美恵は風車小屋の周りに咲き乱れるチューリップに駆け寄った。
赤、青、黄色……色とりどりだが、美恵の目に一番美しく映ったのは清楚なピンク。
そよ風に、そよそよと揺れている。
まるで挨拶をしてくれているかのようだ。
「すごく綺麗。桐山くんも、そう思うでしょ?」
~異国の地~
「すごく綺麗。桐山くんも、そう思うでしょ?」
美恵は傍で立っている桐山に同意を求めた。
「いや、オレにはわからない」
桐山はさらにこう言った。
「オレの目に美しいと映るのは美恵だけだ」
「え?」
「だからオレには、その花の美しさは永遠にわからない」
「え??」
「……美恵が眩しすぎるから。オレには、それが全てなんだ」
「?????」
桐山くんって、あんなセリフいうひとだった?
本来なら赤面でもしそうなセリフだが、美恵はそれ以上に不思議だった。
桐山はただでさえ無口だ。
気の利いたキザなセリフなど一切言わない。
それなのに……この修学旅行が始まってからというもの、まるで映画の脚本のような言葉を連発しているのだ。
それも無表情のまま……。
「あーあ、中学生最大の思い出なんだぜ修学旅行は。
やっぱりUSJ行きたかったよなぁ」
「何いってるのよ。ハウステンボスなんてカワイイじゃない」
男子と女子の意見は真っ向から分かれていた。
そう、城岩中学3年生たちは修学旅行に来ています。
目的地は九州最大のテーマパーク・ハウステンボス。
USJに行きたいという意見も多数出たのだが、何でも倒産しかけて今が一番安いからという安直な理由でハウステンボスに決定したのだ。
「わぁ、素敵」
美恵は素直に感動していた。
日本にいてヨーロッパの風景を堪能出来ることに心から喜んでいる。
「ほら弘樹。何怖気づいてるのよ」
「でも貴子……おまえ以外の女を誘うなんてオレにはできない」
「バカね。そんな事言ってたら一生美恵とは付き合えないのよ。
協力してあげるから覚悟決めなさいよ」
「わかった。オレも男だ」
「ねえ美恵。風車小屋をバックに記念写真なんてどう?
あたしが写真撮ってあげるから」
「本当?すごく嬉しい」
「ついでに弘樹も一緒にいいかしら?」
「うん、いいよ」
こうして貴子の粋な計らいで杉村はウレシハズカシ愛しの彼女と記念写真。
「撮るわよ。ほら弘樹、もっと傍によって」
「……あ、ああ///」
「ハイ、チーズ……」
カシャッ
その瞬間、悲劇が起きた。
貴子がシャッターを切った瞬間……0.01秒前には影も形も無かった三村が美恵の肩を抱いていたのだ……。
しかも杉村は突き飛ばされていた。
もちろんカメラのフレームの中には、まるで恋人のように寄り添う三村と美恵がいるだけだ。
いや……写真の隅に突き飛ばされた杉村の片足がかろうじて映っていたが。
「み…三村くん。いつの間に?」
「何もいうな。おまえの気持ちを受け取る準備はいつでもOKなんだぜ」
「三村ッッ!!!この極悪プレイボーイ、いつの間に湧き出たのよ!!!!!」
「ふざけるな三村!!!よくも貴子の好意を無にしてくれたな!!!!!」
その後の説明はいらないだろう。
三村は激怒した杉村と貴子に追いまわされ、どこかに逃亡してしまった。
ちなみに、その光景を遠くから見ていた新井田が
「……オレも狙ってたんだが……あいつに先を越されてラッキーだったな」
と、つぶやいていたのは言うまでも無い。
「チャンスだ。美恵さんを誘うんだ」
「そうか、やっぱりおまえも天瀬を狙ってたんだな」
「か、川田…!!『おまえも』……ってことは」
「ああ、あのお嬢さんはほっとけないんだよ」
「そうか……でも、オレだって美恵さんのこと好きなんだ」
「オレも惚れてる。仕方ない、こなったら3人で遊ぶか?」
「あ、ありがとう川田。やっぱり、おまえはわかってくれると思ったよ」
「気にするな。おまえは憎めん奴だからな」
そう言って、二人が手を握り合い友情を深めていた時だった。
有香「キャーー!!!!これよ、これ!!!」
典子「言ったでしょう。絶対に2人はそういう仲だって」
幸枝「さすが典子。いい勘してるわね」
はるか「あら、あたしだって気付いてたわよ」
泉「でも、実際この目で拝めとは思わなかったわ」
知里「来てよかったね。修学旅行!!!!」
聡美「さあ、そんな事より写真よ、写真」
「「え”」」
2人は知らなかった。女子主流派である委員長グループが最近BLにはまっていることに。
そして、自分達が、そのターゲットにされていることに。
こうして苦い経験と共に2人は知らなくていい世界を知ってしまったのだった。
メデタシメデタシ。
こうして美恵を狙っていた男どもはことごとく撃沈。
「ボス!!今がチャンスですよ」
「そうそう、女なんてやっちまえばこっちのものなんだから」
「バカ野郎!!!竜平、ボスとおまえを一緒にするんじゃねぇ!!!
ボスはなぁ!!!オレたちみたいなのとは違うんだよ!!!!
ボスにとっては初恋なんだ。おまえと一緒にするなッ!!!!!」
「充」
「はいボス」
「静かにしてくれないか?」
「桐山くん、どうしたの?」
「何がだ?」
「……だって」
そう、この修学旅行が始まってからというもの、美恵は桐山とずっと一緒にいた。
例えば昨日の夜なんか、一緒にレストランで食事をしていたのだが、その時桐山は何て言ったと思いますか?
窓から外の夜景を見て一言。
「この明かりの一つ一つにストーリーがあるんだ。
美恵……オレたちも今夜ストーリーをつくらないか?」
……だ。
普段の桐山からは考えられない。
そして美恵は全く気付いてなかった。
そんな2人を見詰めている人影に……。
「美味しいけど」
2人は今レストランに来ていた。
「ちょっと高いね」
やっぱり、せっかく来たのだから少々高くても美味しいものが食べたい、そう思った。
しかし味が最高なら、値段も最高。これ常識。
「美恵が気にすることはない。オレは女に金を使わせるようなことはしない」
「何言ってるの?ダメだよ、桐山くんにおごらせるなんて。
自分の分は自分で払わなきゃ。
」
「そうなのか?」
「うん、私ちょっと……」
ヘアースタイルが少し乱れてる。美恵は化粧室に行った。
「……妙だな。筋書きと違う」
ハウステンボスのレストラン。異国の地の料理を食べられるのも魅力の一つだ。
~♪~~♪
しかも、その食事中。バイオリン奏者がレストランの中を歩く。
素敵な音楽を響かせながら。
その静かな時間に耳を傾けながら美恵は、そっと目を瞑っていた。
「……素敵。ねえ桐山くんも、そう思うでしょ?」
「美恵はバイオリンが好きなのか?」
「うん、引けないけど。だけど聞くのは好きだよ」
「そうか、わかった」
ふいに桐山が立ち上がった。
「え、桐山くん?」
何と桐山はバイオリン奏者に近づくと、何やら二言三言話をし、バイオリンを貸してもらった。
そして……~~♪~~♪
「……すごい」
美恵にもわかった。先ほどまで弾いていたバイオリン奏者などとは格が違う。
もはや天才として形容の言葉が無い。
他の客も皆一様に驚いている。
そして、演奏が終った時、辺りから一斉に拍手が鳴り響いた。
「すごい!桐山くん、本当にすごいわ。ねえ、何ていう曲なの?」
「ああ、あれは今オレが即興で作ったんだ」
「美恵だけの為に作った。気に入ってもらえて嬉しいよ」
「……私の…為に?」
「ああ、美恵の為にだ」
美恵は頬が紅く染まるのを押えることが出来なかった。
「いい、いいわ。その調子よ、桐山くん」
そして美恵は全く気付いてなかった。
そんな2人を見詰めている人影に……。
次に2人はテディベア館にやってきた。
「わぁ、カワイイ。あんなカワイイのほしいな」
可愛いドレスを身にまとっているテディベア。お値段なんと100万円。
「オレもテディベアになりたい」
「え?桐山くん、何言ってるの?」
「テディベアになれば、いつも美恵に抱き締めてもらえるだろ?」
「え?」
美恵は頬が紅く染まるのを押えることが出来なかった。
「いい、いいわ。その調子よ、桐山くん」
そして美恵は全く気付いてなかった。
そんな2人を見詰めている人影に……。
桐山くん……本当にどうしたんだろう?
いつもは無口なのに……
「で、でもヨーロッパって本当に素敵よね」
ガラス細工を見ながら美恵は何とか話をそらそうとした。
あまりにも桐山が突拍子も無いことをいうので、何か別の話をしてないと間が持たなかったのだ。
「こんな作り物じゃなくて、いつか本当のヨーロッパを見てみたいな」
「だったら行けばすむことだ」
「そういうわけにはいかないよ。だって海外なんだよ」
「そうか、だったら……」
「何言ってるのかしら?ちょっと聞こえないわね」
2人を見詰めている人影……その時!!
ガシャーーーンッッ!!!!!
「え?何?何がおきたの?美恵ちゃん、どうしたのよ!?」
美恵が手にしていたガラス細工の壷を落としてしまっていた。
もちろん、その壷は見事に原型がない。
「え?ええ?ちょっと、どういうことよ?」
「き、桐山くん……冗談はやめて」
「冗談?なぜだ?オレは本気で言っているんだ」
「桐山くん、本当にどうしたの?」
「何がだ?」
「……だ、だって……変だよ。この旅行中ずっと……」
「………」
「三村くんみたいなキザな事言うし……」
「………」
「いつもの桐山くんと違うもの」
「聞いてくれるかな?」
「映画のような恋をするべきだと言われたんだ」
「え?」
「映画のような甘いムードで攻めれば落ちない女はいないと言われた」
「ええ?」
「だが映画のような恋というのがどういうものかわからなかった。
だから、どうすればいいか聞いた」
「誰に?」
「彰だ。そうしたら彰がこれをくれたんだ」
桐山がだした分厚い台本。
そこには月岡彰脚本『桐山くんと美恵ちゃんのハウステンボス・ラブストーリー』(長っ!!)と恥ずかしいタイトルが!!!!!
「いやぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」
その時、野太い声がハウステンボス中にこだました(汗)
「バカバカバカァァァァーーーー!!!!!
桐山くんのバカァァァーーーー!!!!!
なんで、バカ正直に喋っちゃうのよ!!!
あたしがせっかく徹夜で書いたのに、全部水の泡じゃない!!!
アアッ!!もう信じられないわぁぁッ!!!!!
せっかく、いい雰囲気だったのにィィィィーーーッ!!!!!」
「つ、月岡くん!!それじゃあ、今までの事は全部……」
「ああ、彰が考えたんだ」
美恵は台本を開いてみた。
そこには、こんな事が書かれていた。
美恵ちゃんがガラス細工を見て綺麗と言った時のセリフ♪
『だが壊れやすいな、オレの心のように。オレの心を壊すのにナイフや銃は必要ない。
美恵……おまえが一言オレを「嫌い」だと言えば、それだけでオレの心は二度と修復できないほど砕け散る。
頼むから、オレの心を壊さないでくれ』
※最後の『オレの心を壊さないでくれ』という部分では美恵ちゃんの瞳をジッとみつめること。いいわね?
パラパラ……今まで桐山が吐いてきたキザなセリフの数々、そしてシチュエーションにいたるまで細かく書かれていた。
「もう!!桐山くんのバカバカバカァァァ!!!!
後少しで落ちるところだったのよ!!!!!」
「そうなのか?」
「あああああ!!!!!!!!
三村くんの恥も外聞も節操もないキザったらしさを少しは見習って頂戴!!!!!」
「……ねえ、桐山くん」
桐山と月岡は同時に振り返った。
「……あのセリフないよ」
「……さっき桐山くんが言ったセリフ」
「ああ、あれか。あれは思ったことを、そのまま言っただけだ」
「だから、あのセリフに脚本は無いんだ」
「え?あのセリフ……って?」
月岡は不思議そうな表情で桐山と美恵を交互に見詰めた。
それも、そうだろう。
美恵が、これ以上ないくらい頬を染めて……そして、すごく嬉しそうだった。
「桐山くん、もう少し一緒にいてもいい?」
「ああ、オレはそのつもりだ」
「……後ね……手つないでもいい?」
「ああ、かまわない」
桐山が差し出した手に美恵がそっと自分のそれを重ねた。
「行こうか」
「うん」
「なんだかわからないけど、上手くいったようね」
そんな2人を月岡は母親のような眼差しで見守っていた。
「でも、なにかしら……『あのセリフ』…って?」
『新婚旅行で行けばいい。二人でロマンチック街道を歩くのも悪くないと思うんだ』
~END~