「なあ美恵来週の日曜日あいてるか?」

来週の日曜日?当たり前じゃない
彼氏持ちでもない私は24時間暇だらけよ
ねぇ、それって嫌味かしら?

でも悔しいから余裕たっぷりで

「そうね、予約入れたいってひとなら大勢いるわよ」
これは本当よ。全員断ったけど……
だって好きでもない男に誘われたって意味ないもの



「だったらオレとやろうか?クリスマス」
「え……?」


聖なる日


七面鳥のソテーに、モッツァレッラチーズとトマトのサラダ
グラタンに、二時間も煮込んだポタージュスープ
それに何といっても一番の力作
(ちょっと形が崩れたけど)特製クリスマスケーキ



ボーン…ボーン…時計の針がジャスト7時を告げた



その音に耳をすましながら美恵は一輪のバラをそっとテーブルの中央の花瓶に挿した。
「完成……あとは、アイツを待つだけね。早く帰ってこないかしら」

椅子に座り1年前から持っている合鍵をかばんにしまう。
信史とは中学時代からの付き合い。
と、いっても恋人同士なんて甘い関係ではない
バスケ部の天才プレイヤーと口うるさいマネージャー


それが腐れ縁で今でも続いている『お友達』


高校卒業後、実業団のバスケ部に入った信史
華の女子大生となった美恵
お互い行き来はあるものも、その関係は決して進展はしなかった。
それが何故、合鍵を持ってるかというと
……1年前の事……


美恵~……助けてくれ」
ちらかった部屋…その部屋の隅に重ねられたコンビに弁当のなれのはて…

「なによ、これ?!!」
男の一人暮らしがここまですごいとは…
同情したのが間違いだった。
炊事と掃除の為に三日に一度は来るうちに渡された合鍵……


私は家政婦じゃないわよ!!!!!(怒)


「それにしても遅いわね……まさか忘れてるんじゃないわよね」
もうすでに8時をさそうとしている時計を見て美恵はふと不安を口にした。



口約束ではあるけれど、確かに一週間前、信史は言った。



『オレとやろうか?クリスマス』



















--嬉しかった--



何人恋人をつくろうと
信史はクリスマスを女と過ごした事は一度もなかったから
たいていは親友の瀬戸豊や七原秋也とバカ騒ぎが恒例だった。



信史は悪い奴じゃない、友達としては最高だ
でも、彼氏としては最悪、何人も泣かされた女を見てきた
もっとも、全員信史の外見や天才プレイヤーとしての
肩書きに目が眩んだだけ
本当に心から信史を見てた女なんて一人もいない


ブランドに群がって着飾っているだけ


だからかな、信史に罪悪感がないのも
信史のこと100%悪いと思えないのも



だから私はずっと友達でいた




信史のこと本当に好きだったらから




信史も私のことをすごく大切にしてくれた




…友達として




この気持ちを言ってしまったら全てを失ってしまうかもしれない


今の関係さえ崩れるかも…
女として愛される自信なんて全くないもの


でもクリスマスを一緒に過ごそうなんて言われたら やっぱり期待するわよ……




バカシンジ!!!!!




何時間たっただろうか?




ボーン…ボーン… 長針と短針が重なり、時刻を告げる



















クリスマス…終っちゃった…



















美恵はそっとロウソクに灯をともした。

明るくて温かい光…でも悲しい光……

長年の付き合いをこれほど恨んだことはなかった。
今、信史が誰といて、何をしているのか 考えるまでもなくわかる




暗い部屋…ただロウソクの光だけが輝き続けていた…



















高級な家具が並ぶマンションの一室
腰まである栗色の髪をブラッシングする女
その側らのベッドでだるそうにしている男


「本当に悪い子ね」
「旦那の留守中に、若い男連れ込む女に言われたくない」
「それにしても嬉しかったわ。信史が一緒に夜を過ごしてくれて」
「別に今日が初めてじゃないだろ?」
「何言ってるのよ。今日は特別の日じゃない」


特別?信史は疑問符を浮かべた。


「他の女を全員蹴って私を選んでくれたんでしょ?」
「選んだって?」
「まだ、とぼける気?」


選ぶ?何のことだ?


特別の日?


ハッした表情で信史は上体を起こした。


そうだ---クリスマス……!!


と、同時に一週間前の事が脳裏に浮かんだ。



『オレとやろうか?クリスマス』



おい……ちょっと待てよ……



確かにオレは約束した……



美恵っ!!!



「信史、急にどうしたのよ!!」
前触れもなくベッドから飛び起きた信史に対して
女は明らかに不快な表情を見せた。
「帰る」
「帰る?こんな時間に?」
こんな時間--日付はとうに26日へと移行していた。


正確には12月26日AM4:00


普通に考えれば美恵が今も、あの部屋にいるとは思えない。
怒って帰宅したと思うのが当然だろう。
だが信史は車を飛ばした。



















小さくなった赤いクリスマスキャンドル……
かすかな炎の揺らめき……



……バカシンジ……



美恵!!!」



勢いよく放たれたドア
全力で走ってきたのだろう、息が乱れている。


「信史…」
「ごめん、美恵…… オレ、すっかり忘れてて…その、ほんとに悪かったよ」

何も言わず、ただ俯くだけの美恵に
信史のあせりは最高速度で加速した。


美恵っ!!ほんとに悪かったよ!!二度としない、約束する!!なあ、なんか言ってくれよ!!」


ザ・サードマンの売りであるクールなど、もはや微塵もない


美恵!!おまえを悲しませるつもりなんてなかったんだよ、オレ酔ってたんだ!!」

なんだよ、これ。くだらない言い訳までしやがって、
これじゃあ新井田と同レベルじゃないか!!!
いつでも美しくありたい、それがオレの信条じゃあなかったのか?




叔父さん、オレ最低だ




「……香水」


やっと口を開いた美恵の第一声


「…やっぱり女のひとと一緒だったんだ」
美恵……」




そう言って顔をあげると美恵はちょっとだけ微笑んだ。
でも、その瞳は信史がよく知っているものだ
泣く一歩手前の瞳……


「恋人と過ごすなら最初から言ってよね。おかげで時間潰しちゃったじゃない」
バックを手にしながら信史から目をそらした。
これ以上は抑え切れそうになかったから





「私、帰るね」
美恵!!」
「そんな顔しなくても怒ってないから安心して」
「………」
「ずっと起きてたから疲れただけ……家に帰ってやすみたいの」
「だったらオレのベッドで寝ろよ。目が覚めたら、どっか行こうぜ」
「ありがとう気をつかってくれて、本当にいいから。
あっ、お料理は温めて食べてよね。せっかく作ったんだから」
信史に目を合わせないように美恵はドアの方に歩き出した。


美恵、必ず埋め合わせするよ。今夜、食事行かないか?」
「いいって言ってるじゃない。じゃあね信史」


そして、ついにノブを回した。




「信史」




その表情は今まで一度も見たことのない
綺麗なものだった……
綺麗で…そして、悲しげな…









「さよなら」









『いいか信史、一人の女を本気で愛して、そのこに愛されるってのは悪いもんじゃない』









---あれから三ヶ月---




美恵は姿を見せなくなった。
あった事といえば、郵便受けに、美恵に渡した合鍵が入れてあった事だけ




部屋が汚くなったり、コンビニ弁当が常食になったり、なんて事はどうでもいい。
そんなことより何かが違う、心に穴が空いた様な虚無感
いつもは美恵の笑顔があった。
まわりの空気さえも暖かな、あの優しい時間……




ジリリリリーーーンッ!!!



「もしもし、なんだよ七原か」
『なんだはないだろ、どうしたんだよ。元気ないな』
「まあな、最悪……おまえは随分機嫌がよさそうだな」
『わかる?オレ今すごく幸せなんだ。彼女にOKもらったんだよ』
「OKって、おまえ恋人ができたのか?」
『ああ』
クソッ…、こんな時に……。電話でラッキーだったな七原。
でなきゃ、とっくに首締めてるぜ


「で、誰だよ。相手は」
『おまえもよく知ってるこだよ』
「委員長か?それとも典子さんかよ。まさか相馬や千草ってことはないよな」




『-----』
「-----」




『三村?おい、どうしたんだよ?何が---』









ガチャン……









嘘だろ…?









『おまえは、まだ一度も本気の恋をしていないだろ。誰なのかな、おまえの氷の心を溶かすこは』









………叔父さん









『でもな信史、本当に大切な存在っていうのは、意外と近くにいるかもしれないんだぞ』









………叔父さん………オレ………









『たった一人の女は、決して見逃すなよ信史。大切にして絶対に離すんじゃないぞ』









………叔父さん、叔父さんの言うとおりだった。灯台下暗しとはよく言ったものだぜ









『失ってから気付いても遅すぎるんだ。後悔だけはするな』









叔父さん、あんたにあれだけ忠告されてたのに
オレは自分から手離したんだ。
オレのそばにいてくれたのに……
あいつは、ずっとオレのそばにいたのに……









自由奔放に生き何も失うものなどないと思っていた
しかし、たった一つだけ、何よりも大切なものを失ったのだ









永遠に









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       後書き
       なんか暗い内容になってしまいました。テーマは後悔先にたたず。
       三村は遊んでるわりに本気の恋愛には鈍感なんじゃないかな、と思ってるんです。
       相手が去っていって、やっと自分の気持ちに気付いたっていう話を書きたかったんです。