―――ほら泣くな――ちゃんがついててやるから
―――泣くな美恵
妹よ――だ
んっ…誰だ?
――わだ
静かに寝かせてくれ
「川田ぁぁッッ!!!!!」
「うわぁぁ!!なんやっ!!!」
「バカヤローッ!!授業中に寝るとは何事だぁ!!!」
突然耳元で鼓膜が破れんばかりのモーニングコール
色っぽいネェちゃんならともかくキタノじゃ目覚めが悪すぎる
しかも弾丸チョークのオマケつき
「くゥ~~っ」
額を押さえ、うめく川田。
「ったく、そんな様だから、中学で留年くらうんだ、覚えとけ。さて、と」
改めて、教室を見渡したキタノは、まるで一喝せんばからりの大声で叫んだ。
「野郎ども喜べ!!転校生を紹介するぞ!!!」
「「「「「ウォォォッッーーー!!!!!」」」」」
転校生が女生徒だという情報は、すでに二日前からB組の全生徒に知れ渡っていた。
しかも、なかなかの美人だということだ。
もちろん未確認情報ではあるが、男子たちは、すっかり、その気になっているのだ。
「愛知県から来たばかりで、色々わからない事も多いだろうからな。親切にしろよ
」
愛知県……?
歓喜の渦にいるクラスメイト(男子限定)とは別に、
その転校生とやらに対して興味の無かった川田が、ふと思った。
そういえば、あいつも愛知県にいるんだったなぁ……元気でやっとるかな?
「よーし、はいっていいぞ」
ガララ……ドアが開いた。
「初めまして。鈴原美恵です
」
「「「「「ウォォォッッーーー!!!!!すっげぇ美人だ…」」」」」
と、その時だった。全男子生徒の歓喜を掻き消すような……
「ウワァァァッーーー!!!!!!!!!!」クラスメイト全員が振り返った。そして見た。
川田が顔面蒼白になって立ち上がっているのを。
「な、なんだ?どうした川田!!」
「……い、いや……なんでもない……」
「悪いもんでも食ったのか川田?まあいい。えーと鈴原の席は……と
」
「センセー、センセー」
川田の絶叫とは裏腹に能天気な声が響いた。
「オレの隣空いてまーす」
クラス、いや全校一のプレイボーイ三村!!そう、奴は女の敵!!!
「なに言ってんだ。おまえの隣は瀬戸だろうが」
「豊は風邪のシーズンは休学も同然だしかまわないですよ。
オレ美恵ちゃんには色々教えてやりたいし♪
」
「三村っーーー!!!!!」
「えっ?」
三村は我が目を疑った。
な、なんで川田がオレの襟首掴んで体持ち上げてんだ!!!!?
しかも、おまえ今自分の席に座ってただろう!!!!?
オレとおまえの席、随分離れてるのに!!!!!
瞬間移動かぁぁ!!!
って、いうか、いつからエスパーに!!?
「キタノ先生。オレの隣も空いてますけど」
貴子曰く、B組最悪の男・新井田。
がっ!!!!!
ギラッ!!!←川田の目が警告を発した。
「や、やっぱり、ここの席は日当たり悪いから、やめた方がいいでーす……」
「ったく、しょうがねぇなぁ……」
「先生、桐山君の隣が空いてますけど」
委員長の内海幸枝だった。
「おお、そうだったなぁ。灯台下暗しだ。
まあ、あいつの隣なんて転校生には刺激が強すぎるかもしれんが、
幸いにも、あいつは三日に一度しか来ないからな」
こうして無事美恵の席は決定した。
「鈴原さん、よろしく」
「わからないことがあったら何でも聞いてくれ」
「あたしは千草貴子。よろしくね」
「よろしく。私のことは美恵って、呼んでね」
美恵の席は、このクラスでは特等席。
なぜなら、その周囲を取巻く七原、杉村、貴子はとても親切で優しい。
転校生活第一日目は(ちょっとハプニングがあったが)なかなかの滑り出しだ。
今だにチラチラとこちらを心配そうに見詰める川田に気付き
ちょっと可笑しくもあった。
クスクス。心配しすぎよ。
「ああ、そうだ。誰か鈴原に学校案内をしてやれ。誰がいいかな……」
キタノが教室を見渡していると、美恵が元気よく手を上げた。
「先生、指名してもよろしいですか?」
「いいぞ」
「クスクス」
「何が可笑しいんや!!」
上機嫌の美恵とは裏腹にブスッとした面持ちの川田。
「だって可笑しくて……それによかった」
「何がや?」
「思ったより、ハンサムなひとが多くて」
「え”っ?」
「ほら、例えば、三村君」
「あかんあかんんんっっっ!!!!!!!!」
その時の川田の形相は凄まじいものだった――と後世の歴史家は伝えている。
「あいつは女を下半身でしか考えん、とんでもない女っタラシや!!!!!」
「ハーックション!!!」
「どうした三村?」
「誰かが噂してんのかな?」
「そういえば三村君より劣るけど、あの新井田君もけっこうハンサ……」
「あかんあかんんんっっっっっ!!!!!!!!!!」
さらに凄まじい形相だった――と後世の歴史家は伝えている。
「あいつこそ、遊びだけが目的!!!しかも手段がエゲツないストーカー予備軍やっ!!!!!」
↑貴子よりの情報
「ハーックション!!!……どっかで美人がオレの噂してんのか?」
「バッカじゃないの!!」←貴子
「それに七原君に杉村君」
「やめとけ、やめとけ。あいつらは安全だが、女持ちや」
「そうなの?」
「七原は委員長の彼氏。杉村は千草の尻にひかれまくっとる」
「残念ね。でも、他にも……」
「いいかげんにせぇ!!!」
「………」
「おまえ、オレを困らせて楽しんでるのか?!」
「違うわよ」
「オレを苛めて面白いのか?第一何で、おまえが転校して来るんだ?オレは一言も聞いてへんかったぞ!!」
「驚かそうと思って黙ってたの……」
それから川田を見詰め先程とは全く違う笑みを見せた。
ちょっぴり寂しそうな笑顔。
「もう5年になるものね。私が叔父さん夫婦の養女になって」
それを聞いた瞬間、川田は言葉を詰まらせた。
不機嫌な顔が困惑した表情に変わり、さらに俯き加減になっている。
「あっ、でもね。叔父さん……ううん、義父さんも義母さんも、すごく良くしてくれてるのよ。今じゃ本当の両親だと思ってる」
「………」
「ただ、ただね……私」
「もういいオレも悪かった」
「……うん」
気まずい雰囲気
「……あっ、そこの階段降りるとな中庭があるんや。
園芸部が精出しまくったおかげで綺麗な花壇があってな。ちょっとした花園やで」
「本当?私、花って大好き!」
駆け出す美恵
「おいっ、慌てるな!!危な……」
川田が言い切る暇も無かった。
「キャーーー!!!」
「美恵!!!!!」
顔面蒼白になり駆けつける川田
「大丈夫か?!」
「うん……足ひねったみたい……痛い」
美恵の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
「……しょうがないなぁ。ほら」
川田が美恵の前に回り、腰をおとしてオンブの体勢をつくる。
「いいよ歩けるから……っつ」
「アホっ!!泣けるほど痛いのに意地張るな!!!」
「………うん」
ややためらいながらも美恵は川田の首に手を回した。
「何だか恥ずかしい……」
「贅沢抜かすな!!」
「でも本当に久しぶりだね。おぶってくれたの」
「そうだな」
その広い背中に美恵はそっと顔をうずめた。
あったかい……それに、すごく大きい……
あの時みたいだね……私が土手で滑ってケガした時みたい……
―――ほら泣くな、兄ちゃんがついててやるから
―――泣くな美恵
「………お兄ちゃん」
「んっ?なんだ」
「言ってみただけ」
「……そうか」
しばらく歩いた後だった。
「すまんかった。オレ本当はおまえに会えて嬉しかったんやで……」
「……うん、わかってる」
五年前……母が死んだ時だった。
男手一つでは二人の子供を育てるは大変だろう。
特に女の子は。
そう言って、子供のいない叔父夫婦が美恵を引取りたいと言ったのは。
「親父もな。オレが育てるより、ずっとおまえの為になる、いっとったけどな。本当は手離したくなかったんや」
「うん、わかってる」
「でも一番手離したくなかったのはオレや」
「……わかってる」
「ずっと、そばに置いてオレが守ってやりたかった」
「……うん」
美恵の顔が、川田の背中にそっと埋まった。
「今でも、そう思ってる?」
「んっ?」
「お兄ちゃん。私のこと守ってくれる?」
「当たり前や。今も、これからも、ずっと守ったる。
いつか、おまえが心の底から惚れた男がおまえを守るようになるまで、ずっとや」
「ありがとう」
そういう男が現れるまで
オレが守ってやる
「もう降ろしていいよ」
「大丈夫か?」
「うん、だいぶ痛みも引いたから」
まだ引きずってはいるが歩くには支障はない。
「それより、桐山君って、どんなひと?」
「はぁ?桐山?」
一瞬耳を疑った。なぜ転校初日の妹から、あの天下無双の桐山の名前が!?
「だって席隣でしょ。どんなひとなのか興味あるもの。ハンサム?」
「………」
答えられなかった。
ハンサムか否かで言えば桐山は間違いなくハンサムな部類だ。
それどころかクラス、もとい学校……いや全国区でもトップクラスの美男子だろう。
しかも勉強もスポーツも常にトップ。おまけに大金持ちの御曹司。
同性からみたら『劣等感のターゲット』が学ラン着て歩いているような完璧な男。
だが……。
「どうしたの黙り込んで?」
「………」
「もしかして、物凄い不細工?」
「……どっちかと言えば、その反対や」
「どうしようもないバカなの?」
「……どっちかと言えば、その反対や」
「性格が悪いの?イジメをするとか?卑怯なタイプとか?」
「……どっちかと言えば、その反対や」
美恵は困惑した。
川田の話は、はっきり言って意味不明。
キョトンとしながら美恵は廊下の角を曲がった。
「キャッ」
何かにぶつかり、そのまま廊下に倒れこんだ。
「大丈夫か美恵!!?」
「痛い……誰よ!!前くらい、ちゃんと見な……!!」
その瞬間を美恵は永遠に忘れないだろう
それは、まるで一枚の肖像画
瞳にやきつけられたのは恐ろしいくらいハンサムな少年だった
襟足が長い一風変わったオールバック
特徴的な冷たい光を放つ瞳
ギリシャ彫刻のように整った顔立ち
何より、全身から溢れる独特のオーラ
美恵は言葉を飲み込んだ。
吸い込まれるように、ただ少年を見詰めた。
そんな美恵を見て、川田は妹と少年を心配そうに交互に見詰めた。
「ぶつかってきたのは、そっちだろう」
黙り込んでしまった美恵に少年は、そう答えた。
低くないのに威圧感のある綺麗な声だ。
「………あっ、ご、ごめんなさい」
本来なら怒鳴っているはずなのに……
その少年の威圧感がそうさせたのか?
それとも……?
「本当にごめんなさい。あの……ケガはしなかったですか?」
「いや、特に問題はない」
そう言って、今だ半分呆然状態の美恵のわきを通り過ぎる。
「あ、あの!!」
少年が立ち止まり、わずかだが振り向いた。
「……あの……名前……教えて下さい」
「桐山……桐山和雄だ」
それだけ言うと桐山と名乗った少年は再び歩き出した。振り向きもせず。
不可思議な表情の川田と、頬を紅に染めた美恵を残して……
「おいっ!どうしたんや美恵!!」
「彼が桐山君?……信じられない」
「信じられん?何の話や?」
「……あんなひとが私の隣だなんて」
「さっきから、なに言っとんのや?」
「……あのひと」
「桐山が?」
「……すごく私のタイプ」
「!!!!!!!!!!」
「……恋しちゃったみたい」
「なっ……なんやとぉぉぉっっっーーーーー!!!!!」兄貴の苦悩は果てしなく続く
END