ハァハァ……激しい息切れ

暗闇の中、響き渡る足音

「秋也君、あ、あたし…もうダメ……」

「立つんだ典子!!」



リベンジ


その場に座り込む典子

必死になって、典子の腕を持ち上げる七原

カツーン、カツーン……

静かだが夜の闇に吸い込まれるような足音に、七原はハッとして振り返った

「なぜだ!?」

七原の声が響く

「オレたちが何をしたんだぁ!!?」

スッと持ち上げた右手に鈍い光を発している銃

「何をした?……ですって」

女…それも美しい

千草貴子や相馬光子よりも

だが、その瞳は憎しみで満ち全身からは殺気が放たれている

「私の愛する男を殺したわ」

「なにを言うんだ!オレたちには身に覚えないことだ!!」

「そっちには無くても、私にはあるのよ」

「オレたちは人殺しなんて……!!」

そう、人殺しなんて……あのプログラムの時くらいしか……!!

「……ま、まさか……」

七原の脳裏に二年前の悪夢が蘇った





















―――五年前―――




「信じられん。データに間違いないのか?」

「はい、小学6年にして、大学生並の頭脳を持ってます」

「決ったな……我が――家の後継者として迎え入れよう」

孤児院の所長室――所長と、その部下たち。そして初老の男が何か話していた






「ねえ、起きて」

「……美恵か」

「すごい声だけでわかるの?」

「オレに抱きつく女が、おまえ以外にいるのか?」

美恵は嬉しそうに、ベットに横たわっている少年を抱きしめた

幼い頃から二人は一緒だった

少年は感情が希薄で近寄り難い雰囲気を持っている

同じ孤児院で育った連中すら一線をおいた……そう、まるで絶対君主を崇める様な様相だ

しかし、この少女――美恵だけは違った

そんな彼女に少年も心を許していたのだ

だが、少年は普通では無かった

IQ200の天才児……それが少年に与えられた代名詞であり、それが全てを変えた

見たことも聞いたこともないような大財閥の当主が養子にと申し入れてきたのだ

そして、少年には選択権はない











「……行っちゃうの?私をおいて……」

「いつか迎えにくる。約束だ」

「嘘!……大金持ちの子になったら……きっと、私の事なんて忘れるわよ」

「忘れない」

「きっと大金持ちの綺麗なお嬢様の方が良くなるに決ってる」

「そんな女、興味ない美恵だけだ」

「………」

「必ず迎えに来る。だから泣くな。おまえが泣いたら……」

「………」

「オレはどうしていいかわからないんだ」

「……本当に迎えに来てくれる?」

「ああ」

「……きっと、反対されるよ」

「二人でアメリカに亡命すればいい」

「………!!」

美恵は感極まって少年に縋りついた

「本当に本当ね?」

「ああ、約束する」

「どんな事があっても私を迎えに来て」

「わかった。だから、おまえも他の男のものにはなるな」

「当たり前じゃない。私、他の男なんていらない。一生一人だけでいいよ」

「信じていいのかな?」

「うん。たとえ、あなたが私の前から消えても永遠に……」



―――永遠に―――



















「……ま、まさか……」

「……長かったわ、この二年。プログラム法第17条『プログラムの義務を放棄し、逃亡したものは追跡者によって抹殺』」

七原は息を呑んだ

典子は……身動きすら出来ない

「工作員訓練所に入って死に物狂いで特訓した……おまえたちを殺すために必要な、追跡者の資格を得るために」

「ま、待てよ!!どうしてオレたちなんだよ!!誰なんだ、あんたの恋人は!?」

美恵は七原から目をそらした

ゆっくりと典子を見詰めた

見詰めた、と言うのには似つかわしい――殺気に満ちた視線だった

「まさか……その恋人って……」

今度は典子が息を飲んだ

「そうよ」

その瞬間、銃が火を噴いた

「キャーーー!!!七原くん!!」

七原がゆっくりと倒れこんだ

「い……いや……お願い助けて!!」

まだ温かい七原、しかし典子の頭は恐怖のみ

そのはずだ、本当の標的は自分なのだから

「仕方ないじゃない!!」

涙でボロボロになった顔

「あたしが殺されたかもしれないのよ!!仕方ないじゃない!!」

倒れこみ、半ば狂気交じりに逆ギレする典子

その顔に向かって……パンッ

今度は典子は命乞いすらしなかった

一瞬だけ目を見開いたが、あとは原型の無い顔が転がっていただけ

「……仕方ない…か」

美恵は、ゆっくりと銃を下げた

「……そうね……仕方なかった……どうしても抑えられなかったわ……」

左手で顔を覆った……涙の溢れる、その顔を……

「……理由なんてないわ……一生に一人のひとを殺されたんだから……」

崩れるように座り込んだ

「……迎えに来るっていったのに……嘘つき……」

なおも泣いた

「……和雄……」

わかっていた

「……そうよ、わかっていたわ…無駄な事だってことは……復讐しても……和雄はもう……」






帰ってこないのだから






END