「そうね。あとは適当に夜店で何か買って……ちょっと弘樹聞いてるの?」
「え?あ、ああ聞いてるよ貴子」
「もう、いい弘樹?あんたに足りないのは押しの強さなのよ。
新井田みたいに馴れ馴れしくなれとは言わないけど、せめて三村くらい積極的になりなさいよ」
「……で、でも貴子。オレはおまえ以外の女とはろくに口もきいたことないし」
「まったく……そんなんだから告白もできないのよ!!
わかってるの弘樹!!いい?何が何でも、このチャンスをものにするのよっ!!」




~或る夜の出来事~




「……ええ、と。まずは神社にいって夜店で何かおごってやる。
天瀬の好きなものはりんご飴か……えーと、それから」
「杉村くん」
天瀬ッッ!!!」
杉村は慌てて持っていたメモを後ろに回した。
「何隠したの?」
「な、なんでもないよ。そ、その地図なんだ。迷うといけないから……その」
「地図って……地元の神社だよ?」
「あ、ああそうだったな」
実に奇妙な会話だった。その様子を少しはなれて見守っていた貴子は拳を握り締めた。
「……あのバカ」





「あれ貴子は?」
「あ、ああ……そ、その貴子は……」
杉村は焦っていた。実は美恵を今夜の花火大会に誘ったのは杉村だったのだ。
杉村は、ずっと以前から美恵にほのかな恋心を抱いていたのだが、その体格や強面とは裏腹に杉村はかなり内気で奥手な少年だったので、告白はおろか話しかけることもできなかった。
いつも貴子と楽しそうに会話をしている美恵を見ていることしか出来なかったのだ。
そんな杉村に業を煮やした貴子が、先日ついに強硬手段にでた。



















「弘樹、ちょっと来なさいよ」
「な、何だよ貴子」
「あんた美恵のこと好きなんでしょ?」
「……な、なんでそのことを!!?」
杉村は耳の先まで真っ赤になって、そう言った。
「……わからないわけ無いじゃない。告白しないの」
「告白……お、オレはそんな大胆なこと、とても出来ない」
「あんた、それでも男なの!!?男だったら『好きだ』くらい言ってやりなさいよ!!
はっきり言えば、きっと美恵だって感動して、あんたにクラッとくるはずよ!!!」
「ほ、本当か?」
「ええ、女って、はっきり告白されると感動するものなのよ。
あたしが保証してあげるわ」




「千草ぁぁーー!!!好きだ、大好きだぁぁぁーーー!!!!!」
「ふざけるんじゃないわよっ!!!!!」

ザシュッッ!!グワツ!!ドゲシャァッ!!!!!
ポトポト……(注意:何かがしたたる音)
「全く、相変わらず不愉快極まりない男ね。それより、理解できた弘樹?」
「……あ、ああ貴子」
教室の床に横たわる新井田を見詰めながら「話が違うぞッ!!」と思わず叫びたくなった杉村だが、喉まででかかった言葉を押さえ貴子の言うとおり行動することにした。
なぜなら貴子が黒だといえば白でも黒い。これが杉村の心得だからだ。




「あの天瀬」
「なあに杉村くん」
「あ、あの……今度の花火大会に…その」
貴子が後ろから『ほら、しっかり』とつついている。
「貴子と3人で花火大会に行かないか?」
「うん、いいよ」




















「このバカッ!!!!!」
「すまない貴子!!二人で行こうなんて、そんな大それたことオレには言えなかったんだッ!!!
オレは臆病者だ。おまえに強い男になると誓ったのに……叱ってくれ貴子!!!」
「……たく、しょうがないわね。こうなったら、あたしは急用ができたとでも言って待ち合わせ当日に二人きりで行動するのね」
「え?おまえはついてきてくれないのか?」
「当たり前じゃない」
「ちょっと待てよ貴子。オレは3人でと言ったんだぞ、これじゃあサギじゃないか。
オレには天瀬を騙すことなんて出来ない。一緒に行ってくれ」
「何言ってるのよ。元はといえば、あんたがつい出まかせでいったことでしょ」
「たとえ成り行きとはいえ約束は約束。それを破るのはオレの良心が許さないんだ」
「何言ってるのよ。そこはあんたの長所だけど短所でもあるわね。
いい?そんなつまらないことにとらわれてたら、いつまでたっても美恵のハートは掴めないわよ。
女はね。少しくらい強引なくらい迫られるほうがグッとくるんだから」




「千草ぁぁーー!!!オレの女になりやがれぇぇぇーーー!!!!!」
「ふざけるんじゃないわよっ!!!!!」

ザシュッッ!!グワツ!!ドゲシャァッ!!!!!
ポトポト
……(注意:何かがしたたる音)
「全く、相変わらず不快指数100パーセントな男ね。それより、理解できた弘樹?」
「……あ、ああ貴子」
廊下の床に横たわる新井田を見詰めながら「話が違うぞッ!!」と思わず叫びたくなった杉村だが、喉まででかかった言葉を押さえ貴子の言うとおり行動することにした。
なぜなら貴子が黒だといえば白でも黒い。これが杉村の座右の銘だからだ。



















「花火大会まで、まだ時間あるし神社の夜店に行こう」
「あ、ああ……わかったよ。て、て、て……」
『お手をどうぞマドモアゼル』そういうべきだろうか?
ハッ、これでは三村じゃないか!!
ダメだ。オレはあいつや新井田とは違うんだ。
そんなオレらしくないアプローチなんかしたらかえって不自然になる。
「杉村くん、どうしたの?」
「何でもないよ。じゃあ、いこうか」




手…握りたいな。




今、隣には美恵が歩いている。杉村は落ち着いて、もう一度みた。
そういえば浴衣姿の美恵を見たのは初めてだ。
女の浴衣姿なんて貴子と貴子の妹の彩子のものしか見たことがない。
紺色の下地に牡丹の浴衣。それにアップした髪。
うなじにとても色香を感じてしまう。
杉村は体内から心音が響いてくるのを感じた。
こんな気持ちは初めてだ。まるで命綱なしでロープの上を歩くようなそんな感じ。
杉村はそっと手をだした。ほんの少し手を伸ばせば美恵の手が……。




「そうだ、杉村くん。金魚すくいやらない?」
「え?」
杉村は思わず出した手を引っ込めた。
「金魚すくい。こう見えても私得意なの」
「ああ、いいぞ」
……金魚すくい。そういえば小学三年生以来一度もやってないな。
えーと、貴子がくれたアドバイスメモには……。
杉村はポケットからメモを取り出した。
それは杉村の為に貴子が書いたもので、デートの方法が事細かに書かれていた。
「……えーと金魚すくいの時は……無い」
そ、そういえば貴子は金魚すくいは、あまり好きじゃなかったんだッ!!
まずい、どうしたらいいんだ?
まてよ、そういえばッッ!!!!!




杉村は、もう一つのメモを取り出した。
それは、ある人物が『所詮は千草もただの処女だ。いざって時には的確なアドバイスなんて出来ないだろ。杉村、これはオレの好意だ。困ったときはこれを見て行動しろ』と言って渡してくれたものだった。
「……えーと、デート中に金魚すくいをした時は……あった。
助かった、新井田ありがとう。生まれて初めておまえに感謝するぞ。
えーと、なになに……まずは彼女に金魚すくいをやらせて……」




ピシッッ!!!!!←杉村が固まった音。




メモにはこう書かれていた。
①女に金魚すくいをやらせる。
②タイミングを見計らって背後から抱きしめ、浴衣の隙間から胸元に手を入れる
揉む
④決め台詞は『この金魚のようにオレたちも塗れようぜ』
⑤人目なんか気にするなよ。うなじに息吹きかけるのがポイントだぜ。




で、出来ないーーー!!!!!
知らなかった。これがデートの基本だなんて!!!!!
オレには出来ないッ!!叱ってくれ貴子ッッ!!!!!





ちなみにどうでもいいことだが、後日新井田が貴子に呼び出されて体育館裏に引きずりこまれた後、行方不明になったのは言うまでもない。




「杉村くん、どうしたの?」
「……その」
「そろそろ花火始まるから見に行こうか」
「あ、ああ」
二人は並んで花火大会会場に向って歩き出した。
相変わらず人手がすごく、会場に近づくたびに増えてくる。
「あ、みて杉村くん始まったよ」
夜空に輝く華一輪。それは見事は大輪だった。
そして間を開けずに次々と大輪が夜空を照らし出す。
「すごく綺麗」
美恵は見とれていた。杉村も見とれていた。
しかし、杉村が見とれていたのは花火ではない。
その花火が照らし出した美恵の笑顔だった。



















「綺麗だったね」
「ああ」
結局、杉村は美恵に見惚れて花火は見てなかった。
結局、告白もできそうもないな……杉村が溜息をついた、その時だった。
一つの夜店が杉村の目に映ったのは。
それは、アクセサリーの露店だった。
その中に、美恵に似合いそうな髪飾りが杉村の目に眩しいくらいに輝いて映った。
杉村は財布から五千円札を取り出すと「それ、くれないか?」と即購入。
天瀬、あのこれ……天瀬?」
美恵の姿がいなかった。
慌てて探したが人の波が凄まじくどこにも見当たらない。
杉村は蒼くなって走り出していた。



















「よぉ、オレたちとデートしようぜ」
「なあなあ、いいだろぉ?優しくするからさぁ」
「嫌よ!!手を離してよ!!」
こんなことになるなんて!!美恵は運命を呪った。
そう、杉村とはぐれてしまった美恵はこともあろうに、いかにもいやらしそうな目をしたチンピラたちに囲まれてしまったのだ。
「なあ、いいじゃないか。オレたちがいいことおしえてやるからさぁ」
「結構よ、離してッ!!!」
「イテッ!!このアマ、オレの手をはたきやがったな畜生ッ!!」
カッとなった男たちは美恵を突き飛ばした。
「……痛いッ」
地面に倒れこむ美恵。
「いい眺めだな」
「え?」
浴衣の裾がめくれ、足がももの辺りまで見えていた。
慌てて露出した足を隠す美恵。
怖い怖い……誰か助けて……ッ!




天瀬ッ!!!」
その時だった。杉村の声が聞こえたのは。
随分と走り回っていたのか、額に汗が光っている。
「杉村くんッ!!!」
「おまえたち何をしているんだッ!!美恵から離れろッ!!!!!」
「うるせぇッ!!オレたちの邪魔すんじゃねえよっ!!!」
男の一人が棒切れを持ったと思うと杉村に殴りかかろうとした。
「あ、危ない杉村くんッ!!」
美恵は咄嗟にそばにあった石を拾い男の後頭部に向って投げた。
そして……見事に当たった。




「…あ、あたっちゃった」
「このアマ~~……許さねえ!!」
男は今度は美恵に向って棒を振り上げた。
「きゃぁぁーー!!」
天瀬ッ!!やめろ天瀬に何するんだッ!!!!!」
杉村の蹴りが男の後頭部に綺麗に決まった。
「すぐに消えろ!!そうしたら許してやる!!!」
「なんだとぉ?なんで、てめえ何かに許してもらわなきゃいけないんだッ!!!」
天瀬を、オレの大事な女の子を傷つける奴は絶対に許さないッ!!!
天瀬に手を出すなら、オレは一切容赦しないッ!!!!!」



















「全く、まあ相手にも落ち度があることだし。でも君も少しは手加減というものをしたらどうかね?」
「……はい、すみませんでした」
あれからどうなったのか?
杉村は相手の男たち(四人ほどいたが)に鉄拳制裁をして、通りかかった警官にチンピラともども厳重注意を受けていた。
まあ無理は無い。多勢に無勢とはいえ、相手は全員痣や打撲だらけなのだから。
「まあ、これからは気をつけるように」
「……はい」
結局、相手が大勢でしかも女の子に先に手を出してきたということが考慮して叱られるだけですんだが、杉村の気持ちはそれ以上に沈んでいた。
せっかく楽しい夜にしようと思ったのに、これじゃあ台無しだ。
杉村は警官やチンピラたちが立ち去った後もションボリしていた。
美恵はどう思っただろう?こんな乱暴な男は嫌われたかな?




「杉村くん」
ふいに美恵が杉村の頬に手を添えてきた。
「え?」
途端に赤くなる杉村。
「ここ、少し腫れてるよ」
美恵は濡らしたハンカチをそっと杉村の右目の下部分に当てた。
「ごめんね私のせいで」
天瀬のせいじゃない。オレのせいでかえって迷惑かけてしまって……」
「そんなことない。杉村くんは私を助けてくれただけよ」
「……天瀬」
「それに私嬉しかった」
「何が?」
「杉村くん、言ったじゃない」




「オレの大事な女の子を傷つける奴は許さない……って」
「……あ」
そう、無我夢中で気付かなかったが杉村は告白してしまっていたのだ。
余程、恥ずかしかったのか杉村は真っ赤になって俯いた。
「私嬉しかった。私も杉村くんのこと好きだったの」
「……え?」
「無口だけど本当は優しい杉村くんのこと……ずっと、好きだった」
「……美恵」




そうか貴子、オレわかったよ。
気持ちっていうのは思い続けていれば自然に言えるものなんだな。
オレ、初めて近づけたような気がする。
おまえに誓った『強い男』に――。




「あ、そうだこれ」
杉村は慌ててポケットからある物を取り出した。
「さっき買ったんだ。よかったら貰ってくれないか?」
そう、先ほどアクセサリーの露店で買った髪飾り。
「わぁ綺麗。いいの?こんな高そうなもの」
「ああ天瀬に貰ってほしいんだ」
「ありがとう杉村くん」
それから、美恵は少しだけ赤くなって手を差し出した。




「……手。つないで帰ろうか?」
「……ああ」




二人はそっと手を握ると夜の道を歩き始めた。
「……全く、最後まではらはらさせてくれて」
そんな二人の様子を遠くから見詰めている者がいた。
「でも、あんたもやるときにはやる男だったのね。
見直したわよ弘樹あんた……」




「あんた、いい男になったわよ」




~END~