満夫は右手を振り回しながら駆け寄った。
薬師丸は満夫にとって格闘技の師匠。尊敬できる上官、いやそれ以上に兄のように思っている。
こちらから積極的に話しかけないと相手にもしてくれない寡黙なひとだが、それでも満夫は薬師丸を慕っていた。
「ねえねえ薬師丸さん。今度のテロ殲滅作戦頑張ろうね」
薬師丸は少し眉を寄せた。
「薬師丸さん、怒った?」
すると薬師丸は「……いや」と淡々に、かつ簡潔に言った。それ以上は何も言わなかった。
鎮魂歌―緒方満夫―
『任務の詳細な内容は追って連絡する』
パソコンの画面に表示される無機質な文字。薬師丸もまた感情を出さずキーボードを打った。
『満夫を今回の作戦に加えた理由は?』
即座に返事一文字ずつスピーディーに表示される。
『何か不都合な事があるのか?』
『満夫はまだ幼い。早すぎる』
『おまえがテロ殲滅作戦に初めて参加した時はもっと幼かった。前例がある以上、何も問題はない』
薬師丸はほんの数秒キーボードから手を離し画面を見詰めた。
ほどなくして、『了解した』とキーボードを叩いた。
「薬師丸さん、来週はよろしく」
これは実戦訓練ではない。相手は今までのような小物でもない。
死ぬ可能性も十分あるのに満夫はわかっていないのか、のほほんと笑顔を見せている。
「満夫、おまえわかっているのか?」
「何が?」
きょとんと尋ねてくる満夫に薬師丸は溜息をつくしかなかった。
満夫の姉・菜穂は満夫とは正反対に無口な人間だが、その菜穂ですら満夫は能天気で困るとよく言っている。
『あの子は子供すぎる。科学省で生まれ育った意味をまるでわかっちゃいない』――と。
菜穂が心配する気持ちもわからないではない。
科学省で生まれた兵士には家族も存在しなければ人格も認められない。
しかし満夫は、まるで普通の姉弟のように菜穂のことを「姉ちゃん」と呼ぶ。
暇さえあれば姉に顔を見せるし、母親が生きていた頃は可能な限り面会もしていた。
例え肉親だろうと同士であって家族にあらずという科学省のルールからすれば満夫は異端児だった。
「満夫、わかっているのか?相手は戦闘のプロだ」
「うん、そうだったね。俺のデビュー戦だね」
「生きて帰れる保障はないぞ」
「えー、そんなの困るよ。俺、絶対に死なないよ」
「嫌なら降りろ。俺がおまえはまだ未熟だと上を納得させてやる」
「そういうわけにはいかないよ。だってこの任務受けたら手当ていっぱいもらえるじゃん」
薬師丸は眉をひそめた。
「金のためか?」
「うん、お金がないと困るんだ」
薬師丸は溜息をついた。菜穂が心配していた通り、満夫は馬鹿かもしれないと思った。
だが、と同時に全く逆の事を考えた。
呑気で何も考えてないようで単純な人間だが、満夫の本来の人間性は違うかもしれない――と。
そんな考えが浮んだのは、ほんの一年前のある出来事が薬師丸の心に強く残っていたからだ。
満夫の担当・緒方博士の死は科学省の歴史が一つ終わった瞬間でもあった。
科学省の暗黒時代ともいえる頃から幹部として居座っていた人間。
科学省のみならず国家の醜い面をいくつも知っている男。
それゆえに遺品は科学省の手によって完璧に処分される事になっていた。
その任に当たるのは決して子飼いの科学省兵士ではない。
科学省で誕生した兵士、通称メンバーズの出自に関する資料が彼らの目に触れたら大変だからだ。
彼らには肉親の情など持たないよう教育はされている。
だが教育など、ある日、突然芽生えた感情の前では脆く崩れる事もある。
初代Ⅹシリーズで最高傑作と言われていた先代の高尾晃司が、その最たる例だ。
メンバーズの親は同じ科学省の兵士の他に外部の人間も多い。
優秀な戦闘能力と指揮能力を持った軍人。
優秀な頭脳を持った一流大学の教授。優秀な身体能力を持ったオリンピックのメダリスト等。
メンバーズの隠しプロフィールを見れば実の親が誰かわかる。
薬師丸はほんの気まぐれで、その隠しプロフィールを閲覧した事があった。
菜穂の父親は射撃の腕を買われて警視庁の敏腕刑事となった歩兵上がりの男。
オリンピックの銅メダリストにもなったらしいが、勿論菜穂はそんな事全く知らない。
ところが満夫の父親の欄に人名はなかった。記載されていたのは『secret』。
それがどういう意味なのか当時の薬師丸はわからなかった。
だが今ならわかる。
つまり隠しプロフィールにすら記載できないほどの事情がある人間なのだ。
満夫の実父(いや、この場合は遺伝子提供者と云った方がいいだろう)を知っている人間は緒方博士だけかも知れない。
その緒方博士が何も言わずに死んだ以上、満夫は何があっても一生父親の事を知ることはないだろう。
ちなみに薬師丸の隠しプロフィールにも同様に『secret』とある。
緒方博士の遺品は小さな焼き物の置物にいたるまで処分される。
資料などは科学省にとって重要な事柄が記載されている可能性があるので博士達が一通り閲覧した後で焼却される。
写真立て、絵画など。研究と無縁な物の処理を任されたのは薬師丸だった。
薬師丸は淡々とそれらを処分していった。
一般の本屋にも並ぶ緒方博士の研究論からなる難解な遺伝子学の分厚い書籍。
それらを惜しげもなく焼却炉に投げ入れていた薬師丸だったが、最後の一冊を手にした時、違和感を感じた。
見た目と実際に持ち上げた重量が明らかに違う。
緒方博士の自宅の半壊した物置に無造作に置かれていた為、雨に濡れ固まっていたそれを薬師丸は強引に開いた。
中はくり貫かれ茶色の封筒が入っていた。
『菜穂と満夫の能力には大きな差がある。やはり父親の遺伝子からなる違いが顕著に出てきた』
緒方の子供観察日記にはそう記載されている。
『あれの遺伝子を選択したのは間違いではなかった』
『菜穂は明らかに母親似だ。生真面目な完璧主義者だが、どうも思いつめる性質。
だが満夫は違う。ポジティブ過ぎる。遺伝子というのは怖いものだ。一度も会った事がない父親に似ている』
『満夫は父親の血が濃すぎる。思想面が似ないように注意して教育しなければ』
観察日記の9割は満夫で埋め尽くされていた。
そして事あるごとに満夫は父親から才能を受け継いだ、よく似ているとあった。
しかし、その肝心の父親の名前はただの一度も出ていなかった。
「薬師丸、処分は済んだか?」
「はい、焼却できるものは全て処分し、それ以外の物は近いうちに夢の島に埋まっている事でしょう」
「ご苦労。部屋に戻りなさい」
薬師丸は優秀な兵士だ。それゆえ特別に施設外のマンションで1人暮らしが許されていた。
帰宅するとポケットから例の封筒を出した。
中から出てきたのはセピア色の写真、1枚のCD、そしてメモ用紙。
写真には今の薬師丸とそう変わらない年齢の少年が十名ほど並んで写っている。
その中の1人を見て薬師丸は思わず瞳を拡大させた。
「……満夫?」
いや、よく見ればまるで違う。ただ目元と雰囲気が似ているだけだ。
写真の裏には『西日本対米帝秘密兵士』と記されている。
同封されていたメモ用紙には緒方のぼやきが走り書きされていた。
『例の反乱で全員抹殺されたはずだが新城武士と北條千寛だけは脱出に成功していた』
(秘密兵士……決して公に出来ない人間だ)
F5のように違法に誕生させられた危険な存在だったり、公にできないほど汚い任務の為だけに育てられる人間。
それが秘密兵士。
(あの事件なら俺も知っている。表向きは軍規を破った只の幼年兵を始末しただけということになっていた。
新城武士と北條千寛……ブラックリストのトップに名前を連ねる超過激テロリストだ。
新城の方は十数年前に抹殺することに成功したとは聞いている)
『国家に逆らうなど、生かしておけない連中だ。だが勿体無い。
私は遺伝子学者だ。いくら上の命令でもこれだけはきけない。どうして命令に従える?
こんな優秀な遺伝子を処分できるか。私にはできない、決してできない』
「……」
薬師丸はCDをレコーダーにセットした。
『新城武士、最後の肉声』
それがCDのタイトル。スピーカーから流れてきたのは爆音と悲鳴。
『新城、駄目だ。囲まれている!』
『俺が食い止める。おまえ達は先に行け!!』
(……この声、似ている)
けたたましい銃声。おかげではっきりとは聞き取れない。
『おまえも来い、1人じゃ無理だ!』
『安心しろよ、俺は死なないって』
(こんな状況だってのに笑っている……やけに明るい男だ。それとも強がりか?)
音声だけだが、その後何があったのか容易に推理できた。
テロリスト殲滅の為に召集されたのはメンバーズだった。
ブラックリストのトップに名前を連なる人間を始末する。
国はたった一人の人間の息の根を止めるためにメンバーズを団体さんで投入した。
よほど怖かったのだろう。新城が生きているという事が。
だが聞えてくる悲鳴と怒号はメンバーズのものばかり。
ようやく新城の声が聞えてきたのはCDの最後の最後だった。
『なぜだ、なぜ死なない!!』
それは壮絶な悲鳴だった。
『悪いけど俺は絶対に死なないよ』
『……約束したひとがいるからね。生きて帰らないと』
『約束したひと?恋人か?』
『そんないいものじゃない。おっかないひとさ』
さらに銃声が鳴り響いた。
『ごめん――さん。俺、約束守れなかった』
最後の言葉は爆音にかき消され、音量を最大にしても全ては聞き取れなかった。
「……」
緒方の観察日記と妙なシンクロがあった。
だが薬師丸は全てを忘れることにした。何も証拠がないことだ――何も。
「満夫、死にたくなかったら手柄を立てようなんて思わず俺の後ろにいろ」
出撃前の最後のシミュレーションで薬師丸はそう言った。
「駄目だよ。手柄たてないと金にならないもん」
「おまえ、そんなに金が欲しいのか?一体、何に使うんだ?」
「ちょっとね」
満夫は具体的な事は何も言わず、ただニコニコと笑っている。
「おまえは死ぬのが怖くないのか?」
「怖いっていうより嫌だよ。俺、絶対に死なないよ。だって俺には待ってくれてる家族だっているんだ」
それは菜穂の事だろうか?だとしたら満夫がかわいそうな気がした。
「緒方が心配していたぞ。おまえは、いつまでたっても――」
「『馬鹿な子供』だって?」
薬師丸は少しだけ驚いた。
「姉ちゃんが俺をどう思ってるかくらいわかるよ。距離があると、どうしても客観的に相手が見えるから」
薬師丸はますます驚いた。
素直に菜穂に甘える満夫と違い、科学省のルールをわきまえている菜穂は心のどこかで満夫を拒絶している。
はたから見れば冷淡とも思える距離を作っている。
満夫は何も考えず菜穂にまとわりついている。それは距離があることに気づいてないからだと思っていた。
「……知ってたのか」
「うん、だって母さんも姉ちゃんも時々俺の事他人を見る目で見てるもん。
でも、俺までそれを感じたらそこで終わりみたいな気がするんだ。
だからフリだけでも家族でいた方がいいかな――て。
表面だけ取り繕ってるだけでも、完全に他人になるよりはマシじゃん。だから」
(だったら誰なんだ。満夫を待ってくれてる家族っていうのは?)
「あ、俺、もう帰るね。薬師丸さん、明日はよろしくー」
満夫は手をぶんぶんふって走り去っていった。
「……無駄なくらい元気な奴だな」
ふと足元を見ると満夫のIDカードが落ちている。
「……間抜けな奴だ」
これがなければ外出もままならない。薬師丸は満夫に届けてやることにした。
幼年兵専用の施設。満夫は優秀だったので広い個室を与えられている。
廊下を走っていく満夫の姿を見つけた。急いで扉を開けている。
「みんな、ただいまー!」
室内から何かが満夫目掛けて飛び掛っていた。
「あはは、くすぐったいよ」
仰向けになりながら嬉しそうに彼らを抱きしめる満夫。
そんな満夫の顔を舐めまくっているのは犬、それも一匹や二匹じゃない。
「満夫」
名前を呼ばれると満夫は此方に視線を向けた。
「あれ薬師丸さん?」
「どうしたんだ、その犬」
様々な種類の犬。雑種が多い、大型犬もいる。よく見ると傷跡のあるものも。
「貰ったんだ」
「誰にだ?」
「あのね……研究室」
薬師丸はそれで全てを悟った。科学省は研究と実験の巣窟だ。
当然、動物実験も行われていた。動物愛護団体が知ったらぞっとするようなものだ。
ただ、昨年から科学省は無駄な出費を極力抑える事に精を出し始めた。
動物実験から成果を収め、人体実験に移行するまでの研究費が勿体無いと言い出したのだ。
幸か不幸か、この国では犯罪者に冷たい。人体実験で被験者が不足する事はない。
その為、動物実験は禁止になった。当時、飼われていた動物は一匹残らず処分されたと薬師丸は思っていた。
「俺、犬好きだよ。子供の頃から研究室に入って犬見てた」
「……」
研究室で飼われていた犬が処分されると知った満夫は自分が引き取ると言い出した。
優秀な兵士のつまらない娯楽だろうと上も大目に見た。
「犬っていいよ。愛情かけたら、その分ちゃんと返してくれるんだ」
――家族のフリじゃなく、本当の家族になってくれるんだよ。
「だから俺、絶対に死なないよ。俺が死んだら、こいつら処分されるんだもん」
――満夫。
「14匹か……食費も馬鹿にならないな」
――緒方、おまえは間違っていた。満夫は馬鹿じゃない。
――満夫はおまえが思っているより、いや、おまえよりもはるかに大人なんだ。
「……痛ってえ」
満夫は廃墟のビルとビルの隙間から慎重に敵の様子を伺っていた。
腕にはナイフで傷つけられた跡がある。
やはり実戦デビューは甘いものではなかった。
敵はぎりぎりで攻撃を止めてもくれない。子供だからと決して容赦してくれない。
薬師丸ともはぐれてしまい非常にやばい状況だった。
何度もシミュレーションを繰り返してきたが、この状況は想定外。
どうしていいかなんてマニュアルはない。自分で考え行動しなければならない。
「見つけたぞ!」
ハッとして見上げると、窓からライフルの銃口が突出ていた。
まずいと思った時には、もう銃口は火を噴いていた。
満夫は反射的に飛びながら銃口を上に向けトリガーを引いた。
手ごたえはあった。それを証明するかのように人間が落ちる音もした。
直後、腕に焼けるような激痛が走り満夫は唇を噛み締めながら地面に激突した。
「……う……あ」
――痛い痛いよ。何だよ、これ。特訓とは全然違う
起き上がろうとするとボタボタと血が落ちた。凄まじい量だ。
「……痛っ」
(流血……駄目だ。これ以上流れたら……やばい)
満夫はすぐに着ていた服の裾を引き裂き腕に巻きつけた。
(薬師丸さんは……本隊に合流しないと。このままじゃ死ぬ……)
そんな満夫に追い討ちをかけるように背後から殺気。
肩越しにキラリとパイナップルのようなものが飛んでくるのが見えた。
(手榴弾!)
今の体で素早く動くのは辛い。だが動かなければ死ぬだけだ。
廃ビルの窓ガラスを突き破りながら屋内に逃げた。
同時に凄まじい爆音が辺り一体を包み込む。そして業火が立ち上った。
「薬師丸さん、あの炎!」
「満夫か?!」
かろうして手榴弾の直撃は避けた。だが手榴弾は油がたっぷり詰め込まれたドラム缶に当たっていたのだ。
あっという間に満夫は炎に囲まれた。ドス黒い煙にまかれ呼吸さえもままならない。
(……熱い)
逃げる為には、この炎の中から脱出しなければならない。しかし重傷を負った今の満夫にはきつい行為だった。
(……血が止まらないよ)
包帯くらいでは駄目だ。まずは止血しなければ、しかし今は応急処置もできない。
(……炎……凄い炎だ)
流血で視界がぼんやりしてくる。満夫は呆然と炎を見詰めた。
現場に駆けつけた薬師丸が見たものは灼熱地獄。
(弱々しい気配が一つ。満夫だ、あの中に満夫がいる)
急がなければならない。薬師丸は業火の中に飛び込もうと走り出していた。
その時だ。廃ビルの二階から影が一つ飛び出し、そのまま落下。
「満夫!」
満夫だ。全身に何箇所も焦げ跡がある、何よりも血の臭いがきつい。
上半身はほぼ完全に真っ赤に染まっていた。
「救護班早く!」
衛生兵が慌てて駆け寄るが、薬師丸は半ばあきらめた。
これほどの出血量、もう手遅れかもしれない。あの炎の中から脱出できただけでも奇跡だ。
「少佐、これ……」
「どうした?」
「彼は自分で止血してます」
止血くらいでとまるような怪我ではないはずだ。薬師丸は近寄り屈んだ。
「これは……」
重傷を負ったはずの腕。その傷跡には火傷、それも何か鉄の棒のようなものを強引に押し付けたような跡。
「……あの炎で鉄を熱して自分の腕に」
確かに血は止まる。だが激痛などという言葉では納まらない地獄の苦しみに耐えなければならない。
「……俺、死なないよ」
「満夫?」
「……死なないよ。絶対に」
「……うわ言か」
満夫は気を失っている。薬師丸は満夫を背負ってやった。
「……絶対に死ねない、か」
『悪いけど俺は絶対に死なないよ』
「そうだったな。おまえには待っている家族がいるんだったな」
『……約束したひとがいるからね。生きて帰らないと』
――俺達、兵士は常に死と隣り合わせ。
――だから俺を含めて、いつ死んでもいい覚悟を持っている奴は大勢いる。
――だが、おまえは目的に為に死ぬのではなく、生きるために苦痛すら選択する。
――絶対に死なない覚悟をもった奴は満夫、おまえくらいだよ。
あのCDの最後の言葉が薬師丸の中で再生された。
『ごめん――さん。俺、約束守れなかった』
「満夫、おまえは二の舞を踏むなよ」
満夫が意識を回復したのは科学省病院の病室だった。
医者も驚くほど驚異的な回復で満夫は退院した。
「みんな、元気かな?」
自分が留守の間は犬達の世話は那智に頼んでおいたが心配だった。
ちゃんと餌をもらっているだろうか?散歩には連れて行ってもらってるだろうか?
帰宅するとちょうど那智が犬達と散歩から帰って来たところだった。
「みんな、ただいま!」
大喜びで駆け寄ってくる犬の後ろで那智が「追加料金高いぞ」と念を押している。
「それから、おまえに宅急便届いているぞ」
「誰から?」
「知らねえよ、匿名だ。大量の高級ドッグフード」
「マジマジ?やったね!でも誰?」
嬉しそうに犬と戯れる満夫。木の影から、その様子を伺っていた薬師丸は安心したように歩き出した。
懐からあの封筒を取り出した。
『悪いけど俺は絶対に死なないよ。約束したひとがいるからね』
「……満夫、おまえは死ぬなよ」
薬師丸は車に乗り込むと海に向かった。
緒方の遺品を今度こそ完全に処分するために――。
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