トコトコトコ
ウサギがはしる
遅刻だ、遅刻だ
懐中時計が時間を刻む




不思議の国のシンジ―前編―




「はいシンジ」
チェック模様の可愛らしい包みにくるまれた手作り弁当
あいかわらず愛らしい笑顔の美恵
「サンキュ美恵 」
こんな、やりとりを交わしているのにもかかわらず
二人は恋人というような甘酸っぱい関係ではない
ただ、お互い幼稚園に通う頃からの気心の知れた仲


俗に言う『幼馴染』というやつだ


その証拠に三村には彼女がいる
もっとも不特定多数で、中学生らしからぬ深い付き合いをしていが


反対に美恵 は一般の女子中学生と比べても、清純で健全な少女だった
もちろん、その愛らしさに恋心を抱き、告白してくる男性は複数いたが
好きでもない相手と付き合うなんて美恵には考えられないことだった







三村は只今県大会に向け、休み返上で部活動に打ち込む日々
当然、朝連も日課だ
だが、お稽古事や婦人会の旅行に夢中の三村の母は、そんな息子におかまいなし
幼馴染の美恵が弁当をはじめ、何から何まで面倒をみてやっている


そして三村は、十年以上続いてきた、親しすぎる関係ゆえか、
美恵の行為を当たり前とすら思うようになっていた


本来なら、大勢いる彼女がすべき事なのだろうが
三村にとって『彼女』はあくまで遊びの相手、
自分の一番深いプライベート部分にまで入り込むことは拒絶している
もっとも相手の女性たちも、三村とデートをしたり
それと時々は親に言えないことは楽しんでやるのに
影から支えるなんて面倒な行為は誰もしようとはしなかった









美恵 いい加減に、あんな奴のお守りはやめなさいよ」
親友の貴子だった
元々、プレイボーイの三村を良く思っていなかった貴子は
三村の美恵に対する態度に我慢の限界を感じていた


「あいつ、あんたをいい様に使ってるだけじゃない。
あんたの気持ちを知ってて利用してるのよ」
美恵は優しく三村をかばう
もう日常茶飯事の事だった
「利用だなんて、信史は幼馴染の私を頼ってくれているだけよ。
いい加減なところもあるけど、そんな卑怯な男じゃないわ」





貴子だけではなかった
「三村、おまえいい加減にしろよ」
「何がだよ」
美恵さんは、おまえのメイドじゃないぞ。他に大勢彼女がいるくせに」
「そうだぞ三村、おまえが天瀬を虐げるせいでオレまで貴子に叱られるんだ」
「なんだよ虐げるって、人聞きの悪いこというなよ」
「じゃあ聞くぞ。おまえ天瀬と付き合う気があるのか?」
「おいおい待ってくれよ。話が飛躍しすぎだぜ。あいつは幼馴染、いい友達。それだけだ」
「友達って……おまえ美恵さんの気持ち考えろよ。
普通に考えて彼氏でもないのに、ここまでしてくれるなんて、おまえのこと好きだからだろ?」





三村は笑った、サードマン独特なちょっと皮肉めいた笑いだ
「何だ七原、おまえ、美恵に惚れてるのか?だったら。はっきり言えよ」





「『オレは彼女が好きだから、おまえと仲良くしてるが気に入らないだ』ってな」





「男の嫉妬は見苦しいぜ」





その時だった
突然、左頬に激痛が走った
ガシャーーーンッ!!!
机や椅子がいくつも倒れ、その中心に自分が投げ出されていることに気付くのに数秒かかった


「つぅ……」
「三村!……七原、何するんだ!?」
慌てふためく杉村
「ああ、そうだよ。初めて会った時から美恵さんのこと好きだった」


三村の目が点になった。
自分からけしかけたにも、かかわらず意外な答えだったらしい
「だから気に入らないんだ。断っておくが、おまえと彼女が親しいからじゃない」
それは本当だった
「オレだったら……オレだったら、美恵さんを泣かせたりなんて絶対にしない!!」
真剣な表情だ
本気なのは誰も目にもあきらかだった。もちろん三村の目にも……




「最低だよ、おまえは!!」
今だ倒れた机や椅子に埋まっている三村
それから幾分気持ちをおちつかせると七原は言った
「……美恵さんの事、女としてみてないんだったら思わせぶりなことは、もうしないでくれ」









「そのくらいの思いやりくらいは持てよ」
鞄を手に教室を去る七原
「大丈夫か三村?」
杉村が心配そうに右手を差し出した
「何なんだよ、あいつ……チクショー思いっきり殴りやがって……」
しかし、それ以上に気になることが
「杉村」
「何だ?」
「あいつ泣いてたのか?」
「あいつって、天瀬のことか?さあ、オレはしらない。貴子も、そんな話は一度もしなかったよ」
「……そうか」









まだ赤く腫れ上がった頬
学校の大スター・サードマンが、こんなツラを見せるわけにはいかないよな
オレのファンががっかりする


三村は珍しく学校をサボって裏山に来ていた
山の斜面は緑で覆われ、最高級の天然絨毯が広がっている
ところどころには小さい花が莟を出し、春の訪れを告げていた


「そう言えば、ガキのころ、よく一緒に来たよな……」
それなのに最後に出かけたのはいつだったか?思い出せない
彼女たちとは、よくデートするのにな









『オレだったら、美恵さんを泣かせたりなんて絶対にしない!!』









まさかな……あいつが泣くなんて
七原の言葉のあやに決ってる
……でも……





どのくらい考え込んだだろうか?





「……ん?」
三村はゆっくりと瞼を開けた
「寝ちまったのか……今何時だ?」
その時だ





「遅刻だ!!遅刻だ!!」


声を方に目をやった


「ああ、裁判におくれてしまう!!」


……おい


「急がないと!!」


……嘘だろ?


「遅れたら死刑だ!ああ、神様!!」





赤を基調にしたスーツ
時代遅れなシルクハット
右手に懐中時計、左手に杖……
そして全身を覆う白い毛皮と長い耳!!





「う、ウサギ!!?嘘だろ!!!?」