『……女子22番、天瀬
美恵さん、以上です
』
それが最後の放送だった――
最終決戦
激しいカーチェイス、撃ち合い
それは、まさに戦争だった
だが、最後の敵――川田は油断をした
桐山という、決して油断をしてはいけない敵を相手に
腹部に走る痛み
七原は――間に合わない
だが、2人の他に銃をもっている者がいた
中川典子、桐山にとって取るに足らない相手
ほんの一歩左へステップを踏むだけでいい
それだけでかわせた
そして、その女に向かって引き金を弾けば全てが終る
全てが終る――はずだった
その女――中川典子に目をやった
その時――連続した死闘が桐山の体力を予想以上に消耗させ幻覚を見せたのか?
それとも――説明のつかない超自然現象だったのか?
そこに――中川はいなかった
いたのは――
「……美恵!……」
体が動かなかった、そして――パンッという乾いた音が頭の奥に聞こえた
「……美恵!美恵!!」
「……か…ずお?」
「しっかりしろ美恵」
和雄…?…私どうして……ああ、そうか……
プログラムに強制参加させられて……それで……
「……誰にやられた?」
美恵は、朦朧としながらも戸惑いを隠せなかった
桐山が、あの桐山の瞳の奥に激しい怒りを感じたからだ
「わからない……後ろから撃たれて……」
「……なぜ嘘をつくんだ?」
……ああ……やっぱり……あなたに嘘は通じない……
「……言えば、和雄……そのひと殺しに行くでしょう……?」
「……なぜ、かばう?」
「……それは違う……そのひとを…かばったんじゃないわ……」
次の一言に桐山は耳を疑った
「……私がかばってるのは……和雄…よ……」
わからなかった
世界中の知らないことなどないほどの情報と知識を持っている桐山が
全く理解できなかった
桐山の気持ちを察したのか美恵は尚も続けた
「……和雄、これに乗ったんでしょ……?血の匂いがする……でも…」
「私、これ以上、和雄に人殺しをさせたくない」
「……美恵」
抱きしめているはずなのに美恵の体温が下がっていくのがわかった
美恵は死ぬ
何か温かいものが美恵の頬に落ちた
「……和雄?」
「……死ぬな……死ぬな美恵!!」
「……和雄……?」
泣いてるの?
ずるいわね、和雄
今まで、どんなにお願いしても、表情変えなかったのに
笑って、ねえ笑って
何度も言ったじゃない
でも一度も笑顔見せてくれなかったじゃない
それなのに
どうして?
どうして、あなたが初めて見せた感情が悲しみなの?
ひどいじゃない……
嫌でも実感するじゃない……
自分が死ぬってこと
「……和雄…これ…」
震える手で、胸元から、それを出した
中央に小さなスタールビーを埋め込んだ、見事な銀細工のロケット
かつて桐山が幼少の頃、死んだという彼の父親が、彼の母親に送ったもの
15年の歳月を経て、2人の息子が、愛する女性に送ったもの
「……これ返すね……」
「……必要ない。もってろ……これからも、ずっとだ」
桐山が言葉を続けた
「オレが守ってやる……おまえは死なない」
美恵は……微かに微笑んだ
「……嘘つき……」
痛みはなかった
ただ確実に撃たれたという実感だけが全身を走った
体が動かなかった――なぜ?
泣き崩れる琴弾加代子
大人の魅力を持った美恵とは似ても似つかない女
それなのに、同じセーラー服を着ていたせいなのか?
美恵の姿が重なった
殺そうと思えば、すぐに殺せた
ぐずぐずしている隙に他の奴に殺された
見慣れたはずの死体に落ちつかない気分だった
毒牙を持っていた相馬光子
優しく温かい美恵とは似ても似つかない女
それなのに、同じセーラー服を着ていたせいなのか?
美恵の姿が重なった
一発で頭を貫けば、すぐに終るはずだった
なぜか顔を撃つ気になれなかった
体の方に銃弾を浴びせた
反撃され、顔面にとどめを刺した
嫌な気分だった
つける薬さえない稲田瑞穂
思慮深く賢明な美恵とは似ても似つかない女
それなのに、同じセーラー服を着ていたせいなのか?
美恵の姿が重なった
つけていたのはわかっていたはずなのに
先制攻撃をする気にはなれなかった
その攻撃を止めた時も死体を見る気にはなれなかった
そして中川典子
誰よりも綺麗で美しかった美恵とは似ても似つかない女
それなのに……なぜ?
なぜ、一瞬とはいえ
美恵に見えたんだ?
まわりの景色がスローモーションのようにゆっくりと回転する
気がついた時は空がひろがったいた
まだ息がある桐山に川田が近づく
「……美恵」
握り締めた『それ』は引き金ではなかった
パンッ――再び乾いた音が聞こえ
桐山の思考は完全に中断した
「……川田どうしたんだ?」
船の上、七原が訊ねる
先程から考え込んでいる川田
「……奴は選ぶだけだ、俺はそういった」
川田の目が遠くを見ていた
「あいつは、あの時、意識があった……少なくても俺を殺すくらいは出来た」
川田の意図が理解できず七原は黙って聞いていた
「それなのに、あいつは銃ではなく全く別の物を握り締めていたよ」
放送でクラスメイトの死が告げられた時でさえ冷静だった川田が、やりきれない表情を見せた
「それを引きはがすのは厄介だった。
死後硬直でもないのにな……よほど力一杯握り締めていたんだな……」
川田がペンダントらしきものを差し出す
それを受け取る七原
そして……
「……これ」
「俺はあいつを誤解してたのかもしれないな……あいつはただ……」
七原が受け取った銀細工のロケット
「愛する女を守りたかっただけなのかもしれないな」
そのロケットのなかでは、無表情な桐山が、幸せそうに微笑む美恵と、仲良く寄り添っていた
オレはコインを投げたんだ
表が出たら美恵の運命を狂わした政府と戦う
裏が出たら美恵を殺す可能性を持つ奴等を全員殺す
「桐山は美恵さんの事が好きだったんだな」
「あいつは選んでゲームに乗った。だが、それは天瀬を守ることが常に前提だったんだ。
その天瀬が死んだ。だから……」
あいつはもう、選ぶ必要すらなくなっていたんだな
END