財布の中にある一枚のコイン
選択を迫られた時、常に進むべき道を示してくれた唯一のもの
いつからだろう?
コインに頼らなくなったのは
道標
「美恵何をしている?」
下校中の出来事、学校の近くを流れる川
スカートを腿の辺りまで捲り上げ川の中を歩く彼女
「あそこ、川の真ん中に」
川中に、わずかに突出している岩の上に一匹の子猫
「早く助けてあげないと」
「美恵の猫なのか?」
「違うけど、ほっとくわけにはいかないでしょ」
おぼつかない足取り、子猫どころか、美恵の方が流されそうだ。
桐山は学ランを脱ぎ捨てると、靴を脱いだだけの状態で川に入った。
「美恵」
弱々しい子猫をさし出すと美恵は本当に嬉しそうに微笑んだ。
何度見ても心を温かくしてくれる、桐山の好きな表情がそこにあった。
「ありがとう、和雄」
「なぜ礼をいう?」
「だって和雄は、いいことをしたんだよ。当然じゃない」
「そうなのか?」
「うん、そう。時々、和雄って不思議なこというよね」
別に礼を言われることじゃない。桐山は本気でそう思っていた。
ただ、こういうことをすると美恵は必ず笑ってくれる。
その笑顔がみたいから
だから、やったまでの事だ。
帰り道--暗くなったので、桐山が送ってくれた--
子猫を抱きながら美恵は桐山との会話を楽しんだ。
もっとも、はたから見れば美恵が一方的に話し掛け、
桐山は黙って聞いているに過ぎないのが
(まあ頷いたり、時々『ああ』『そうだな』程度の返事はあったが)
「私ね。すごく嬉しいの。最近すごく和雄が優しくなったから」
「優しい?」
「うん、今日だって、子猫を助けてくれたし、それにケンカだってほとんどしなくなったでしょ?」
それは本当だった。
別にケンカ相手を傷つけることなど、どうでもいいが、なぜか美恵が悲しむからだ。
だから、なるべくしないようにした。
ただ先日、クラスメイトの山本和彦と小川さくらが
デート中にチンピラにからまれている場面にでくわした時のことだ。
「中坊のくせに見せ付けるんじゃねえよ!!」
「なぁ彼女ぉ、こんな男やめてオレたちと遊ぼうぜ」
「…や、やめろよ!!…さくらに手をだすな!!」
「なんだとぉ!!」
次の瞬間、そのチンピラの腕が瞬時に伸び、その先にあった山本の顔面をとらえた。
まるで、ハリウッド映画のロープアクションさながら吹っ飛ぶ山本。
「和くん!!」
「和雄あれって」
「ああ、山本と小川だな」
「落ち着いている場合じゃないでしょ?!ねえ助けてあげて!!」
「美恵は助けたほうが嬉しいのか?」
「当たり前じゃない!!ねえ早く!!」
「そうか、わかった」
「和くん、しっかりして!!」
「…血、血が…さくら…オレ」
三人のチンピラが二人を囲んだ。
「…ひっ…!に、逃げろ…さくら」
「こいつ泣きそうだぜ。じゃあ、最後のお仕置き行ってみようか♪」
ポン…肩に手を置かれた感触
「なんだぁ?」
振り向き様に男の目に映ったのは恐ろしいくらいハンサムな少年
「その二人から手を引け」
「なんだとぉ!!何様のつもりだ、てめぇ!!!」
チンピラが桐山の手を叩き落した。
その後のことは説明無用だろう。
ほんの数秒後三人は地面に這いつくばっていた。
もちろん意識は無い。
「…き、桐山さん……あ、あり…ありが……」
噂にしか知らない桐山の強さを目の当たりにして、
それは何故あの桐山和雄が自分達を助けてくれたのかという疑問も伴い、
ただただ二人を呆然とさせた。
もっとも桐山はそんな二人の感謝の言葉も終らない内に背を向けて
美恵のもとに戻ったのだが。
美恵は「お疲れ様」と言って、
いつものように、あの笑顔で桐山の腕に自分のそれをからませた。
「これで良かったのか?」
「ありがとう和雄」
「美恵が礼を言うことじゃない」
以前はこんな事はしなかった。
頼み事をされても自分で選ぶ事はしない。
選ぶのはコイン、自分はそれに従うだけ。
でも今は違う
オレは選んでいる自分の意志で
選ぶ理由はたった一つ
美恵が望むから
「和雄どうしたの?」
無意識に見詰める桐山の視線
不思議に思った美恵が問う
……ああ、そうか……
「和雄?」
「何でもない」
そう言って美恵の肩を抱くと自分の胸に引き寄せ、強く、そして優しく抱きしめた。
それに応えるように桐山の背中に手をまわす美恵
そう…コインに頼らなくなったのは美恵が側にいてくれるようになった時から
以前は選択はコインに頼った。
だが今は美恵がいる。
オレが進むべき道を
常に正しい方向へと導いてくれる
光のような存在
だから、もう
コインは必要ないんだな
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後書き
原作を読破した時思ったものでした。その出生と、義父の偏った特殊教育のせいで感情や愛を知らずに育った彼に対し『私があなたに愛を教えてあげたいわ』と……
そんな私の妄想プラス欲望の集大成が、この作品なのです。