「……どういう事……?」
震える声、胸が痛んだ
「どうって、こういう事だよ」
恋人の部屋に見知らぬ女
浮気なら謝って赦しを乞うだろう


しかし


「出て行ってくれ。オレは本気なんだ」
謝罪はなかった
「オレは本気で、こいつの事を」


「オレは、おまえより、こいつを選ぶ」
パーンッ!!!
そして、彼女は出て行った




帰るべき場所




「本当に、これでいいの?」
「……ああ」
「彼女のこと、本気だったんでしょ?」
「…………」
女は溜息をついた
「じゃあ帰らせてもらうわ。芝居とはいえ、こんな役二度とごめんだからね」














「この地点で、政府高官を人質にとる」
「まてよ川田。逃げ道は?」
「地下の下水道を使う。この際、汚いからって文句は無しだ」
「何人でいく?」
「こういうのは少数精鋭と相場は決ってるんだ。オレと七原と三村だけでいい
あとは後方支援だ。それでいいな、三村。おい、聞いてるのか?」
部屋の隅で少々虚ろな目をしていた三村が咄嗟に顔をあげる
「おい、聞いてなかったのか?」
「……悪い。少し疲れてんだ」
三村は椅子から立ち上がると部屋を出た
「川田、悪いけど」
「ああ、行ってやれ」




「三村、おい待てよ三村」
「……七原」
「どうしたんだよ。おまえ、最近おかしいぞ」
「……言っただろう?疲れてるだけだ」
「それなら、いいけど……」
やや躊躇いがちに七原は切り出した
「おまえ後悔してるんじゃないのか?美恵さんと別れたこと」
三村の目の色が変わった
「今でも愛してるんだろ?だったら……」
と、言いかけて七原は驚愕した
襟元を掴まれたかと思うと壁に叩きつけられていたのだ




美恵の名前は出すなッ!!!!!」
「み、三村……」
「オレたちは反政府軍のメンバーだぞ!!!!!
女は邪魔なだけだッ!!!!!」
「三村……」
そう三村は川田や七原と共に反政府組織に所属、政府と戦っていた









美恵とは、中学生からの付き合いだった
初めて、真面目に付き合った女
初めて、本気で愛した女
高校までは普通の恋人だった
しかし卒業すると共に三村の環境はガラッと変わった




三村は亡き叔父の遺志を受継ぎ政府と戦う道を選んだ
そして同じ志を持つ川田や七原と共にレジスタンスに入ったのだ
そう、楽しい恋人ごっこを続けることなど出来なくなった
本来なら、この時別れるべきだったのかもしれない
しかし、美恵は三村から、その事を告げられた時、こう言った




「私、別れない。ずっと待ってるから」




それから5年
まともに会えるのは一ヶ月に数えるくらい
忙しい時には、何ヶ月も会えない時もあった
電話すら、ろくにかけてやれない……




何より、いつか自分のせいで、美恵に危険が及ぶかもしれない
それでも、別れる気にはなれなかった
美恵に恋人らしいことは何もしてやれない
生きているのか、それさえ連絡してやれない時もある




「……あいつを自由にしてやるべきだよな。……なあ、叔父さん」
そんな時だった。政府を引っくり返す大掛かりな任務につく事になったのは
そして思った。多分、何年も会えなくなるだろう
もしかしたら、この世では二度と会えなくなるかも知れない




美恵はどうなるんだ?

ずっと一途にオレを愛してきた
ずっとオレを待ち続けてくれた
ずっとオレだけを見てきたんだ




もしもオレが死んだら、あいつは一生オレの面影を追うことになる




だったらオレを憎んで別れた方がいい
そうすれば、いつか他の男と愛し合う日が来た時
オレの事なんかキレイさっぱり忘れることができる




――幸せになれるんだ。オレと別れれば――














「三村、おまえの気持ちもわかるよ」
「………」
「オレだって、おまえの立場だったら同じ事をしたかもしれない」




「でも、おまえの幸せはどうなるんだよ?
最近、様子がおかしいのも、それが原因だろ?
美恵さんは強いひとだ。おまえが一言待ってろって言えば……」
「……七原」
三村の鋭い目……七原は一瞬言葉を失った
「……二度というな」














「よし作戦開始まで、後30秒だ。聞いてるのか三村?」
「ああ、わかってる」
インカムを通して聞こえる川田の声
あきらかに疑問符がついている
無理もない。ここ一ヶ月の三村の様子を考えれば
三村はロケットを開いた
美恵の笑顔が、そこにはあった
同時に脳裏に蘇る、 あの日の美恵の顔
そして頬を伝わる涙も
三村はロケットを額につけ俯いた




その時だった
「何してるんだ三村ッ!!!!!」
ハッと顔をあげる




しまったッッ!!!!!




反射的に飛び出した
ターゲットに銃を向ける
しかし、全てが遅かった




ズギューーンッ!!ズギューーンッ!!!!!!




痛みが全身を貫いた――














…… 美恵


……すまない、美恵




右手が温かい……このぬくもりは……




「……美恵」
そっと目を開けた。天井が瞳に映る
「信史」
その声に、三村は咄嗟に窓際に目をやった
「――美恵?」
「よかった……目が覚めたのね。心配したのよ」
握られた右手に温かな雫が落ちた




「なんで……?」
「七原くんが連絡してくれたの」
「……あのバカ…ッ!!」
「バカはどっちよッ!!!!!」
部屋中に美恵の怒声が響いた
「七原くんから全部聞いたわ。どうして?」
「…………」
「どうして、バカな芝居までして私と別れたの?」
「…………」
「私のこと信じられないの?私、言ったじゃない、何年でも待つって!!」




「待てるもんかッ!!!!!」
今度は三村の叫びが部屋中に響いた




「オレは、おまえより戦うことを選んだんだ!!!
今度の任務は今までとは比較にならないッ!!
2年か、3年か……それすらもわからないんだッ!!!
今でさえ、おまえには辛い思いをさせてる
その上、何年も会えなくなるかもしれないんだぞ?
ひとの気持ちなんて変わるもんだ
今はいい。でも、いつか寂しさに耐え切れない日が、きっと来る
……オレは…おまえの口から別れの言葉を聞きたくない
身勝手だと言われようが、今終わらせたほうがいいんだ 」




「オレのことは忘れて幸せになってくれ」
「――信史」
美恵が俯いていた顔をあげた。そして――




パァァーーーンッ!!!!!




「……なッ…?」
赤く染まった頬、それ以上に呆然とする三村
「……自信ないの?」
まだ呆然とする三村に美恵は、さらに言った




「政府に勝つ自信ないの?」
「……あるに決ってるだろ。オレは勝ち目のない勝負なんかしない」
「だったら、どうして信じて待ってろ、って言えないの?!!
言えないのは自信が無いからでしょ?!!!!!
信史が帰って来るのなら、私は何年だって待つわよッ!!!!!」
「だから何年も耐えられるわけが無いんだ!!!!!
たった、一人で何年も寂しく生きていけるわけが……」







「一人じゃないわ」







三村はゆっくりと顔をあげた
「……美恵?」
「私は、もう一人じゃないもの」
美恵は、そっとお腹に手を当てた
「……私たち、信史を待ってるから」
呆然としていた三村だが、ようやく理解した
そして、戸惑いながら、言葉を口にした
「……間違いないのか?」
美恵は微笑みながら頷いた




「女手一つで育てるのよ。寂しいなんて泣き言いってられないわ」




「私が信史しか愛せないように、この子にも父親は一人しかいないのよ」




「だから……信史」




美恵の目に光る涙、 微かに、声に嗚咽が混じっている

「……帰ってきて、お願いよ信史」

真珠のような涙が落ちる

「必ず生きて帰って……!」




「私の…いえ、私たちのところに…!」




……美恵!!




抱き締めていた
そっと三村の背中に腕を回し、その抱擁に応える









明日、戦いが終わるのなら

その明日と言う日が必ず来るのなら

戦い続けることが出来る

オレは、また戦うことが出来る

そして生きて帰ることも

オレを待ってくれる人間がいる

家族がいるんだ

だから必ず生きて帰る




美恵、おまえは――




いや、おまえたちは――




やっと見つけたオレの帰るべき場所なんだ




~END~