後悔なんて言葉じゃすまない
美恵……オレは、もうすぐ死ぬ
そしたら、おまえに会えるのか?
おまえはオレを赦してくれるのか?
~懺悔~
元々、感情など無かった。
怒ったり、笑ったり、泣いたり……そんな普通の顔を全く知らない。
だから、誰とも理解できない。分かり合えるはずが無い。
ただ一人……美恵、おまえを除いては。
「桐山くん」
「なんだ?」
「あのね。数学がわからなくて……教えてもらってもいい?」
「ああ、かまわない」
その様子をクラスメイトがチラッと見詰める。
もう見慣れた光景とはいえ、やはり、まだ戸惑うらしい。
そうだろう、真面目で優しくて大人しい天瀬美恵の相手をしているのは、天下の桐山和雄なのだから。
桐山ファミリーの面々ですら今だに信じられないといった顔だ。
「ボスが対等に相手してやるなんて」
「ああ、全くだ」
「オレたちより親しくないか?」
「でもいい事じゃない。桐山くん最近表情柔らかくなったと思わない?」
ヅキこと月岡の言葉に沼井たちは頷いた。
「確かに以前より……人を寄せ付けないオーラが無くなったっていうか」
「そうだよな……何となくだけど」
きっと二人は好き合っているんだ。
それはファミリーのみならず、クラスメイト全員の見解だった。
そして、それは半分あっていた。
少なくても美恵は桐山のことが好きだった。
超がつく美形で勉強もスポーツも天才的。おまけに名家の御曹司。
自分なんかが好きになるなんて図々しいかもしれないけど本気だった。
さらにおこがましいことに付き合いたいさえ思っていた。
桐山はいつも嫌な顔一つせず自分を受け入れてくれる。
きっと脈がある。美恵は本気で思っていた。
そんな、ある日の事だった。
「美恵」
「何、桐山くん?」
「来週の日曜あいてるか?」
「どうして?」
「オレの誕生パーティーなんだ。嫌でなければ来て欲しい」
「あら、美恵ちゃん。どうしたの、こんなに遅く」
「ヅキちゃん。あ、もうこんな時間……帰らないと」
「あら、これって……もしかして手編みのセーター?」
「うん」
ヅキはすぐに理解した。女同士わからないはずは無い。
美恵は桐山へのプレゼントに手編みのセーターを選んだのだ。
そして、ついつい夢中で編んでいるうちに、こんな時間になったというわけだ。
「桐山くん、喜んでくれるといいけど」
「大丈夫よ。こんな嬉しいプレゼント他にないわ」
「うん、それにね……」
「それに?」
「プレゼントしたら……告白しようかと思ってるの」
「本当?!素敵じゃない」
「でも……桐山くん、OKしてくれるかしら?」
「大丈夫よ。桐山くんも美恵ちゃんのこと好きよ。アタシの勘に間違いないわ」
――そして、パーティー当日――
それは驚愕だった。
確かに桐山は大財閥の御曹司だ。
でも、まさか中学生の誕生パーティーがこんな豪華絢爛とは……。
まるでハリウッドのアカデミー授賞式。
美恵は勿論、桐山ファミリーの面々も緊張の頂点である。
「美恵」
「あ、誕生日おめでとう桐山くん」
美恵は思わずプレゼント(時間をかけて綺麗にラッピングしたものだ)を後ろに回してしまった。
手作りのセーターなんて、何だか恥ずかしくなってきたのだ。
「どうした?」
「う、うん……ちょっと、びっくりして。私なんかが場違いな気がして……」
「どうして、そんな事を思うんだ?」
「だって……」
その時だった。
「和雄様」
と、背後から綺麗な声がして、その声に負けないくらい綺麗な女のひとがたっていたのは。
「お父様がお呼びですよ」
「ああ、わかった」
誰だろう?同年齢みたいだけど……それにしても随分桐山くんに馴れ馴れしい
美恵は胸が締め付けられるような気がした。
なぜか嫌な予感がしたのだ。
美恵は、小声で桐山に言った。
「あの……桐山くん、あのひと誰?」
「オレの婚約者だ」
「……婚…約者?」
「ああ」
その瞬間、美恵の心の中で何かが壊れた。
桐山ファミリーが、特にヅキがオロオロと桐山と美恵を交互に見詰めている……。
「美恵、どうした。気分でも悪いのか?」
急に下を向いて黙り込んでしまった美恵に桐山は少しだけ焦っていた。
「……ごめんなさい桐山くん。私、用事思い出して……帰るね」
そう言うと美恵はクルリと向きをかえ走り出した。
「美恵!」
「ダメよ桐山くん!!」
月岡が桐山の腕を掴んでいる。
「そっとしておいてあげなさい」
「なぜだ?」
「わからないの?美恵ちゃん、ずっと桐山くんのことが好きだったのよ。
気持ちに答えてあげることが出来ないのなら追いかけるべきじゃないわ」
……バカみたい、脈ありだなんて……
……そうだよね、桐山くんみたいな素敵なひと恋人くらいいるよね
……でも、まさか婚約者なんて……
……告白する前にフラれるなんて本当にバカみたい……
ポツポツ……雨が降り出した。
まるで、美恵の気持ちを代弁するかのように
少しずつ激しさを増しながら……
「わかってあげなさいよ。美恵ちゃんの気持ち」
「美恵の気持ち?」
「そうよ、告白する前にフラれたんだから」
「オレが美恵をフッた?」
「そうよ、心に決めたひとがいるじゃない。美人の婚約者」
「あれは父が決めた女だ」
「え?」
「先月紹介された。まだ数回しか会ってない」
「それって政略結婚?……でも、失ったことには変わりないわよねぇ。
だって桐山くん、あのひとと結婚することを了解してるんでしょ?
だったら失ったも同然よ」
「失う?」
「そうよ。美恵ちゃんは桐山くんを失ったのよ。
もう、以前のようにそばにいたり、会話したり……そんなことできないわね」
「なぜだ?」
「なぜって傷ついているからよ。ああ、もう本当にあなたって鈍いひとね。
愛する人を失う気持ち、あなたみたいなひとは実際に失ってみないとわからないんじゃない?」
「……?」
愛する人を失う?
なんだ、それは?
オレにはわからない……。
雨が地面を叩くように降っても美恵は俯きながらゆっくりと歩いていた。
少しだけ顔を上げた。
……信号、青になった。渡らないと
美恵は、またゆっくりと歩き出した。
トラックが走ってくる。余程急いでいたのだろう、前方の信号が赤だというのに突っ込んでくる。
雨が視界を遮り美恵の姿は運転手には見えなった。
そして美恵もボンヤリしていて気付かなかった。
数メートル先で、やっと美恵の姿を確認した運転手は慌ててブレーキを踏んだ。
キキィィィーーーッ!!!!!
その不気味な音に、美恵はハッと顔を上げた。
そして……宙に浮いていた……。
「……美恵」
「桐山くん、そんなに気になるの?」
「ああ、そうだ」
「ねえ桐山くん。あなた、もしかして……」
その時、着信音が響いた。
「ハイ、もしもし……え?」
瞬間、月岡の表情が一気に強張った。
「待って!何かの間違いじゃないの?!」
次第に蒼ざめいていく。
「……そう」
震えながら携帯を切った。
「彰、どうした?」
「桐山くん……美恵ちゃんが……美恵ちゃんが……」
「……美恵が…?」
愛する人を失う気持ち
「美恵……が、どうした?」
失ってみないとわからないんじゃない?
「美恵に何があったんだ!!!!?」
……失ってみないと。
「こちらです」
真面目そうな警察官が沈んだ面持ちで二人を案内した。
開かれたドアの向こう、『美恵』はいた。
白い布に覆われ横たわった姿で……。
「……即死だったそうです。ご冥福をお祈りします」
「……美恵」
そっと顔にかかっていた白布を上げた。
何も変わってない。綺麗な顔だ、傷一つ無い。
「……美恵、どうして起きないんだ?」
『美恵』を揺さ振り始めた。
「……美恵、いつまで寝てる?どこにも怪我なんてないじゃないか」
『美恵』をさらに揺さ振った。それでも起きない。
「なぜ起きないんだ美恵!!?」
「もう、やめて桐山くん!!!わかるでしょう?!!
美恵ちゃんは…もう……」
「生きている!どこも壊れてない!同じだ、さっき会った時と何一つ変わってない。
だから死ぬはず無いんだ」
「打ち所が悪かったのよ!!外傷は関係ないわ!!!」
桐山の動きが止まった。
「……もう、わかってるんでしょ?」
「……オレのせい……か?」
あの時、追いかけていれば
「……オレが殺したのか?」
いや、もっと早く自分の気持ちに気付いていれば
「……彰、オレは……」
失って、やっと気付いた……。
美恵を……愛する者を失う気持ちを。
遺体の傍には破れかけたラッピングからセーターが見えていた。
添えられたカードには――
『ずっと好きでした。付き合って下さい』
――そう書かれていた。
オレはどうでもよかった
政府と戦おうが
このゲームに乗ろうが……
だからコインを投げたんだ
足音が聞こえる
止めを刺しにきたのか
川田だった
スッと銃口を上げた
そして次の瞬間全てが消えた
やっと全てが終った
美恵……オレは、おまえに会えるのか?
おまえはオレを赦してくれるのか?
~完~