それは、ある日曜の昼下がりだった。
「はぁ疲れた。こんな姿貴子が見たら『だらしが無いわね』なんて悪態つくだろうなぁ」
道場から帰って来たばかりの杉村は部屋の中央に大の字で仰向けになって天井を眺めていた。
その時っ!!!
「え?」
突然、空間が歪んだかと思いきや、何かが降ってきた。自分の上に!!
「うわぁぁーー!!!!!」
Back to the Future
突然、腹に衝撃を受けうめく杉村。
「……たく、欠陥商品か。クッションがあってよかった」
何と見知らぬ少年が自分の上に乗っている。
「だ、誰だ、おまえは!!?」
「ん?」
「いきなり部屋の中に現れたと思ったらオレの上に落ちてくるなんてっ!!
……ん、待てよ……お、お、おまえ……何者だ!!?」
そうだクッション代わりにされたことも腹たつがそれ以上に何なんだこいつは!!
いきなり空間から現れたんだぞ、妖怪か魔物かっ!!?
それとも、政府が開発したターミネーターか!!?
「誰なんだおまえは!!?」
「そうだな自己紹介しておくか。オレの名前は杉村だ」
「自己紹介の前にオレの上から降りろっ!!……え、杉村?」
「そう、杉村だよ。あんた杉村弘樹だろ?」
「な、なんで……オレの名前を」
「オレは未来から来たんだ」
「み、未来だと?」
「ああ、親父がうるさいこと言うから頭にきて家出したんだ。
でも、行く当てもないから、オレの家出の原因作った親父に責任とってもらおうと思って、過去の親父の家に居候しようと思ってきたんだよ」
「……ま、まさか……それって……」
「そういうことだ。」
「………………」
「オレは未来から来た、おまえの息子だ。よろしく父さん」
ああ、真っ当な人生送っているオレにこんなことが起きるなんて。
杉村は頭を抱え時折「はぁ」と溜息をついた。
「どうした。何か悩みでもあるのか?遠慮せずに言ってみろよ」
「おまえが悩みの種なんだよ!!」
「フーン、そうか」
そう、謎の少年は宣言した通り杉村の家に居着いてしまったのだ。
未来の息子だなんて言われても、素直に「はいそうですか」なんて受け入れられないだろう。
第一、この少年は見るからに目立つ容姿の持つ主で、早い話全然自分に似ていない。
「さては新手の詐欺か?」と疑ってみたところ、少年は写真を一枚突きつけてきた。
幼い男の子と、その父親の写真。
男の子はその生意気な少年だった。そして父親は……杉村は眩暈がしそうになった。
今の自分より年はくってはいるが紛れも無く自分だったからだ。
こうなったら認めないわけにいかない。
取り合えず両親には友達をしばらく家に泊めてやると言ってごまかしたが(両親は妙にその少年に愛着を持ってしまった。本能で血のつながりを感じるのだろうか?)もちろん、それで全て解決というわけではない。
今日で三日目。こともあろうに外に出たいと言い出した。
とんでもないと怒鳴ってやりたいところだが、確かにいつまでも閉じ込めておくわけにはいかない。
仕方ないので、自分が付き添って外出することにしたわけだ。
「父さん」
「おい、その父さんってよせよ。オレはまだ中学生だぞ」
「父さんは父さんだろ」
「……まあ、それはそうだが」
「のど渇いた。さっさとジュースでも買ってきてくれ」
「……お、おまえなぁ」
「早くしろよ。オレは歩きつかれてるんだ」
(……こ、こいつ本当にオレの子か?)
「よお杉村じゃないか」
その明るく馴れしたんだ声。いつもなら笑顔で応えるところだが……。
「み、三村……」
「なんだよ青い顔して」
青い顔にもなるだろう。杉村は祈った。
どうか揉め事が起きませんように。
と、祈った三秒後。
「三村?もしかして三村信史か?」
「ああ、そうだ」
「フーン。昔っから女癖の悪そうな顔してたんだな」
ピシッ!!
はやくも切実な願いが打ち砕かれるとは……。
「杉村!!なんだよ、こいつはッ!!?」
「こ、こいつは……えーと、その……い、従兄弟なんだよ!!」
「初対面の人間に対してなんだよ、この態度は!!」
「すまない三村!おい、謝れよ!!」
「オレは本当のことを言っただけだ。あんただって『三村は昔から女癖は最悪だった、いつか後ろから女に出刃包丁で刺されても文句はいえない』って言ってたじゃないか」
「何だと杉村!!おまえ、陰でオレのことそんな風に言ってたのか!!
おまえのことは親友と思っていたが、今日限り『その程度の友人』だ!!」
「み、三村……」
こうして杉村は大切な親友を1人失ってしまった……。
「まったく短気な奴だな」
「……おまえ。なんてことしてくれたんだ!!
三村とは親友だったんだぞッ!!!!!」
「オレは本当のことを言っただけだ。オレの学校、あいつの子供が三人いるが全員母親が違うんだ」
「………………え?」
笑えないぞ……杉村はこのとき三村の将来を容易に想像してしまった……。
「いいじゃないか。どうせ将来は絶縁状態になるんだから」
「……絶縁状態?」
「ああ母さんは女癖の悪い男は大嫌いだから、あんたとの交際も禁止してるんだよ」
「……母さん?」
母さん……つまりオレの妻だよな……。
思えば、この生意気な少年は『未来に悪い影響を与えるから』と言って、自分の名前すら教えてくれない。
当然、母親のことも教えてくれないだろう。
……外見はどう見てもオレに似ていない。
と、いうことは……母親似だよな。
誰だろう。オレの妻になる人間は……。
そういえば、この顔……どこかで見たことあるような……。
このキツイけど整った顔立ち……。
……どこだったかな。思い出せない。
「よぉ、杉村じゃないか」
と、そこに粗野な声が聞こえた。
振り向くと桐山ファミリーの面々が立っている。
ボスの桐山はいなかったが、とにかく杉村は焦った。
(……まずい、こんな時に)
「ちょうど良かった。実はオレたち隣町の高校生の番長グループと決闘するんだ。
でもボスが桐山家主催の大臣歓迎パーティーに出席するとかでこれなかったんだよ。
おまえ拳法ならっているんだろ?助っ人してくれよ」
「……オレの拳法はケンカの為にならっているわけじゃ……」
「馬鹿か、おまえは。格闘技をケンカに使わずしていつ使うって言うんだよ」
「……でも。そんなことをしたらオレは道場を破門に」
「チ、情けない奴だなぁ。結局、おまえの拳法ってお遊びなのかよ」
杉村は口惜しそうに唇をかんだ。
本気で相手をすれば笹川に勝つ自信はある。
でも……自分はこういうことには本当に押しが弱い。
貴子が見たらなんと言うだろうか?
それこそ『弘樹はあんたたち馬鹿とは違うのよ、弘樹に関わるんじゃないわよ。弘樹、あんたもあんたよ。嫌ならハッキリ嫌だって言いなさいよ』と強い口調で言うことだろう。
……貴子、オレにおまえの半分でも精神的強さがあったら。
「おい、さっきから黙って聞いていれば言いたいこと言ってくれるじゃないか。
こいつは、おまえ達みたいにくだらないことはしないだけなんだ」
杉村はハッと顔を上げた。何てことを!例の少年が桐山ファミリーにケンカを売っている。
いくらボスの桐山がいないとは言え、沼井も笹川も強いし、月岡にいたっては、あの三村でさえ全く歯が立たない人材なんだぞ!
「おい、よせよ」
「うるさい黙ってろ!!あんたもあんただ、嫌ならハッキリ嫌だって言えばいいだろ!!」
……え?この感じ、誰かとダブる。
「何だ、この野郎はッ!!オレたちを誰だかわかってんのか!?」
「知るわけないだろう」
「何だと?いい度胸だ、例えよそ者だろうとオレたちに逆らったら……」
と、笹川が言いかけた時だった。
その少年がクルリと向きを変えるとスタスタと歩き出した。
「逃げるのかよ」
十メートル先は空き地で、粗大ゴミが置かれている。
その粗大ゴミの一つ。ロッカーの前に来た。
そして……。
ガッシャァァァァーーーーンッッ!!!!!
…………次の瞬間、ロッカーがくの字の形に歪んでいた。
少年が繰り出した蹴りによって。
…………シーン…………。
「き、今日のところは勘弁してやらぁ!!」
「お、覚えてろよ!」
桐山ファミリーは顔面蒼白になって逃げ去っていった。
そんな彼等の背中を見ながら少年が「忘れるに決まってるだろ。一昨日来い」と悪態ついていたことは言うまでもない。
「おまえ……少しは大人しくしててくれよな」
「大人しくしてたじゃないか。断っておくけど、いつものオレなら半殺しにしてたぞ」
「……お、おまえ、親にどういう教育受けたんだ。……って、親はオレか……」
「そういうこと」
「なあ、一体何が原因でオレとケンカしたんだ?
家出するくらいだから、よっぽど深い事情があるんだろ?」
「……親父がオレのやり方に文句つけたんだ」
「……オレが?」
「ああ、オレは物心ついた時から親父に怒鳴られたりぶたれた思い出ない。
……それなのに、今回だけは違った」
「……何があったんだ?」
「隣のクラスの生意気な連中がケンカ売ってきたから、まとめてぶっ飛ばした。
で、13人まとめて病院送りにしてやったんだ」
「………………おい」
「そしたら『どうして、そんな馬鹿なことをした!!そんなことをして怪我でもしたらどうするつもりだったんだ!!いいかげんにしろ』ってな」
杉村は眩暈がしそうになった。
神様、冗談ならやめて下さい――。
「弘樹」
「!!!!!」
杉村はまるで全身電流が走ったようにビクッと硬直した。
この声!!間違いない、貴子だ!!
まずい、恐れていた最悪の状況だ!!
今までの、こいつの態度からして間違いなく貴子にも悪態つくはずだ!!
そして貴子は引き下がるような女じゃない。
杉村の脳裏に鮮やかすぎるくらいのイメージが浮んだ。
「誰よ、こいつ」
「何だ、生意気そうな女だな」
「何ですって!!?弘樹、誰よ、こいつは!!?」
「オ、オレの従兄弟なんだ……」
「あんた従兄弟にどういう教育してるのよ!!
その根性、あたしがたたきなおしてあげるわ。
歯を食いしばりなさいよっっ!!!!!」
「ゆ、許してくれ貴子っっ!!!!!」
バッチィィーーーン!!!!!
(……なんて、ことになるに決まっている)
杉村は覚悟した。こうなったら潔く貴子の制裁を受けようと。
「誰よ、こいつ」
杉村は目を瞑った。神様、願わくば修羅場が一秒でも早く終わりますように。
「……オ、オレの従兄弟なんだ。……えーと千草貴子だ。
ほら挨拶しろよ。愛想よくな」
『愛想よく』という部分を特に強調した。
でも、こいつの性格上絶対に愛想いいわけが……
「はじめまして貴子さん。お会いできて光栄です」
「はぁ?」
杉村は耳を疑った。なんだ、今の態度は?
「こっちこそよろしくね。あたしは弘樹の幼馴染よ」
「知ってるよ。いつも貴子さんのことは自慢されているんだ。
『オレの幼馴染は美人でカッコイイ世界一いい女だ』って」
「え?」
杉村はますます耳を疑った。
「弘樹あんたって……照れるじゃない」
……何なんだ。三村たちに対する態度と全然違うじゃないか。
それに気のせいだろうか?人見知りする貴子が随分打ち解けてるし……。
「弘樹の言ったとおりだな。貴子さんみたいな美人初めてみた」
「あら……弘樹、あんたの従兄弟にしては随分お世辞が上手いじゃない」
「オレはお世辞なんて言わないよ」
……信じられない。こいつが普通に会話してる。
「ところで、変なこと聞いていい?」
「何を?」
「……あんた、どこかで会わなかった?」
「……昨日は酷い目に合ったな」
だが学校ならあいつはいない……こうなったら早く未来に帰ってもらわないと。
「杉村、面会人が来てるぞ」
「面会人?」
「ほら、あそこ」
七原が指差した方向を見て杉村はガクッと床に片膝をついた。
「な、なんで、おまえが学校に来るんだっ!!!!!」
「随分な言葉だな。教科書忘れただろ?届けに来てやったんじゃないか」
同級生達がジロジロ見てる。や、やばい……。
「ねえ、君ヒロキの何なの?」
豊が聞いてはいけないことを聞いていた。
「ああオレは弘樹のむす……」
「い、従兄弟なんだっっ!!!!!」
まずい、これ以上事態が悪くなるなんてことがあるとすれば、おそらく桐山辺りと遭遇……。
「ボスッッ!!あいつですよ、あいつ!!昨日オレたちに因縁つけてきたのは!!!!!」
……遭遇してしまった。杉村は運命を呪った。
「昨日は、よくも舐めたマネしてくれたなっっ!!!!!
ボスっ!!ボスの強さをあいつに見せてやってくださいっ!!!」
桐山がスッと立ち上がった。そして窓ガラスにスッと右拳を上げたかと思うと……。
ガッチャァァァーーーンッッ!!!!!
素手で窓ガラスを粉砕!!
それを見た少年はびびるどころか面白そうにニヤッと笑った。
そして掃除道具入れに使っているロッカーの前に行くと……。
ガッシャァァーーン!!!!!
……ロッカーに鉄拳。憐れにも使い物にならないほど曲がっていた。
すると桐山は机の前まで来るとスッと右拳を上げた……。
バァァァーーーンッッ!!!!!
机が真っ二つに割れていた。
クラスメイトたちが顔面蒼白になっている。
だが、少年は違った。トコトコと教壇の前に来た。
「……ま、まさか」
杉村は眩暈がしそうになった。
「ハァッッ!!!!!」
バギバギバギィィィーー!!!!!
……真っ二つに割りやがった。
クラスメイトたちは顔面蒼白どころか、腰が抜けているものがチラホラでている。
が、当の桐山は平然として黒板の前に来た。
「……おい、嘘だろ?」
三村やけしかけた桐山ファミリーまで青ざめていた。
桐山は無言のまま、またしてもスッと右拳を上げた。そして……。
バギバギバギィィーーーッッ!!!!!
黒板が半分ずつ分かれてしまっていた……。
「……フーン、面白い奴だな。だったらオレは」
「いい加減にしろっっ!!!!!」
もはや黙ってはいられない。杉村は少年の腕を掴むと人気の無い学校裏に連れ込んだ。
「おまえ、なんてことをしてくれたんだ!!
教室がメチャクチャじゃないかっっ!!!!!」
「父さん、あんた、オレのプライドと教室とどっちが大事なんだ?」
「そういう問題じゃないだろっ!!!!!」
その時っ!!!
突然、空間が歪んだかと思いきや、何かが降ってきた。自分の上に!!
「うわぁぁーー!!!!!」
な、なんなんだっ!!!!!?
「……う、何なんだ、このタイムマシンは……これだから安物は……。
クッションが合ってよかった」
「だ、誰だ、おまえは!!?」
「ん?」
「いきなり現れたと思ったらオレの上に落ちてくるなんてっ!!
……ん……お、お、おまえ……は?」
相手の顔を見て杉村は呆気にとられた。
相手も杉村を見てかなり驚いている。
それもそうだろう。
使用年数こそ違え、同じ顔があったのだから。
「……父さん」
「父さん?……じゃ、じゃあ……未来のオレ?」
「良かった無事だったんだな心配したぞっ!!!!!」
その男(いや、未来の杉村か)は少年を抱きしめていた。
「父さんが悪かった。子供の頃から、おまえに厳しくしすぎた許してくれ」
……おい、本気で言っているのか未来のオレ。
「……謝るから帰ってきてくれ。母さんも心配しているんだ」
「……そうだな。帰ってやるよ」
……帰るのか。とにかく、これで一件落着。
「弘樹、これどういうことよ」
杉村は全身硬直していた。見られたのか?!!!
貴子が呆然と立っていた。
「急にいなくなるから心配したのよ。誰なの?あんたにそっくりだけど」
よかった、どうやらタイムワープは見られていなかったようだ。
「貴子さん、オレ帰るよ」
「……え?」
「ああ、この男オレの父親なんだ。弘樹の叔父だよ」
「弘樹の?道理で……」
貴子は何だか寂しそうだった。
たった一度会っただけの相手にどうしてあの貴子が……。
「ねえ、また会える?」
「保証するよ。多分、ずっと先になるけど」
「……そう。そうだ、何か餞別を」
「そんなものいらないよ。……そうだ、餞別代わりに一つだけお願いがあるんだ」
「何?」
「将来、貴子さんに息子が生まれて、その子が中学三年の時に隣のクラスの生徒を13人ぶちのめすようなことがあっても……あまり、叱らないでやってほしいな」
……おい、その話。
「何よ、それ」
……まさか、まさか……。
杉村は貴子と少年の顔を交互に見詰めた。
どうして気付かなかったんだ……。
ずっと見てきた、慣れ親しんできた顔なのに……。
「じゃあさよならだ。迷惑かけたな」
「お、おい待てよ。もしかして、おまえの母親は……」
「ヤボなこと言わないでくれ。嫌でもいつかわかるだろ?
一つだけ教えておいてやるよ。
オレの母さんは美人でカッコイイ世界一いい女さ」
……貴子にそっくりな顔なんだ。
「……行っちゃったわね。……?弘樹どうしたの?顔紅いわよ」
「……あ、えーと、……その」
「どうしたのよ?」
「……その……あの……」
「まったく、そんなんじゃ彼女の1人も出来ないわよ。
いつまで幼馴染に世話やかせる気?
ほら、さっさと教室に帰るわよ」
……まあ、いいか。
今のオレは貴子の幼馴染で、貴子はオレの幼馴染。
それでいいじゃないか。
未来なんて、どうなるかわからないし……。
ただ、一つだけ決めておこう。
「なあ貴子」
「何?」
「……もしも、オレがさ、父親になることが来る日が来たら……。
子供には厳しい父親になろうと思うんだ」
「なによ、それ」
END
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