それはホームルームが始まる少し前だった。
あの欠席の常習犯・桐山和雄が朝から教室に顔を出している。
それだけで珍しいことこのうえない。
が、その桐山がトコトコと三村の机の前まで来てこう言った。
「三村、おまえに話がある」
「はぁ?」
疑問符を浮かべる三村を半ば引きずるようにして桐山は教室を後にした。
残されたクラスメイト達は、なぜか三村の為に祈りを捧げていた。
☆三村の恋愛指南☆
「何だよ桐山。一体オレに何の用だ!?」
何の前触れもなく人気のない屋上に連れ出され三村は思わず身構えていた。
そう、桐山の機嫌を損ねる覚えは全く無いが、だからと言って、この不良のヘッドがわざわざ用があるというからにはろくなことじゃない。
もしかして学校の中でも特に目立つ自分をしめてやろうなんて不吉な事を考えているのかもしれない。
上等だ桐山!!だがな、オレだって叔父さんにケンカを仕込まれてるんだ!!!
いつも、おまえが叩きのめしているチンピラと一緒にしないほうがいいぜ!!!
三村は思わず身構えた。
「……三村」
ここにきて、やっと桐山が口を開いた。
「女の口説き方を教えてくれないか」
「はぁ?」
――3日前――
「ボ、ボスッ!!!い、今何て言ったんですかぁ!!!」
沼井が赤面しながら叫んだ。
「ボ、ボスッ!!あいつの事を考えると胸が苦しくなるって!!?」
普段は目立たない黒長まで興奮している。
「他の男が近づくだけでムカムカするぅぅーー?!!ボ、ボス!!…そ、それはぁ!!!」
ただでさえ年中真っ盛りの笹川は最高潮に盛り上がっている。
「恋よ、恋!!!ラブなのよぉぉッ、桐山くんーーー!!!!!」
が、もっともハイテンションなのは、やはり月岡だった。
「そうか、オレは恋をしているのか」
しかし、当の本人は、まるで第三者のような涼しい顔だ。
「それで、この場合どうしたらいいのかな?」
「決ってるじゃないですか!!呼び出してやっちまうんですよ!!!」
「竜平ーー!!!てめぇ、ボスに変な事教えるんじゃねぇッ!!!」
激怒した沼井に追い回される笹川は無視して桐山はさらに質問した。
「オレはどうすればいいのかな?」
「……オ、オレはよくわからないですど。やっぱり告白した方がいいんじゃないですか?」
そう、それは正論だった。
「バカね。告白だけじゃダメよ。口説くのよ。いい?桐山くん。
男は押しの強さが肝心よ。押して押して押しまくるよ!!
相手に惚れさせてメロメロにしなさい。そうすればハッピーになれるわ」
「そうか、わかった。で、どうやって口説けばいいのかな?」
「そうねぇ……やっぱり、その道のプロに口説き方教えてもらえば?」
「ボス!!ぜひ、この笹川に!!こう見えても狙った獲物は逃したことないんだぜ」
「バカね!何言ってんのよ。あんたが、相手にしてるイケイケと桐山くんの想い人を一緒にしちゃ失礼じゃない。
竜平くんの下品な口説き方はお手本にはならないわ。
こういうのは、もっとハイレベルなモテモテくんから教わった方がいいわね」
「ふーん。で、おまえ学校一モテるオレに白羽の矢を立てたってわけか?」
「ああ、そうだ」
そうか、そうか……オレを学校一イイ男と認めてるってことだよな。
三村は内心すごくいい気持ちになった。
「オレなりに考えたんだ。七原のように、ただモテるだけでは参考にならないと」
「感心だな。おまえ、よくわかってるじゃないか」
「ああ、城岩町の中でも、おまえほど、ふしだらで無節操で見境がなくて女なら誰でもいいというプレイボーイはいないからな」
……シーン……
「……おまえ、オレをバカにしてるのか?」
「なぜだ?オレは真剣におまえほど際限なく女と付き合っている奴はいないと思ってる」
「………」
「おまえは国語のテストはいつも赤点だが女に口説き文句をいう時は、オレには思いつかないようなセリフを喋りまくっているだろう?
オレはおまえが羨ましい。そう思っているだけだ」
……そう言えば、オレは桐山とまともに会話したこと一度もなかったが……
一つだけわかったぞ……こいつメチャクチャ天然なんだ……
「どうすれば、おまえのように恥も外聞もなく女を口説けるようになれるんだ?」
三村は頭カキカキ少々悩んだ。
とても、ひとに教えを乞う態度では無いが、どうやら桐山は本気らしい。
仕方ない……これも人助けだ。三村は、そう決意した。
「……そうだな。おまえに足りないのは愛想の良さだよ」
「愛想の良さ?」
「そうそう。はっきり言って、おまえほど女に持てる素質を持った奴はいないんだぜ。
勉強もスポーツも№1。おまけに良家の御曹司。
しかもだ。悔しいけど、おまえ顔もメチャクチャいいだろ」
「……そうなのか?」
「はぁ?」
「オレは顔がいいのか?オレには、よくわからない」
「……おまえなぁ……それ教室で言ってみろ。クラスの男全員敵にまわすぞ」
「とにかくだ。そんな、おまえに女が寄ってこないのは取巻きたちが怖いからってだけじゃない。
要はおまえに愛想のかけらもないからだよ。
いくら、顔が良くても、それじゃあ近寄り難くて仕方ないってもんだ。
全く同性から見たら勿体ないじゃ済まないぞ。
おまえが少しでもニコッとすれば、すぐにモテまくっていい思いができるのに」
「そうなのか?」
「ああ、明日にでもモテモテだよ」
「そうじゃない。モテるのは、そんなにいいことなのかな?」
「はぁ?何言ってんだよ、当然だろ?」
桐山は少し考えた。
「おまえのように時々呼び出されて平手打ちをくらうのがいい事なのか?
オレにはとてもそうは思えない」
……シーン……
「……おまえ、オレにケンカ売ってるのか?」
――数十分後――
「とにかくだ。要は真心なんだよ。
自分の愛情をストレートに言えば済む事なんだ。
女ってのは、はっきり堂々と気持ちを伝えた方がグッとくるんだよ」
「そうか、わかった。ところで参考までに聞きたいが、おまえはいつも、どんな事を言ってるんだ?」
「オレか?」
――数分後――
桐山は立ち上がるとスタスタ歩き出した。
「お、おい…桐山!」
ガラァァァッ!!!
開け放たれた教室のドア。
B組生徒も担任の林田も一斉に桐山を見詰めた。
が、当の桐山は何事も無かったかのように、スタスタとある女生徒の机の前まで来た。
「桐山くん?」
その女生徒の名前は天瀬
美恵。そう桐山の意中の女性だ。
「……ど、どうしたの……桐山くん?」
美恵
が焦るのも無理は無い。何しろ、桐山が美恵
の頬に手をあててジッと見詰めてくるのだから。
「……こうしていたいんだ、ダメか?」
「え?」
「こうしていると、天瀬
の瞳に吸い込まれそうになる。それがオレにとって永遠の一瞬なんだ。
理解してくれるかな?」
ガタァァァァッッ!!!!!←注意:クラスメイト全員立ち上がった音(汗)
「……き、桐山くん…皆見てるよ……」
そう……クラス中が顔面蒼白になって見ていた。
が、桐山には、そんなもの知ったこっちゃねー。
「その瞳だけでは足りない。唇に触れてみたい、かまわないか?」
桐山は強引に美恵
の顔を上に向かせると顔を近づけた。
(注意!!今は授業中です!!!)
ダダダダダァァァ!!!!!
その時!!凄まじい足音!!!!そしてッ!!!!!
ガラァァァァッ!!!!!
「桐山ぁぁぁーーー!!!!何考えてるんだーー!!!!!」
呆気にとられる美恵
とクラスメイトたちを尻目に三村は桐山を連れ出して再度屋上に。
「おまえ何考えてるんだよ!!!」
「何を怒っているんだ?」
「何って、今自分がなにしたかわかっているのか?!!!」
「ストレートに堂々と言えばいいと言ったのはおまえだ。
しかも、おまえがいつも言ってることだろう?
それがダメなのか?おまえは理解できないな」
「………あのなぁ、時と場所を選べよ」
三村は一から教えることにした。
「いいか、恋愛ってもんは……」
――放課後――
「よし、とりあえず第一段階告白からいってみようか。
ちゃんとセリフ考えてあるだろうな?」
「ああ」
「よし行け」
三村が見守る中、桐山は美恵
に近づいた。
誰もいない教室。綺麗な夕陽……最高のシチュエーションだ。
「天瀬
」
「桐山くん」
「さっきは悪かった。オレの配慮が足りなかった」
「いいの。私もう気にしてないから」
(よーし、いいぞ。出だしは好調だ)
柱の影から三村はジッと2人を見詰めた。
「話があるんだ。聞いてくれるかな?」
「うん、何?」
「これにサインしてくれ」
婚姻届ェェェェーーーーー!!!!!
ダダダダダァァァ!!!!!
その時!!凄まじい足音!!!!そしてッ!!!!!
ガラァァァァッ!!!!!
「桐山ぁぁぁーーー!!!!何考えてるんだーー!!!!!」
呆気にとられる美恵
を尻目に三村は桐山を連れ出して再度屋上に。
「おまえ何考えてるんだよ!!!」
「何を怒っているんだ?」
「何って、今自分がなにしたかわかっているのか?!!!」
「おまえが言ったとおり自分の気持ちを素直に形にしただけだ」
「バカ野郎ッ!!告白する前に結婚しろなんて順序がメチャクチャだろうが!!!」
「なぜだ?オレはおまえのように肉体だけの遊びで付き合いたいわけじゃない。
だから正式な形にしようと思ったんだ。いけなかったかな?」
……シーン……
「……おまえなぁ。オレこう見えても傷ついてるんだぜ」
「……とにかくだ」
三村は語り出した。
こうなったら全部シナリオ考えてやるしかない。
「いいか?人気の無い所に呼び出して一言『好きだ、付き合って欲しい』と言え、言えるな?」
「ああ、問題ない」
「そして、天瀬の目をジッと見詰めるんだ。天瀬の顔が紅く染まったら脈ありだ。一気に攻めろ。
そっと手を握るもよし。頬に手を添えるもよし」
「他には?」
「そうだな……初心者のおまえには関係ないけど、オレくらいプロになると、そっと相手を抱き締めてやるんだぜ」
「それがいいな」
「はぁ?」
「オレは天瀬
を抱き締めたい。心から、そう思うんだ」
「待てよ。言っただろ?これはオレくらい場数を踏んだ奴でないと無理だ」
「だったら教えてくれないか?」
「……教えてくれ…って、言われてもなぁ……」
口で言ってわかる事じゃない。だが……桐山はどうやら本気らしい。
「……わかったよ。いいか?あくまでも相手を無理強いせずに、そっと抱き締めるんだ。
力ずくで押さえ込むと、ああいうタイプには嫌われるぞ」
「……どの程度の力が必要なのかな?」
「はぁ?」
「おまえは、そっと……と、言ったがオレは経験が無いからわからない」
「……しょうがないな。じゃあ、オレが練習相手になってやるよ」
――その頃――
笹川「それにしても今日のボスにはビビったな」
黒長「ああ、まさか公衆の面前でなんて」
沼井「さすがはボスだよな。オレ一生ついてくぜ」
月岡「ああ、あたしも三村くんと幸せになりたいわぁ」
桐山ファミリーは、そろって溜まり場・屋上に。
ガチャ……沼井はドアを開けてしまった。
!!!!!!!!!!←沼井の心の叫び
沼井は見てはならないものを見てしまった……。
そう……敬愛する桐山が……三村と抱き合っている姿を……。
ちなみに三村はバッチリ沼井と目が合ってしまい、顔面蒼白になっていた。
桐山は……と、いうと背を向けていたので、表情はわからなかったが、もちろん無表情だった……。
ガシャァァァッンッッッ!!!!!
「おい充。なんで閉めるんだよ」
「だ、ダメだぁーー!!!今開ける事はオレが許さねぇーーー!!!!!」
――次の日――
(……沼井の奴、絶対に誤解してたよな。何とか誤解とかないと)
(……知らなかった。ボスにあんな趣味があったなんて……。
しかも相手が女を下半身でしか判断できない男・三村とは……。
もしかして、あいつ……それを隠すためにわざとプレイボーイやってたのか?
どっちにしろ、あんな奴と一緒になったらボスが何言われるか……いや!)
沼井は思った。
(オレは何考えてるんだ!!!世間体なんかどうでもいいじゃねえか!!!
世間から白い目で見られる辛さはオレが一番よくわかってることだ。
世間がどう言おうが、オレだけはボスの味方をしてやらないとボスが可哀想じゃねえか!!!
)
「三村ァァァ!!!おまえに話がある!!!」
「ああ、オレも話があるんだ。昨日のことだけどな……」
「いいか!!ボスを幸せにしなかったらオレが承知しねえからな!!!!!」
「え?」
ガタァァァァッッ!!!!!←注意:クラスメイト全員立ち上がった音(汗)
「世間がどう言おうがオレはボスとおまえを応援してやる」
「ちょ……ちょっと待てよ!!!」
「何も言うな!!!オレはそんなに野暮じゃねえ!!!」
……シーン……
七原「み…三村……おまえ……」
杉村「お、おい…まさかとは思うが……」
豊「……シ、シンジ……桐山さんと?」
「ああ、そういうことだ。2人は愛し合ってるんだ、祝福してやれよ」
――その頃――
「ねえ桐山くん。もう、そろそろ学校に行かないと遅刻するよ」
桐山は、どうやったのか知らないが首尾よく美恵を連れ出す事に成功していた。
しかも人気のない公園だ。
「ねえ桐山くん、どうしたの?」
「好きだ。付き合って欲しい」
「え?」
突然の告白に吃驚仰天した美恵は思わず赤面した。筋書き通りだ。
すかさず桐山は美恵の手を握ると引き寄せた。
「え…?」
そして抱き締めていた
「……き…桐山くん?」
「この後どうすればいいのかな?」
「え、どういうこと?」
「オレはどうしたらいいんだ天瀬?」
美恵は目が点になっていた。
それもそうだろう。
突然告白したと思ったら前触れもなしに抱き締めておいて。
疑問を投げかけたいのはこっちの方なのに、反対に質問されるなんて。
「桐山くん最初から説明して」
「気が付いたら天瀬を見ていた」
美恵は黙って聞いた。桐山の胸に顔を預けたまま。
「天瀬が笑うとなぜかいい気持ちになった。
天瀬が悲しい顔をすると、なぜかオレも落ち着かなかったんだ」
「…………」
「天瀬が他の男と嬉しそうに会話しているのを見たら、胸が締め付けられるような感じがした。
いつもは天瀬が笑っているとオレも悪くない気持ちだったのに、その時だけは苛々したんだ。
オレは、それが何でなのか理解できなかった。だから彰たちに聞いたんだ」
「オレは天瀬に恋をしてると言われた。そして告白するべきだとも」
「だからオレは三村に教えてもらったんだ。どうすれば女を口説けるのか」
「もしかして昨日言ってたこと……」
「ああ、三村に教えてもらった」
美恵は突然理解した。
なぜ、急に桐山があんな行動をとったのか。
そして、なぜ突然三村が焦って登場してたのか。
「告白して抱き締めるところまで教えてもらったんだ。
だが、なぜか三村が、その後顔面蒼白になって帰ってしまった」
「だから、抱き締めた後はどうすればいいのかわからないんだ」
美恵は考えた
そう言えば自分は桐山に対して特別な感情を持った事は無い、でも……。
桐山が『好きだ、付き合って欲しい』と言った時の表情
……すごく、すごく真剣だった。
ずっと怖いひとかと思っていた
いつも冷たい瞳で、何考えてるのかわからないひとだと
でも……『好きだ』と言ってくれた時、その冷たい瞳の奥にあたたかい何かがあった……。
美恵は考えた。こんなに真剣に考えたのは生まれて始めてかもしれない。
桐山の事はよく知らない……でも、今自分は知りたいと思ってる
あの瞳の奥にあった、あたたかい何かを
「何もしなくてもいいのよ」
美恵はソッと桐山の背中に手をまわした。
「もう少しだけ……このままでいて」
私……桐山くんのこと知りたい
「……ああ、わかった」
桐山くんの真剣な想いを受けとめたい……そう思ってる
美恵は心に決めていた
桐山の告白にOKしようと
桐山の心にうたれ、心の底から、その気持ちに答えたい
そう素直に思ったからだ
そして、その想いが愛に変わる日も遠くはないだろう
~END~
――おまけ――
ちなみに、その時学校では、沼井の一言で三村は○○疑惑の渦に飲まれていた。
そして付き合っていた女たちが全員去っていったのは言うまでもない。
美恵と公認の恋人になった桐山は無罪放免となったが、三村の噂は45日続いた。
もちろん、その間、異性関係においては悩まされることもなかったのである。
メデタシメデタシ