今や俺は特選兵士だ。しかも殺人許可証を持つ諜報部員。
水島や薫も持つことが許されなかった肩書きを手に入れている。
輝かしい栄光の経歴だったが、直人は幸せを感じたことはない。
あるのは仕事に対する誇りと責任だけ。
それが今の直人の全てだった。
鎮魂歌―菊地直人Ⅴ―
「どうした伴野?」
大切なミーティングだというのに部下の様子がおかしい。
「何でもありません。ところで……少尉」
伴野は意味ありげに直人をみつめてきた。いや伴野だけではない、部下達全員だ。
「どうした貴様等?」
どうやら部下達がおかしい原因は直人にあるようだ。
「……早紀子嬢の事ですよ。どうするんですか?」
直人は露骨に顔をしかめた。部下達は一斉に視線を泳がしている。
「何が言いたい?」
「……少尉がその気なら俺達は墓場まで秘密をもっていきますよ」
常に直人のそばにいるだけあって、部下たちは直人の本心に敏感だった。
伴野に続いて蓮まで「少尉の将来の為に消えてもらった方がいいんじゃないですか?」と、きっぱり言い出す始末。
誰もが直人が早紀子を煙たがっている事をわかっている。
いや煙たがっているどころか嫌悪し邪魔に思っているレベルだと気づいている。
「おまえら俺に不正をやれというのか?」
部下たちは黙り込んでしまった。これ以上、直人を刺激するべきではないと悟ったらしい。
ただ一人、美紀彦だけは違った。
「局長から内密で指令がくだったんですよ」
「親父から?」
義父は会議を終えるまでに結論を出せと指示していた。
時計を見ると終了予定時間を十分も過ぎている。しかし命令が発令されていたなど初耳だった。
「緊急の任務命令を出すから、すぐに現場に向かえと」
直人はぴんときた。そして、これは自分の判断の遅さのせいだと自己批判した。
自分がはっきりしないから義父が独断で事を決めたのだ。
直人にはすぐに任務につき、早紀子の誘拐そのものを『知らなかった』と、言うことですまそうという腹だ。
「親父は局長室か?」
「いえ、局長は午後からは休暇をとっていますので」
「親父が休暇?」
「毎年の事ではないですか」
ああ、そうか。確か、親父の弟や部下がテロリストに殺されたってのは、この時期だったな。
だから仕事の鬼の親父も毎年この時期だけは休暇を取る。
直人は「出掛けてくる」と言い残し、颯爽と上着を羽織ると姿を消した。
「何のようだ直人、任務命令を出しておいたはずだぞ」
義父は振り向きもせずに淡々と言った。
今、二人が立っているのは国防省墓地。
国防省関係者の墓標がずらりと並んでいる。
義父の弟や部下達も、この場所で永久の眠りについていた。
義父がじっと見つめている墓は佐竹のものだ。
遺族が遺骨を引き取る事も検討されたが、殉職と輝かしい経歴を考慮して、ここに埋葬されている。
「親父、本部長はどうしてこんな仕事を選んだんだ?」
二年前には決して口にできなかった質問。しかし今の直人は、もうヒヨッコではない。
「随分な言い方だな直人」
「佐竹さんが本来送れるはずだった裕福で穏やかな人生に比べたら他に言い方はないだろう」
義父は相変わらず振り向かない。
その背中は、いつもの非情で厳格な男のものとは違って見えた。
「私の父が言っていた。佐竹さんは国防省を探るために入省したのだと」
直人は露骨に表情を歪ませた。探るとは穏やかではない。
「スパイってことか?」
「そこまで大層なものじゃない。ただ、ある家と国防省の関係が良好か知りたかったらしい」
「本人に確認したのかよ?」
「するわけないだろう。どこに物的証拠があるというんだ」
義父は語った。佐竹の家は代々ある特殊な家に仕えていたと。
その家はかなりの権門で総統家ですら一目置く存在だったらしい。
佐竹は、その家に対する忠節の為に入省したものの、最初は水が合わず、すぐにやめるつもりだったとか。
実際に結婚した前後に妻の一族がしきりに退職を勧めていたらしい。
「だが、嫌々やっていた仕事に、いつの間にか愛着が沸いたらしくてな。
家族を捨ててでもやりたくなった。この世界に長く残っている人間には、よくある事だ」
義父はいったん言葉を止めた。何か躊躇しているようにも見えた。
しかし覚悟を決めたのか再び話を再開させた。
「ある年の暮に爆弾テロが起きた。
断っておくが二年前におまえが潰した組織とは比較にならないレベルだったぞ」
直人は直感で、それは義父の人生を変えた西園寺紀康の組織との戦いだと悟った。
そして、それは正しかった。
「私の弟も部下も襲われた、家族と一緒にいるところを狙われた奴もいる。
すぐに部下達に警告を出したが連絡が取れなかった者もいた。
私と佐竹さんは手分けして部下達を探した」
佐竹が、その中の一人を発見したとき声をかける暇もなく爆発が起きた。
しかも彼は一人ではなかった。女と幼い子供を連れて歩いていたそうだ。
若さゆえか、彼は危険な仕事だけに情熱を傾けていた。
そんな男に、恋人と子供なんて不似合いな存在がいるとは佐竹は夢にも思っていなかった。
一瞬の閃光の後に発生した嵐のような爆風の後、瓦解したビルの壁が子供に襲いかかっていた。
佐竹は反射的に走っていた。そして爆風と瓦礫の雨から幼子を救った。
「危機一髪だったそうだ。状況も理解できず、ただ震えていた子供を見て思ったそうだ。
『俺がこの仕事をやっていたから、この子は死なずにすんだ』と。
その瞬間、自分の天職は、この危険な世界にあると悟ったと言っていた」
義父は白いバラを弟の墓に供えた。
「この仕事から離れられない理由を最初からわかる奴なんていない。
私も今でも答えはでないんだ……最後までわからないかもしれないな」
嫌な仕事だ。いつどこで死んでもおかしくない死に神との二人三脚の人生。
それでも、そこで生きるしかなかった人間は確かに存在している。
「私は弟には厳しくしていたつもりだっった」
義父の声は微かに震えているようでもあった。
「この世界で生きるなら俗世間の幸せはないと思えとたたき込んでいた。
それでも、この馬鹿は私の教えに背き、結果自分も死んだ」
「……親父」
「私は甘かった。二度と後悔はしない」
「だから、おまえには一切甘えは許さん」
それは直人に向けた言葉を装っていたが、義父が自分自身に言い聞かせている事は明白だった。
「親父、あの小娘の件を長官に内密に報告してくれ」
義父は、ゆっくりと振り返った。
「あの娘を助けるのか?おまえにとって百害あって一利もない存在だぞ」
「私利には走らない。それが殺人許可証を所持する特別諜報部員の絶対条件だ」
義父は長い沈黙の後、「任務は取り消しておく」と簡潔に言った。
「……損な性分だな直人。私の弟に、おまえの半分でも――」
その先の言葉はなかった。
「すぐに片づけろ」
その口調は普段の厳格な義父のものに戻っていた。
直人もあえて途切れた台詞の続きは聞かなかった。
今日は義父にとって特別な休暇だ。
死んでいった弟や部下達との会話の邪魔をする気など直人には一切なかった。
「た、助ける?本気ですか少尉?」
「せっかく向こうから殺してくれるって言ってるんだよ」
部下達は驚いていた。
しかし美紀彦だけは予測していたらしくA4サイズの封筒とDVDを差し出してきた。
「早紀子嬢の最後の足取りを調べておきました」
「ご苦労」
直人は書類に目を通し、すぐに眉を潜めた。
「……おい冗談じゃないだろうな?」
「少尉も、そう思いますか?」
部下達は意味がわからず、きょとんとしている。
直人はDVDを再生するように命じた。
早紀子の通っている金持ち学校の門に設置されている定点カメラが捉えた映像だ。
早紀子に一人の男が近づいている。年齢は直人とそう変わらない。
深々と帽子をかぶっており顔は、はっきりとはわからない。
しかし直人は、その背格好に見覚えがあった。
「……尾崎、画像処理はしてあるんだろう?」
「はい、これです」
コンピュータで鮮明になった男の顔に部下達はいっせいに「あっ」と叫んだ。
「まあ、では直人さんは要求に応じてくださるんですね」
「そうそう。やっぱり菊地さんは早紀子ちゃんの事をちゃんと愛していたんだよ」
「はい。私、直人さんを信じていました」
愛らしい笑顔の早紀子に寿はちょっと複雑な気持ちだった。
(いいんだ。好きな女の子の役に立てるんだから……)
ちょっと泣きたいけど、これが男ってものだと寿は心得ていた。
「じゃあ手はず通り終わらせよう」
実は早紀子誘拐事件など最初からなかった。
全ては早紀子のファンである寿が企てた狂言だったのだ。
事の起こりは半月前。
寿は早紀子のプログを欠かさずチェックしていたのだが、ある日、とんでもない文章が掲載されていた。
『恋人のNさんが素っ気ないです。私が誘拐される度に不機嫌になってるんです。
何か気に障る事があるみたいで……心配で夜も眠れません』
寿は熱狂的ファンとして、早紀子とはチャットで相談に乗るほど理想的な関係となっていた。
『大事な女の子が誘拐されたんだ。ご機嫌斜めになるよ』
寿は励ました。
『私も最初はそう思いました。でも直人さんは別のことに怒ってるみたいなんです』
『別のこと?』
『直人さんの部下の蓮君って方がすっごく怖い顔して言うんです。あんた、いい加減にしなよ、って』
『何、そいつ?』
『私も初めて知ったひとで、よく知りません』
早紀子はひとの顔を覚えるのが苦手だった。
だから直人のそばで自分を睨みつける蓮の存在に気づいてなかった。
今回、話しかけられて、やっと蓮を知ったのだ。
『少尉はあんたに腹立ててるんだって言うんです。私、何のことだか身に覚えなくて困ってるんです』
『何だよ、そいつ。早紀子ちゃん、気にする事ないよ。少尉が怒っているのは誘拐犯に対してだよ。
かわいい早紀子ちゃんに頭にくるものか』
『ありがとうミッキーさん』
ちなみにミッキーというのは寿のHNだ。
ディズニーマニアである早紀子の気を引くために名乗っている。
『でも気になって……直人さんの本心が知りたいです』
これは難しい注文だ。他人の心ほど計れないものはない。
まして相手はポーカーフェイスを得意とするプロの諜報部員。
それでも寿は考えた。
考え抜いた末に『早紀子ちゃんが危険な目に合えば彼氏の気持ちわかるんじゃない?』と、言ってしまった。
ほとんど、その場しのぎに出た言葉だったのだが早紀子はすっかりその気になってしまったのだ。
こうなった以上、やるしかない。寿は早紀子に狂言誘拐を提案した。
本当に早紀子を大切に思っていれば、きっとなりふりかまわずに犯人の要求を飲むだろうと説明。
早紀子は大喜びで乗ってきた。
後は直人が犯人の要求を飲むと返答してくれさえすればいい。それで早紀子は満足するだろう。
実際に早紀子は愛らしい微笑みを振りまきルンルン気分だ。
目的を果たした以上、誘拐ごっこはもう終了だ。
「じゃあ送るよ」
早紀子を最寄りの駅に送り、そこで作戦は終了する――はずだった。
突然、ドアが破壊されるなどという予定外のアクシデントが起きなければ。
「な、なんだぁ?」
寿はびくっと全身を強ばらせた。反対に早紀子は「まあ何かしら?」と首を傾げている。
逆光でよくみえないが人影があった。
「誰だよ、おまえ。こんなことしていいと思っているのか!」
寿は怒鳴りつけた。この作戦の為だけに借りた一週間契約のアパート。
修理代が加算されたら、寿にとっては痛い出費になる。
「貴様こそ、やっていいことと悪いことの区別もつかないのか?」
寿はぎょっとなった。未だ顔は見えないが、その声には聞き覚えがあったからだ。
男が近づいてくる。寿は腰が抜けたように、その場にへなへなと尻餅をついた。
「まあ直人さん!」
男の顔を確認した途端に早紀子は驚嘆の声をあげた。
「……何を考えているんだ」
直人の声は異様なほど低かった。
寿にもわかった、直人がこれでも怒りを抑えていることに。
「どうして、ここがわかったんですか?江崎さんは何一つ証拠を残してないって言ってたんですよ」
「……証拠は残してない?」
直人が寿に視線を移してきた。その目には侮蔑の色が濃く表れている。
「本当にそう思っているのか?」
「……は、はい。俺も一応科学省期待の兵士ですから物的証拠を残すなんてマネは……」
直人は寿の髪の毛を鷲掴みにした。
「定点カメラにばっちり写っていたんだよ。貴様の馬鹿面がな」
「え、ええっ!?」
寿は仰天した。うぬぼれではなく、心底自分にミスはないと思っていたらしい。
直人は怒りを通り越して呆れ果てた。
「ねえ、江崎寿って奴、少尉に殺されると思う?」
直人は尾崎だけを連れて現場に向かっていた。残された部下達は少々危険な井戸端会議に花を咲かせている。
「さあねえ。でも尾崎さんだけって事は殺るかもよ。生き証人は少ない方がいいもんな」
伴野は銃の手入れをしながら呟くように言った。
「ついでに、あの綿菓子女もやっちゃえばいいのに」
「おまえ何て事を!壁に耳ありだ、そんな嬉しい事言うんじゃあない!」
「ちぇっ」
「なるほどねえ。つまり、君は早紀子さんの為に法を犯したんだね。泣かせるじゃあないか」
尋問は尾崎が行っていた。
直人が行えば、いつ何時感情のスイッチが入って寿の息の根を止めてしまうかわからないからだ。
「ええ、そうなんですの。江崎さんは私の為を思ってくださって。本当に優しいひとです」
早紀子は尾崎の嫌みを額面通りに受け取り笑顔すら振りまいている。
反対に寿は早紀子のように脳天気にはなれず、今にも倒れそうなほど青ざめている。
「早紀子さん、少尉は多忙な方です。その少尉の足を引っ張るマネをして何か感じる事はありませんか?」
尾崎はあえてきつい言い方をした。
少し厳しいくらいでなければ、こののほほんとしてお嬢様には通用しないと思ったのだろう。
早紀子はきょとんと首を傾げた。
「江崎さんは誰にも迷惑かからないようにするっておっしゃってくださいましたけど」
尾崎は額を押さえ頭痛のポーズを見せた。
「全然わかってないようですね。はっきり言いますが」
尾崎は言葉を止めた。窓際で、ただ外を眺めていただけの直人が近づいたからだ。
立ち上がり心配そうな視線を投げかけてきたが、直人の堪忍袋も、すでに限界だった。
「早紀子さん」
「はい?」
直人の口調は冷たかった。早紀子もさすがに空気を読んだのか少し神妙な面持ちになっている。
寿などがたがたと震えていた。
直人は殺人許可証を提示しながら早紀子の襟を乱暴につかんだ。
早紀子はびっくり仰天だ。
尾崎は「少尉、落ち着いて!」と直人の腕や肩を鷲掴み、寿は白くなっている。
「一度しか言わないからよく聞け。
遊び半分の狂言なので大目に見て下さい、などという弁解は諜報部員には通用しない。
自分が何をしたのか、さっぱりわかっていないようだが、これは立派な犯罪なんだ」
直人は殺人許可証を、さらに早紀子の眼前につきだした。
「俺には上の許可を取らずに、全てを片づける権限がある」
それは恫喝だった。
二度目はない、次は処刑してやると、。直人は宣言したのだ。
寿は腰が抜けたように、へなへなとその場に尻餅をついた。
「貴様もわかっているだろうな?」
完全に力が抜けた寿だったが、高速で何度も頷いた。
「やあ直人」
一週間後、直人が任務を完了し国防省のレストランで昼食をとっていると嫌な奴がやってきた。
そして直人の許しもなく向かいの椅子に腰掛けたのだ。
「何の用だ薫」
女性職員達が遠巻きにうっとりとした視線を向けてくる。
社交的で愛想のいい美少年・薫はニコニコと手を振って彼女達に応えた。
「一生、ここで手を振ってろ」
薫が笑顔で近づいてくる時は、大抵慇懃無礼な嫌がらせをするためだ。
そんなお遊びにつき合ってやる気はない。
早々に立ち去ろうと腰を上げると、薫は「聞いたよ」と意味ありげな言葉を吐いた。
「何のことだ?」
「早紀子さんは素直な子でね。僕の彼女にぺらぺらと相談事を持ち込むんだよ」
薫の意図が判明した。美鈴を介して薫に例の狂言誘拐が知られてしまったのだ。
「早紀子さん、悲しんでたそうだよ。もしかしたら君を怒らせてしまったかもしれないってさ」
直人は眉をひそめた。
かもじゃない、完全に激怒したのだが、あの小娘にはそれが把握できてないらしい。
「そう怒るなよ直人、それもこれも恋する乙女ゆえのイタズラじゃないか」
「俺はイタズラにつき合ってやれるほど暇じゃない」
薫は自慢の巻き毛を指先でくるくるといじりながら、さらに笑みを浮かべた。
「でも悪いのは君じゃないか」
「何だと?」
「君の愛し方が足りないから早紀子さんは不安になってしたことじゃないか。
僕なら恋人にそんなマネはさせないよ。君の落ち度さ」
直人の眉が歪むのをみて薫は得意げになって話を続けた。
「あんな可愛い子のどこが不満なんだい。僕にはさっぱり理解できないよ。
正直いって君の立場がうらやましいくらいさ。
美鈴は年上なせいか口うるさくてね。浪費はするな、遊ぶ時間があったら資格をとれって」
直人は無表情になった。
嫌味など効果ないというポーズだったが、薫は止めず、さらに流暢に言葉を続けた。
「僕は仕事柄パーティーの招待が多いんだよ。先日も金持ちのマダムから招待状が届いたんだ。
ところが、ある代議士から同じ日に招待されてね。どっちか選ばなきゃいけない。
マダムのサロンは華やかで女性も大勢。きっと楽しいさ。
反対に代議士のおじさん連中の集まりなんて政治や経済なんてつまらない会話につき合わなきゃあいけない。
僕はマダムのパーティーに行きたかった。でも美鈴が反対するんだよ。
『将来を考えて政治家や実業家と親しくなっておくべきだわ。お遊びなんか後回しよ』って。
僕は青春真っ盛りなんだよ。遊びを優先しなくてどうするのさ。
早紀子さんなら、美鈴みたいな口うるさい事は言わないよ。いっそ交換して欲しいくらいさ」
「だったら、さっさと交換してくれ」
「……え?」
薫の口元が一瞬ひきつった。
「交換してくれるんだろう?」
「い、いや……だから美鈴は口うるさくて……早紀子さんは従順で文句なんか言わない子じゃないか」
「俺は口うるさいくらいの女が好きなんだ。利害一致だな薫」
直人は真っ直ぐ薫の目を睨みつけてやった。
「羨ましいんだろ?おまえと意見が一致するのは初めてだな。お互い幸せになろうじゃないか」
「……」
ついに薫は無言になった。
しばらくして、「用事を思い出したよ」と、さっさと立ち去ってしまった。
「根性なしめ」
直人は半分本気だった。
「これでわかったか。俺には独断で貴様等を処刑する権限がある」
四期生達は野獣のような目で直人を睨みつけてきた。
「もう一度言うぞ。俺は貴様等を処刑できるんだ」
国家から認められた特殊すぎる特権を見せつけられ四期生達は納得こそできなかったが理解はしたらしい。
「覚えてろ」と捨て台詞こそ残したものの、拳を納め立ち去ったのだ。
「勇二、おまえもだ」
「……ふざけやがって。夜道にはせいぜい気をつけろよ!」
勇二も立ち去った。野次馬達もショーの終幕を悟り、一人また一人と消えていく。
「行くぞ俊彦」
主演男優も早々に舞台を降りた。
「知らなかった……おまえがそんなもの持ってたなんて」
俊彦は本当に驚いていた。
「でも、だったら、あんな連中、さっさと殺せたんじゃないのか?」
今回は引き下がったが、あの連中が反省などしていない事は直人も十分理解していた。
「これは濫用するものじゃない。口出しするな俊彦」
「わかったよ」
俊彦は素直に引き下がった。
「必要だと俺が判断すれば、誰だろうと、時、場所を問わず使う」
「わかったか晶」
自分には特権がある。それを見せつけてやった相手は勇二や四期生達だけではない。
陸軍内部の抗争を静観しているようで、おそらくは裏で動いている晶も対象だった。
晶の存在に気づいてなかった俊彦は驚いている。
「何だ。気づいていたのか、案外悪趣味だな直人」
「貴様なんかに言われたくない」
「貴様ら陸軍の連中が殺し合おうが俺には関係ない。
だが軍を監視する国防省の人間として法に触れると判断した時は――」
「誰だろうと容赦はしない。覚えておけ」
殺人許可証――国家から選ばれた人間に与えられる特殊で危険な特権。
それを所持する者の条件――頭脳、戦闘能力が卓越している事。そして私利私欲に走らない人格であること。
そして……特権と引換えに、はてしない孤独と危険を背負う覚悟を持つことができる者。
大東亜共和国において、現在殺人許可証を所持している特選兵士は菊地直人、ただ1人である。
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