日直日誌を職員室に届けた杉村は早足で教室に向かっていた。
木枯らしの季節ということもあり、外は真っ暗だ。
廊下の電気も消え、まるで人の気配がない。
今学校に残っている生徒は自分だけだろう、そう思いながら杉村は教室のドアに手をかけた。
「嫌ッ!!お願い、やめてッ!!!」
――その日、杉村は目撃者になってしまった。
遊園地で一緒に
「美恵
、愛してるぜ」
もはや恒例となった三村の抱擁。
「三村くん、離してよ。皆が見てるじゃない」
「オレは気にしないぜ」
「私が気にするのよ」
すると三村はフッと笑みを浮かべた。
「じゃあ、2人でどこか遠くに行かないか?誰もいない所に」
……危険だ。危険すぎる。誰もが、そう思った。
「弘樹、何溜息ついてるのよ」
「……貴子。いや、羨ましいと思っただけだ。オレも三村くらいとは言わないけど、やっぱり口説き文句一つ言えないようでは、いつまで立っても天瀬に相手にしてもらえない
」
「何言ってるのよ。あいつは、ただキザなだけ。あんたは、あんたのやり方で勝負しなさいよ」
「でも、オレは、おまえ以の女とはろくに口もきいた事もないし。どういう会話をすればいいのかさえわからないんだ」
「バカね弘樹。はっきり言うわよ、あんたに足りないのは押しの強さよ」
「押しの強さ?」
「そうよ、ボキャブラリーの不足なんて問題じゃないわ。桐山を見なさいよ。あんたの数倍無口だけど、あいつ絶対に強引なくらい押しが強いタイプよ」
桐山和雄。今年の春、川田章吾と一緒に編入してきた転校生。
金髪フラッパーパーマで、授業もサボりまくり、おまけに川田以外の人間と喋った所をみたこともない。しかし――。
「……確かに、あいつの押しの強さは犯罪的だ。オレには、オレには……あんなマネは出来ないッ!!」
「……何言ってるの弘樹?」
「………天瀬を……天瀬を犯そうとしただぁ!!!?」
「……章吾、声が大きい」
川田は咄嗟に自分の口を押さえた。いくら屋上で2人きりとはいえ、誰が聞いているかわからない。
「……だが邪魔が入って逃げられた。あいつ、いつかシメてやる」
「お、おまえなぁ……何考えとるんや!!!?何が原因だ!!!!?」
すると和雄はスッと川田を指差した。
「オレーーー?!!」
「……章吾は言ったじゃないか」
「ちょっと待て!!オレには全く身に覚えがないぞ!!!」
「……言った。最近、できちゃった婚というのがはやってるな、と言った」
確かに言った。昨日、雑誌を読んで呟いた。
「オレは聞いた。子供が出来たら結婚するのか?と」
川田は記憶をたどった。確かに『男だったら責任とって結婚するのは当たり前だ』と言った。
「おい……それのどこが、おまえの行動に結びつくんや?」
「だから美恵
を孕ませれば結婚できるんじゃないのか?」
……シーン……
「あ、あほか、おまえはぁぁぁ!!!!!おまえのは、ただの犯罪だ、このドアホ!!!!!」
「……章吾の嘘つき」
「……な、な、なんですって……?」
貴子は青ざめていた。無理も無い。
「桐山が、天瀬
を押し倒してたんだ。オレが教室に戻るのが、後数分遅かったら……」
「それで、どうしたのよ?」
「オレの出現に桐山はつい手をゆるめたらしくて、その隙に、天瀬は逃げていった。後には、オレと桐山が残されたんだ
」
「………」
「桐山がオレに向かって言ったんだ。『……よくも、オレの告白を邪魔したな。あやまれ』って」
「………」
「その威風堂々とした態度に、つい『すまない』と言ってしまったが、家に帰って落ち着いて考えたんだが、どう見ても、あれは告白じゃないと思うんだ」
「……あんたねえ。それって婦女暴行未遂じゃない!!!」
「……そうだったのか。どうりで様子がおかしいと思った」
「このままだと桐山に美恵
を強引に持ってかれるわよ!!
こうなったら……弘樹、美恵
をデートに誘いなさいよ」
「え?」
「え?じゃないわよ。男なら覚悟を決めなさいよ!!」
「……わかった。オレも男だ」
貴子が見守る中、杉村は美恵に近づいて行った。
「天瀬
」
「なに?杉村くん」
「オレと……デートしてくれ!!」
しかし杉村は気付いてなかった。二人の会話に耳を傾けている人物に。
「見て杉村くん!!今度は、あれに乗ろう」
遊園地で、まるで子供のようにはしゃぐ美恵
。勇気を出して誘ってよかった。
もちろんデートだけで終わるつもりはない。
そう!!最大のイベント・告白タイムに持っていかなければ意味はない!!!
「でも、さすがに疲れたね」
「待っててくれ、何か飲み物を買ってくるよ」
杉村は、いったん、その場を離れた。
そして両手にジュースを持って戻ってきた。
そして……
「あ、お帰り杉村くん」
「よう杉村、奇遇だな」
……………。
「三村ッ!!な、なんで、おまえがここに?!!!」
「偶然だよ、偶然」
「……偶然?三村、疑いたくはないが、おまえ……」
「何だよ杉村。オレに文句あるのか?それとも、おまえ、オレと殺しあうか?」
何で、そうなるんだ?
「ねえ、とにかく遊びましょ」
「ああ、そうだな美恵
」
「三村、ちょっと待ってくれ。おまえ、まさか」
「ああ、せっかくだから『3人で楽しく遊ぼうぜ』って、美恵
と話してたんだ」
やられたーーー!!!!!
杉村は激しく打ちのめされた。
そして思った。三村……こいつはプロだ(何のプロだよ)
こんなプロフェッショナルにオレは勝てるのか?
その後は最悪だった……。三村は事あるごとに杉村と美恵
の間に割り込み、告白どころではなくなったのだ。
……このままでは天瀬
に告白できない。貴子、オレはやっぱり恋愛に向いてないようだ
「ねえ、次はあれにしよう」
美恵
が指を差した先には『ミラー・ラビリンス』と看板があった。
壁が鏡張りとなっている迷路だ。
「3人のうち誰が一番にゴールできるか競争よ」
そう言うと美恵
は、さっさと入口ゲートをくぐって姿が見えなくなってしまった。
「……迷宮で迷った美恵 を助けてやるってシチュエーションもいいな。
いざという時、悲鳴をあげられても誰も助けにこないし……」
「……ッ!!!!!」
三村!!なんて恐ろしい奴だ!!!!!
何が何でも、先に天瀬を見つけないと!!!!!!
迷いながらも杉村は必死に美恵
を探した。モタモタしてたら三村に何をされるかわからない。
オレは天瀬を守ってやりたい
早く、早く探さないと……早く探して……
杉村は立ち止まった。
探してオレはどうするんだ?
『このままだと桐山に美恵
を強引に持ってかれるわよ!!
』
探して……オレは美恵
を守りたい、でも……
『男なら覚悟を決めなさいよ!!」
オレは……本当はどうしたんだ?
そうだ……オレは、オレは天瀬に……
「杉村くん」
「え?」
いつの間にか美恵
が立っていた。
「どうしたの?もうすぐゴールよ。ねえ、早く行こう」
そう言って、杉村の手を取った。温かい手だった。
『あんたは、あんたのやり方で勝負しなさいよ』
そうだ、このままでは、オレはいつまでたってもただの同級生だ
言わないと……そうだ例えどんな結果になろうと言わなければ何も始まらない
そうだ、昔、貴子に言ったことがある
『貴子、オレ強い男になるよ』
そして強い男っていうのは拳法に強くなることじゃない
いざっていう時、勇気を出せるかどうかなんだ
「天瀬!!
」
美恵の手を強く握り返した。その込められた手に美恵
は一瞬躊躇した。
そう、いつもの杉村とは違うことに。
「話があるんだ」
そう言うと、半ば強引に美恵
の手を引っ張りゴールイン。三村を待たずに人気のない場所にやってきた。
「ねえ杉村くん。何なの、話って?」
「それは……」
落ち着け、落ち着くんだ
「もしかして告白?」
「!!!!!!」
美恵
は冗談のつもりだったらしい。でも……。
「どうしたの杉村くん?……まさか」
「……………」
「……さっき言ったこと冗談だよ?気を悪くした?」
「天瀬……
」
『あんたは、あんたのやり方で勝負しなさいよ』
「オレは内気だし、はっきりしないし、気の利いた褒め言葉もいえない不器用な奴だ。
でも……そんなオレでも言わなくちゃいけない時がある。
三村みたいに女が喜ぶ素敵なセリフは何も言えない。でも――」
杉村の言葉が止まった。
美恵が手で口を押えたのだ。
「……貴子が言ってたとおり、杉村くんって、本当にバカ」
「天瀬?」
「そんな、どうでもいい前置きなんて言わないでよ。こういう時は、たった一言でいいじゃない」
『美恵の言うとおりよ。あんたって、本当にバカね』
杉村の脳裏に、ふと貴子の声が聞こえたような気がした。
……ああ、そうか
そうだよな
たった一言でいいんだ
胸をときめかせる言葉でなくても
ロマンス映画の脚本に書かれている言葉でもない
オレの――オレの言葉で
「オレ、天瀬のこと好きだ。ずっと好きだったんだ」
「……やっと言ってくれた」
美恵が微笑んだ。
杉村も笑っていた。
「……もう一言いうことあるでしょ?」
「……ああ、そうだな」
杉村は、もう一度だけ深呼吸をした。
「天瀬、オレと付き合って……」
杉村の言葉が止まった
美恵の背後、つまり杉村の真正面の建物の屋根の上――
和雄が日本刀を持って立っていた
そして飛んだ
「うわぁぁぁぁーーーー!!!!!!」
杉村くんの戦いは始まったばかり!!!
頑張れ杉村!!負けるな杉村!!!
完