伝えなかった言葉がある
言わなければいけない言葉がある
たとえ、それが遅すぎたとしても




最後の一言




電車が止まった
ドアが開くとともに早足で飛び出してくる学生たち
その中にあって一際目立つ美しい少女


美恵」
電車が到着する数十分も前からベンチに座って待っていた男
そう彼女を待っていたのだ
………だが………


スッと、その傍を通り過ぎる女
言葉を交わすどころか視線を合わせようともしない
ギュッと拳を握り締め悲しそうな表情で立ち尽くす彼
名前は三村信史
他校にまで、その名を知られたバスケットマン
もちろん女はほっておかない
そんな彼にも恋人はいた


それが彼女、天瀬美恵
三村が唯一本気で惚れた女
それなのに、もう1年近くも無視されている









「……チクショー……なんでだよ」
「……シンジ……」
「なあ豊……美恵は何を怒ってんだよ?」
「………シンジ気付いてないの?」
「……やっぱ、他の女と付き合ってたこと怒ってるのか?」
「……シンジ、本当にわかんないの?」
「……今までだってオレの浮気赦してくれてたのに……」
「そうじゃないよ、シンジ……美恵ちゃんがシンジを無視する理由は、そんなんじゃないよ」
「……愛想つかされったって事かよ……もうオレを嫌いなのかよ……」
「……それは違うよ」
「じゃあ、何なんだよ!!教えてくれよ!!!」
「……ダメだよシンジ……シンジ自身が気付かなきゃ始まらないんだよ……」









三村は必死だった
登校、下校はもちろん
放課のたびに会いに行った
でも、結果は同じ





「あの、オレ、天瀬さんの事好きだ。付き合って下さい」
最近、美恵に交際申込む奴が多い
もちろんオレの彼女だけあって美人だからな美恵は
昔からモテまくったけど、オレと付き合いだしてから全員あきらめた
そうだろう?このサードマンと張り合おうなんて奴いるもんか
それなのに、なんだおまえ?
美恵はオレの恋人だぞ
気安く近づくなよ!!


「ごめんなさい」
美恵の答えはいつも同じだった
「……まだ前の彼氏のこと好きなの?」
おい、何だよ、『前の彼氏』って、オレはまだ別れてないぞ
「浮気ばっかしてたって聞いたけど」
ご名答だよ、でも、何でおまえに言われなきゃいけないんだよ
「もう、忘れたほうがいいよ」
ふざけるな!!
「……気の毒だけど……」
気の毒?美恵が?
オレと付き合うのが、そんなに気の毒なのかよ!!









「シンジ、まだ美恵ちゃんに未練あるんだ」
「なんだよ未練って!!オレは美恵とやり直したいだけだ」









日曜日、オレはいつものように美恵の家の前に来ていた
久しぶりに映画に誘おうか?遊園地でもいい
とにかく、あいつがオレを受け入れてくれるなら何でもいいんだ





ガラッ……玄関があいた
美恵だ。
お気に入りの服を着ている
オレが誕生日にプレゼントしたやつだ、それに、花束




オレはあせった……いつもと違う……
髪型も入念にセットして、化粧もバッチリだ
まさか、まさか、新しい彼氏なんて結末はないよな?
オレは後をつけた
美恵はタクシーでフェリー乗り場までくると、そのまま乗船
フェリーから、海をみつめている悲しそうに
あんな表情見たことがない
どうしたんだ?





ついたのは小さな島
人口も少なく、まあ典型的な田舎だ
美恵は、ゆっくり歩き出した









「シンジ」
「豊、おまえ、どうしてここに?」
「ずっといたよ。シンジだけだよ気付いてないの」
「なあ豊……どうしたら美恵、もう一度オレに笑ってくれるのかな?」
「………」
「もう、遅いのか?」
「……言いなよシンジ、シンジの本当の気持ちを……
美恵ちゃんが無視しても言うんだよ。
大事なのは美恵ちゃんの心に響くかどうかなんだ」









美恵は、ある場所にくると立ち止まった
「……どうして信史……」
その場にうずくまって泣き出した
オレが、そばにいることには気付いてないみたいだ
「……私のこと本気じゃなかったの?いつも他の女の子と……」
「………」
「……一度も私のこと好きだなんて言ってくれなかったよね……」
「………」
「……私は本当に好きだったのよ……信史は遊びだったの?……」
「それは違う!!」
「どうして、何もいわずに勝手に逝ったのよ!!!」









「………えっ?………」
「……どうして?……どうして?……どうして私をおいて……」





『シンジ気付いてないの?』





―――まさか、オレは―――





『……気の毒だけど……』





―――あれは美恵のことじゃなくて―――





『シンジ、まだ美恵ちゃんに未練あるんだ』





―――おい、嘘だろ?―――





『ずっといたよ。シンジだけだよ気付いてないの』





―――美恵はオレを無視したんじゃなくて―――









それまで気にしてなかった回りの景色が一気に瞳に映った

――オレはここを知っている――

今だに修復されていない焼け焦げた建物

――あれは、あれはオレが――

そして脳裏に蘇った

腹部に走る激痛









『上等だ桐山!!おまえは、このゲームに乗ったわけだ!!』




――オレは、オレは――




激しい爆音、炎、そして、そして




冷たい瞳で見据えながらマシンガンをかまえる桐山




『……すまない美恵、オレはもう、おまえを守ってやれない、オレは、オレは……』










「オレは死んでいたんだ……1年前、この場所で……」
「シンジ、やっと気付いたんだね」
「……豊」
「クラスのなかでシンジだけだったんだよ。死んだことに気付かないくらい、この世に未練を残してたの」
「……そうか……お笑いだな。オレは1年間も……」
「さあ行こう」
「行くってどこに?」
「決ってるだろ、みんな待ってるよ。シュウーヤもヒロキも」




ふいに豊の後ろに光の道が広がった
目を開けてられないくらいの眩しさだ
「シンジ行こう」
「……ちょっと待ってくれ。遣り残したことがあるんだ」
「?」
「思い出したんだよ……オレが最後に、この世でしておきたかったこと……」









三村は美恵に再び目をやった
花束を抱きしめて泣いている美恵
そっと後からだきしめる
もちろん永遠に気付いてもらえぬ抱擁だ
それでも抱きしめた力一杯





「……美恵、オレは愛なんて信じてなかった
親父とお袋みて育ったから……そんなもの存在しないと思ってた
でも、間違いだった。それを教えてくれたのは美恵だ……
いつも泣かせてばかりだったな……
それに、おまえが言ったとおり、一度も言ってやらなかった
でも、これだけはわかってくれ……オレはわからなかったんだ愛の伝え方を
バカだな……そんなもの最初から必要なかったんだ
たった一言いえば済む事だったのにな」





「オレはもう、おまえを守ってやれない。でも、おまえは、いい女だ
今にきっとオレなんかより、ずっといい男が現れて、おまえを守ってくれるよ
だから幸せになってくれ……オレの分まで」





「今さら遅いけど、今言わなかったら成仏できそうもないから言うよ」





三村は美恵の耳にそっと口を近づけた





「オレは………」









「行こうか豊」
「うん、急ごう。これでやっと全員集合だね」
「全員って、あいつもいるのか?よし、行くぞ豊、あいつは一発ぶん殴ってやらないと気がすまない」
「……絶対返り討ちにあうと思うよ」
最後に三村は、もう一度だけ振り向いた……
道が閉じる……眩い光を放ちながら
全てを覆い尽くす





「……さよなら、美恵」









「信史?」
美恵はハッとして顔を上げた
気のせいか……今、信史がいたような気がした




「……信史……」
信史に抱きしめられたような気がした
そして……あれは幻聴?でも、確かに聞こえた
信史の声が
生前、一度もの信史が口にした事のない言葉









―――美恵愛してる―――