守るものっていうのは大事な奴のことだろ?
オレにはそんなもの全くなかったんだ。
家庭を省みない親父、男と逃げたおふくろ。
まるでカッコウみたいにオレの家に侵入してきた継母たち。
みんな嫌いだった。
ああ、友達もいたさ。だけど、心の中では気を許してない。
オレはもしかしたら誰も必要としない、誰も信じない。
そういう冷たい人間なのかもしれないと正直哀しい気分にもなった。
でも違った。そう思わせてくれたのはおまえだ。
おまえを守る為なら、オレはなんだってしてやるよ。
Solitary Island―海斗の悲劇―
「聞いた、聞いた!!?転校生が来るのよ、それもイケメンの!!」
瞳が嬉しそうに教室に飛び込んできた。
「ああ、クラマくらい美形だといいなぁ!!」
現実にいるわけないだろ、あんな男!とクラス中の男子生徒誰もが心の中で突っ込んだが、瞳は構わずに続けた。
「それともカヲルくんみたいなイノセントボーイかな。もうドキドキよ」
おまえはゲイが好みなのか!とクラス中の男子生徒誰もが心の中で突っ込んだ。
「おい、おまえら席につけよ」
と、タイミングよく担任の渡辺が噂の転校生と一緒に登場した。
男子生徒たちの視線が一気に強張る。
反対に女生徒たちは嬉しそうだ。期待通りのイケメンだったからだ。
だが、問題はこの後だった――。
「美恵!!」
何と、そいつは自己紹介もせずに走り出していたのだ。
そして、ほんの二ヶ月前に転校してきたばかりの美恵をひしっと抱きしめた。
「……来たぜ。やっぱり、おまえの傍からは離れない、そう決めたんだ」
「……カイ」
それは嬉しい言葉には違いなかったが、クラスメイトたちは、ある者はギョッとして、またある者は怒りモードで、
ある者は面白そうにワクワクしながら、とにかく全員二人を凝視していた。
「……カ、カイ……皆が見てる」
そこでようやく男は状況を察し「あ、悪い。嬉しくって、つい」と頭をかきながら美恵から手を放した
「それにしても本当に久しぶりだな。顔……よく見せてくれよ」
そっと美恵の頬に両手を添え、その顔を表情を懐かしそうに見詰める。
これではまるで映画の中のワンシーンではないか。
だが、これは映画の中ではない。紛れもない現実。それも学校の教室の中での出来事なのだ。
ガタ……。美恵の隣の席に座っていた男がゆっくりと立ち上がった。
「……おい、おまえ。名前は?」
クラスの温度が一気に絶対零度にまで下がった。
「え?」
「……名前だ。聞こえなかったのか?」
「……あ、ああ自己紹介まだだったな。寺沢、寺沢海斗だよ。そういう、おまえは何ていうんだ?」
「……杉村貴弘だ」
「杉村……か。今日からクラスメイトだな、よろしく」
海斗は愛想よくスッと右手を差し出した。
だが相手の男は手を差し出そうとしない。せっかくの好意を無視するつもりなのか?
「オレは左利きだ」
「……あ、ああそうか。悪かったな」
海斗は慌てて左手を差し出した。
「改めてよろしく」
そこでようやく貴弘が左手を差し出し二人は握手をした。
「……つぅ」
途端に海斗の顔が歪んだ。
「おい……力入れすぎ、痛いぞ」
「おまえ天瀬の何だ?」
「え?」
「何なんだ?」
「……な、なにって……友達だけど」
「ふーん……おまえは『ただの友達』を抱きしめた挙句、あんな歯が浮くような台詞をいうのが趣味なのか?」
クラスメイト達は真っ青な顔をして二人を見詰めていた。
そして誰もが思った。『あ、あいつ……気の毒に。杉村さんを怒らせちまった』……と。
ただ洸は(クスクス最高だね。あーあ、ママにもみせてやりたいよ)とワクワクしていた。
「……ああ、そうか。そうだよな」
海斗は思った。確かに自分と美恵の関係を知らない奴から見たら誤解されるよな。
それにしても、どうしてこの男は、こんなに機嫌が悪いんだ?
気のせいなんかじゃない。怒っているようだ。
オレが美恵を抱きしめたからか?
でも、なんでこいつが……あ、もしかして……。
「もしかして、おまえ美恵の彼氏なのか?」
「なんで、そう思うんだ?」
「いや、だって怒ってるだろ?だから……。
それに、おまえハンサムだし、だから美恵とお似合いだなって思ったんだ」
美恵は少々慌てて「カイ、誤解しないで。杉村くんに迷惑でしょ」と否定した。
「え?違うのか?……いい男だから、てっきりおまえと付き合っているとおもったんだが」
「寺沢だったな」
「ああ」
「おまえ命拾いしたな」
殺気が消えていた。
「それから天瀬、オレは迷惑なんかじゃないぞ」
貴弘はさりげなくアピールしておいた。
――数ヵ月後――
「聞いた、聞いた!?転校生が来るのよ、それも超美形なのよ!!」
瞳が嬉しそうに教室に飛び込んできた。
「ああ、ハウルくらいカッコいいひとだといいなぁ!!」
あんな男、現実にいるわけないだろ!とクラス中の男子生徒誰もが心の中で突っ込んだが、瞳は構わずに続けた。
「しかも二人も来るのよぉ!少年ジャンピングに登場するような強くて冷酷非情な美形だったらどうしようっ!!」
おまえは殺し屋に転校してほしいのか?!とクラス中の男子生徒誰もが心の中で突っ込んだ。
「おい、おまえら席につけよ」
と、タイミングよく担任の渡辺が噂の転校生と一緒に登場した。
男子生徒たちの視線が一気に強張る。
反対に女生徒たちからは「きゃぁぁーっっ!!」と歓声が上がった。期待以上の超美形だったからだ。
だが、問題はこの後だった――。
「天瀬、どうした?顔が青いぞ」
貴弘が心配そうに美恵の顔を覗き込んでいる。美恵は少し震えているようだ。そして俯いている。
「よし、じゃあ自己紹介をしようか。じゃあ君から」
渡辺は取り合えず愛想のいい方を指差した。
「佐伯徹です。みんな、よろしく」
ニッコリと微笑んでいる。
その笑顔に女生徒たちは「見た見た?あたしの方見て笑ってくれたわ」「違うわ、あたしよ」と囁きあっていた。
「じゃあ次は君」
「…………」
「聞こえなかったのか?自己紹介だよ」
「……鳴海雅信」
先ほどの美少年とは違い、なんとも無愛想でしかもセミが鳴くような声でぼそりと言ったきり。
これには生徒達は全員どういう反応をしたらいいのかわからず眉をひそめた。
「じゃあ席を決めようか……まずは佐伯は……。ん?おい鳴海っ!!」
雅信が歩き出していた。両手をポケットに突っ込んだまま、ゆっくりと……。
そして美恵の席まで来た。
「……ここでいい」
クラス中がキョトンとした表情で見ている。
「……オレはこの女の隣でいい」
隣の席……美恵の隣の席はすでに貴弘と海斗が座っている。
「……どっちでもいい。おまえたち、どこかに行け」
貴弘がゆっくりと立ち上がった。
「おい、おまえ……オレにケンカ売っているのか?」
「……オレはどけと言っただけだ」
クラスメイト達は真っ青な顔をして二人を見詰めていた。
そして誰もが思った。『あ、あいつ……バカじゃないのか?。杉村さんを怒らせやがった』……と。
ただ洸は(クスクス最高だね。あーあ、ママにもみせてやりたいよ)とワクワクしていた。
「雅信、君が悪いよ。みんなに迷惑だろ?」
もう一人の転校生が割って入ってきた。
「悪かったね。こいつは我侭でどうしようもない奴なんだ」
それから小声で雅信に「バカか、おまえは。問題起こしたことが上にバレたら即転校だぞ」と言った。
それを聞くと雅信は渋々と引き下がった。未練たっぷりの表情で舐めるように美恵を見詰めながら……。
「君にも迷惑かけたね天瀬さん。ああ、それから『はじめまして』」
徹はニコニコしながら手を差し出してきた。
美恵は表情を曇らせながらも「こちらこそはじめまして」と手を差し出し握手に応えた。
「……!」
「じゃあ、これからよろしくね」
「…………」
美恵は困惑したように握手した右手を見た。
手を握った瞬間、小さくたたんである紙切れを渡されたのだ。
誰にも見られないように、こっそり開いてみた。
『長い間、寂しい思いをさせたね。でも、もう大丈夫だ。もう二度と君のそばから離れない。
オレは誓うよ。50年後の君を今と変わらず愛している。取り合えず、今夜君のマンションに行くから待っててくれ』
「美恵、どうしたんだ?」
「何でもないわ」
「何でもないわけないだろ?どうしたんだよ」
「……カイ」
「オレはおまえが心配で転校してきた。だから悩み事があるなら何でも言ってくれ」
「……ありがとうカイ。本当に何でもないの。ただ……今夜は、ちょっと帰りたくない、そう思っただけ」
「何で?」
「……それは」
まさか『貞操の危機を感じるから』などとは言えない。
「……ほら、一人暮らしって寂しいから」
「……美恵」
どのくらい時間が過ぎただろうか?
「……カイ?」
美恵はぬくもりに包まれていた。
「……オレがいるじゃないか」
海斗が抱きしめていたのだ。
「……オレと一緒に暮らさないか?」
「え?」
「オレ決心してたことがあるんだよ。いつか、おまえを守ってくれる男ができるまで……。
本当の家族ができるまで、オレがその代わりをしてやるって……。
擬似家族って奴かもしれないけど、いないよりマシだろ?」
「……カイ」
「それにオレなら身の危険もないし。ゲイと同棲なんておまえの傷にもならないだろ」
「……ありがとうカイ。その気持ちだけで嬉しい」
美恵も嬉しそうに海斗の背中に腕を回していた。それは微笑ましい光景に違いなかった。
ただ――それを、ものすごい形相で見詰めている、いや睨んでいる人間が二人いることを除けば……。
「寺沢くん」
「何だ。え……と、佐伯だったよな?」
「そうだよ。実は君に二人きりで話がしたいんだ」
「オレに?」
「ああ、ここじゃなんだから、どこか人気の無い静かな場所でいいかな?」
「ああオレは構わないよ」
「じゃあ、行こうか」
二人は歩き出した。徹はどうやら普段生徒が近づかない校舎裏に向っているようだ。
「なあ佐伯。話って何だよ?」
「ついたら話すよ」
「そうか」
それにしても二人っきりで……て。どんな話だ?
海斗は以前ゲイ仲間に呼び出されたことを思い出した。
もしかして、こいつオレと同じ性癖でオレのこと仲間だと思ってるのか?
やがて二人は目的地に到着した。
「実はオレは今、恋をしているんだ」
「はぁ?」
人気の無い場所に連れ出して、『恋』?……まさか、愛の告白なのか?
そういえば、オレって初恋もまだだけど……佐伯はオレの好みじゃないんだよ。
「愛してると言っても過言じゃない。だから君と話がしたかったんだ」
……まいったな。オレはまだ誰とも付き合うきはないんだ。
今は美恵のことで頭が一杯だし……しょうがない、やんわりことわって……。
「……え?」
海斗は我が目を疑った。突然、徹が自分の胸元を掴んだかと思いきや校舎の壁に押さえ込んだからだ。
「……わかっているのかい?」
その声は、教室で聞いた明るい屈託の無い声ではなかった。
まるで古井戸の底から漏れるような暗く重い声……。
「……わかっているのかって聞いているんだよ」
「……さ、佐伯?」
「オレがこの数ヶ月、彼女を想ってどれだけ眠れぬ夜を過ごしてきたと思っているんだ?」
「……か、彼女?」
「そのオレを差し置いて……『一緒に暮らさないか?』だって……?」
「…………」
「……ふざけやがって」
「このクズ野郎がっ!オレを舐めてるのかっ!?
ゲイの分際でオレの女に手を出そうだなんてっ!!
そんなこと許されると思っているのかっ!?この……変態野郎がっっ!!」
「…………」
海斗はポカーンとしていた。おそらく口を開けていたかもしれない。
何?一体何が起きたんだ?
今、オレの目の前にいる男は、本当にあの物静かで優しそうな佐伯徹なのか?
それともオレは夢でも見ているのか?
「……二度とふざけたことが出来ないようにしてやるよ。
そうだな……彼女に手を出すとどうなるか、体に教えて……」
「カイっ!!」
夢を見ているような感覚だった海斗だが(それも悪夢を)その懐かしい声で現実に引き戻された。
「美恵」
徹は美恵の姿を見ると「……チッ」と舌打ちした。
そして「……命拾いしたな。いいか、彼女に告げ口したら承知しないからな」と捨て台詞を残して去っていった。
「カイ大丈夫?何もされなかった?」
「……え?」
「彼に何かされたの?」
「あ、ああ……実は……」
と、言いかけて海斗は言葉を飲み込んだ。
どこからか視線を感じる。それも殺気が込められたおぞましい視線が……。
「……いや、なんでもない」
――放課後――
「……なんだったんだ、あいつは……人間って見かけで判断できないな」
海斗は頭を抱えた。とにかく、二度と佐伯徹とはかかわりあいたくない。その時だった。
「寺沢海斗」
背後から殺気を感じたのは――。
海斗はゆっくりと振り向いた。
「……な、鳴海?」
なんで転校生の鳴海雅信がオレに?何の用があるんだ?
「……話がある。人気の無い場所に行くぞ」
「……え?」
「……そうだな。旧校舎がいい……付き合え」
旧校舎……確か来月には取り壊すから誰も近づかない場所。
「……なんで、あんな場所に……」
「……都合がいいからだ」
都合?……都合って……?
「……わ、悪いが……オレ、用事があるから……」
海斗は鞄を持つと全速力で走り去っていった。
「……逃げたか」
雅信は口惜しそうに唇を噛んだ。
「……せっかく道具も揃えたのに」
「止めときなよ」
「……佐伯徹」
「オレもさっき美恵に見付かって止めたんだ。いま奴に手を出せば、間違いなく美恵にばれる。
そうなったら一生嫌われる。それでもいいのかい?」
「……嫌だ」
「だったら我慢するんだね。もっとも奴がこれ以上出すぎたマネをするようなら……」
徹は「フフ……」と軽く笑った。
――いくらでもあるさ。証拠が残らない方法は。
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