「何だとぉ?返り討ちにしてやるぜ糞野郎!」
久しぶりに陸軍のテリトリーに入った途端、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「勇二の声だぜ」
俊彦が眉をしかめながら言った。
「……あいつに喧嘩売る相手なんてそうそういない。またバカな争いでもしてやがるのか」
直人は胸くそ悪そうに舌打ちをした。
薫は事あるごとに『陸軍の連中は野蛮な筋肉馬鹿』と罵っているが、あながち嘘ではない。
そう思えるほど、陸軍省には争いの種が多い。
特選兵士である勇二に喧嘩を売れる人間なんて同じ特選兵士だろう。
四期生と五期生の仲の悪さは半端ではない。
廊下を曲がると案の定、勇二が自分より一回り以上でかい武藤や島村と罵りあっていた。
武藤と旧知の仲である佐々木が「もめ事を起こすと後が厄介だ」と制止をかけている。
しかし、どちらも血の気ばかり多い粗暴で単純な性格だけに、大人しく引っ込みそうもなかった。
「勇二の事は気に入らないけど助太刀してやろうか?」
俊彦が提案してきた。
「四期生は勇二よりずっと気に入らねえし、多勢に無勢じゃないか」
俊彦らしい言い分だったが、私闘に参加すれば特選兵士といえども懲罰の対象となる。
ギャラリーが多すぎるからもみ消しも不可能だ。
もしも流血沙汰になったら弁解は一切通用しないだろう。
「やるのか小僧!!」
「上等だ、表にでろ!」
佐々木が「死傷者がでたら特選兵士の称号を剥奪されるかもしれんぞ」と必死にたしなめている。
だが血気にはやる獣達が大人しく忠告を聞き入るはずがない。
おまけに、この騒動を聞きつけたのか、晶が、いつの間にか姿を現している。
吹き抜けの上階から笑みを浮かべ高見の見物をしているではないか。
(晶も連中を良く思っていないから殺しあえばいいくらいに思っていやがるんだろう)
武藤の丸太のような腕が勇二の肩に伸びた。
このままでは血を見るのは明らか。
直人は「クズが」と不満そうに呟き歩みだした。
「いい加減にしろ。くだらん私闘で特選兵士に死傷者がでてみろ。最悪の場合、銃殺刑だぞ」
頭に血が上っていた勇二は、初めて直人の存在に気づいたらしく睨みつけてきた。
「直人、てめえの出る幕じゃねえ!死にたくなかったら引っ込んでろ!!」
「そうだ。余計な手出しをしたら、てめえも懲罰くらって終わりだぞ!!」
「死人になるのは俺じゃない。おまえ達だ。今死のうが処刑になろうが同じだろう」
直人は懐からあるモノを取り出した。
それを見せた瞬間、連中がさっと顔色を変えた。
「そ、それは……殺人許可証!!」
鎮魂歌―菊地直人Ⅰ―
『貧乏人のくせに生意気なんだよ!』
――嫉妬と軽蔑の入り交じった多くの目。
――襲ってくる。血が足下のコンクリートを染める。場面が変わった。
『いい目だ。私が鍛えてやる、甘えは一切許さない』
――薄暗い鉄格子の中での出会い。第二の人生の始まり、過去の自分は死んだ。
――桜井という名の民間人の少年の存在は消滅したのだ。また場面が変わった。
『こ、国防省の奴らだ。返り討ちにしろ!!』
『くそぉ!スパイをつかっていやがったのか卑怯者、政府の犬め!!』
――銃声、流血、消失していく命。何度も繰り返された戦い。
「少尉」
意識の彼方から自分を呼ぶ声が聞こえる。
「起きてください、直人様」
瞼を開いた。
――そうか、俺は夢を見ていたのか。
睡眠カプセルのハッチが開いた。
「俺は何時間寝ていた?」
「二時間です少尉」
「二時間?」
睡眠は三時間の予定だった。確かに目覚まし機能に三時間と入力しておいたはずだ。
多忙な直人にとって睡眠は何よりも貴重な時間。
それが破られるのは何かアクシデントがあった証拠でもある。
「何があった?」
テロリストが、また暴れたのかと思ったが、返ってきた答えはとんでもないものだった。
「早紀子さんが誘拐されました」
「……またか」
あの女、さっさと死んでくれたらいいのに。
直人は本気でそう思った。
直人は即座に部下を召集した。
「厄介な事になりましたね少尉」
厄介……尾崎の言葉の真意は早紀子の命が危険にさらされている事ではないことは明白だ。
部下達は誰もが直人にとって早紀子がどういう存在なのか知っている。
「おめでとうございます……って、言ってもいいんですよね少尉?」
蓮が少し戸惑いながら言った。
そうだ、これは千載一隅のチャンス。
なぜか誘拐犯は早紀子の実家ではなく、直人に脅迫状を送りつけてきた。
文面には『三千万円用意しろ。警察に知らせたら殺す』と嬉しい文章が綴られている。
しかし『警察』という単語が問題だった。
これが『国防省上層部には黙っていろ』という文なら問題はなかった。
直人には上に報告義務がある。国防省の上官に言わないわけにはいかない。
喜んで報告できる。自動的に早紀子はあの世にレッツゴーだ。
しかし警察機構は国防省の末端。直人に警察への報告義務は一切ない。
つまり犯人の要求通り、警察に通報しなくてもよいのだ。
(脳味噌がクリームでできたような、あのバカ女を誘拐したのは反政府組織なんてご立派なものじゃない。
これは金目当ての素人の犯行だ。だから警察に知らせるなと脅迫してきたんだ)
もしも反政府組織の犯行ならば、それこそ長官を名指ししてくるはず。
(警察に通報しておおっぴらに捜査をさせれば……)
直人は自他共に認める仕事人間だった。
そのため、常に無私を貫き任務に人生を捧げてきた。
だが直人もやはり人間、感情というものがある。
思わず握りしめた拳が期待を表現してしまったのだろう。
蓮が「よかったですね。わざわざ向こうから始末してくれるって言ってくれてるんだ」と口走っていた。
伴野が慌ててたしなめる。
「おい、滅多な事をいうんじゃあない。ぼんくら長官のお孫さんだぞ。
それに少尉にとっちゃあ嫌なことだが、仮にも婚約者なんだぞ」
婚約者という単語に直人は沸き上がる不快感を敏感に感じた。
「だってさあ」
「いいから黙ってろ」
部下達が複雑そうに自分を見つめている。
(まさか俺が感情を顔に出していたのか?)
部下に対して個人的感情を露わにしてしまっていたなんて、これは恥だ。
「で、どうします少尉?」
「……親父に報告する」
「……犯人達が短絡的な人間ならば、口封じですでに殺されている可能性もあるな。
直人、おまえはどう思う?率直な意見を聞かせろ」
「別に……顔も知らない他人なんかに期待するほど甘い人生は送っていない」
小学生の時に正当防衛で名家の御曹司を殺した時から、直人の人生は修羅の道そのものだった。
この義父の元、特殊訓練と対テロとの戦闘に明け暮れる日々。
そんな厳しい人生を生き抜いてきた直人にとって、突然押しつけられた可愛い婚約者は害虫でしかない。
戦争どころか世間の荒波一つ知らないミルク飲み人形。
同じ年頃の少年達は天使のようにもてはやしているが、直人には一生、いや死んでも理解できない心情だった。
「長官に報告すれば、おまえは救出チームのリーダーにさせられるぞ」
「冗談じゃない、俺は忙しいんだ。水島か薫にまわせよ、手柄をたてるチャンスだといえば飛びついてくる」
ついでに、早紀子がまだ息をしていれば誘惑してくれればいい。
あの二人にとって温室育ちの早紀子をめろめろにさせる事など朝飯前のはずだ。
「奴らは有給とって女とバカンスに出掛けている。
どうしてもというのなら話をつけてやってもいいが内密にできなくなるぞ。すぐに長官の耳に入る」
「……結局、同じ事か」
「決めるのはおまえだ。見殺しにするのなら私があらゆる手を使って隠蔽してやる」
厳格な義父がみせた珍しい厚情だった。
(あの女につきまとわれて頭痛の種を増やされるのはこりごりだ。
学習能力の無さだけは人並以上ときているんだからな。今後も迷惑かけられるのは火を見るより明らか。
今なら誘拐の事実を知っているのは俺と親父と部下達だけ……)
「少尉もやっと解放されるんだ。よかったじゃん」
蓮は抑制のない声で呟いた。
「だから、おまえは口が軽いんだ。たとえ事実でも口にだすな。笑うなら心の中だけにしてろ、わかったな?」
伴野が重ねて注意すると蓮は「わかったよ」と少しムッとしながら応えた。
「でもさ、本当のところ、どうなると思う?」
「知るか。俺達は命令された仕事をただ忠実に実行すればいいだけだ。
余計な事は考えるな。頭が痛くなるだけだ」
伴野は無難な事しか言わない。納得できる言葉がほしかった蓮は尾崎に尋ねた。
「尾崎さんはどう思ってんの?」
「俺に聞いても何もでないぞ坊主」
「ケチだな。教えてくれたっていいじゃん。
尾崎さんは一番の古株だし少尉の副官なんだから、少尉が何考えてるかわかってんだろ?」
「言っておくがな坊や」
尾崎は視線を窓の外にあわせた。
「少尉は何よりも職責を優先する人間だ。そのためなら自分自身すらも平然と犠牲にする」
「そんなこと俺だって知ってるよ」
「だったら何も言うな。ガキはおとなしく黙ってろ」
「決めるのはおまえだ……か」
義父は会議のため席をはずしていた。
短時間で終わるから、それまでに決断しておけと残して。
(私情をとるか、それとも……)
常に冷静沈着に理知的に物事を選択してきた直人だったが今回ばかりは悩んだ。
整理された綺麗な局長室で一人きり。ふと視界の片隅にはいったのは倒された写真立てだった。
ずっと義父のそばにあり、一度も起こされたことがない写真立て。
義理とはいえ息子である直人ですら一度も納められている写真を見たことはない。
ひとの過去など興味を持たない主義だったが、不思議とその時は何かに引きつけられるように直人は写真立てを起こした。
「……親父?」
若い義父の姿がそこにはあった。十代?二十代?とにかく若かった。
義父と並んで写真に収まっている者達も例外なく若かった。
その、ほとんどは直人は見たことがない顔だった。
しかし、内一人は義父によく似ている。直感で義父の弟だと思った。
義父と共に国家の為に戦い、そして若くして殺害されたと聞いている。
相手は西園寺紀康という超大物テロリスト。
義父はその戦いで片目を失い、そして弟と大勢の部下を奪われた。
それ以来、テロに対して強い憎しみを抱えて生きている。
父の周りにいる若者達が、その部下だろうと直人は思った。
義父の古傷を盗み見た。嫌な気分になった。
自分とは何の関わりもない人間達だ。触れるべきではなかった。
しかし一人だけ義父以外に直人が見知った人間がその中にいた。
「……佐竹さん」
――二年前――
国防省・特別訓練所。
そこは国防省の将来を担う選ばれた若者だけに許された特別な場所だった。
射撃場では動く的が彼らの標的になっている。
銃声が何度も飛び交っており、まるで戦場のようだった。
「すげえ、あの小僧、何者だ?」
「おまえ知らないのかよ。菊地局長の息子さんだぞ」
今日も最高得点を叩き出したのは直人だった。常に注目の的であったのはいうまでもない。
「局長に息子さんなんかいたのかよ」
「養子って話だぜ。素性は知らないが、どっちにしても局長の息子なんて、俺達とは身分が違う」
どうでもいい会話は嫌でも耳にはいってくる。
しかし直人には、そんな会話に気を取られる暇などなかった。
『直人、いつになったらパーフェクトをとるんだ。あまり私をまたせるな』
義父の厳しい言葉が何度も頭の中で反復される。
はたから見たら十分すぎるほどの高得点も、義父にとっては不満の種でしかない。
(動かない的なら簡単なのに)
的は左右上下と移動する。おまけに機械的な動きではない。
対人間を仮定したものだけあって、動きが不規則で予測がつかないのだ。
直人は弾を詰め替える。
「……的が重なるとどうしようもない。その前に」
「みちゃあいられねえなあ直人」
振り向くと周囲の人間が全員整列して頭を下げていた。
「……佐竹本部長」
国防省・本部のお偉いさん。あの義父ですら頭があがらない数少ない人物だった。
詳しい事は聞いたことはないが、義父・春臣が訓練生時代からの付き合いだとか。
正式に国防省の諜報部員となってからも同じ部署だったらしい。
弟分として先輩格だった佐竹には世話になっていたとか。
もっとも、それも例の西園寺紀康拘束失敗事件までの話だ。
義父は西園寺にこだわり拠点を移した。
佐竹が、たまたま仕事で中国・四国に来なければ、直人は佐竹の顔しか知らなかっただろう。
「どきな。おまえは利き腕だけに頼りすぎてるんだ。
体の重心をちょっとずらすだけで弾道ってやつは変化する。もっとバランスを学ぶことだな」
佐竹は年齢的な問題もあって第一線からは退いていたはずだが、それでもまだまだ射撃の腕は別格だった。
直人が取りこぼした的を全て撃ち抜き、あっさりとパーフェクトを叩き出したのだ。
「おまえは硬すぎる。遊びを知らねえガキはどこかでつまずくぞ。春臣はそこのところがわかっちゃいねえ」
「親父が聞いたら本部長だろうが食ってかかりますよ」
「あいつは融通って言葉を知らないんだ。完璧主義も悪いとはいわん
しかし行き詰まった時に周囲が見えなくなる危険性がでかすぎる」
佐竹は葉巻をふかしながら「おまえほどの逸材を潰すのは勿体ないから言っているんだ」と呟くように言った。
「ほら出るぞ坊主」
佐竹は直人から銃を取り上げた。
「おい、何するんだよ。親父がだした訓練メニューは、まだ半分も終わっちゃいないんだ」
「訓練漬けにするだけが腕を磨く道じゃあねえってことだ。来い」
直人付きのエージェント達が慌てて駆け寄ってきた。
「本部長、困ります」
「直人さんを連れ出されたら我々が局長に叱られてしまいますよ」
佐竹は葉巻を取り出すと火をつけた。
「やれやれ、あいつの手下らしいな。実に融通がきかねえ連中だ」
佐竹は「これが何かわかるか?」と懐から何か取り出した。
国防省身分証明書だろうか?だが、それを見た彼らの反応は尋常ではない。
「さ、殺人許可証!?」
(殺人許可証?)
それは直人が初めて耳にする単語だった。
「こいつがどういうしろものかわかってるな、おまえら?」
佐竹はウインクをしながらニヤっと笑った。
「わかったならどくんだな。さあ、行くぞ坊主」
佐竹は黒塗りの高級車に直人を押し込めた。
車が走っている間も直人は殺人許可証の事が気になって仕方なかった。
(殺人を許可されているってことか?まさかな)
確かに職業柄時として人間を殺害しなくてはいけない時もある。
しかし、それはあくまで任務中やむを得ない場合に限定される。
義父に国防省のあらゆる知識を叩き込まれただけに、自分の知らない事が気になって仕方なかった。
車は高速道路を突き抜け、人気の多い大都市に着いた。
やがて見えてきたのは国営カジノだ。
「本部長、まさか」
「たまにはこういう骨休みが必要なんだ」
きらびやか過ぎる派手なライト、行き交う人々は一攫千金と顔に書いてあるほど欲望に満ちたオーラを放っている。
「心配するな。春臣には、しばらくおまえを預かると連絡しておいてやった」
「親父が承知したんですか?」
「息子を返せと怒鳴られたよ。普段は平静を装っているが切れやすいのは相変わらずだったな」
佐竹は財布をとりだした。数十枚の札が見える。
佐竹をそれを無造作につかみ直人に差し出してきた。
「ほら、おまえの分だ。俺が融資してやるんだから当たったら半分よこせよ」
「待ってください本部長」
「安心しろ。外れても金を返せなんてケチな事は言うつもりはないぞ」
「そういう事じゃない」
今頃、激怒しているであろう義父を想像しながらギャンブルを楽しむなんてできるわけがない。
いや、仮に義父に問題がないとしても、こんな遊びは自分には場違いだ。
「ほら、行くぞ坊主」
直人の気持ちなど無視して、この迷惑親父はカジノに無理矢理引きずり込んだ。
本来なら18歳未満の直人は入場すらできないはず。
しかし特別許可が降りているらしい。店員達はかしこまって頭を下げるだけで、誰も直人の入場を拒否しないのだ。
(佐竹本部長はここの常連なのか?それともオーナーの弱味でも握ってんのか?)
直人には預かり知らぬ事だが、とにかく佐竹は歓迎されていた。
「任務だと思って遊んできな坊主。ほらブラック・ジャックなんて、おまえに合いそうだろう。
俺はルーレットで稼ぐから、おまえはおまえでしっかり勝ってこい」
「待ってくれ本部長……って、行っちまった」
ディーラーが「お客さん、賭けるんですか?」と尋ねてくる。
「……あ、ああ」
『任務だと思って』か。じゃあ、さっさと終わらせて任務完了させるか。
直人は配られるトランプをじっと見つめた。
数十分後、佐竹が上機嫌で戻ってきた。
「どうだ直人?」
直人は無言のまま札束を差し出した。
「トランプを記憶するのは疲れる。こういうのは苦手だ」
「だったら別のゲームにしよう。頭じゃなく運が左右する奴だ。それともビリヤードにするか」
「そっちの方がいい」
「それから金は半分だ」
佐竹はもうけた金を半分しか受け取らなかった。
「昔は春臣とも、よく遊んだものだが、あれ以来さっぱりだ」
佐竹は玉を付きながらため息混じりの言葉を吐いた。
「親父は仕事一筋なんだ。それが悪いとは思っていない」
「あいつの場合は私怨も入っている。それさえなければ殺人許可証ももらえていたかもしれなかったのに」
殺人許可証という言葉に直人は反射的に反応した。
佐竹は赤い玉に視線を集中させていたが、直人の僅かな変化に気づいたらしい。
「こいつに興味があるのか?」と、殺人許可証を取り出した。
「そんなもの俺は一度も見聞したことがなかった」
「そりゃ、そうだろうなあ。こいつの所持を許可された人間は滅多にいない。現役で持っているのは俺だけだ」
佐竹は視線を直人に向けてきた。
「こいつは殺しのライセンスだ。
これさえ持っていれば任務中はおろか、時間や場所を問わず己の一存でひとを殺害でき一切罪に問われない」
直人は平静を装っていたが、心の中では驚愕していた。
「まさか……」
「本当だ。だからこそ、こいつを手にする人間は限定される」
佐竹は玉を突きながら語りだした。
「戦闘力はもちろん、どんな状況でも冷静沈着に行動できる判断力、あらゆる法律を熟知できる記憶力。
何よりも無私を貫ける人間性が重視される」
「人間性?」
機械のように、ただ義父の命令に従ってきた直人にとって、人格などあって無いも同然だった。
それが重要視されると佐竹は言うのだ。
「当然だろう。なあ、考えてもみろよ。もしも水島家の坊やが、これを手にしたらどうなる?」
答えは火をみるより明らかだ。水島克巳は、己の私利私欲の為に活用しまくるだろう。
「だから、これを手にするのは容易じゃあないってことだ。あの坊やじゃあ一生かかっても入手できねえぞ」
佐竹は意味ありげな目つきで直人を見つめてきた。
「おまえならこれを手に入れられるかもしれん。そうなって欲しくはないが」
「それは褒め言葉と受け取ってもいいんですか?」
「それもあるが、もう一つあるんだよ。これを手にする重要な条件が。
ルールとして決まっているってわけじゃねえが、こいつをもらう奴は皆、自分にその条件を課すんだ」
佐竹は玉をつきだした。無言の空気が続いている。
しばらくして佐竹は言った。
「孤独であることだ」
「孤独?」
――それは意外な答えだった。
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