「泣くなよ美恵」
「…だって…だって…」


赤い風船
ほんの一瞬手を離しただけなのに
今は遠い空の彼方
一度離したら二度と戻らない




~赤い風船~




「起きろ信史ッ!!!」
「……う~ん、もう少し」
「何言ってるの?遅刻するよ」
「……昨日徹夜したから眠いんだよ」
「どうせ、また厭らしいサイトを見てたんでしょ。 まったく、ファンが知ったら泣くわよ」
「大きなお世話。おまえこそ彼氏の一人でも作れよなぁ」
三村信史。城岩中学では知らぬものないプレイボーイ。
天瀬美恵。その幼馴染にして唯一の女友達。
ずっと一緒だった。そう、まるで杉村と貴子のように
でも、最近は違う
こうして一緒に登校はするけれど、以前とはまるで違う




小学生の頃まではずっと一緒だった
登校も下校も休日も、でも今は登校だけ
信史は帰りは彼女の一人と一緒に帰る
休日も彼女の一人とデートしている
しょうがないもんね
不特定多数とはいえ彼女と幼馴染じゃあ……
そのくせ、信史は何かと私を頼ってくる




「なあ、今日おふくろが居ないんだ。夕飯作ってくれよ」
「郁美が勉強教えてくれって言うんだけど、オレ国語苦手だろ?
悪いけどさ、教えてやってくれよ」
「ボタンとれたんだ。つけてくれ」


そのくせ私の頼みは聞いてくれなくなった


「悪い美恵、今日行けなくなった。 ほら新しい女、あいつがデートしてくれって五月蝿くて」
「悪い美恵今日の花火大会キャンセル。 今、彼女が押し掛けてきて大変なんだよ」
「悪い美恵、あの映画この前デートで見たんだよ」


幼馴染って何だろう?


「貴子、来週の大会頑張れよ。オレ絶対に応援に行くから」
「何言ってるの?あんたこそ、もうすぐ拳法の大会あるじゃない。
練習大変なんだから、自分の心配だけしてなさいよ」
「貴子をほかっておいたら、それこそ心配で練習どころじゃないよ」


貴子はいいわね、優しい幼馴染で……。
杉村くんはいつも貴子を優先させてるもの
親友の信史や七原くんは勿論のこと自分のことよりも……。
幼馴染も人格次第なのかな?














「はぁ……」
夕陽を見ながら美恵は溜息をついた
「……なんで、あんな奴好きになったのかなぁ」
「何の話だよ?」
「し、信史ッ!聞いてたのッ!!?」
「いや、今通りかかったところだから」
「……そう」




「うわぁぁぁーーんッ!!!」
子供の泣き声が聞こえた
「風船、僕の風船がぁぁーー!!!」
赤い風船が解き放たれ、空に舞い上がろうとしている
その時だった
数歩走ったと思いきや三村が飛んでいたのは
そして風船から垂れ下がった糸を掴むと着地していた
「ほら」
「お兄ちゃん、ありがとう」




ああ、そうか……私は信史のこういうところが好きだったんだ




「ん?。どうかしたのか?」
「思い出したの」
「思い出したって、何を?」
「覚えてる?子供の頃、私が風船を離しちゃって泣いた事
その時、信史一生懸命走って風船を追いかけてくれたんだよ」
「そんなことあったのか?」
「うん、結局とどかなかったけど。今の信史はとどくのね」
「もう子供じゃない、カッコいい大人の男ってことだな」
「カッコいいは余計でしょ」
「ちぇ、オレにそんな口きくの、おまえだけだよ」




そう、信史は風船には届くようになったんだ
でも、私の気持ちは届かなくなった














「もうこんな時間。早く帰らないと」
美恵は急いでゲタ箱から靴を出した
今日は日直で遅くなってしまったのだ
美恵は両親から離れて一人暮らしをしている
もちろん炊事も自分でやってる、早く帰って夕飯の支度をしないと
その時だった




「ちょっと、あんた」
あきらかに敵意に満ちた声が背後から聞こえた
振り向くとやはり敵意に満ちた目をした女が数人
「あんた三村くんの何なの?」
「何なの…って。ただの幼馴染だけど……」
「嘘つくんじゃないわよッッ!!!」
いきなり頬に痛みが走った、何?何なの?
いきなり平手打ちなんて、私が何したのよ?
「ただの幼馴染が何でいつも三村くんと一緒にいるのよ!!!」
「あたしたちは三村くんに捨てられたのよッ!!!」
「あんたが彼を誘惑して、あたしたちを捨てさせたんでしょ!!?」
「かわいい顔して裏で卑怯なことしてるんじゃないわよッ!!!」




何?何なの?何で信史が出てくるのよッ!!!
あいつが私のこと幼馴染としか見てないってこと私が1番知ってるのよ?
それなのに、どうしてふられた腹いせに私がこんな目に合うの?




「おまえら、何してるんだよッ!!!!!」
「み、三村くんッ!」
女たちは一斉に慌て出した
美恵に何してるんだ?オレへの腹いせか?」
「ち、違うの……だって、この女が三村くんをたぶらかすから」
美恵はただの幼馴染に過ぎないんだ!!
勝手に因縁つけてんじゃねえよッ!!!」


……ただの幼馴染?


「断っておくけどな、オレはこいつを女だと思ったことは一度もないんだよッ!!!
ただの友達なんだ、勝手に厭らしい想像してふざけたことしてんじゃねぇッ!!!」


……女だと思ったことは一度もない?


「わかったら、さっさと失せろッ!!!!!」
女たちは泣きながら走り去っていった
美恵大丈夫か?」
わかってる、信史は私の為に言ってくれたんだ
「おい、泣くなよ。もう大丈夫だから」
わかってるけど……だけど
「……美恵」




「触らないでッ!!!」




美恵?」
「信史はいつだってそう、私の気持ちなんて……」
「悪かったよ。オレのせいでこんな目に合わせて……」
「……違うッ!私は信史の何なの?」
「何って……幼馴染だろ?それ以外何があるんだよ?」
「そうよね……私は信史にとって幼馴染でしかないのよね
信史は……私が信史のこと好きだってことすら気付かないんだもの」
「え?」
「……さよなら」
それだけいうと美恵は走り出していた
三村は呆然と、その後姿を見つめ立っていた














リリリリィィーーンッ!!
「……もしもし」
美恵、元気?」
「うん元気だよ、お母さんたちも変わりない?」
「私たちは大丈夫よ。それより、まだ気持ちは変わらないの?」
両親は仕事の都合で一年前この町から離れた
しかし三村と離れたくなかった美恵は強引に残ったのだ
両親は心配して電話をする度に美恵にも来るように促していた
「お父さんも心配しているのよ。女の子の一人暮らしは危険だし」
「お母さん、私そっちにいくことにしたから」
「本当に?」
「うん、明日にはそっちに行くから」














「シンジィ~、どうしたの?」
「何でもないよ」
「そお?心配だな。心配といえば美恵ちゃん、どうしたんだろう?
珍しいよね、美恵ちゃんが遅刻なんて」
「ああ、そうだな……」
三村は昨夜ずっと考えていた、美恵の言葉を
今日は自分から迎えにいった、でも家には鍵がかかっていて人の気配がしない
いつもより早く学校に行ったんだと思い、すぐに登校した
でも美恵はいなかった、なんでだ?胸騒ぎがする




「はい、静かに。ホームルームをはじめますよ」
担任の林田先生がパンパンと両手を叩いた
「今日は皆さんにお知らせがあります
急なお知らせですが、天瀬さんが転校することになりました」
三村の目が見開かれた
「何しろ急に決ったことなのでお別れの挨拶も出来ないけれど
皆さんにはよろしくということです」




……美恵ッッッ!!!!!




三村は反射的に走り出していた
その時ッ!!!!!
「三村くん、行かせないわッッッ!!!!!」x不特定多数の女たち
どこから現れたのか、大勢の女が三村を取り押さえ出したのだ
「は、離せ!!離せよッ!!!」
「嫌よッ!!!絶対に離さないわッ!!!」x不特定多数の女たち
その時ッ!!!!!
「その手をお離しッッ!!!このバカ女どもッッ!!!!!」
たった一発のパンチで女たちは吹っ飛んでいた




「行くのよ、三村くんッ!!!!!」
「つ、月岡ッ!!!なんで、おまえが?!!」
(てっきり一番に邪魔すると思っていたのに!!)
美恵ちゃんを追いかけるんでしょ、早く行きなさいよッ!!」
「でも、どうしておまえが?」
「野暮なこと言わせるんじゃないわよ色男
愛する男の幸せを願ってこそ女
アタシは常に最高にイイ女でありたいと思っているだけよ」
「……見直したぜ。サンキュー月岡ッ!!!
おまえ最高にイイ男だぜッッ!!!!!」
「失礼ねッ!!!女よッ!!!!!」














駅のホームに美恵は一人立っていた
チラッと空を見上げると赤い風船が飛んでいる




あの時……信史が風船を掴めなかったように……
私も信史の心を掴めなかった……
飛んで行った風船は二度と掴めないんだよね




電車が近づいてきた。三村とも、もう会うことはない
美恵ッッ!!!!!」
「え?」
美恵は我が目を疑った、 反対側のホームに三村がいたからだ




「行くな美恵ッッ!!!!! オレは、オレはおまえのことが……」
その瞬間、電車が二人の間に割ってはいった
そして、ほんの数秒の停車の後、再び走り出した
三村はガクッとうな垂れた
(……遅かった。……美恵)
飛んだ風船、気付いた時ははるか彼方の空へ……




三村はゆっくりと顔をあげた
そして呆気にとられた
いるはずのない美恵が……ホームに立っていた
「……今さら」
「………」
「……今さら追いかけてきて、私が行かないとでも思ってたの?」
「……思ってた」
「……嘘」
「言っただろう。もうガキじゃない、だから……」




三村は駆け寄ると美恵を抱き締めていた




「一度飛んだ風船だってつかめるんだよ」