「……貴子ぉ……よくも……」
すっかり辺りが暗くなった街外れのとある廃屋。
赤い色つきの目をした少女。
「よくも、よくも、よくもぉぉぉ!!!!!!!!!!
ふざけやがって、ぶっ殺してやるぅぅぅ!!!!!
あのメス豚、っざけやがってぇぇぇ!!!!!」
鉄パイプで廃屋にある壊れかけた家具を片っ端から破壊。
激しい破壊音が嵐のように廃屋を駆け抜け続けた。
「……はぁ……はぁ……」
何時間たっただろうか?廃屋は壊れるものは全て壊されていた。
「……ひ」
その様子を隅で見ていた和恵のパートナーこと長谷川達彦は腰を抜かしている始末。
「……ねえ達彦」
「……な、なんだよ」
「……あなたは裏切らないわよねぇ?」
和恵は長谷川に近づくとすっとかがんで、その頬に自らの手を添えた。
「みんな冷たいわよね。和恵のためならなんでもするって言ってくれたのに。
和恵を守る為ならどんなことでもするよって約束してくれたのよ?」
ニコっと笑顔。そう……怖いくらいの笑顔だった。
「……それなのに」
グイッ!長谷川の頬に添えられた手。その指先に力が込められる。
「……それなのに桐山くんが貴子の味方になった途端に手の平返したように逃げるなんて」
「……ひ……か、和恵……?」
「あなたは違うわよね?だって和恵が男だった時、『女千人斬り同盟』立ち上げたときからの仲じゃない。
あなたと和恵は一蓮托生。もしも達彦まで和恵を裏切ったら……和恵」
「……な、なん……だよ?」
「……達彦の事……殺してしまうかも
「!!!!!」
「だから裏切らないでね。ね?」
達彦は無言のまま何度も何度も頷いた。
「よかったー。やっぱりタッちゃんだけは和恵の味方ね!
和恵、幸せ。さっそく本題なんだけどぉ……今度の作戦は……」
ガサ……。
その時、微かな物音がした――。


新井田恐るべし!ー新井田の復讐ー


「……はぁ……はぁ……」
全速力で走ったせいで息が苦しい。
「……と、とんでもないもの見ちゃった」
きゅーん、と心配そうに見詰める雑種の犬。
「だ、大丈夫だよエディJr」
それは犬の散歩をしていて偶々物凄い音がしたので廃屋を覗いてしまい、和恵の本性を知ってしまった国信だった。
とにかく疲れたので座り込んで呼吸を整える。
「……ま、まさか和恵さんが、あんな恐ろしいひとだったなんて。
秋也もオレも騙されていたんだ。このこと秋也に言わないと……」
その時、目の前に女の足が現れた。
「え?」
慌てて見上げる。そして凍った。
「みちゃったのね」
「か、和恵さ……!!」
「この覗き魔!!」
ガン!と鉄パイプが振り落とされた。そして国信の意識は飛んでいた。


次に目を覚ましたのは、なぜか断崖絶壁。真下には荒海が波打っている。
「こ、ここは!!?」
「お・め・ざ・め?」
ニコッ。和恵の笑顔が飛び込んできた。でも襟首をしっかり掴まれている。
自分はこの女の正体を知ってしまった。この女から逃げなければ!!
「は、はなせ!!すぐにはなせよ!!!」
「そう、わかったわ」
和恵が手を離した。途端に国信の身体は引力に吸い込まれ海の中に消えていった。
「……バカな国信くん。豊くんといい余計なものを見た報いよ」
和恵は長谷川が待っている場所に戻った。青い顔をした長谷川が「あ、あいつは?」とビクビクしながら尋ねた。
「はなしてあげたわ」
「……そうか」
もしかして殺されるかもしれないと思っていた長谷川はかなりホッとしていた。
「それで和恵考えたの。もう貴子に直接攻撃しかけるのはダメだって。
学校で下手なことしたら和恵が桐山くんを敵にまわしちゃうもの」
「そうだよな」
「だから貴子の弱点せめるの」
「弱点?」
「そう弱点。あの女にもたった一つだけ弱点があるの……おーほっほっほ!!!」









貴子は平穏な学校生活を取り戻しつつあった。
桐山の鶴の一声で、三村と七原以外の男子生徒は貴子に嫌がらせをしなくなったのだ。
それどころか月岡の「今のうちに謝ったほうが身のためよぉ」の一言で慌てて貴子に涙ながらに必死に土下座までする始末。
なんと和恵親衛隊と化したはずのサッカー部ですらだ。
「よっぽど、あいつら桐山のことが怖いのね」
「あったりまえよ。桐山くんって普段は悪さしないけど、はっきり言ってヤクザが束になってもかなわないくらい強いんだから」
月岡は「でもね」と付け加えた。
「油断しちゃあダメよ貴子ちゃん」
「三村と七原のこと?」
「違うわ和恵ちゃんのことよ」
「あいつは男使うだけの臆病者よ。あいつ一人なら負ける気がしないわ」
「ダメよ甘くみちゃあ。いい?窮鼠猫を噛むっていうじゃない。
追い詰められた人間の底力ってすごいんだから。
絶対に和恵ちゃんと二人っきりになっちゃあダメよ。わかった?」
「ええ、わかったわ」
その時、携帯がメール受信の音楽を奏でた。
「弘樹からだわ」
「まあ!はなれててもラブラブなのね!!」
「そんなんじゃないわよ」
それにしてもメールなんて珍しいわね。いつもは直接電話してくるのに。
(弘樹らしくないわね)
開いたメールを見て貴子は愕然とした。
『もう二度と連絡しないでくれ』
たった一行だけの言葉が視覚に映った。









「……はぁ。和恵もよくこんな陰険なこと考えつくよな」
長谷川は溜息をつきながら窓から外を見ていた。
雨……か。まるでオレの心にふる涙雨だぜ。
「ん?」
その雨の中、校庭によつんばいの体勢で必死になって何かを探している杉村の姿が目に映った。
「あいつ何してんだ?……まさか……」
長谷川は校庭の桜の木の影からそっと見た。
「……ない。どこにいったんだ?確かに昨日まではあったのに」
長谷川は杉村が何を探しているのか見当がついていた。
だから少々心が痛んだが、まあしょうがないなと言い訳していた。
「アレが無いと貴子と連絡取れないじゃないか」
(……やっぱり携帯を探していたのか)
昨日のことだ。杉村がこの校庭を歩いているとラグビーボールが飛んできた。
投げてくれ、と叫ぶ部員に杉村は快く応えていた。
その僅か数十秒の間に長谷川は杉村のスポーツバッグから携帯を盗んだのだ。
もちろん和恵の命令で。その携帯は今は和恵の元にある。
(……悪く思うなよ杉村。このくらいでオレは罪悪感かんじてる暇はねーんだよ)
長谷川はズボンのポケットから怪しい薬瓶を取り出した。


『これ……なんだかわかる?』
『……何って?』
青酢っていう超危険汁よ。これを毎日杉村くんの食事に少しずつ混ぜるの』
『……ま、まさか……まさか毒?!』
『そんなたいそうなものじゃないわ。ただ毎日飲み続ければ……確実に彼の体力は衰えるわね。
場合にはよっては死ぬこともあるんじゃないのぉ?おーほっほっほ!!』
『やっぱり毒じゃないか!!』
『貴子にとって杉村くんは精神的な支えなのよ。その杉村くんに裏切られた上に死なれたら……。
クラス中の男敵にまわしてもびくともしなかった貴子だけど、杉村くんは特別なのよ。
なんで、こんな簡単なこと今まで気づかなかったのかしら。
と、いうわけで杉村くんには死んでもらうわ。
だって生きていたら、貴子を裏切ったことは誤解だっていつかバレちゃうものね!』
『か、和恵……その……参考までに聞きたいんだけど……』
『なあに達ちゃん?』
『杉村に青酢盛るのは……?』
『やだぁ、とぼけちゃって!!達ちゃんの出番じゃない!!』
やっぱりオレかよ!!!









「ねえ貴子ちゃん、どうしたの?」
桐山が貴子を庇ってから、すっかり男子生徒たちは大人しくなった。
にもかかわらず、貴子がすごく元気がない。
それが月岡にはとても気になって仕方ないのだ。
「……アタシでよかったら相談にのるわよ」
「……これ」
貴子はスッと携帯を見せた。メールの文句が月岡の目に飛び込む。
『もう電話するなって言っただろう。オレにかかわらないでくれ』
「な、何よ、これ!!どういうことよ、あんなに仲の良かった貴子ちゃんに絶交するなんて!!
見損なったわ杉村くん!!そんなひととは思わなかった、ヅキ悲しい!!」
「……弘樹の本心ならね」
「どういうこと?」
「伊達に弘樹の幼馴染を10年以上やってるわけじゃないわ。
弘樹があたしにこんなマネしないってことくらいわかるのよ。
でも確かに弘樹の携帯からのメールだし……」
「……それ」
勘のいい月岡はピンと来た。
「……杉村くんの身に何か起きてるってことかしら?」
「……そうかもしれない。だから心配なのよ」
その様子を見ていた人物がいた。
(……チ!騙されていないじゃない。やばいわ、このままじゃあ和恵が杉村くんの携帯とったことがばれちゃう。
そうなったら、杉村くんを暗殺しようとしていることもばれちゃうわ。
その前に……さっさと杉村くんには逝ってもらうしかないようね。ふふふ)
和恵は携帯を取り出した。
「あたしよ達彦。予定変更、杉村くんは、すぐにあの世にトリップしてもらうことにしたわ。
青酢を全部一気に飲ませてちょうだい。いいわね達彦?」









「……全部」
長谷川はフッと自嘲気味に笑った。
許せよ杉村……所詮、血塗られた道……。
それもこれも、あの女に目をつけられたおまえが悪いのさ。
タイミングよく、時間は体育の授業の最中。
長谷川はドリンクの容器に青酢を入れると笑顔で杉村に駆け寄った。
「杉村、疲れただろう?ほら、これ飲んでくれよ」
「ああ、ありがとう」
何の疑いも無く容器を受け取る杉村。
「じゃあ木陰にでも行って飲ませてもらうよ」
杉村は駆け出した。その時、たまたま石につまずいた。
ドリンクの容器が宙に舞う。そして、金魚鉢の中に……ボッチャァァン!!
プカリ……金魚たちが浮んできた。
「…………」
あまりの出来事に言葉を失う杉村。
「な、なぜ!!運動場の真ん中に金魚鉢がぁぁぁ!!!!!?」
「そんなことツッコムことじゃないだろう長谷川ぁぁ!!!!!
これは、一体どういうことだ、オレをどうするつもりだったんだっ!!!?」
「ま、待ってくれ。オレはただ和恵の命令で……」
「……和恵?」
しまった!!慌てて、思わず和恵の名前を出してしまった!!


「……お、おまえ……新井田の回し者だったのかっ!!!?」
「……ふっ。ばれちゃあ仕方ないな」
「あいつの命令でオレを殺そうと……は!ま、まさか!!」
オレを殺そうということは……貴子にもそれなりの危害を加える可能性がある!!
すぐに城岩中学に戻らないと貴子が危険だ!!!
「おっと!!逃げようなんて、そうはとんやがおろさないぜ!!」
走りかけた杉村の前に長谷川が立ちはだかった。
「どけ長谷川!!邪魔をすれば、ただじゃあおかない!!」
「おまえを逃がしたらオレが和恵に殺されるんだよ」
「……そうか。だったら実力で突破させてもらう」
杉村は拳法の構えを見せた。
「舐めるなよ杉村。オレはこの日の為に二週間前から通信教育でカンフーを習っていたんだ。
すでに三級の腕前なんだよ。いくら拳法の達人でもオレには勝てないぜ。
脱出したかったら、オレの屍を踏み越えて行けっ!!!」
グワシャァァァーー!!!!!
勝負は0.02秒で終わった……もちろん杉村の勝ちだった……。


長谷川は最後の力を振り絞って携帯を手にした。
そして通信教育を紹介した会社に電話した。
「……ど、どいうことだっっ!!……『一週間であなたも達人!』って宣伝文句だったくせに!!
パンチ一発で負けちまったじゃねえか!!説明しろよぉぉ!!!!!」
『あー、それはきっと、お客様の体質に合わなかったんでしょう』……ガチャン。
「……た、体質かよ……」
長谷川はそのまま気を失ってしまった。
「……なんて女だ。ここまでするなんて……」
杉村は全速力で走り出した。
(貴子が……貴子が危ない!!)
待ってろ貴子!!今すぐ戻るから!!!
それまで……オレが戻るまで持ちこたえてくれ!!!









放課後。貴子は屋上のドアを開いた。
「あーら、逃げ出さずにきたのね貴子。和恵、感激!」
「……どういうことよ」
「何がぁ?」
「あんた弘樹に何したのよ!!!!!?」
貴子は和恵が出した手紙を突きつけた。
その手紙には『杉村くんがどうなったか知りたかったら放課後屋上に来なさい』とあった。
しかも『誰かに喋ったら杉村くんの命は保証しないわよ』とも。
「弘樹に……弘樹に手を出したら、あたしが承知しないわよ!!!」
「あーら、もう手遅れかもよ?」
「……なんですって?」
「それより貴子知ってる?」
和恵は貴子を思いっきり突き飛ばした。
貴子の体がフェンスに激突する。
その時、フェンスがグラッと外れた。


「そのフェンスは壊れてるのよ!!あたしが注意の張り紙はがしておいたけどねっ!!!」


~完~


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