そんな簡単なことにやっと気付いたの?
END
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