冬の足音が近づいてきた秋の午後。
俊彦と攻介はそろって巨大ショッピングモールに訪れていた。
特に買い物の予定はなく、たまたま非番が重なったので久しぶりに一緒に食事でもどうかとどちらともなく決めたのだ。
特選兵士の給料を考えたら高級レストランだろうが一流料亭だろうがお望み次第なのだが、二人とも下積み時代の庶民らしさが消えておらず、手頃なファミリーレストランでハンバーグ定食でも注文しようと思っていた。
その後は、近くの映画館で面白いと評判のアクション映画でも鑑賞しようと思い歩き、一階のジュエリーショップを通り過ぎようとした時だった。

「……ん?」
「どうした俊彦」
「何か見た顔がいたような……」

俊彦は足を止め店内を見つめた。つられて攻介も視線を向ける。
「お買い上げありがとうございます。お支払いはどういたしましょうか?」
「カード一括払いで。ああ、それとメッセージを頼むよ。 『美しい恋人へ、永遠の愛を込めて』と」
馴染みのある声に、俊彦と攻介は一瞬で頭が真っ白になり 「「と、徹ぅぅー!?」」 同時に絶叫していた。

「おや、奇遇だね。君たちなんかとこんなところで会うなんて」

忌々しいくらいの笑顔で徹は言った。




鎮魂歌―俊彦と攻介―




「徹!おまえ、まだガキの分際で何考えてるんだよ!!」
店を後にするなり、攻介は徹にかみついた。
「おい、落ち着けよ攻介」
「俊彦、おまえも何か言えよ。に百万もする指輪贈ろうなんて、こいつ絶対になし崩しに婚約狙ってるぞ!!」
焦りと怒りで取り乱す攻介を徹は鼻で笑った。
「おまえ喧嘩売ってるのかよ!」
「まさか。売られれば買ってもいいけどね。これは婚約指輪なんかじゃないよ。
俺が最愛のとの婚約にこの程度の指輪を贈ったりするものか。 これはただのプレゼントさ」
「どこの世界にただのプレゼントに百万つぎ込む奴がいる!」
「俺のに安物は似合わない。かといってあまり高価すぎても控えめな彼女を困らせてしまうだろう。
だから俺も押さえているんだよ。俺の愛情を金額に換算したら、こんな程度じゃすまないからね」
ぽんぽんと出てくる気障な台詞に攻介の理性は早くも限界を超えようとしていた。
それを察し、今度は俊彦が抗議に乗り出した。


は物欲とは無縁なんだよ。赤の他人のおまえに百万円の指輪なんかもらったら戸惑うに決まってる。
おまえは自分の気持ちを押しつけすぎだ。ちょっとは相手のこと考えろよな」
「おや、心外だね。俺は自分の気持ちの一割も表に出してないんだよ。常に忍耐との戦いさ」
俊彦は言葉も無かった。
だって受け取ってくれるさ。特別な記念日なんだから」
「「特別な記念日?」」
「何だ、君たちは知らなかったのかい?」
特別な記念日など限定されている。
攻介と俊彦は同時に三文字の言葉を思い浮かべ反射的に徹から少し距離をとった。


「俊彦、おまえの誕生日知らなかったのかよ」
「そういう、おまえだって」
迂闊だった。それに比べ徹はすでにプレゼント購入済み。スタートから一気に引き離された絶望感が二人を襲った。
「何、こそこそ小声で話してるんだい?やっぱり君たちは何も知らなかったようだね」
「う、うるせえ、知ってるよ!俺たちだっての事なら全部お見通しなんだ。てめえだけがのことわかってるような口きくな!!」
攻介は大声で怒鳴りつけたが、威勢の良さとは言い難い負け犬の遠吠えに過ぎなかった。
「おや、そうかい。それじゃあ失礼するよ。来週の日曜日にと夕食を楽しむ約束してるんだ。君たちと違って。
三ツ星レストランに予約入れておかないとね」
勝ち誇った笑みを浮かべ、徹は悠々と立ち去った。
怒りのあまり爪が掌に食い込むほど拳を握りしめた俊彦と攻介を残して。














「ちっくしょー!!あの嫌味なドキザ野郎がぁー!!」
周囲もはばからず攻介はテーブルを両拳で叩きつけた。
「おい攻介、落ち着けよ。見られてるぞ」
二人は喫茶店に入ったが攻介の怒りは収まるどころか倍増していた。
「俊彦、おまえは悔しくないのかよ!」
「……そんなことよりへのプレゼントなんだけどさ」
「お、おう!そうだな、それだ!徹なんかに出し抜かれてたまるか。よーし、ここは奮発して……って。
俊彦、おまえ何で、そんな暗い顔してんだよ」
俊彦の表情は明らかに徹とのいざこざ以外に何か含んでいた。


「……実は俺、今、金ないんだよ」
「はぁ?特選兵士は高級取りだぜ。何でねえんだよ」
「それがな……先週、直樹の奴が事件起こしてさ。保釈金を肩代わりしてやったんだ」
「おまえ、もうちょっと友達選べよ」
「だから給料日に必ず返すから貸してくれよ。百万円」
俊彦は攻介を拝むように頼んだ。
「たく仕方ない奴だな。まあ百万くらい……って……アレ?」
スマホで銀行口座を閲覧した攻介の目に信じられないものが飛び込んできた。


「……口座残金……四万円……だと?」
バカな!そんなバカな!攻介は我が目を疑った。
しかし目を何度こらそうとゼロの数は四つしかない。間違いなく今の自分の全財産は四万円!
「どういうことだ、誰かが俺の口座から金を不正に引き出し……ん?」
攻介の記憶の隅にほんの二週間前の出来事が蘇った。
特選兵士として初めての給料、嬉しさのあまり、攻介は空軍の仲間を引き連れ、連日、やれ宴会だとバカ騒ぎに興じたのだ。
「あ、あれか……チックショー、俺としたことが」
今更後悔しても口座残金が増えるはずもなく、攻介は俊彦共々撃沈するしかなかった。
かといって、このまま徹に出し抜かれるのも我慢ならない。
「……よし、借金しよう」
「……ああ、そうだな。それが一番てっとり早い」
幸いにも、二人には借りる宛があった。 それは氷室隼人だ。
二人と同様、いやそれ以上の高級取りであろう友人。おまけに気前もいいときている。
隼人なら大金だろうが気持ちよく承知してくれる、そう確信し意気揚々と隼人を訪ねた俊彦と攻介だったが、計画は早くも頓挫した。














「隼人様でしたら公務にて来週まで北米に外遊されてます」
隼人の部下はあっさり言ってくれた。 帰り道をとぼとぼと歩く二人を無情にも夕闇が包んでいった。
「……隼人が駄目じゃあなあ」
「……仕方ないだろ。仕事で海外じゃあ」
二人は立ち止まり、ほぼ同時に「あのさ……」と言いかけた。
「おまえから言えよ」
「攻介こそ」
「……いや、こうなったら、もう『あいつ』に頼むしかねえんじゃないかってことだ」
「……おい、『あいつ』は隼人と違うぞ。あの親父がついてるんだ。あんまり迷惑かけたくねえし」
「じゃあ、俊彦はこのまま徹に出し抜かれてもいいっていうのかよ!」
「んなわけねーだろ!」
実はもう一人借金の宛があることにはあった。
菊地直人、隼人に引けを取らない高級取りで堅実な男ときている。
ただ、隼人と違い厄介な事情も抱えていた。 一口で言えば家庭の事情というやつだ。 しかし他に借りる宛などない。














仕方なく、重い足取りで二人は直人の職場を訪問した。 幸いにも直人の義父は不在だった。
「金?」
直人は胡散臭そうな目で二人を見た。
特選兵士ともあろう者が借金の申し込みをするほど金に困っているなんて、確かに妙だと思われても仕方ない。
「頼む直人、百万ずつでいいんだ!」
攻介は直人を拝んだ。
「……それとも、おまえの金ってやっぱり親父さんが管理してるのか?だったら、無理かな?悪かったよ、この話忘れてくれ」
「俊彦、おまえ何いってんだよ!なあ、直人、来月の給料で必ず返す。何だったら給料差し押さえの手続きしてくれてもいいぜ。だから――」
「ああ、わかった」
もう一押し迫ろうとしていた攻介は一瞬きょとんとした。


「おまえたちなら信用できる。そのくらいの金だしてやっていい」
俊彦と攻介の表情が一気に明るくなった。
「あ、ありがとう直人!金は利子つけて必ず返す!」
「俺は金貸しじゃない。そんなもの必要ない。ただし、だ」
直人が発した最後の言葉に、天まで昇る心地だった俊彦と攻介は一瞬で強ばった。
「た、ただし?」
俊彦はオウムのように繰り返した。
「何に使う金か説明してもらおうか。俺はくだらないことには一円も出すつもりはないぞ」
「くだらないことって……?」
攻介がおそるおそる尋ねた。
「そうだな。例えば女に貢ぐとか」
足下が崩れ奈落の底に引きずりこまれる感覚が俊彦と攻介を襲った。 天国から地獄に真っ逆様とはこういうことなのか?


言葉に詰まった二人に、直人は全てを察したのかため息をついた。
コンコンとドアをノックする音がやけに高く部屋に響いた。
「入れ」
直人の部下がドアを開け、一礼すると入室してきた。
「直人様、例の逃亡犯ですが、どうやら第二首都の地下街に逃亡したようです」
「あそこは確かくだらんバトルが盛んだったな」
「はい、明日には恒例の大規模な総合格闘技大会が開催されるようですし、もしかしたら賞金目当てで逃げ込んだかもしれませんね。
莫大な優勝賞金ですから、きっと逃亡資金にあてるつもりですよ」
莫大な優勝賞金!その魅惑的な響きに攻介は思わず身を乗り出し「いくらだ!?」と叫んでいた。


「さあな、俺も詳しくは知らん。ただ、百万、二百万なんてはした金じゃないことは確かだ。
悪趣味な金持ちが常連客として名を連ねる非合法な大会で、無敗のチャンピオンにトーナメント戦を勝ち抜いた挑戦者が挑む方式らしい」
攻介はすでに目を輝かせていた。それは俊彦も同じだ。
無敗のチャンピオンだか何だか知らないが、所詮は素人ではないか。
戦闘においてはプロ中のプロである自分たちが負けるはずはない。
自惚れではなく確実な確信なのだ。
もちろん、軍人の、それも士官たる自分たちが地下街の闇試合などに参加など、公にやれば上官の小言だけでは済まないだろう。
すまないが、要はばれなければいいのだ。


二人の思惑を察した直人は静かに言った。
「やめておけ。チャンピオンは常に挑戦者を血祭りに上げ、公然の殺人現場と化してるそうだぞ。
おまえたちが負けるとは思えないが、挑戦者の勝利を主催者が許すとは思えん。
どんな汚いことをするかわかったもんじゃない。 大事になれば上にばれる。そうなったら、俺は一切かばってやれん。
それどころか俺がおまえたちを拘束することになるかもしれない」
「わ、わかった、わかったよ、直人。そう睨むなって」
俊彦は半ば強引に攻介をひっぱるように直人の執務室を後にした。
「おい、俊彦。俺はやるぞ」
屋外に出るなり攻介は切り出した。
「おまえ直人の忠告全然聞いてないだろ」
「じゃあ、おまえはやらないのか?」
「そういうわけにはいかないよな。まあ十分注意していこうぜ」
善は急げ。二人は、早速、地下街に向かった。














「いやぁ、君たちのように若くて生きのいい挑戦者が参加してくれて嬉しいよ」
大会マネージャーはニコニコと応対してくれた。
「何しろチャンピオンが強すぎる上に気性が荒いから毎回毎回必ず血の海になるって噂が流れてしまってね。
最近はめっきり自分から参加しようって者がいないんだ。
今じゃ、借金背負って無理矢理ヤクザに参加させられたり、裏の組織の裏切り者が売られてとか。そんなのばかりだ」
ちょっと聞くだけでまともとは程遠い大会だとつくづく理解できる。
それにしてもチャンピオンは相当な強者らしい。おまけに超がつくほど残忍な冷酷人間ときてるようだ。
「ちなみにチャンピオンの戦績は?」
「うちのチャンピオンのタローは45戦無敗だぞ」
なるほど文句のつけようがない。
「チャンピオンは年いくつだよ」
マネージャーではなく、その付き人が「確か今度の誕生日で八歳かな」と呟くように言った。
マネージャーが慌てて「バカもん!」と怒鳴り、付き人は「じゅ、十八歳だった」と訂正した。


「「……八歳?」」
俊彦と攻介は疑惑に満ちた目でマネージャーを凝視した。
数十秒後、二人は踵を返し「帰るか」「ああ、そうだな」と呟くように言った。
「待て!君たち何か誤解してないか?」
マネージャーが制止をかけた。
「誤解も六回もあるか!八歳で45戦無敗のチャンピオンなんて考えられる可能性は一つしかないだろ!
そいつは人間じゃなく猛獣、それも熊かライオンってオチに決まってる!」
「でもって、格闘技試合とは名ばかりで人間が無惨にいたぶられるのを悪趣味な金持ち野郎たちが見物する単なる殺戮ショーだろ!!」
二人の鋭い指摘にマネージャーはゆっくりと「……熊でもライオンでもない。虎だ」と低い声で言った。
「そりゃ無敵のチャンピオンだろうな」
「道理で人が死ぬわけだぜ」
もはや関わり御免とばかりに、さっさと歩きだした俊彦と攻介の前に、お約束とばかりに黒いスーツに身をまとった三下軍団が立ちはだかった。
「今更棄権などできないのだよ。潔くタローの遊び相手になってもらう!」
マネージャーの合図で黒スーツたちは一斉に飛びかかってきた。
数分後には阿鼻叫喚の地獄図絵が出来上がり。
愚かにも特選兵士に喧嘩を売った馬鹿集団は半殺しで床にのび、マネージャーはガクガクと震えながら「許してください、ね!ね!ね!」と必死に懇願。
もはや怒る気にもなれず、俊彦と攻介は臨時収入の宛がはずれた事に意気消沈しながら帰宅の途についた。














「……あーあ、万策つきたぜ」
「……これでまた徹と差がついちまうなあ」
神様は不公平だ。ただでさえ徹は女受けする顔と愛想の良さを持っている。
例の性格の悪さもには決して向けず、その態度は常に優しく良識的だ。少々強引なところはあるが。
「あー!もう悪魔でもいいから助けてくれよー!!」
攻介は叫んだ。心の底からの叫びだった。
「呼んだかい?もっとも僕は悪魔ではなく美の天使だけどね」
聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
澄んだ綺麗な声色だが、攻介にとっては嫌いな声。それは俊彦も同様だ。


ゆっくりと振り返ると、立花薫が欺瞞に満ちた美しい笑顔をこれでもかと披露していた。
「……何の用だよ、薫。俺たちは今、頭にきてるんだよ。ほっといてくれ」
「大金が必要だって聞いたよ」
「はぁ!?何で、おまえが知ってんだよ!!」
「何でって、君たち直人に金の無心をしたんだろ。彼の部下たちの噂話をちょっと小耳に挟んだのさ。
迂闊だなぁ、国防省は僕のテリトリーだってこと忘れたの?」
確かに迂闊だった。うなだれる二人に薫はある提案をした。
「僕が貸してあげてもいいよ」
「「は?」」
薫が女に金を貢がせることは知っているが、貸し出すなんて攻介も俊彦も想像すらしたことがなかった。まして男相手になんて。
もちろん好意のはずはない。


「……さてはとんでもない利子つけようって魂胆だろ」
俊彦が指摘すると、薫は悪びれもせず「ご名答」と返した。
「何、君たちの給料日まで待ってあげるよ。仮にも特選兵士の君たちが、たかが百万単位の借金で首がまわらなくなるなんてことないよね?」
「あったり前だ!出してもらおうじゃないか!」
攻介は簡単に挑発に乗った。
「待てよ、攻介!相手は薫だぞ、金に汚いってことじゃプロの高利貸しなんかより数段上の糞野郎なんだぞ!」
「ひどい言われようだなあ。いいんだよ俊彦、嫌なら借りなくても。 でも、いいのかい?徹にこれ以上差を付けられても」
「……うっ」
「ただでさえ君たちは徹に踏み台にされまくってるじゃないか。このまま負け犬のまま終わるのかい?僕はかまわないけど」
薫は的確に痛いところをついてくる。
「僕も多忙の身だ。決断するなら早くしてくれ。愛する人が徹の魔の手に落ちるのを指をくわえて見る覚悟をね」
とどめの一言だった。
「……わかった。貸してくれ」
「やっと素直になったね。快く僕は救いの手を差し伸べてあげるよ。ただし――」


「利息は十一だけどね!」


「と、十一だぁ!?つ、つまり十日ごとに元金の一割の利息……お、おまえなぁ、いくら何でも強欲すぎるだろ!!」
「何言ってるんだい。僕なら愛する女性の愛を得るためなら百億円でも安いと思うけどね。それとも、にはそんな価値はないって言うのかい?」
「あるに決まってんだろ!はそんな安い女じゃないんだ!!」
「決まりだね」
こうして俊彦と攻介はあっさり薫の術中に落ちた。














もやもや感こそ残ったが、それでも二人は翌日宝石を購入した。
女の子の喜びそうな美しいアクセサリーを眺めていると二人は満足感すら味わえたのだ。
、喜んでくれるかな?」
「俺たちの株もぐっと上がるな」
の笑顔を思い浮かべ、その日、二人は眠れぬ夜を過ごした。
そして、あっと言う間に数日が過ぎ、ついに勝負の日はやってきた。
のマンションまで来ると、すでに身なりを整えたがエントラスでにいた。
幸い、徹の姿はどこにもない。


!」
思わず大声で名を呼ぶと、は少し驚いたものの笑顔で応えてくれた。
「こんにちは、どうしたの二人とも?」
「あ、あのさ……今日は特別な日なんだってな。徹から聞いたよ。だから、これ……!」
俊彦と攻介は、ほぼ同時にプレゼントを差し出した。
「……これ、もしかして今日の為に?」
「ああ、気に入ってもらえるかわかんねーけど、真心だけは込めたつもりだ」
「何たって、今日は特別なんだ。喜んでくれると嬉しいけど」
「……そんな、せっかくのプレゼントを喜ばないひとなんていないわよ」
その言葉が聞きたかったと言わんばかりに、俊彦と攻介の表情は和らいだ。
「きっと、喜んでもらえるわよ」
この意味不明な言葉を聞くまでは。
「「……は?」」


『喜んでもらえる』?
その言葉はおかしくないか?

混乱する二人、しかし考えをまとめる前に、「に何の用だい?彼女は今日一日俺の貸し切りだよ」と忌々しい声が耳に届いた。
「と、徹……てめえ」
最初に臨戦態勢に入ったのは攻介だった。
「待って徹、誤解よ。二人ともあなたのこと祝福してくれているのよ」
「「……」」
今度は俊彦も攻介も言葉すら出なかった。
「ほら、見てこれ。今日のためにプレゼントまで用意してくれたんだから」
先ほどに手渡したプレゼント。中身はもちろんに似合いそうなアクセサリーだ。 それを手に入れるために、あの薫にまで頭を下げた。
その大切な真心こもった贈り物を、なぜ、今、徹が手にしている?


「あ、あの……、今日はその……」
攻介が尋ねる前に、すべてを察した徹が「俺の昇進祝いをありがとう」とほざきやがった。
「「……昇進……だと?」」
「特別だからね。だからも今日一日、俺につきあってくれるんだ。でも、まさか君たちにまで祝ってもらえるとは思わなかったよ」
徹は全てを見透かした表情で得意げに言った。
「……ちょ、ちょっと……待てよ徹」
「お、おま……おまえ……」
二人がしどろもどろにものを言いかけると、徹はに聞こえないようにそっと小声でささやいてきた。
「俺はの誕生日なんて一言も言ってないよ」
圧倒的絶望感が俊彦と攻介を貫いた。


確かに徹は特別な記念日と言ったが、の誕生日とは言ってない。
二人が勝手に勘違いしたと言えばそれまでだ。
それまでだが、騙された!という強い思いが暗雲のように二人の心を覆い尽くした。
の為にと必死になって、よりにもよってあの薫から借金までしたのだ。
そうだ、借金だ!それも十一の!
なぜだ、なぜ俺たちが徹なんかの為に、あの薫に十一の借金しなくちゃいけないんだ!!


「ああ、そうだ。せっかくだから、このプレゼントはありがたくもらっておくよ。中身は見なくても想像がつく。
俺には不要の物だろうから、ネットオークションにでも出品させてもらうよ。
俺との次回のデート代の足しくらいにはなると思うよ」
攻介と俊彦は怒りで声も出なかった。
「じゃあ俺たちは行くよ。本当にありがとう」
忌々しいくらいの笑顔を披露して、徹は を高級車の助手席にエスコートすると、さっさと去ってしまった。

こうして苦い思いと借金だけが残った秋の空だった――。




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