「……待ってろよ貴子」
杉村は辺りをキョロキョロと見渡した。
真夜中だけあって寮も全ての部屋の明かりが消えている。
「……よし!」
杉村は勢いよく走った。あと少し、あの門をくぐれば脱走だ!!
しかし、突然自分の足元からネットのようなものが現れたかと思うと一気に体が持ち上げられた。
罠だ。杉村は網にかかった憐れな獲物。
「めりーくりすまーす!!!!!」
ラグビー用のボールがぶつかってきた。
「杉村ぁ!!転校早々脱走とはいい度胸だな!!」
「タ……タケウチ先生……!」
「甘いぞトラーイ」
「ど、どうして……?」
「ふん……密告者がいたんだよ。おまえが脱走企ているってな。
しばらく地下の独房で反省してもらう」
その様子を遠くから隠れて眺めていた杉村の同級生・長谷川達彦は携帯を取り出した。
「……もしもしオレだ和恵。杉村は心配ない、しばらく独房入りだ」
新井田恐るべし!ー新井田の攻撃ー
コンコン。『新井田和恵』とプレートがついた病室をノックした。
「和恵、入るぞ」
突然入院した和恵の見舞い。
和恵は布団にもぐりこんでいる。
「今日退院だろ?明日は学校に来れるって聞いたぜ。早く元気になれよ」
三村はギョッとなった。布団が震えている。
布団の中からすすり泣きすら聞えてくるではないか。
「おい和恵、どうした?」
「……う、うぅ……っ」
突然、和恵が布団から身を乗り出し三村にすがりついた。
「三村くん助けて!!和恵、もう学校に行きたくない!!
学校に行ったら……和恵、和恵……貴子に殺されちゃう!!!」
「なんだと?もしかして、その怪我は千草にやられたのか?!!なんて女だっ!!!」
俯いている和恵がニヤッと笑っていたなど三村は気づかなかった。
「……弘樹、元気でやってるかしら?」
携帯にいくらかけても繋がらないし。
先日、やっと繋がったと思ったら『はい、こちらタケウチ。タケウチリーキ』……ガチャンっ!
いきなり知らない男が出て即切られてしまったのだ。
貴子が杉村のことを考えてブルーな気持ちで廊下を歩いていた時だった。
「おい千草っ!!!!!」
それは新井田……もとい和恵とケンカして以来、自分の敵に回った三村の声だった。
振り向くと三村だけでなく、なんとクラスの半分以上の男子が仁王立ちしていた。
(桐山ファミリー、川田、元渕、織田以外の男全員だ)
「……何の用よ、あんたたち」
「何の用よじゃないだろ、おまえ!!この前、オレが忠告したこともう忘れたのか!!?」
「三村に聞いたぞ、千草!!和恵さんを病院送りにしたのは、おまえだったんだなっ!!!?」
「確かにやったのはあたしだけど、あれは和恵が弘樹を……」
「言い訳なんて見苦しいマネするなよ!!和恵に謝れっ!!」
「や、やめて三村くん……」
その声!!貴子は三村の背後にギロっ!!と視線を送った。
「……和恵のためにこんなことしないで……お願い三村くん……」
「……か、和恵……あんた……」
貴子はすでに沸騰寸前だった。
何故なら……
「なんで、あたしがやった時より傷が増えてるのよっ!!!!!」
もちろん和恵が自分でつけた傷だった。
「……た、貴子……そんなに、和恵が憎いの?和恵が可愛いすぎるから……?」
(……こ、この女……以前よりブリッコ度が格段にアップしてる……)
「いい加減にネコ被るのは止めなさいよ!!この性悪女っ!!!!!」
和恵に飛びかかろうとする貴子。しかし三村と七原が立ちはだかった。
「いい加減にしろよ!!和恵は優しくて繊細な女なんだっ!!!!!」
(……こ、このバカ……こいつの何処が優しくて繊細なのよ……)
「そうだ、そうだ!!和恵さんは傷つきやすいんだ、それをおまえはっ!!!」
(……弘樹、なんで、あんた、こんなバカと友達になったのよ……)
「とにかくだ。オレたちは、もうおまえを許せない。和恵に代わってオレたちが相手になってや……」
「はいはい、そこまで~~」
そこに野太くて調子のいい声が響いた。
リーゼントを櫛でとかしながらクネクネした動きで登場。
「ハーイ、み・む・ら・く・ん♪」
「……つ、月岡」
「さっきから何なの、あなたたち。女の子に1人によってたかって。
そんなことしちゃダメよ。貴子ちゃんがかわいそうじゃない」
「可哀相なのは和恵さんだろ!!?月岡、おまえの目は節穴かよ!!?」
「よく聞け月岡!!和恵は千草に病院送りにされるくらい酷いイジメを受けたんだぞ!!!」
いっせいに他の男子生徒たちも「そうだ、そうだ!!」と騒ぎ出した。
「……たく、単細胞な連中ね。いい?女の子1人にこれ以上理不尽なことするって言うのなら」
なんだ?まさか、決闘しようっていうのか?
「アタシ、あなたたちを……愛してあげるわよ」
その一言は100回「殺す」と言われるより威力があった……と、後世の歴史家は語っている。
「あらあら、固まっちゃった。もう、みんな失礼ね。まあいいわ。さ、行きましょう貴子ちゃん」
「あ、ありがとう。あんたが助けてくれるなんて思わなかったわ」
「いいの、いいの。女同士困ったときはお互い様よ♪」
二人が立ち去ってしばらくすると、ようやく全員正気に戻った。
「……く、くそ……月岡1人に負けた……」
「でも……このまま引き下がれない」
全員が「そうだ、そうだ!」と叫びだした。
「待ってみんな、お願い、もう和恵の為にそんなことしないで……」
和恵は俯き泣きながら言った。
「和恵が……和恵が我慢すれば済むことだから……。
いつかきっと貴子も反省してくれる思う……だから……うわぁぁーーん」
今度は床に突っ伏して泣き出した。
「こんなに優しい新井田さんをここまで追い詰めるなんて……」
「もう許せない……絶対に復讐してやろうぜ、みんな!!」
「おお!!」
いっそう、貴子に対する憎しみを増してしまったようだ。
和恵はニッと笑った。
(……ふふ。なんてバカな連中なのよ。和恵、天才!!)
「和恵、安心しろ。おまえが無事に学校に来れるようにしてやるから」
「だから和恵さんもイジメなんかに負けないでくれよ」
「……みんな、ありがとう」
和恵はウルウル嬉し泣き。もちろん心の中で「せいぜい頑張りなさいよ!」と叫んでいた。
すると携帯が鳴り出した。着信音は長谷川からだ。
「ちょ、ちょっと失礼……」
和恵は人気のない場所にいき携帯を耳にあてた。
「あたしよ、どうしたのよ。……なんですって杉村くんがまた脱走はかったぁ!!?」
『ああ、そうなんだ。あいつ独房の扉をぶち壊して逃走しかけたんだ。
この調子だと、脱出成功は時間の問題だよ。なあ、どうする和恵?』
「この役立たず!!そこを何とかするのがあんたの役目でしょうが!!」
『そ、そういわれても……あいつを潰そうと思って不良の青井やシュバルツカッツの連中たきつけたのに、あいつ強くってさ。
あいつら呆気なく負けた上に杉村がいい奴だっていうんで今じゃあ仲良くなっちまう始末。オレの手には負えねえよ』
なんて情け無い男なのよ!!仕方ないわね……やっぱり、あたしが杉村くんを直接潰すしかないわ。
「わかったわ。明日、学校が始まる前にそっちに行ってあげる。校門前で待ってなさいよ」
『わかった』
――翌朝――
「ひさしぶりね達彦」
「ああ、ところで杉村を潰す作戦ちゃんと考えたのか?」
「もちろんよ。その為に昨日は学校から帰ってから一晩かけて用意したのよ。ほら、これ」
和恵は持ってきた鞄の中から中傷ビラを1000枚取り出した。
『杉村弘樹は強姦魔だった!!被害者Nさんを保健室で白昼レ○プ!!
今、明かされる転校の真実と杉村の本性!!』
などという派手な見出し。そしてモザイクこそかかっているが杉村の猥褻な犯罪写真が……。
「昨日、パソコン使って頑張って合成写真作ったのよ。あー、疲れた」
「……これ、おまえが1人で作ったのか?」
「そうよ。それを学校のいたるところに張っておいて。
杉村くんってケンカは強いけど精神面は結構もろいのよ。だから、直接攻撃しかけるよりずっと効果的なの」
呆気にとられる長谷川を余所に和恵はさらに鞄から何かを取り出した。
「それとコレは昨日秋葉原まで行って特殊なルートで仕入れた美少女系フィギュアやエロ雑誌よ。
これを、杉村くんの留守中に彼の部屋のベッドや机にでも隠しておいて、あんたが偶然発見したことにするの」
「…………」
「ああ、そうだ。ほら、このお守り。あんたが成功するようにって手作りで作っておいたわ。
この細かい模様、全部あたしが刺繍したんだから、ありがたく受け取りなさいよ」
「…………」
「それから、このお弁当。食べてから半日後に腹痛起す薬が入ってるの、杉村くんに食べさせてね。
美味しそうでしょ?このエビのワイン蒸し。それに、このヒラメのムニエルはあたしが一本一本骨をとったのよ。
わざわざ早起きして魚市場で買ってきた新鮮な魚介類使ってるんだから。
それから、こっちのジュースは冬虫夏草と朝鮮人参をベースにあらゆる漢方薬をじっくり10時間もかけて煎じた特製新井田汁よ。
ま、簡単にいうと超強力下痢薬よ。下しすぎて死ぬかもしれないわね、フフフ。
こんな季節に山奥に入って冬虫夏草見つけるの大変だったんだからぁ」
か、和恵……そ、そういえば……オレは男の新井田しか知らない……。
こいつが女になってからはあまり会ってなかったし……。
でも……でも……一つだけわかったことがある……ぞ。
そう……ひとつ……だけ……。
こ、この女……恐ろしいほど異常だ……。
さっさと手を切らないと……オレも用済みになったら殺されるかも知れない……。
カマキリのオスのように……で、でも……ここで手を引いたら……今すぐ殺される……。
いくら何でもやりすぎだ……杉村がかわいそうだが……やめたらオレがどうなるか……。
あいつには悪いが……やるしかない……。
それにしても……以前のこいつは性悪で根性腐っていたけど単純バカだった……。
ここまで計算高い奴じゃなかったのに……女って怖い……。
「じゃあ達彦、頼んだわよ」
「……あ、ああ」
「あ、ちょっと待って」
和恵はおもむろに新井田汁の容器の蓋をとった。
「……杉村くん……バカな男ね……ぺっ!!」
「!!!!!」
和恵は新井田汁にツバを吐いた。
「ふん、これで完成よ。ざまあみやがれ、へっへーんだ!!」
(……ガ、ガキかよ……こういう所は昔から変わってないな……)
「……ふふふ。これで杉村くんはジ・エンドよ。おーほっほっほ!!!!!」
――翌日――
「そう……そうなの、よくやったわ達彦」
『学校側は中傷ビラのことは誰かの悪戯だったことで丸く治めようとしたんだけど……さ。
でも、さすがに全校女生徒からは白い目でみられるようになって……。
なあ……ちょっとやりすぎじゃねえの?』
「何言ってるのよ。それよりお弁当と新井田汁はちゃんと摂取させたんでしょうね?」
『あ、ああ……おまえに言われた通り……ちゃんと食わせたよ』
「そう、よかった」
これで杉村くんはしばらくはベッドでおねんねよ。
「あーははは!!ざまーみろ貴子ぉぉ!!!!!
あんたの味方したばかりに杉村くんは破滅よ、破滅!!
それも、これも、全部あんたが悪いんだからぁ!!!!!
あんたもすぐに地獄に送ってやるわ。覚悟しないさい、おーほっほっほ!!!」
ガタ……っ。
背後で物音……。
ギロっ!!凄まじい勢いで和恵は振り向いた。
「……あ、あぁ……」
教室のドアに掴まってガタガタと震えながらこっちを見ている豊がいた。
「……か、和恵……ちゃん……」
「……その様子だと、さっきの会話聞いたようね豊くん?」
和恵が豊に向かって一歩歩いた。
「……ひぃ!こ、来ないでくれよ!!」
「悪い子ね……盗み聞きなんて。聞かれたからには、このまま返すわけには行かないわよ。ふふ」
「ぜ、全部嘘だったんだね……ち、千草さんが君を苛めたなんて……」
「あーら、あたしを責めるの?断っておくけど、あたしは嘘はついたけど、あなたたちに仕返ししてくれとは一言も言ってないわよ。
全部、あんたたちが勝手にしたことじゃない」
「シ、シンジが……もうすぐ、ここに来るんだ……オ、オレ……全部言うから……」
遠くから足音。確かに三村がこちらに向かっているようだ。
「シンジに言うよ!!君が企んでいることも、千草さんが無実だってことも!!」
「そう……言いたければ言いなさいよ……ただし」
和恵は突然、セーラー服のスカーフをしゅるりととった。
「……え?」
「ただし……言えたらね!!!!!」
そして、ばっと胸を広げた。
豊の目の前に、和恵の生チチがご開帳した。
ブシューー!!!と、一気に鼻血が噴出した――。
「豊!!豊、一体何があったんだよ!!!?」
三村が見たもの。それは血の海に横たわる親友の姿だった。
「……シ……ンジ……」
「しっかりしろ豊!!誰にやられたっ!!!?」
「シ……ンジ……違……んだ……ち、千草……さん……は……」
「千草?……千草がやったのか!!!?」
「……ち……が……かず……」
ガク……豊は意識を完全に手離した。
「豊ぁぁーーー!!!!!」
ふふ……悪く思わないでね豊くん。
でも、最後にいい思いしたからいいでしょ?
おーほっほっほ!!!!!
~完~
BACK