蛍が舞い飛ぶ川辺
一つ一つが小さな恋の光
その光が二人を包み込む
まるで闇に吸い込まれるように
夏の夜の夢
「すごい和雄、30匹目よ」
微笑む美恵とは反対に苦笑いのテキ屋のおっさん
今、美恵と桐山は金魚救いをやっていた
今日は年に一度の夏祭り
商店街には夜店が出揃い、8時には花火もあがる
誘ったのは美恵の方だった
「ねえ、和雄。今夜、付き合ってほしいけどダメ?」
「いや、かまわない」
「よかった、夏祭り行こうね。私、新しい浴衣買ったの」
それからと、少し頬をあからめて
「……あのね、和雄に見て欲しいの」
「そうか、わかった。ところで美恵」
「なあに和雄?」
「夏祭りとは、具体的にどういうものなのかな?」
正直言って最初はびっくりした
しかし、話を聞いてみて納得した
桐山は社交界のパーティーには何度も出席した経験はあるが
庶民の祭りというものは一度も見たことすらないのだ
桐山の父親が、そういうものが嫌いだということらしい
紺の下地に、華やかな牡丹。それが美恵の新しい浴衣だった
髪も大人っぽくアップして、品のいいうちわも持参
待ち合わせ場所で桐山を待っている時間が一番ドキドキした
和雄は、どう思うだろう?
似合うよ、って言ってくれるかな?
「美恵」
低くないのに威厳のある澄んだ声
桐山も浴衣を着て来た、しかも似合っている
その大人っぽい雰囲気、品のよさに美恵は戸惑った
桐山は何をきても恐ろしいほど、かっこいい
それに比べて自分は……急に恥ずかしくなった
そんな美恵の気持ちを知ってか知らずか桐山は手を差しだす
やや躊躇いながらも右手をだす美恵
「行こうか」
手を握り締めると桐山は、そう言った
桐山には、どれもこれも初めて目にするものだった
「はい和雄」
綿菓子、庶民にはお馴染みでも桐山には初体験だ
そして金魚すくいの前に来た時だった
「ねえ、和雄。金魚すくいやらない?」
「それもいいだろう」
金魚すくいの輪は一本200円
「私、金魚すくい大好きなの」
「そうか、わかった」
桐山は財布から、壱萬円札(それも新札だ)を取り出した
「50本くれ」
「……和雄」
美恵
が止めなければ、金魚屋のオヤジは大儲けだっただろう
「やっぱり和雄はすごいね。初めてなのに、こんなにとるんだもの」
金魚だらけのビニール袋を見ながら美恵は微笑んだ
どのくらい歩いただろう?川辺にきていた
祭り会場から離れている事もあり、辺りには誰もいない
「見て、和雄。蛍よ」
夏は夜、月のころはさらなり
そんな枕草子の一説が浮かぶよう
「綺麗ね」
蛍の多く飛びちがひたる
「この一つ一つが命の光なのよ」
また、ひとつふたつ、ほのかに、うち光りていくもをかし
美恵は、ふと思いついたように金魚を川に放した
「やっぱり、広い世界で自由に生きたいよね」
桐山は、蛍を見入っている美恵をみつめた
そして、こめかみに、そっと触れた
何故かはわからないが落ち着かないのだ
こんなことは初めてだった
美恵とは、いつも一緒にいる
よく屋上で二人きりになった
手を握ったり、肩を抱いたり、腕を組まれたり
そんなことは、いつものことなのに今夜は違う
浴衣姿の美恵
いつもとは、まるで違う
付き合って3年になるが、こんな気持ちは初めてだ
「あっ」
目の前に蛍が飛んできた、そっと手を伸ばす
スッと手をすり抜け逃げてゆく蛍
その時だった
桐山が、美恵の頬に優しく触れたのは
「和雄?」
「動くな」
桐山の顔が近づいてくる。美恵は思わず目を瞑った
桐山の動きが止まった、何もされなかった
美恵は、そっと目を開いた
緊張が解かれた安堵感よりも
残念……という気持ちのほうが大きい
実は少しだけ期待していたのだ
美恵の左肩、何かを包み込むような形で押さえている桐山の右手
そっと、左手を持っていき、両手で、その何かを包み込む
不可思議な表情をした美恵の目の前に持ってくる
「……あっ」
包み込まれたもの、それは
「蛍」
小さな、小さな光
でも、とても温かい光
桐山の手の隙間から、そっと飛ぶ蛍
「美恵」
桐山が美恵の肩を抱いた
ここまでは、いつもと同じだ。でも……
「……和雄///」
強引に引き寄せられた
顔は桐山の胸にあてがわれた状態だ
「……不思議な気持ちなんだ」
顔を赤らめながらも桐山の言葉に耳を傾ける美恵
…トクン…トクン…
胸に当てた耳に心地よい鼓動が聞こえる
(和雄の心音……少し速い)
「今夜、初めて、いつもと違う美恵を見た」
美恵は、そっと目を閉じた
「いつも以上に、一緒にいたいと思った」
桐山の背中に、そっと腕をまわした
「手を握りたいと思った、肩を抱きたいと思った。でも足りない」
「こうして抱きしめたいと思ったんだ」
「美恵を抱きしめていると胸が苦しい。でも…」
桐山は、さらに強く深く抱きしめた
「ずっと、こうしていたいんだ。……嫌か?」
「……嫌なわけないじゃない」
「私もずっと和雄とこうしていたい」
抱きしめあう二人のまわりを飛び交う蛍
その静寂に終わりを告げるかのように
ヒュルルルゥゥゥゥ~……
一気に空が明るくなった
夜空に広がる大輪の華
「わぁ…綺麗」
夏祭りのハイライト、花火大会だ
和雄、また来ようね
来年も、再来年も……
「あっ、また上がった」
ヒュルルルゥゥゥゥ~……
「……えっ?」
美恵が、その花火を目にすることはなかった、なぜなら……
「たまやー!!」
そんな掛け声が祭り会場では響いていた
空を見上げていた美恵の前に桐山の顔が、そして……
「わぁーー!!すごーい!!」
「でっかいなぁ」
見事な花火に、どよめく見物客たち
「……ん」
唇が、桐山のそれで塞がれていた
「今年の花火は最高だったな」
「うん、迫力あったよね」
「豊もバカだよな。金井を誘って見ればよかったのに」
「何言ってんだよ!!シンジこそ彼女と来ればよかったじゃないか」
「バカいうなよ。5人も連れてこれるわけないだろ」
「シンジ、いい加減に女遊びは……!!」
「どうした豊?」
驚愕の表情の豊、その視線の先に目をやる三村
「……なっっ!!!!!」
どのくらいたっただろうか?
そっと唇を離す桐山
うつむく美恵
「……和雄のバカ。不意打ちなんて卑怯じゃない」
「抱きしめただけでは我慢できなかった。だからやった」
「嫌だったのか?」
「……ホントにバカ。嫌なわけないじゃない」
「それなら問題はないわけだな」
そう言って再び強引に唇を重ねてきた
美恵は抵抗することなく目を閉じた
夏の夜の、ほんの悪戯?
いいえ違う、それはきっと新たな門出
天瀬美恵、15歳
あまりにも甘いファーストキスだった
END
「すごいもの見ちゃったよねシンジ」
「ああ、桐山に気付かれないうちに逃げるぞ」
「……だよね。バレたら殺されちゃうよ」
次の日、2人は揃って欠席
これもまた夏の思い出