たとえ41人皆殺しにしてでも守りたい
たった1人を守りぬければ何もいらない
自分の命さえも惜しくない

――本気で、そう思っていた




―永遠に―




「桐山くん……しっかりして、桐山くんっ!!」
ぼんやりと瞳に映ったのはの涙
……ああ、そうか……
思い出した、全てを


プログラムに投げ込まれたこと
を守るために大勢のクラスメイトを手に掛けたこと
坂持たちの裏をかいてプログラム会場から脱出したこと
奪った小型艇を自動操縦に切り替えた所で気を失ったこと




桐山と以外の生徒全ての死亡放送が流れた後だった
坂持たちを倒し、船を奪ったところまでは覚えている
全速力で瀬戸内海を抜け、太平洋に出て
そこで自動操縦にした、もう日本には帰れない
運が良ければ米領海まで行くはずだ
そうすれば、は亡命者として受け入れてもらえるだろう




……オレの役目も終わる




桐山の怪我はの想像以上だった
船にあった医療用具で応急処置だけはしたが
それでも桐山の身体は次第に冷たくなっていく

もしかして、このまま目覚めることなく……?




「…………」
「桐山くん?!」
は思わず、口元を押さえた。 それでも涙は込み上げてくる
「……オレが生きているうちに言っておく」
「えっ?」
「……この船は…米領海に……いくはずだ」
声が次第に擦れていく
「……後は……1人でも、大丈夫だ……オレが死んでも……」
「バカな事言わないで!!」




「……泣いているのか?」
「……無責任なこと言わないで……」
「………」
「私を助けたのは桐山くんじゃない!!
命さえ助ければ、後はどうだっていいっていうの?
私1人をおいて勝手に死のうっていうの!?
私の気持ちはどうなるのよ!!!!!」
は桐山の胸に顔を埋めた。制服を握り締め微かに震えている。





桐山が呼んだ。『』と。
名前を呼ばれたのは、これが初めてだった――。




「……オレは……さえ助けることが出来れば、後はどうでもいいと思ったんだ……」
「……………」
「それなのに、オレはを泣かせている……
オレは、の笑顔を……守りたかったはずなのに……」
「……だったら生きて、お願いよ……。これからも、ずっと私を守って」
「……それも悪くないかもしれないな……」




その時、夜にもかかわらず光が船を照らした、米海軍の船だ
「見て、桐山くん。私たち助かったのよ」
船を確認した は桐山に振り向いた。

「――桐山くん?」




桐山は微動だにしなかった




「桐山くん?どうしたの?」
甲板から騒がしい英語が聞こえてきたが、 の意識は、全く違うものに釘付けになっていた。

「……桐山くん?」









「……桐山くんっ!!!!!!!!!!」
























は船の先端にたっていた。
が乗って来た船とは比べ物にならないくらい巨大な客船だ。
あの後、アメリカ軍に保護されたは一通り事情聴取された後、
亡命者として合衆国に移住が認められたのだ。
そして、今、アメリカ本国に向かっている客船に乗船している。




日が沈み、空も、海も、夕陽に染まっている。まるで、クラスメイトたちの血の色みたいだ
みんな、みんな死んだ。そして自分は生きている。複雑な感情が全身を駆け巡った。
そして――。




メロディーが風に乗って聞こえてきた
ジョン・レノンの『イマジン』だ




……この曲……




は瞼を閉じた

そう言えば、あの時も――こんな風な夕陽だった
それは、ほんの三ヶ月前の出来事だった














廊下で、ふと足を止めた
音楽室からピアノの音が聞こえる
音楽部は、とっくに帰ったはずなのに誰だろう?
は、そっと覗いてみた




それは――衝撃だった




は他人の噂に踊らされる人間ではない
それでも、不良グループのリーダーをやっているという事実ゆえに
あまり好ましい印象を持ってなかった




桐山和雄という男に対して




今まで聞いた誰よりも繊細で優雅な調べ
そして、何より夕陽に染まった音楽室
その場に溶け込んでいるような、その男に は見入っていた

形容の言葉はない、ただ……
すごく、すごく――素敵だったのだ




「オレに用なのか?」
気付かれてないと思ったのに。は焦った
「ごめんなさい。すごく素敵な曲だったら、その……」
「なぜ、あやまるんだ?」
「……だって、覗き見なんかして。桐山くん、気を悪くした?」
「そんな事はない」
「あの……よく、ピアノ弾くの?」
「いや、たまたま、そうしてみようと思っただけだ」
「そう。それなら、私、すごく幸運だったのね」




「こんな素敵な演奏を聞けたんだもの」
そう言って、は微笑んだ
そして、自分でも驚く言葉を口にした
「桐山くん、これからも時々聞かせてもらってもいい?
私、桐山くんのピアノ、すごく好きになったの」
「別にかまわない」
返事は、そっけなかったが、桐山は自身に対し、少々驚いていた
どうしてだろうか?
の希望をかなえてやってもいい、と思ったのは




それから、プログラムの、あの日まで
二人は、よく音楽室で一緒にいた
桐山がピアノを弾いて、が静かに耳を傾ける
恋人でもない、友人でもない不思議な関係
少なくても、二人の関係はクラスメイト以上でも以下でもなかった
それなのに、あの悪夢の二日間
桐山は自分を探し当て、そして必死に守ってくれた
そして、桐山が船の中で静かに冷たくなっていった時
は泣き叫んでいた
もしも桐山を失ったら、これからの人生に意味など感じなった




なぜ?




の中では、その答えは出ていた
本当は、あの日、偶然ピアノを聞いた、あの日に
桐山に目を奪われた、あの時から
はわかっていた




自分にとって桐山が特別な存在であることに




でも、告白はしなかった
桐山は、自分を拒まず一緒にいてくれた
そのかわり求めてもくれなかった
不安でたまらなかった
桐山にとって、自分の存在は特別なのか
それとも……




















背後から声が聞こえた
「桐山くん」
あの後、軍医に手術を施された桐山は一命を取り留めた
生死の境を彷徨った間、は一睡もせずに看病した




「桐山くん、まだ安静にしてないと」
「もう大丈夫だ」
「でも、もう部屋に戻って。風が冷たくなったし、それに……」
突然、言葉が遮られた




桐山に抱きしめられていた
「……桐山くん?」
「オレはを守りきれたら、後はどうでもよかった。でも……」
は目を閉じ、桐山の言葉に耳を傾けた
がオレに生きろと言った時、 の……の涙を見た時、思ったんだ」
「……………」









と幸せになるまでは絶対に死ねないと思った」









は、そっと桐山の背中を抱きしめた
「ずっと桐山くんに言いたかった事があるの」
は、桐山から少し身体を離すと、この三ヶ月間言えなかった言葉を伝えた




「私、桐山くんのこと……好きです」




桐山がの肩を抱き、は、桐山に寄り添った





「何?桐山くん」
「和雄でいい」
は微笑み、少し頬を赤らめて
「何?和雄」
「オレも、ずっと言いたかった事がある」









、愛してる」









〜END〜