オレの名前は川田章吾。しがない私立探偵さ。
探偵といえば聞こえはいいが実際はそんなカッコイイものじゃない。
よく知らない連中は金田一耕介や明智小五郎。
はては名探偵コナンなんかを連想するだろう。
けどなぁ、事件の推理なんて実際は警察の仕事だ。
私立探偵がするといえば人探しとか浮気調査。
中にはいじめっ子を殴れなんて馬鹿げた依頼もある。
もちろん、そういう依頼は怒鳴って追い返すけど。
とにかく簡単にいえば興信所と変わらない。
そんなオレのところにある日中学時代の同級生七原がやってきた。
顔面蒼白で。まあ、何かあるからオレのところにきたんだろうが。
「……助けてくれ川田」
「用件はなんだ?」
「……実は杉村の家のことなんだけど」
杉村?卒業してから会ってないが風の噂でめでたく千草とゴールイン。
可愛い息子にも恵まれたと聞いていたが。
「……その……貴子さんが子供連れて家出したんだよ。探してやってくれ」
こちら川田探偵事務所
「……貴子……貴子ぉ……」
「なくな杉村……な?」
オレが杉村家に行くと俯いている杉村と必死に慰めている三村がいた。
それにしても一体何があったんだ?
ただのケンカとは違うだろう。
何しろリビングのテーブルの上には置手紙。
『今度という今度は愛想がつきたわ。さようなら』
川田は杉村が座っているソファと向き合うように椅子に座った。
「何があった?」
「いや、本当に些細なことなんだよ」
「そうそう……よく言うだろ、犬も食わないなんとやらって」
川田はこの時怪しいと思った。
当事者の杉村ではなく、なぜ三村と七原が必死に言い訳しているんだ?
「……貴子のバカ、何も家出なんかしなくても」
杉村は俯きながらポツリと呟くようにはき捨てた。
「……それは……オレだって悪いとは思っている。
でも……ちょっと苦労かけたくらいで……」
「……何があった?」
杉村はやっと顔を上げて語りだした。
「七原が……」
七原がギクっと青ざめた。
「……七原が良子先生と共同経営している慈恵館が借金だらけで潰れる寸前だったんだ。
だから……その借金返すために、貴子の花嫁道具全部質に入れてそれでも足りなくて……。
貴子には内緒で貴子が子供の将来の大学費用にって貯めていた積立金も全部贈与した……」
川田は煙草をポロッと落とした。
「……それに三村が」
三村がドキッと顔色を変えた。
「……三村がIT企業を創業するから協力してくれっていうから貴子に相談しないで勝手に会社辞めて。
それでもやっと経営が軌道にのったと思ったら社長(つまり三村の)の株不正取引が発覚して倒産。
貴子は退職金くらいはきっちりはらってもらえっていったんだけど……。
利益を全部三村の異性関係の処理(つまり慰謝料)に回した上にオレが三村の代わりに相手の女達に頭下げて。
それが忙しかったから、つい結婚記念日も忘れてしまって……」
川田は頭を抱えだした。
「……挙句のはてに貴子がやっとの思いで警察に突き出した新井田。
あいつが『許してくれ』って泣いてあやまるからついかわいそうになって……。
オレの一存で勝手にストーカー被害取り下げたんだ……」
川田はなんだか怒っているようだった。
「だけど!!だけど、こんなことくらいで家出するなんて!!!!!」
「このドアホ!!!逃げられて当然だっ!!!!!」
川田の鉄拳が炸裂していた。
「まったく、よく5年ももったものだ。他の女だったらおまえはとっくに路頭に迷っていたぞ!!」
「…………」
「なんとか言ったらどうなんだ杉村!!」
「……違う」
「何がだ」
「……もっと……貴子みたいに叱ってくれ」
「っっっ!!!!!」
オレに!!このオレに千草みたいになれだとぉ!!!?
川田はワナワナと震えだした。
「川田、頼む!!杉村の願いを聞いてやってくれ!!」
「そうだ、おまえなら出来る。人生経験豊富なおまえなら!!」
負い目があるのか七原と三村は必死になって頼んできた。
「…………お、おまえらなぁ」
「今度だけだ、今度だけ。な?」
七原……オレが義理人情に弱いことを知っていながら!!
「……今回だけだぞ」
「ああ」
「一回だけだからな!!」
「ああ!!」
川田は覚悟を決めて深呼吸をした。
そして右手を大きく振り下ろした。
バチン!!と平手打ち。
「いい加減にしなさいよ弘樹!!!!!」
「すまない川子!!」
はぁ……はぁ……なんで、オレがここまでサービスを。
「……少しは立ち直れたか杉村?」
オレがここまでしてやったんだ。当然立ち直るだろうな?
「…………違う」
「はぁ?」
「…………貴子はもっと手首にひねりがきいていた。
おまえの平手打ちは単なる力任せだ……。
やっぱり、おまえは貴子の代わりにならない……」
「っっっっっ!!!!!!」
川田、怒りで声も出ない。
「もうオレは知らん!!勝手にしろ!!!」
川田は完全に激怒モードにはいってしまい出て行こうとした。
その時、ふとリビングの隅にあった写真が目に入った。
(……結婚写真か)
結婚の記念写真だけじゃない。
新婚旅行の写真、それに子供と3人で撮った写真……。
「…………」
「……貴子……オレが悪かった。帰ってきてくれ……貴子」
「泣くな杉村、おまえは全然悪くないぞ」
「七原の言うとおりだ。こんなことくらいで家出るなんて千草が忍耐力ないだけなんだよ」
杉村はかなり精神的にまいってしまっている。
(……まったく、しょうがないな)
川田はカップルマニアだ。その川田は写真を見たとき思ったのだ。
『いいカップルに見える』――と。
探してやるか……。
川田はそう決意して杉村家を後にした。
後には杉村と七原と三村が残された。
「なあ杉村、気晴らしに酒でも飲まないか?オレがおごってやるから」
「そうだ、嫌なことは忘れて今夜は盛り上がろうぜ」
「……七原……三村……おまえたちは本当にいい友達だよ」
「「当たり前だろ?」」
――二時間後――
「チクショーー!!女房が亭主に逆らうなんて何考えてやがるんだーー!!」
「いいぞ杉村ぁー!!もっといってやれーー!!」
「そうだ、そうだ!!あんな生意気な女おまえから三行半つきつけてやれ、ひーくっ」
三人はすっかり出来上がっていた。
これが後の悲劇に繋がるとは……。
「……はぁ」
貴子はレストランで子供と食事をとっていた。
だが食事など喉を通らない。
「ママ、おうち帰らないの?」
「……ん?」
「パパとケンカでもしたの?」
子供というものは親が思っている以上に敏感ね。
貴子は溜息をついた。その時だった。
「そろそろ戻ってやったらどうだ?」
テーブルの向かい側に懐かしい顔があった。
「……川田」
「杉村のやつ泣いてたぞ」
「……知らないわよ。お人好しも度が過ぎているのよ」
「確かに、あいつはお人よしというよりただのバカだな」
貴子の表情が変わったが川田は続けた。
「あんなのと人生共にしたら、おまえさんどころか、その子まで将来ダメになる。
まああれだな、あいつは他人に利用されるだけ利用されるただのア……」
バチャ!川田に水がかかっていた。貴子がコップの水をぶちまけたのだ。
「確かにあいつはとんでもないお人よしよ!!
でも、なんでそれをあんたに悪し様に言われなくちゃいけないのよ!!
あいつはただ優しすぎるだけなのよ!!
あいつのこと何も知らないくせに悪く言うなんて絶対に許さないわ!!!」
「…………安心した」
川田はニヤリと笑った。
「それだけ腹立つってことは愛情が冷めたわけじゃないんだろ?」
貴子は思わず言葉に詰まった。
「戻ってやれよ、その子の為にも。子供には両親が必要なんだ」
「…………」
「オレは母親に死なれて親父しかいなかった。
その親父も政府に殺されてな……。
親がいない辛さはオレが一番わかっている」
貴子はまだ迷っているようだったが、川田は確信していた。
きっともとの鞘に収まるだろうと。
「おーい、また酒切れだぞ、酒切れぇぇーー!!!」
「ひっく……よーし、待ってろ、酒屋にすぐに注文して届けさせてやる」
三人だけの宴はまだ続いていた。
部屋中、ビール缶であふれ散らかっていた。
「だいたいなぁ、ひっく……杉村、おまえ甘すぎたんだよ女房に」
三人の顔は完全に赤くなっていて、理性は吹っ飛んでいた。
「そうそう、三村の言うとおりだ杉村。普段からきっちり調教して置きべきだったな……ひっく。
こんな程度で家出なんてしてたら全世界の離婚率は400パーセントだっつーの……」
「だよなぁ?……やっぱり全面的にあいつに非があるのかなぁ?」
「「当然、当然」」
「ちっくしょー……オレが大人しくしてると思ってつけ上がりやがって……。
帰ってきたって家には入れてやらないからな!!」
「いいぞ杉村ぁーー!!その調子だ!!!」
「近所中に宣言してやれ!!」
「ああ!!」
杉村は玄関に走りドアを一気にオープンして叫んだ。
「貴子のバカ野郎ーーー!!!!!
出て行ってくれてせいせいしたぜっっ!!!!!
二度と帰ってくるんじゃねえーーー!!!!!」
玄関の前に今しがた家に到着したばかりの貴子が子供の手を引いて立っていた――。
「!!!!!!!!!!!!!!!」←杉村の心の叫び
……シーン……辺りは静まり返っていた。
真っ赤だった杉村の顔は一気に青ざめた。
一瞬で意識が戻ってしまったのだ。
「どうした杉村?もっと言ってやれよ」
三村がリビングルームからやってきた。
が!貴子を見て三村の理性も一気に復活。
顔面蒼白になって、ただこの光景を見詰めた。
「二人ともいつまで玄関にいるんだよ……さっさと戻って続きを……」
七原がやってきた。そして貴子を見た。
瞬間、一気に脳内に電流が走ったかのように三メートルも後ずさりして壁に激突。
その時、上から壁にかけてあった絵が落ちて七原の頭に当たったが痛みすら感じない。
この時七原は心の中で叫んでいた。
『神様!!どうして、オレは気を失っていないんですか!!!?
まさに絶好のチャンスだったのに!!!!!』
全員が言葉を忘れたかのように黙っていた。
ただこの状況を理解できない幼子だけが「ママ、パパがバカ野郎、帰ってくるなだって」と杉村が忘れたいことを復唱していたが。
「……た、た、たか……貴子……そ、そ、そ、その……」
ようやく杉村が言葉をつむぎだした。
「い、今のは……じょ、冗談……なんだよ……そ、その……」
だが、ジョークで済まされない雰囲気がそこにはあった。
「貴子!!許してくれっっ!!!!!」
「汚らわしい!!!!!」
貴子はすがってきた杉村を突き飛ばした。
「あんたの本心よくわかったわ。お望み通り出て行ってあげるわよ。
後で離婚届に署名捺印して送っておくから」
「た、貴子!!!!!」
「ママー、パパ泣いてるよ。どうしたの?」
「あの人はね、もうあなたのパパじゃないのよ」
「!!!!!!!!!!」
「今日からおじいちゃんやおばあちゃんと一緒に暮らすのよ、嬉しいでしょ?」
「うん!」
「じゃあ、さよなら弘樹。二度と会うことはないけど元気でね」
こうして失神寸前の杉村を残して貴子たちは行ってしまった。
「今頃、千草たちは家についたころかな?
全く、金にならないとはいえいいことをするのは気分いいものだ」
川田は煙草をくわえ満足感にひたりながら夜空を見上げていた。
もっとも、この一時間後に再び七原が泣きついてきたのは言うまでもない。
そして、なぜか杉村の付き添いで貴子の実家に行って一緒に頭を下げる羽目になったのも言うまでもない。
さらに何とか離婚を回避したがいいが、その後ますます杉村は貴子に頭があがらなくなったのは言うまでもない。
メデタシメデタシ。
~完~
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