「どういう事だ。説明しろ」
「親父、話は後だ」

直人は携帯電話を取り出しながら退室した。
背後から義父が呼び止める声が聞こえてきたが、それより優先すべき用事が入ったのだ。
ドアを閉め廊下の突き当たりの角を曲がり人影がない事を確認し通話を開始した。




「俺だ、わかったのか?」
『はい、わかりましたよ』
「内密にした方がいい相手か?」
『そんな心配は無用ですね』

直人の相手は宮内省の人間だった。以前、総統の息子の護衛で顔見知りになった相手だ。
例のペンダントについて内密に調査してもらっていたのだ。


『確かに総統陛下の紋章付きですけど、献上される事なく廃棄処分になったはずのものですよ』
「廃棄処分だと?」
『ええ、素人目にはわからないですが失敗作って事で。御用達の宝石店に確認しましたから間違いありません』
「それが処分されずに市場に出回り一般人の手に渡ったということか」
『そこがちょっとわからないんですよ。皇家の紋章入りの宝飾品なんか一般人は売り買いできないはずなんです。
こんなものをつけて外を歩いてご覧なさいよ。たちまち警察のご用ですよ』
確かに不敬罪を犯してまで危険なおしゃれをする馬鹿もいないだろう。
『宝石店の社長もびびってましたよ。こんな事が公になったら店の信用問題だけじゃ終わらないって。
不正社員が闇で売りさばいた可能性大なのでリスト作っておきました』
「ご苦労」
母親の手がかりがつかめた。
直人は廊下に設置されている長椅子に座ると、再度周囲に人がいない事を確認して溜息をはいた。

(久しぶりの休日だったが、完全に潰れたな)




鎮魂歌―国防省後編―




「俺が話しますよ」
直人が退室した後も局長室は緊張状態のままだった。菊地局長のいらいらが頂点に達しているのだから無理もない。
その怒りを鎮めるべく木内が名乗りをあげていた。
「……こんな事、本当は言いたくないんだけど」
ちらっと水島を睨みつけたが、逆に冷たい眼光を返され木内は目をそらした。
「では納得のいく説明ってのをしてもらおうじゃないか」
水島は「こっちはあらぬ疑いまでかけられたんだ」と付け加えた。
「俺の姉さんは妊娠した事を隠していたんだ。
国防省でいいポストにつくために今妊娠してる事がばれたらまずいって言って……」














ハッカーテロ集団が過激な破壊工作まで行い、大勢の死傷者が出た。
急遽、直人を頭にチームが編成され、その中に木内香恋もいた。

(これはチャンスだわ。現場で危険な末端の仕事をするより指令する立場にいたいもの)

香恋は貪欲ではないにしろ、それなりの野心を持つ女だった。
それは悪い意味ではく、そのくらいの向上心がなければ国防省の捜査官など務まらない。
すでに両親はなく年の離れた弟のためにも、今の立場に甘んじてはいられない。
しかし香恋にはもう一つ理由があった。周囲には隠していたが香恋は身ごもっていたのだ。
独身で子供の父親と結婚の予定はない。つまりシングルマザーだ。
生まれてくる子供のためにも安全な部署に配属され管理職になりたかったのだ。


今回の任務にも妊娠を隠して参加していた。
チーフは菊地局長のご子息。自分よりずっと年下でありながら特選兵士という称号を持つ生え抜きのエリート。
香恋は直人を羨望の眼差しで見つめていた。
特選兵士の称号は伊達ではない。直人の采配の元、チームはテロ集団を追いつめた。
その最中、連中が危険な爆弾を街中に設置し火の海にしようという計画も入手した。


「必ず奴らを生け捕りにしろ。いいな!」
直人の命令で香恋たちは必死に犯人を追跡した。
そしてついにアジトを発見、尾崎が裏手に香恋が表を見張り直人の到着を待っていた。
だが敵もさるもの、此方の存在に気付き逃走。香恋は阻止しようと銃を構え飛び出した。

「動かないで、撃つわよ!」

人数は少なかった。香恋は足止めくらいできるとたかをくくったのだ。














直人はリストに記載されている名前を真剣に見つめた。
細工師から営業担当、そして、その家族まで。怪しい人物は一人もいなかった。だが一つだけ気になった事がある。

「……この住所は」

宝飾店のお抱えデザイナー、例のペンダントは彼女のデザインだという。
そのデザイナーは自宅に泥棒に入られたことがある。空き巣は近所に住む貧しい中年の主婦だった。














尾崎は犯人を追い慌てて表に回った。
香恋が銃で奴らを制している。何か言い合っているようだ。おそらくは犯人確保の決まり文句「手を挙げろ」だろう。
ところが何があったのか犯人たちは香恋を振り切って車に飛び込んだ。香恋は半ば唖然としている。

「木内、何をしている!」

尾崎の怒鳴り声に香恋はハッとして此方を振り向いた。
犯人達の車がエンジン始動。タイヤが砂埃を巻き上げている。これでは銃の照準を合わせることができない。
爆弾の設置場所を聞き出すまでは殺すことはできないのだ。香恋が車に飛び乗り発車していた。

「待つんだ木内、俺も――」

尾崎が止めるのも聞かずに香恋は犯人を追っていた。
そして十数分間の激しいカーチェイスの末、香恋はダンプカーと激突する大事故の被害者となっていた。




「木内は生きているんだろうな!」
直人はすぐに病院に駆けつけた。
逃げられたとはいえ香恋は犯人達の顔を見ている。犯人特定までは死んでもらっては困る存在となっていた。
「緊急手術が必要だそうです」
「意識はないのか?」
「はい」
「……くそ!」
直人は忌々しそうに舌打ちした。
時間がない事で冷静な直人は珍しく焦っていた。それは尾崎の目から見ても明らかだった。


「それで手術はどのくらいかかるんだ?」
「……それが」
尾崎は困惑した。こんな事になるなんて。
「どうした?」
「……事故で直接受けた傷よりも、その」
「何だ、はっきり言え!」
尾崎は医者に視線を送った。


「私が説明します。木内さんは妊娠してます」


直人の眉が僅かに歪んでいた。
「残念ですが胎児はもう生存していないでしょう。それどころか母体にまで危険が及ぶ状態です。
胎内から胎児を摘出する手術も平行して行わなければならないのです」
「だったら早くしろ」
「それが……」
「まだ問題があるのか?」
「死亡しているとはいえ胎内から取り出す以上、人工中絶になります。
ですから父親のサインが必要なのです。きちんとした同意書がないと此方も困るので」




父親、つまり香恋の相手だが、独身のはずの女が隠している男など知る由もない。
まして今は一分一秒を争う時だ。探している暇なんてない。


「尾崎、おまえがサインしろよ。緊急事態だ」
「なぜ俺が。俺の子じゃないぞ」
尾崎はたまたま香恋とコンビを組んでたというだけで仲間達から生け贄志願しろと迫られていた。
中絶手術にサインなんて認知も同然。後々、厄介な事になったら誰が責任とってくれるというのだ?
そんな気持ちが先立って素直に人命救助に手を貸せないでいた。

(だいたい、男は他にもいるのに誰もサインなんかしない。俺だけが冷血なわけじゃない)

尾崎は直人に緊急事態だという事を上に報告させ、手術の許可を出してもらえばいいと思っていた。
だが直人の考えは全く違っていた。


「俺がサインしてやる。さっさと同意書をよこせ!」
「直人様!」
これには尾崎も驚いた。
「待ってください。そんな事しなくても今から父上に報告して……」
「親父は中央政府に召還されて半日はコンタクトできない状態だ」
「でしたら他の高官の方に」
「短時間でつかまる保証はない。仮につかまったとしても手続きに時間を割いている暇があるか!
その間にこの女に死なれたらどうする?テロリストはこっちの都合なんか考えてはくれんぞ。
任務が最優先だ、こんな時に悠長な事を言ってられるか!!」
「しかし、もし公になったら直人様の名誉に傷が……」
「うるさい、そんなもの連中を逮捕した後に考えてやる!」




手術は速やかに行われた。その最中に香恋の弟の蓮(れん)も駆けつけた。
術後、執刀医からぐずぐずしていたら出血多量で死んでいたと告げられた蓮は直人に何度も頭を下げていた。
「別におまえの姉のためにしたわけじゃない。麻酔が切れたら、すぐに犯人の顔を特定させるからな」
直人は言葉通りに、香恋が目覚めると用意させていた指名手配中のテロリストの写真を何枚も見せ犯人を特定させた。
しかし妊娠を隠していた香恋の行為を責め、チームから外す事も忘れなかった。
直人は迅速に包囲網をしき犯人を逮捕。少々きつい拷問を加えて爆弾のありかを白状させた。
テロとの勝利に国防省は歓喜の声をあげたのだった。


長官は「よくやってくれた。国防省はいずれ君が牽引してゆくことになるだろう」と褒めてくれた。
おまけに「君のような前途洋々な青年には是非私の孫娘の婿になってほしいものだ」とまで言ったのだ。
お世辞とはいえ光栄な台詞のはずなのに、直人は「不吉な予感がする」となぜか不機嫌だった。
しかし部下たちは尾崎をはじめ大喜び。それぞれ褒美を受けとり出世コースに乗ることになったのだ。
ただ一人、木内香恋を除いて――。














「そんな都合のいい話があるか!」
安堵する菊地局長と違い水島は納得しなかった。
「だから事実だって弟の俺がいってんじゃん!」
「口裏合わせたに決まっている!」
水島は一歩も引かない。どうしても直人を蹴落としたくて仕方ないのだろう。
「今の話が真実だって証拠でもあるのかい!断っておくが証人なんて捏造可能なものはいらないよ!
あくまで科学的根拠に基づいた物的証拠以外、俺は認めない!!
第一、菊地君が実はプレイボーイという事はすでに判明し……ちょっと失礼」


情熱的なラブソング、水島は携帯電話を取り出すと退室した。
水島は常にいくつも携帯電話を所持している。仕事用の他に私的なものもいくつか。
この赤い携帯電話はその中の一つ、お気に入りの恋人・真知子専用のものだった。


「愛しているよ真知子」
『克巳、少し厄介な事になったわよ。菊地を名乗っていた男の事だけど雅信が知っていたのよ』
「鳴海君が?」
『ええ、あいつ、気まぐれであの時期ぶらっと夜中にあの界隈をよく歩いてたっていうのよ』
「相変わらず変な子だな、あの子は」
『そこで菊地直人を名乗る男が女を連れて歩いてるの何度も目撃してるのよ。
あいつが知ってる男だったのよ、その男っていうのが。克巳、あなたもね』
「何だって?」




――鳴海雅信の証言――

「俺は歩いていた。昼間は嫌いだが夜は好きだからだ」
雅信は語った。
「……夜は闇に覆われる。楽しいイベントが起こりやすい。
……拉致、強盗、放火、殺害。そんな雰囲気に心が躍った。
しかも人気のない街を徘徊しているだけで、頭のおかしい奴らがなぜか俺に喧嘩を売ってくる」
その理由は簡単だ。雅信は目立つ容姿、目立つ髪型、そして不気味な雰囲気と売られる要素を多く持っていた。
ただ本人には、その自覚がなかっただけだ。


「あの日もそうだった。薬で切れた連中が因縁をつけてきた。俺は路地裏に場所を移し奴らを血祭りにあげた。
血の臭いが濃くなる度に奴らは甲高い悲鳴をあげた。どんな音楽よりも最高だった。
俺の行為は正当防衛だから誰も文句を言わない……癖になっていた」
雅信はその遊びに熱中していた。毎晩出歩いていた。
「あの日も同じだった。けれど一つだけ違った。
路地裏から表通りに出ようとした時、カップルを見た。女が言った、「菊地少尉、また誘ってね」……と」

「俺は男の顔を見た……その男は、男は菊地直人じゃなかった」














「この馬鹿、低脳、よくも僕に大恥かかしてくれたもんだね!」
薫は防音設備ばっちりの尋問室で部下達を責めていた。
「一年前のことを今更掘り返す野暮な連中がいるとは思わなかったんですよ」
鍋島は煙草を取り出しライターを点火。薫は間髪入れずに、その頬を殴った。
「い、痛い!薫様、あんまりな……!」
薫は鍋島の顔に触れた右手をハンカチで拭きながら睨んでやった。

「おまえ、今の自分の立場わかってないのかい?」
「……す、すみません」

直人をプレイボーイ扱いして嘲笑してやった後だけに薫は焦っていた。


「まさか、まさか……おまえ達が直人の名をかたってナンパをしてたなんて!」


薫は感情のままにデスクを叩いた。
「薫様、汗が」
藍がハンカチを取り出し薫の額をぬぐう。
「藍、悔しいよ。こんな事って」
薫は藍に抱きつき、その胸に顔をうずめた。
「薫様のせいじゃありません」
「わかっているさ。でも直人はきっと嫌味を言ってくる……それを思うと。
……いや、この事が徹や晶の耳に入ったらと思うだけで吐き気がするんだ。
何もかも忘れて一日中ベッドの中で愛を語っていたいよ!」
「薫様、お痛わしい」
藍は同僚達をキッと睨みつけた。


「おまえ達のせいよ。薫様の名誉の為に自決して責任とりなさいよ」
「い、家重、おまえ冷たいぞ!」
「薫様の名誉の方が大事でしょう。第一、何だって、よりにもよって菊地中尉の名前なんか語ったりしたのよ!」
「……そ、それは、あの界隈は士官学校の生徒が多くて特選兵士の名前出すと成功率が100%でさ」
「そうそう、中尉の名前は知ってるけど顔は知らないしな」
「俺は菊地直人だっていうだけで、「どこにでも連れてって」ってだぜ。こんな美味しいテクニックはないだろ」
「何がテクニックよ。おまえ達には男としてのプライドってもんないの?」
「だから、ちょっとした出来心だって。薫様の名前だすわけにはいかねえだろ?
その点、プライベートであんな場所うろつかない中尉はうってつけだったんだ。
それに俺は二回しか使ってないぜ。あんまり多用するのはやばいってわかってたから自重したんじゃねえか」
「それに大きな声じゃいえないが、水島少佐の部下も……なあ?」
「ああ、俺たちだけの罪じゃねえよ」


「うるさいよ!とにかく、おまえ達のおかげで僕が窮地に立たされている事に間違いはないんだ!!」


薫に怒鳴りつけられ部下達は一斉に塩をかけられた青菜のようにしょぼんとした。
「おまえたちを生命保険にかけてやる。そのくらいしないと僕の気が収まらないよ」
菊地局長から呼び出しがかかっている。
おそらく、いや間違いなく部下の不始末に対する叱責と責任の要求が待っているだろう。
薫は不愉快そうな表情を隠さずに尋問室を後にした。部下達に暴行するのも忘れなかった。




「……あの直人の事だ。監督不行き届きだとか言いがかりをつけるに決まってるよ」

局長室に向かうと自分と同様渋い表情をしている水島が廊下の反対側から歩いてくる。
どうやら考えている事は同じようだ。
ドアをノックすると「入れ」といかつい声が聞こえてきた。
重い気持ちで入室すると険しい表情の局長が意味ありげに真っ直ぐ見つめてきた。
その隣で直立している直人は逆にすました表情をしている。
二人の様子から全てが明るみにでた事を察した薫と水島はますます気分が重くなった。


「赤ん坊の母親が判明した」
しかし第一声は二人の予想とは違った。
「赤ん坊は総統陛下とは何の関わりもないことがわかった。これで捜査は打ち切りとする」
意外な展開に薫と水島は半ば呆気にとられた。
「局長、それだけですか?」
「そうだ。もうDNA鑑定も必要ない。国防省とは無関係の赤ん坊だ。ひとまず乳児院に預かってもらうことにした。
後の事は福祉関係の仕事だ。国防省が関わるものではない。さがっていいぞ」
何がなんだかわからないがお咎めなしなら文句はない。
薫と水島は一礼して、さっさと退室した。




「……本当にこれでいいのか直人。おまえに舐めたマネをしてくれたんだぞ」
「もういい。これ以上つついたら逆に俺を責めてくる」
直人は報告書をデスクに置いた。
「次の任務まで睡眠をとりたいから俺も下がっていいか?」
「好きにしろ」
直人が軽く頭を下げると義父は報告書を手にした。

『乳児を遺棄したのは、乳児の祖母にあたる女性。母親にあたる女性は麻薬組織の構成員。
麻薬の密輸や売買、大量殺人に関与し先月死刑執行され他界』

そんな出だしで始まっていた。


「おまえは逆恨みなど気にもとめんだろうが私は違うぞ。すぐに尾崎に始末させる」
義父が指名した尾崎とは、直人の部下・尾崎美紀彦(おざき・みきひこ)の父親の事だった。
「水島と立花の責任は本当に咎めなくていいんだな?」
部下が勝手にした事とはいえ義父は水島や薫に対して腸が煮えくり返っていたようだ。
「くどいぞ親父。赤ん坊を押しつけられたのが俺だったとばれるよりずっといい」
手紙の主示していた相手は直人だった。
民間人である為、国防省の内情など知らず、特選兵士は直人だけと思いこみ、こんな事をしたのだ。




彼女の娘、つまり赤ん坊の母親は麻薬の売人の女だった。
その麻薬組織は、ただの犯罪組織ではなくヤクザではなくテロリストによって運営されていた組織だったのだ。
大量無差別殺人事件を経て国防省はついに本格的に組織の壊滅に動いた。
大勢の逮捕者がでた。彼女もその一人だった。
判決は懲役20年、若い娘にとっては長すぎる時間だ。
娘の母親が直人を訪ねてきたのは、それから数ヶ月後の事だった。
直人にとっては面識などないはずの人間だったが、顔をみて見覚えがある事に気付いた。
直人が菊地ではなく桜井と名乗っていた幼い頃、近所に住んでいた主婦だった。
単なる顔見知りでろくに挨拶も交わさない間柄。
当時は羽振りがよかった彼女は孤児の直人を蔑んだ目で見ることすらあった。
それが、どこでどう知ったのか、直人が国防省のお偉いさんの養子になった事を聞きつけ頼ってきたのだ。


「娘は無実なんだよ。ただ、ろくでもない男とつきあっていただけなの。騙されて巻き込まれただけなのよ。
あの事件の時だって何も知らずに男の車で待ってただけなのに警察に理不尽にも連行されてしまって。
あんたなら娘の無実を証明できるだろ?お願いだから娘を助けてちょうだいよ」
そんな話は警察に依頼するのが筋だと言ったが母親は直人に縋りついてきた。
「娘をもう一度調査しなおしておくれよ。そうすりゃあ娘が無実で組織の幹部がやったって証拠がでてくるんだから。
あんたにとっても大手柄のチャンスじゃないか」
娘の無実とやらには興味なかったが、テロリストを牢獄に送り込めるという話には心が動いた。
直人は娘の捜査を個人の力だけでした。


その結果、でてきたのは無実どころか、直接無差別殺人に関与していた証拠の数々だったのだ。
報告義務があった直人はそれらの証拠を義父に委ねた。
娘には死刑宣告が言い渡された事は知っていたが、直人にとってはすでに終わった話だった。
被害者遺族への損害賠償で母親が財産を差し押さえられ窃盗に手を出していた事などは知らなかった。
娘が妊娠していた為に出産まで執行猶予されていた事も今回の事で初めて知った。
あのペンダントは母親が盗みに入った宝飾デザイナーの家で発見したのだろう。
あの母親は恨みがましい性根の持ち主ではあったが、武器を手に復讐に手を染める根性はない。
直人に対する、せめてもの嫌がらせで孫を置き去りにしたのだろう。
あるいは単に孫を養育する余裕がなく捨てることが目的だったのかもしれない。




「つまらない結末だった」
この仕事をしている以上、これからもつまらない恨みを買うことになる。
だから直人は気にもしていなかった。
「じゃあな親父、もう帰る」
後は尾崎の父親が遺恨の残らないよう秘密裏に処理して全てが終了だ。
その件については直人は何も聞かなかったが、二度とあの母親と偶然でも顔を合わすことはないとわかっていた。


「何度でも同じ事は起きる。今回の事件はつまらない事に口を出したおまえのミスだ。
いや、少なくてもこの母親をその時に始末しておけば済む事だった」
「ああ、そうだ。肝に銘じて二度と同じ過ちは犯さない」
「それでいい」


屋外にでると太陽の光が眩しかった。時計は午後二時を回っている。
次の任務は六時間後、直人は二時間の睡眠をとるために自宅への帰途についた――。




TOP