一ヶ月くらい前の春休みだった
「…なあ秋也」
「ん?何だよ」
少し頬を染めながら
「オレ好きなひとできた」


ツーメン&ウーマン


「ねえ、シューヤたち最近変だよね。ケンカでもしてるの?」
「さあ、一緒に住んでるんだからオレたちにはうかがい知れないものもあるんじゃないのかな」
「まっ、詮索なんてしない方がいいぜ豊」
「でも…」
豊は心配だった。杉村と三村は、子供じゃないんだから、ほっとけというが、豊は気になって仕方なかったのだ。

……本当に最近変だよ。あんなに仲良かったのに

別に2人は仲違いしているわけではない。
普通に会話もしてるし、いつものように一緒にいる。
ただ、なんとなくギクシャクしているように見えるのだ。
気のせいならいいのだが……














「「ただいま」」
「お帰りなさい、シューヤおにいちゃん、ノブおにいちゃん」
幼い子供たちが駆け寄ってくる。 七原とノブにとっては大事な『弟』や『妹』たちだ。
「お帰りなさい、秋也くん、慶時くん」
そして館長の安野良子先生。2人にとって母のような存在。
いや、まだ若いんだから母親なんて失礼かな。
年の離れた姉と言ったほうが合ってるかもしれない。
「ただいま良子先生。今日は学校で……」
ノブは嬉しそうに学校での出来事を話す。
両親に捨てられたノブにとっては、母以上の女性なのだろう。
もちろん七原にとっても、死んだ母を除けば最愛の女性なのだが。

しかし、2人には、良子先生と同じくらい大切なひとが、もう一人いた。
ただ、良子先生に対する想いは、家族愛だが、そのひとへの想いは、全く、また違う。

「そうだ、明日、美恵ちゃんが来るのよ 」
「「ッッッ!!!!!」」
「2人に会えるの楽しみにしてたから」




七原とノブは同室だ。部屋に入ると、2人は同時に溜息をついた。
「あのさ、秋也。オレたち、ずっと一緒だったよな」
「ああ、ノブはオレにとって一生の友達だよ」
「オレも秋也とは、ずっと仲良くやっていきたいよ」
「オレたち……性格は違うのに気が合うもんな」
「そうだよな……でも、こればかりは合って欲しく無かったよ」
「同感だよ、ノブ」
2人は同時に溜息をついた。















「…なあ秋也」
「ん?何だよ」
一ヶ月前の出来事だ
「オレ好きなひとできた」
「誰だよ。典子さんか?」
「違うよ。前は好きだったけど……」
ノブは知ってしまったのだ。典子が超ハードな24禁やさい同人誌の愛読者だと言うことを。
そして見てしまったのだ。誰もいない放課後の教室で、典子が、その物凄い同人誌を舌なめずりしながら「へっへっへ……たまんねぇ…」と読みふけっている姿を。
こうして淡い恋は、一瞬にして恐怖へと変貌した。まあ、無理もないが。


「じゃあ誰だよ。うちのクラスの子か?」
「違うよ。でも、おまえもよく知ってる人だ」
「もったいぶらずに教えろよ」
「……美恵 さん」
「……美恵 さんっ!!?」
良子先生の遠い親戚で、2人より二つ年上の優しくて温かい女性だ。1年前近くに引っ越してきてから毎月のように慈恵館に来て、子供たちの面倒を見てくれる。
ノブは、いつしか、そんな美恵に憧れではない、もっと強い感情を抱くようになっていたのだ。
「あのさ秋也、応援してくれよな」
照れながらノブはいった。
「ダメだ、絶対にダメだ。オレ、応援なんて出来ない」
「何でだよ、冷たいじゃないか。オレたち友達だろ」
「オレも、美恵 さんのこと好きなんだっ!!」
「え?」














「……ちょっと早かったかな」
美恵 が来る。いつもなら嬉しいことなのに、何となく複雑な気持ちのせいか、ろくに眠れなかった上に、もう目が覚めてしまった。
外は、やっと太陽が昇り始めたばかりだ。
七原は……すやすや寝てる。ひとの気も知らないで。

――きっと秋也は余裕なんだ。オレと違って

ノブは、もう一度寝る気にもならなかったので、庭の花壇に水をやりながら、そう思った。


――秋也、ハンサムだもんな。オレと違って
――それに運動神経いいし、性格もいいし
――ギターを弾いてるときなんか、すごくかっこいいし
――学校の成績は……まあ、たいしたことないけど
――でも、それを差し引いても十分いい男だよ
――うちのクラスの女子にも一番人気あるんじゃないのか?


どう考えても、たいして見栄えもよくないし、これといって取り得のない自分に勝ち目はない。
オレが女だったら、絶対に秋也を選ぶよ。誰が見たって、オレより秋也の方が美恵さんに似合ってる。
そう思うと、ちょっぴり悔しかった。
でも……秋也なら。 大事な親友と、大事なひとだから……きっと祝福してやれる。


「うん、そうだよな。秋也は絶対に浮気しないだろうし、きっと彼女を大事にする」
「ノブくん、何言ってるの?」
その声にノブは咄嗟に振り向いた。
「……美恵さんっ!!聞いてたの?今の話!!」
「ううん、最後の大事にする、って、ところだけ。独り言?」
「う、うん、そうなんだ。でも早かったんだね。こんな早朝に来るとは思わなかったよ」
「ノブくんこそ偉いわ。こんな朝早くから庭の花壇の世話なんて」
「たまたま早く目が覚めたから」
「それにしたって、普通の男の子なら、こんなことしないわよ。ノブくんは優しいのね」

やっぱり綺麗なひとだなぁ……秋也と並んだら山本と小川のカップルなんてたいしたことないよ

「ねえ、もしかして悩み事でもあるの?私で良かったら相談に乗るけど」
「悩み事…ってほどでもないんだけど」
やや、ためらってノブは思い切って切り出した。
「秋也に好きなひとができたんだ」
「秋也君に?素敵じゃない、秋也君ハンサムだし、きっと相手も好きになってくれるわよ」


――だよなぁ……聞くんじゃなかった……撃沈


「でもノブくんだって、同じくらい素敵な男性よ」
「え?」
ノブは耳を疑った。
「だって、オレ……秋也と違ってハンサムじゃないし、ギョロ目でふけてるし」
「あら、気付いてなかったの?ノブくんの目、誰よりも優しいのよ。顔だって、すごく親しみやすい、いい顔じゃない」
「秋也は、ギター上手いし、スポーツ万能だし、女の子にモテモテだし」
「誰にだって、長所はあるわよ。もちろん、ノブくんにも」
「だってオレ、スポーツダメだし、学校の成績だって良くないし……」
「今だって、花壇の花に水を上げてたじゃない」
「………」
「横断歩道でお年よりの手を引いてあげたでしょ?」
「………」
「子供たちもノブくんに一番懐いているわ。いつも言ってるわよ、ノブおにいちゃん大好きって」
「………」
「迷子の仔犬の飼い主を夜遅くまで探したり、良子ねえさんが風邪で寝込んだ時だって徹夜で看病したのノブくんじゃない」


――美恵さん、見ててくれたんだ


「ノブくんは誰よりも優しいわ。自信を持って。私だって、そんなノブくんのこと大好きだもの」
「ッッ!!!!!」


――社交辞令だってわかってるけど、だけど……


「あ、あの美恵さん。オレ…秋也みたいな、いい男になれると思う?」
「そうね。男の人って、何年もたてば変わるもの」
そう言うと、美恵はノブと二十センチも離れていないくらい傍に来た。
ノブの心臓が高鳴る……ドクン…ドクン……
ノブの頭に、そっと手がおかれた。


「私と同じくらいだね。1年前は、私のほうが高かったのに」
「う、うん」
「きっと来年には、もっと高くなるわよ。高校を卒業する頃には、すごくかっこよくなってるかも」
美恵さんと歩いても見劣りしないくらい?」


わー、バカバカっ!!何、図々しいこと言ってるんだよ。オレは!!


「そうね。楽しみにしてるわ」









「なあ秋也」
「なんだよノブ」
「オレ……彼女のことあきらめてたんだ」
「彼女って、美恵さんの事か?」
「他に誰がいるんだよ。それで、オレ、おまえと彼女の応援しようと思ってた」
「ホントか?」
七原の顔がぱぁっと輝いた。
「でもやめた」
「え?何でだよ」
ちょっぴりすねる七原。
「オレ、やっぱり、もう少し頑張ってみる。彼女に釣り合うくらい、いい男になれるように。
そりゃあ、オレなんかが、いい男になれるわけないかも知れないけど。最初からあきらめるのだけはやめたんだ」
「……そっか、そうだよな」
「でも秋也とも、ずっと友達でいたい。いいよな?」
「バカ、当たり前だろ?オレたちは一生親友だよ」

お互い微笑んだ。その時――

バタンッ!突然ドアが開く。

「秋也くん、ノブくん」
「「美恵さんっ!!」」
「どうしたの慌てて?ケーキ焼いたの、二人ともどう?口に合うかどうかわかんないけど」
「えっ、嬉しいなぁ。美恵さんのケーキが口に合わないわけないよ」

おいおい、ノブ。態度ですぎだよ

「そう、よかった。じゃあ、用意するから、食堂に来てね」
そう言って、再びドアの向こうに消えた彼女の後姿を見て、七原とノブは手を握り合った。


「でも美恵さんは渡さないからな、ノブ」
「オレだって、負けないよ」
「正々堂々と勝負だ」




はたして二人のうち、どちらかが彼女の心を射止めることが出来たのか?
それは神のみぞ知る


アーメン