「……こ、これは」
七原は我が目を疑った。
ここは学校だぞ。それなのに、それなのに!
どうして教室が赤い液体で染まっているだ!!
赤い液体の中央には女生徒が一人。
ピクリとも動かない……。
そして、そのそばには杉村が放心状態で座り込んでいた。
「……す、杉村……何があったんだよ」
「…………」
「何があったんだよ杉村ぁぁ!!!!!」
新井田恐るべし!
それは今を去ること一週間前。
「ルンルンルン♪うんっ!アタシってやっぱり天才よね!!」
ヅキこと月岡彰はルンルン気分だった。
ついに出来たのだ性転換できる夢のような薬が。
まだ試作品だが、いずれ完成させて、そのあかつきには三村と……。
「うふふ……待っててね、み・む・ら・く・ん♪」
月岡は薬(見た目はオレンジジュースだった)を机の上に置くといったん教室を後にした。
その数分後だった。体育の授業から男子生徒たちが帰ってきたのは。
一番早く帰ってきたのは新井田和志。
貴子曰く、城岩中学最悪最低の男である。
「あー、疲れた。ん?なんだ、これ?」
それは月岡が作った薬だが、新井田にはジュースにしか見えなかった。
「まあいいか。ちょうど喉かわいたし、置き忘れた奴が悪いんだよ。
オレがいただいておこう」
新井田は言い訳がましいことをほざきながら一気に飲んでしまった。
「お、上手いじゃないか。こんな上手いジュース生まれて初めて……」
え?
新井田は真っ青になった。
声が……声変わりしてから低くなっていた声が!
ま、まるで女の子のように高音になっている!!
そ、それだけではない!!
胸が出てきたのだ。しかも、下半身に妙な感覚。
ま、まさか!!
新井田は慌ててズボンの中をのぞいてみた。
「……な、ない……そんな!!」
一番大切なものが無くなっている!!!
「オ、オレは……オレは……」
新井田はその場に崩れ落ちた。
「し、知らなかった……オレは……
オレは女だったのかぁぁーー!!!?」
そんなバカな!!ついさっきまでオレは男だったのに!!
いや……でも、これは夢じゃない。
と、いうことは間違いなくオレは女だっ!!
15年間全く気づかなかったなんて何てお笑いよ!!
「に、新井田!?」
背後から声。しまった!クラスメイトたちにばれてしまった!!
「お、お、おまえ女だったのか!!!?」
当然のことながらクラスメイトたちは驚いているが勿論新井田だって驚いているのだ。
だが、こうなったらもう開きなおるしかない。
「……ふふふ」
「に、新井田……?」
「もう、こうなった以上隠し通すことは無理なようねっ!!」
男子生徒一同あまりの衝撃に言葉を失っていたが、新井田はすでに失うものは何もなかった。
「そうよ。あたしは女だったのよ!!
でもね、あたしだってつい数秒前に真実をしったばかりなのよ!!
だから騙されてたなんて思わないでちょうだい。わかったわね!!?」
新井田は恐るべき順応性で、自分が女だということを受け入れてしまった。
そんな新井田和志改め新井田和恵を影から見詰める人物がいた。
やだ新井田くんったら。
ううん、もう新井田くんは失礼よね。
和恵ちゃんったら、アタシの薬飲んじゃったのね。
まあいいわ。どうせ試作だし。
このさい、和恵ちゃんに実験台になってもらって観察させてもらいましょっと♪
「……と、いうわけなのよ。男の子なんてカッコつけるのは女の前だけなのよ」
「えー、信じられない」
「でも、和恵がそういうなら、あたし信じるわ」
「それでね。七原くんの裏話なんだけどぉ……」
あれから三日。和恵は今や女子主流派の委員長グループの中心メンバーになっていた。
男だったときは馴れ馴れしいと嫌われた性格。
だが女になった途端、愛想のいい社交性のある性格と受け取られ、あっと言う間にクラスのアイドルになってしまったのだ。
何しろ、和恵は歯並びが悪いという以外は美人なのだから。
つまりクラス的には前よりいい雰囲気になっていた。
だが、そんな平和なクラスについに恐るべき事件が起きてしまう……。
「……これでよし、と」
杉村は日誌を書き終えた。今日は日直だったのだ。
「後は陸上部に貴子を迎えに行くだけだ」
そして帰りは貴子と一緒に帰る約束をしていた。
その時だった。
「す・ぎ・む・ら・く・ん♪」
杉村はギクッとして振り向いた。
「……に、新井田」
「日直、ご苦労様」
「……あ、ああ」
杉村は和恵のことが苦手だった。
「ねえ杉村くん」
「なんだよ?」
「あなた童貞でしょ?」
※&△☆▲X○ッッ!!!!!
な、なんだ!?今、なんて言ったんだ!?
「そうでしょ?貴子、ああ見えて身持ちかたそうだもんねー。
やらせてもらってないんでしょ?杉村くん、かわいそうぉー」
「よせよ。あいつとは幼馴染なんだ。そんないかがわしい関係じゃない」
「本当かしら?ねえ、だったら……」
杉村は顔面蒼白になった。
なぜなら和恵が、まるでキャバクラでホステスが客にするように、杉村の膝の上に座ってきたからだ。
「ねえ、あたしが相手してあげる?あたし悪くないと思うわよ」
「や、ややや……やめろよ新井田」
「やだぁテレちゃって。杉村くんって案外可愛いのね」
その時だった!!
「……和恵、あんた弘樹に何してるの?」
底冷えのするような声が背後から聞えてきたは。
杉村の全身に走る恐怖の戦慄!!
「……た、たたた……貴……」
杉村はゆっくりと振り返った。そして見てしまった。
貴子の形相を。
ひぃぃーーー!!!!!
貴子が!!貴子がぁぁぁーーー!!!!!
4年2カ月15日ぶりに超激怒モードに入ってるぅぅーーー!!!!!
それは幼馴染の杉村だからこそわかることだった。
つまり和恵にはわかっていなかった。
貴子が今切れる寸前だということに。
「やだぁ、貴子ったら、もしかしてヤキモチやいてるの?
あたしと杉村くんが仲良くするのがそんなに気に入らない?」
「……仲良く?」
貴子の眉がピクリと動いた。
杉村の心はもはやムンクの叫び状態。
何とかして、この状況を脱しなければ!!!
「た、貴子ぉっっ!!!恐れながら申し上げますっっっ!!!!!」
もはや杉村は自分でも何を言っているのかわからなかった。
「確かにオレと新井田は不適切な関係にあったかもしれない!!
だ、だが誤解なんだ!!おまえが邪推しているようなことは一切……」
「不適切な関係……ですって?」
「はっ!」
杉村は己の過ちを知った。
し、しまったぁぁーー!!!!!
オレはなんてことを言ってしまったんだっ!!!!!
これじゃあ、ますます誤解されるじゃないか!!!!!
今さら言葉のアヤですなんて言い訳通用しない!!!!!!
責任とれよクリントーンっ!!!!!
「……た、貴子……お、落ち着け」
「説明してちょうだい……どういうことなの?」
「えー、どういうことって。こういうこと?」
この爆発寸前のガス充満状況に和恵はとんでもないことをした。
なんと、杉村の頬にチュッとキスしてしまったのだ!!
ぶちっっっ!!!!!!!!!!
何かが切れる音がした――。
――三十分後――
「杉村!!どういうことだよ、何があったんだよ!!?」
教室の中で血まみれになって倒れていた和恵……。
そばにいた杉村は外傷こそなかったがショックのあまり言葉を失っていた。
「……杉村」
一体何が……どんな恐ろしいことがあったんだ?
だが、今は救急車を呼ばなければ。
救急車の中で和恵は意識を取り戻した。
……た、貴子……よくも……。
和恵はかろうじて生きていた。
よくも、あたしをこんな目に……。
ゆ、許さない……覚えてらっしゃい。
必ず報いを与えてやるわ。
必ず――ね。
その口元がニヤッと引き攣ったのを見たのは誰もいなかった――。
~完~
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