「どうしよう。随分、遅くなっちゃった」
知里は廊下を走っていた。
日直当番。相方は学校一のプレイボーイの三村信史。
モテモテの三村だったが、このクラスに限って言えば女生徒の評判は良くなかった。
やはり女の子を渡り歩いているというのが原因らしい。
特に学校一の美人と評判の千草貴子などは三村が貴子の幼馴染杉村と会話でもしようものなら、まるで親の仇を見るような目で三村を睨んでいた。
「顔はカッコいいんだけどね」
そういう知里も三村にはあまりいい感情を持ってなかった。
今日だって日直なのに、大会が近いからってさっさと部活に行くんだから。
「松井」
その時、廊下の向こうから声がした。
「三村くん」
「悪いな。後は俺がやるから、おまえは帰れよ」
なんと部活に行ったはずの三村だった。
「え?でも……まだ随分仕事残ってるのに」
「いいから。暗くなると女の子には危ないだろ?」
そう言って、知里が抱えていたゴミ箱をひょいと取ってしまった。
「かわいい女の子がこんな時間にうろついてみろ。襲ってくださいっていうようなものだぜ」
かわいい……それは社交麗辞かもしれないが、知里は生まれて初めてだったのだ。
男の子にそんなことを言われたのは――。


ずっとあなたが好きだった ・ ・ ・


「知里、ねえ知里聞いてるの?」
「え?あ、ああ……うん、聞いてるよ」
「そう。じゃあ知里の意見は?」
「意見?」
「やっぱり聞いてないじゃない」
幸枝は溜息をついた。
幸枝はこのクラスの女生徒最大派閥女子主流派グループのリーダー。
今もいつもの仲良しを集めて井戸端会議をしていたのだ。
でも最近はどうも知里の様子がおかしい。
勘がよく、思ったことはズバッという幸枝ははっきりと言った。
「好きなひとができたのね」
知里は真っ赤になって「そ、そんなことないよ」と大慌て。
「まったく……そんなに赤面して言われても説得力ないわ。
それで誰なの?知里のハートを射止めたひとって」
「……う、うん。あのね」
知里は躊躇した。
三村はクラスの女生徒からは評判が悪い。
正直に言ったら絶対に「やめなさいよ。三村君は知里の手に負える人間じゃないわ」といわれるのがオチだ。
「ほら。はっきり言いなさいよ。応援してあげるから」
「……で、でも」
その時だった。


「ちょっと三村。どういうことよ」
クラス一の美人で、しかも気の強さもクラス一番の貴子の声が聞こえた。
「ど、どういうことって?」
その迫力に、さしもの三村も少々慌てている。
「弘樹にこんなものかすなんて、どういう神経しているのよ!!」
貴子がグラビアアイドルうっふんヌード写真集を三村に突き出していた。
「そ、それは!!」
貴子の後ろで杉村がすまなそうに三村を見詰めていた。
「あんた、弘樹に無理やりこんなものみろって押し付けたそうね。
弘樹はあんたと違って真面目だけが撮り得の男なのよ。
どういうつもりなのよ!!」
「おい、そういうものを好むのは男の本能だぜ。
杉村はいつも中国の詩集ばっかみてて不健全だからオレは親切で……」
「あんたの口から不健全なんて、泥棒が警察を卑怯呼ばわりするようなものよ!」
「それはちょっと酷いんじゃないか。千草って結構オレのタイプなんだぜ。
好みの女の子にそんなこと言われると傷つきやすいオレは辛いんだぞ」
……ズキっ。なんだか心が痛んだ。


(千草さん美人だもんね……それに勉強もスポーツも出来るし。
やっぱり三村くんくらい凄いひとからみたら、あたしみたいな平凡な女の子何の魅力も感じないと思う。
千草さんくらいレベルの高い女の子でないと三村くんの相手は無理かもしれない)
知里の表情が曇ったのを幸枝は見逃さなかった。
「あんたにタイプなんて言われても嬉しくないのよ。
金輪際、うちの弘樹に妙なマネしないで頂戴。
今度やったら、弘樹とは絶好させるから。行くわよ弘樹」
「あ、ああ」
貴子は複雑そうな表情で三村を見つける杉村を連れて帰ってしまった。
幸枝は小声で知里に言った。
「ねえ。もしかして……三村君なの?」
「!!!!!」
知里の顔が瞬間的にゆでだこになった。
「……やっぱり」
幸枝は何だか頭を押さえていた。









―一週間前――
「ありがとう三村くん」
結局、三村は残った仕事はほとんどやってくれた。
その上、暗くなったからと知里を家まで送ってくれたのだ。
「気にするなって。オレもこっちの方に用事があったからついでだよ」
『用事』?なんだろう?
「じゃあな」
玄関に入ると知里は昨日カップケーキを作った事を思い出した。
そうだ。お礼に。
外に出ると三村はいなかった。
(どこに行ったんだろう?)
まだ遠くには行ってないはず。
少し歩いた。するとポンポンとボールの音が聞こえた。
(公園からだ)
それは知里の家のそばにある公園だった。
バスケのリングがあるので、ストリートバスケが出来る数少ない名所。
知里は好奇心からチラッと見てみた。
(三村くん?)
それは衝撃だった。三村がバスケ部だったのは知っていた。
でも三村がゴールを決めるシーンは一度も見たことが無い。
三村が素晴らしく整った姿勢でボールを投げ、それが弧を描いてスッとリングにゴールする。
それはとてもとても絵になるシーンだった。
何より三村の真剣な表情がとてもとてもカッコよかったのだ。
この瞬間、知里は恋に落ちていた――。









「そんなことがあったんだ」
幸枝は溜息をついていた。
本当なら三村君はプレイボーイだからやめなさいと言いたかった。
でも七原に恋している自分には知里の気持ちもわかる。
「……でも、三村くんにはきっとあたしなんか眼中にないよ」
「……千里」
「三村くん、千草さんみたいな綺麗なひとがタイプだから」
「何言ってるの。第一、貴子のほうは三村くんのこと嫌っているじゃない」
「……うん、でも」
「恋愛って顔とか成績のよしあしだけじゃないと思う。
一番、大事な事はどれだけ相手のことを知って、どれだけ好きになれるかってことよ。
そんなに好きならアタックすればいいじゃない」
「……反対すると思ったのに」
「反対よ。凄く反対。でもね……何もしないで悩んでいるよりマしよ」
「そうね」
「とにかく、他の女生徒には知らない三村くんの情報集めて頑張ってみなさいよ」
「うん。でも、どうやったら?」
「一人、知ってそうな人間がいるのよ。ちょっと特殊なひとだけど……」









「アタシに三村くんの情報を教えて欲しいですって?」
う……っ。やっぱり、このひと苦手だな。
不良グループ所属以前になんだか怖い。
知里はそう思った。
第一、恋敵の自分に教えてくれるだろうか?
「わかったわ」
ところが、その特殊な人物こと月岡彰はあっさり承諾。
「いいの月岡くん?」
「ええ、同じ男を愛する女同士、気持ちはわかるわ。
それにアタシはあくまでフェアがすきなのよ」
よかった……外見と違っていいひとで。
「でも、アタシが知ってる情報なんて本当に些細な事よ。
きっと三村くんの親衛隊の子たちに比べたら全然大したことないわ。
それでもいいわね?」
「うん」
「そう、よかった。じゃあ言うからメモして。まずは三村くんの誕生日は……」
知里はメモを取り出した。


「19XX年、○月、△日、□曜日の午後6時35分。場所は高松市立病院第三分娩室よ」
「え?」
知里は思わずペンを落とした。
「ほらほら、何やってるのよ。次いくから早く拾ってメモりなさい」
「う、うん」
「担当医師は坂持発子という女医で、直接取り上げたのは当時の産婦人科の看護婦長ね。
ああ、そうそう。三村くんのお父さんってね、仕事で立ち会ってなかったそうよ。
生まれて三時間後の到着なんて、ちょっと酷いと思わない?
ちなみに妹の郁美ちゃんも同じ病院で生まれているわね。
三村くん、妹が出来たって大喜びだったそうよ。
ああ見えて三村くん、すごく妹思いで郁美ちゃんのお気に入りの白いワンピースにブルーのスカート、それに革ジャンは三村くんが誕生日にってバイトして買ってあげたものだもの。
でも、そのバイト先っていうのが、いかがわしいビデオしか置いてない深夜営業のレンタル屋っていうのがちょっとね。
あんなところで中学生がバイトしてよくばれなかったわよ。
でも三村くんの家庭はお父さんが三度も浮気しているからガタガタなのよ。
その代わりに叔父さんが三村くんを育ててくれたようなものね。
好きな食べ物が焼きうどんなのも叔父さんの手作りが美味しかったからだそうよ。
ちなみに三村君は味醂を少々多めに味付けしたほうがいいらしいわ。
でも甘党ってわけじゃないの。どっちかといえば辛党よ。
だってカレーはバーモントなんだけど、いつも辛口ばかり食べているもの。
三村くんの初恋は小学二年生の時の担任の先生よ。
恋した理由は大好きな叔父さんに初めて連れられて見に行った映画のヒロインに似ていたから。
可愛いところあると思わない?
この頃から三村くんは叔父さんにバスケだけじゃなく、ハッキング。それにケンカ、とにかくあらゆることを教えてもらっていたそうよ。
初めての実戦は小学六年生。相手は中学の不良で、相手のパンチをよけてカウンターパンチ。
とどめに急所を蹴り上げてジ・エンドだったとか。
ああ、余計なことだったわね。
でも三村くんってばパソコンに外人女のヌード画像を取り入れているんだから、しょうがない子よね。
パソコン教えてくれた叔父さんも草葉の陰で泣いてるわよ。
一番のお気に入りはブロンド美女らしくてね。彼女の無修正写真だけで21枚も保存してるのよ。
あ、安心して。ちゃんとパスワードでパソコンは守られているから誰も除いたりできないわ。
パスワードは『DANNKUSYU-TO』よ。長いから、まず気付かれないし。
三村くんは好きな色はブルー系ね。八畳サイズの部屋は壁は白、カーテンはブルーだもの。
三村くんってプレイボーイで薄情に見えるかもしれないけど、叔父さんとの写真を机に今でも飾っているのよ。
それに三冊あるアルバムも大半は叔父さんと一緒だし。
けっこう肉親の情にあついところがあるのよね。可愛いでしょ?
知里ちゃんが一番知りたいのは三村くんの異性関係よね?
言っとくけど聞くのは辛いわよ。彼、遊んでいるから。
ファーストキスなんて小学五年の夏休みなのよ。相手は同級生の女の子。
初体験なんか中学一年の三学期。相手は何と高校生よ、高校生。
今まで累計三人の女の人と関係持ってるわ。
でも、キスどまりな彼女を数にいれると、今まで13人の女の子と付き合ってきたのよ。
現在は4人の女の子と同時進行。もう本当に悪い子なんだから!
好きな教科は英語に数学、それに化学。苦手なのは国語と歴史。
三村くんは反政府思想が強いから政府が作り上げた歴史が嫌いなのよね。
ちなみに今学期の成績は英語、数学、体育が5。理科4。国語と社会が2、美術2、技術3、保健3.
定期テストの順位は学年257人中101位。全く、頭はいいのにテストの点は悪いんだから。ふぅ。
目下の進学希望校はXX高校英数科。第二希望は△△高校普通科。
○○高校からはバスケの推薦入学が話があったんだけど、あそこは右翼思想強い高校だから呆気なく断ってるわ。
将来の夢は叔父さんの意思を受け継ぎ、反政府活動に身を投じること。
アタシが知っている情報なんて、この程度よ」
知里は深々と頭を下げた。
「……まいりました先生」









「知里、どうだった?」
「もういいの」
「もういいって?」
幸枝は少しホッとしたが反面拍子抜けもしていた。
「……三村くんのことは本当に好きだけどあきらめたわ」
「どうして?」
「だって、このクラスにはあたしなんか足元にも及ばないくらい彼のこと想っているひとがいるんだもの」









「うわぁぁぁぁーーー!!!!!!!!!!」
「ど、どうしたのシンジ!?これで10回目だよ!!」
「い、いま……いま背筋に物凄く冷たいものが走ったんだ!!」


~完~


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