ある所に、ごく普通(?)の男性がいました。
そして、普通とは違うかもしれない女性がいました。


二人は、ごく普通の出会いをし
ごく普通の恋愛をし
ごく普通の結婚をしました
唯一、普通でなかったのは……


お子様が、傲慢・高飛車・我侭身勝手・傍若無人なオレ様野郎・貴弘君だったことです。




Solitary Island―杉村家の人々W―




「ちょっと落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いていられるかっ!!おまえは、それでも母親か!?」


「……おい、どうしたんだ?」
たまたま遊びに来ていた杉村夫妻の旧友S氏(仮名)は何事だ?と言わんばかりに質問しました。
「どうしたもこうしたもあるかっ!!!
息子が……貴弘が、貴弘がぁっ」


「もうすぐ午後6時になるっていうのに帰ってこないんだぞっ!!」


S氏は思わず吸っていたタバコを飲み込みそうになりました。
「……まさか誘拐じゃあ……くそっ!!」
「おい杉村。参考までに聞きたい。おまえの息子は何歳だ?」
「小学六年生だが、それがどうしたっ!!」
「……そうか」
「すぐに身代金を用意しないと!貯金だけじゃだめだ。この家や土地を担保に……おい、すぐに銀行に行くぞ!!」
「ちょっと銀行はとっくに閉まってるわよ」
「それがどうした!おまえも来いっ!!この家も土地も車も全部おまえの名義なんだから、おまえも一緒に来るんだ!!」
「おい杉村。参考までに聞きたい。この家の財産は全部夫婦で作った財産だろう?
もしかして全部女房の名義なのか?」
「そうだ。オレのものは妻のもの。妻のものは妻のものだ。だから当然税金も全部オレが払ってるんだ。
だが、そんなことは今はどうでもいいころだろうっ!!」
「……そうか」
「……ああ、もしも貴弘の身に万が一のことがあったら……」


「ただいま」


「おかえり貴弘」
「今日はまいったな。全く世の中生意気な奴が多すぎるんだよ。
……ん?なんだ父さん、何かあったのか?顔色悪いぞ」
「何でもない。それより、その……少し帰りが遅いんじゃないのか?」
「何言ってるんだよ?このくらい普通だろ」
「……そうだよな。さあご飯にしよう」
この時S氏は思った。いつか、こいつ息子のせいで酷い目に合うだろうな……と。














「それで学校で何かあったのか?」
「同じクラスに生意気な奴がいて、そいつが親父の自慢話するんだ。
『うちの父さんは学生時代ボクシングやってて、すごく強いんだぞ』って。
その言い方があんまり嫌味だからオレも言ってやったんだ。
『オレの父さんも学生時代から格闘技やってるんだ。だから、オレの父さんのほうがずっと強いぞ』って」
「……貴弘」


幸せって、こういうことを言うんだろうな……。
涙でしょうゆがよく見えない……。


「ちょっと。それ、ソースよ……何で冷奴にかけてるのよ」
妻が呆れて溜息混じりに言ったが、もはやソース味の豆腐もこの幸せの前では絶妙な味にしか思えなかった。
「だから父さん、今度の日曜日にオレの同級生の前で父さんの実力見せてやってくれよ」
「オレの実力?」
「ああ、オレ言ったんだ。父さんは瓦五枚まとめて割るくらい強いって」
瓦五枚か……結構きついが、まあ死ぬ気でやれば。可愛い息子の為だ、多少の無理をしてもいい。
「ああ、いいぞ」
「そうか良かった。じゃあ5回連続でな」
「……え?」














「……全く、あんたってバカなの?」
真っ赤に腫れ上がった手に包帯を巻きながら貴弘の母は溜息をついた。
貴弘の父はというとベッドに横になり、怪我した左手を妻に預け疲労困憊状態だ。
つまり貴弘の希望通り、五枚瓦五回連続割りをした結果……左手は腫れ上がるわ、おまえに骨にひびが入った。
「……いいじゃないか。何とか成功したんだから。失敗したら貴弘が同級生から嘘つき呼ばわりされるんだぞ。
オレは自分が傷つくより貴弘が悪し様に言われるほうがずっと辛いんだ」
「本当にバカね」
「……オレもそう思う」
「あんたって昔から、そういうどうしようもないところがあったわよね。
知ってる?あんたのそういうところが心配だから結婚したのよ」
「……知ってる。そうでなければ、おまえほどの女がオレと一緒になってくれるわけないからな」
「もう一つ言っておくけど、あんたのそのどうしようもないくらいお人好しな性格。
……あたし子供の頃から悪くないって思ってたのよ」














――二年後――

「ねえ」
「なんだ?」
「最近、貴弘変わったと思わない?」
「何が?」
「学校に行くとき、妙に楽しそうなのよ。以前は、しょうがないから行ってやるみたいな顔してたのに。
……もしかして好きな女の子でも出来たのかしら?」


ガッシャーンッッ!!


「ちょっと、何お茶碗落としてるのよ」
「お、お、お……おま……おまえは何て事を言うんだ!!
貴弘はまだ中学二年生だぞ、恋なんて早すぎる!!」
「何言ってるのよ。あんただって中学生のときに初恋したって言ってたじゃない」
「うるさい!!あれは思春期にありがちなはしかみたいなものだ!!
とにかく貴弘に限って、そんな浮ついたことがあるわけないだろう!!」

「オレが何だって?」

「貴弘……帰ってたのか。いや……なんでもないんだよ」
「それより今日商店街の福引で特賞当てたんだ。三名様熱海温泉旅行ご招待」
「三名様?ちょうどいい家族3人で行けるな」
貴弘の父は年甲斐もなく大喜びだった。














「悪いな
「いいのよ。気にしないで」
と海斗が何か話している。あの二人は妙に仲がいい、いつも一緒だ。
貴弘は気になったのか行動に出た。


「どうかしたのか?」
「杉村。何でもないんだ、実はと旅行に行こうと思ってたんだけど」
空気に亀裂が入るようなオーラを感じ海斗は途惑いながらも話を続けた。
「……で、でもオレに急用が出来て行けなくなったんだ」
「……寺沢。おまえと二人きりで旅行に行こうなんて考えてたのか」
「おい変な想像するのはよせよ。日帰りだよ、日帰り。
は旅行に行ったことがないから、一度くらい行かせてやりたいと思ったんだ」
「旅行に行ったことがない?」
それは貴弘にとっては驚きだったに違いない。
何しろ毎年両親と旅行に行くのが貴弘にとっては当たり前だったから。


「本当に悪かったな」
「いいのよ」
。よかったら、オレと熱海の温泉旅行に行かないか?」
「え?」
「実は昨日福引で温泉旅行を当てたんだ。でも親父に急な仕事が出来て一人分浮いてたんだよ。
勿体無いな、と思っていたところなんだ」














「た、貴弘……今なんて言った?」
「悪いな父さん。今度の旅行留守番しててくれ。お土産買ってくるから。な?」
あまりの衝撃に言葉も出ない父を余所に貴弘は浮かれていた。

この旅行中に必ず親密になってやる。
いずれ母さんとも義理の親子になるんだし、いい機会だから仲良くしてもらわないとな。

「……貴弘。どうして父さんが留守番するんだ?」
「……なんだ、まだ異論があるのか?仕方ないだろ。オレの将来がかかっているんだから」
「将来?」
「ああ、男として息子として嫁姑問題を今から考えておこうと思ったんだよ」
「嫁姑問題……よめぇぇー?!ちょ、ちょ、ちょっと待て貴弘っ嫁ってどういうことだっ!!」
「……うるさいな。はっきり言って父さんのそうところ嫌いなんだよ」
「……!!」

嫌いなんだよ……嫌いなんだよ……嫌いなんだよ……←注意:エコーしている。

心にブリザード。寒くて凍え死んでしまいそうだ……。















「はじめましてです。杉村くんにはいつもお世話になっています。
お言葉に甘えてお世話になります。どうかよろしくお願いします」
さんね。こちらこそ、いつも息子がお世話になって。こんな子だけどよろしくね」
貴弘は浮かれていた。

出だしは順調。二人とも将来は義理の親子になるんだから仲良くしてくれよ。

とりあえず三人は新幹線に。
初めての旅行には本当に嬉しそうだ。連れてきてやって本当に良かった。
貴弘は心底そう思っていた。この時までは――。


じゃないか」


などという声が聞こえるまでは。
「……え?」
どこかで聞いたような声?嫌な胸騒ぎ。
は恐る恐る振り向いた。そして目が合ってしまった!!
反射的に顔をそらしたが、もう遅い。

なんてこと!!こんな偶然酷すぎる!!

「おまえどうしてここに……ははーん、わかったぞ」
その男は新幹線の通路でこともあろうに両手を広げてこういったのだ。
「オレを追いかけて来たんだな。もちろん歓迎するぜ。
やっぱり、あの三下じゃおまえは満足できなかったってことだ。
さあ感動の再会だ。抱きしめてやるから飛び込んで来いよ」
「……ふざけるなよ」
貴弘がゆっくりと立ち上がった。

いきなり登場したと思ったら公衆の面前で、なんてふざけたことをするんだ、この男は。
こんなふざけた奴、生まれて初めて見たぜ。


「なんだおまえは?」
「彼女の連れだ」
「フン、おまえなんかには用はないんだよ。雑魚は下がってな」
「……なんだとっ!!?」
「オレが用があるのはだけだ。理解できたか」
「第一、おまえはの何なんだ?!!!」
「オレ?オレはなぁ……言っちゃっていいのかな?」
は嫌な予感がした。


「オレたちはかつて燃えるような恋に落ちたんだ。一夜だけだったが一生分愛し合って……」


が立ち上がり、「話があるわ!」と、その男の腕を掴むと強引に行ってしまった。
「おいおい、そんなに強引に引っ張らなくてもオレならどこにでもついてってやるぜ」
車両から出るとはクルッと向きを変え男に詰め寄った。


「どうしてあんな出鱈目言うのよ!?」
「出鱈目ぇ〜?オレは真実を語っただけだぜ。
あの三下の嘘に騙されて、おまえの前から姿を消した日からオレはずっと後悔してたんだ」
「……さっきから三下、三下って……あなた本人の前でそれ言ったら殺されるわよ」
「大丈夫だ。あんな奴オレの敵じゃない返り討ちにしてやるさ」
その頃、周藤晶が「……誰かがオレの噂をしている」と妙な胸騒ぎを感じていたのは言うまでもない。
「それにしても……嬉しいな、オレの心配をしてくれるなんて」
どこをどう解釈すればそうなるのよ……相変わらず図々しい男ね。




「おい」
「す、杉村くん……」

せっかく距離をとったのに追いかけてきてる!!

は焦った。
「おまえ、さっきからオレたちの感動の再会を邪魔しやがって何者だ?」
「彼女の同級生だ」
「同級生?なんだつまり『赤の他人』ってやつじゃないか。
そんな奴にオレたちの間に入られるのは迷惑なんだよ。そんなことより……」
男は貴弘の前での手を握り締めた。


「あの三下の薄汚いやり方で引き裂かれてから寂しい思いをさせたな」
「……誰も寂しい思いなんてしてないわ」
「おまえがオレに途惑うのもわかる。オレはおまえの昔の男とはまるでタイプが違うからな。
おまえは今まで本当の男を知らなかったから、あんな五流の男で満足してたんだ。
そんな、おまえにオレは眩し過ぎたんだな。
オレを知ってしまった以上、おまえがあんなつまらない男に魅力を感じなくなったのも同然だ。
おまえは優しいからオレの為に、あの三下を捨てることは辛かっただろう。
でもおまえは悪くない。悪いのはオレだ。
そして、この世で最高の男とめぐりあわせてしまった運命ってやつが悪いんだ。
だから気にするな。オレも一切の過去を捨てる。おまえの為に。
おまえに対する思いは一本道。右折も左折も無い」


「おい……黙って聞いていればゴチャゴチャくだらないこと抜かしやがって」
「……なんだやるのか?」
「やめて杉村くん。行きましょう」


は貴弘を強引に引っ張っていてしまった。
軽薄でキザな男ではあるが、その正体は恐ろしい少年テロリスト。
関わったらどんな目に合わされるか。
「全く……素直じゃないな。ん……」
ジャケットの内ポケットに入れておいた携帯がなっている。

「ああオレだ。そうかわかった、二時間後だな」














「ここがオレたちが泊まるホテルだ」
「落ち着いてて素敵なホテルね」

良かった、喜んでる。

とりあえず三人は仲居に案内されて部屋に。
「疲れたわね。露天風呂にでも行こうかしら」
「あ、私も一緒にいいですか?」
「じゃあオレも行こうかな」
三人は早速温泉で日頃の疲れを癒すことにした。
と、その時……トルゥゥゥ……携帯の着信音、非通知、誰だろう?


「もしもし」
『オレだ
「……どうして私の携帯番号知っているのよ」
『おまえの愛がオレの心を揺さぶったからだ』
「……切るわよ」
『おいおい怒るなよ。それより、おまえどこにいるんだ?』
「言うわけないでしょう。せっかく楽しい旅行に来ているのに」
『……旅行?おい、まさか大東亜ホテルじゃないだろうな?』
「……あなたには関係ないでしょ」
は半ば怒鳴りつけながら携帯を切った。
、どうした?」
「何でもないわ」




「おい!!もしもし、もしもしっ!!」
「おい冬樹。何やってんだよ。それより爆発まであと二十分だ。
あのホテルには政府の高官がお忍びで泊まっている。今は奴を片付けることに全力を……」
「おい!!爆弾をどこに仕掛けたっ!!」
冬樹は仲間の襟を掴み上げると物凄い形相で問い詰めた。
「……ふ、冬樹……?」
「どこに仕掛けたんだっ!?」
「……ひ、非常口……玄関ロビー……大広間……それに露天風呂だ……」














「……貴弘の親不孝者……昔はあんなに可愛かったのに……」

一人で留守番なんてつまらないな……テレビでも見るか……。

とりあえずリモコンのスイッチを押してみた。
『静かな温泉街を襲った謎の爆弾テロは……』
なんだニュース速報か……。
『もっとも被害が大きかったのは大東亜ホテル……』

大東亜ホテル……どこかで聞いたような……。
どこでだったかな……少し考えてみた。

そして……思い出したっ!!


「二人が泊まっているホテルじゃないかっ!!」














「……一体どうなってるんだ?」
「どうもこうもないわ。見ての通りよ。それよりどこも怪我はない?」
「オレは大丈夫だ。母さんとは?」
「大丈夫よ」
「私も」
あれから何があったのかといえば、露天風呂に向っていたの目の前に冬樹が現れた。
そして、突然手を掴んだかと思いきや有無を言わさず走らされたのだ。
『止めて何をするのよ、白昼堂々拉致する気!?』というの悲鳴をを聞きつけ貴弘と彼の母は慌てて声のする方に走った。
そしてホテルの外に出た途端……ドッカァァーンッ!!だ。
その後は救急車やら警察やらが駆けつけ、自分達は旅行者からテロの被害者になってしまったことを知った。


「……ごめん母さん。オレが福引当てたせいだ」
「……何言ってるよ」
「……も悪かったな」
「杉村くんのせいじゃないわ」

(……親父を仲間はずれにした天罰かな……)


「貴弘!!」
三人は同時に振り返った。
「良かった、おまえたち無事だったんだな!!」

誰?服装乱れてるし、おまけに靴が左右バラバラ……慌てて家から飛び出してきたって感じだけど。

「心配したぞ!」
その男は貴弘親子の無事な姿を確認するといきなり二人を抱きしめた。

「ちょっと止めなさいよ。……見られてるじゃない」
「……父さん。いい加減にはなせよ」




お父さん?

は理解した。

ああそうか……ニュース見て、そのまま飛び出して来たんだ。
貴弘はバツの悪そうな表情で困惑していたが、はとても羨ましかった。
お父さん……か。
私にはいないもの……お父さんも、お母さんも……。
いるのは名前も知らない遺伝子提供者と、お金貰って生んでくれた代理母だけ……。
危険な目に合っても駆けつけてくれる親なんていない。
あんな家族なんて……私にはいない。


「……いいな杉村くん……私も家族が欲しい」


「これから作ればいいじゃないか。オレと一緒に」
「え?」
誰かが肩に腕を回し抱きしめてきた。
「オレとおまえと……オレたちの子供で。
おまえに危険が迫ったときはオレが守ってやる。それが家族って奴だからな」
「…………」
「どうした?何か言えよ」
「……あなたの組織でしょ。爆弾仕掛けたの」
「…………」


その男はさすがにあわせる顔が無かったのか風のように去って行った。
は祈った。
もう二度と『感動の再会』というやつが来ないことを――。




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