桜の莟がふくらみ始めた、この季節
まだまだ外の風は冷たく
それは、今の美恵の心を、そのまま映しているようだった
~未来~美恵はタクシーの中、ある場所に向かっていた。
まだ数十分はあるだろう。
バックから大切そうに一通の手紙を取り出すと、そっとひらいた。
『美恵、もし君が、この手紙を読んでいるとすれば』
淡々としているようであるが、どこか悲しげな出だしの文面
『オレはもう、この世にはいない』
『オレは、このゲームに乗った。優勝して生きて帰るつもりだ』
『だが、確証はない。だから、この手紙を残す』
『オレの家族が、君に、この手紙を渡してくれることを願って』
手紙の差出人は桐山和雄
去年死んだ
殺された、政府が行ったプログラムというゲームの名のもとに
最初に出会ったのは、ほんの些細な出来事だった
誰もいない放課後の図書館
こんな教養溢れる場所には、およそ似合わない不良たち
「よう、オレたちと付き合えよ」
「困ります」
「いいじゃないか」
……恐い……誰か助けて……
泣きそうだった
「静かにしてくれないか」
そう言って、りんとした冷たい感じの、だが透き通った
それこそ静かな声がしたのは
それが和雄、桐山和雄だった
不良たちを、ものの数秒で倒した和雄
それが、きっかけで2人は付き合うようになった
それから2年、人生数十年の内たった2年かもしれないけど
それは最高に幸せな日々だった
今でも確信できる
”一生分愛し合った”と
『覚えているかな、美恵が、オレに言ったことがある』
『オレと一緒にいるときが一番幸せだと』
『オレは、それに対して「わからない」といった』
そう、感情豊かな美恵とは反対に桐山は感情というものを表に出すことはなかった
『だが死んだら、二度と美恵に会えなくなる。そう思うだけで心が痛いんだ。今ならわかる。オレは幸せだった』
美恵は手紙を握り締めた
『オレの幸せ、それは美恵だったんだ』
和雄……いつか、言ってくれたわね。ずっと一緒にいようって……
今も未来も……ずっと一緒だって……
『すまない、約束守れなかった』
和雄!!
『死んでも美恵の事は忘れない。それだけは約束するよ』
涙が頬を伝わっていた
「お客さん、着きましたよ」
運転手の声に、美恵はハッと我にかえった
タクシー代を払うと、何かを大切そうに抱きかかえ、外にでる
そこは桐山家の菩提寺だった
一番高台にある、一際目立つ立派な墓
「和雄」
美恵は愛おしそうに話し掛けた
「……見て」
抱きかかえていたもの、それは……
「赤ちゃんよ。私たちの赤ちゃん」
母親の腕の中で、安心しきったように眠る子ども
非業の死を遂げたこと父親のことは、もちろん知るよしも無い
「……あなたの事、この子に話すべきかしら……」
どれだけ、あなたを愛したか、そして……
「あなたが、どうして死んだのか……その、理由も」
『よく、わからないんだ』
桐山は、美恵に、よく言っていた
嬉しい、悲しい、怒り、そして喜び……
「和雄、私もわからない。この子に、なんて説明すればいいのか、でも……」
やっぱり、全てを話すべきだわ
あなたの為にも、この子にはわかってほしい
あなたと過ごしたのは、ほんのわずかな時間だったけど
「一生分愛し合ったわ」
桜の莟が膨らみ、間もなく開花を迎えるだろう
桐山を失った悲しみは忘れることは決してない
でも、いつかは癒されるだろう
この子の存在が癒してくれるのだから
「毎月来るわね。この子と一緒に」
『美恵、約束する。今も未来も永遠に一緒にいる』
「和雄…あなた、約束守ってくれたわ。だって……」
あなたと私の命は、この子に受継がれて未来永劫続いていくのだから
