ある所に、ごく普通(?)の男性がいました。
そして、普通とは違うかもしれない女性がいました。


二人は、ごく普通の出会いをし
ごく普通の恋愛をし
ごく普通の結婚をしました
唯一、普通でなかったのは……


お子様が、傲慢・高飛車・我侭身勝手・傍若無人なオレ様野郎・貴弘君だったことです。




Solitary Island―杉村家の人々U―




美人の妻に愛されて、可愛い息子に恵まれて。この世に、こんな幸せがあるなんて。
幸せすぎて、いつか反動でとんでもない不幸が降りかかってくるのではないかと少々不安な杉村さん(年齢35歳)

「……なあ貴弘」
「何だよ」
「父さんと母さん、どっちが好き?」
「母さん」














「貴弘。おまえ、お父さんに何言ったの?」
「何って?」
「あいつ、部屋に篭って出てこないのよ」
貴弘は溜息をついた。
(……親父は傷つきやすい性格だからな。全く、世話やかせてくれるぜ)
しょうがない……貴弘はドア(両親の寝室の)をノックした。


「父さん、今度2人でどこかに出掛けないか?」
途端に父が満面の笑みをたたえてドアを開けた。
「そうか、じゃあ日曜日に映画でも見に行こう」
「何言ってるのよ。日曜日は休日出勤でしょ」
母が呆れたように口を挟んできた。
「……しかし貴弘がせっかく」
「ああ、その日はオレも用事があるからダメなんだ。来週の日曜日にしてくれ」
「……そうか、それなら仕方ないな」
















――日曜日――

リリリリィィーーンッ!
「もしもし。ああ、すぐに行くよ
貴弘はいつになく明るい笑顔で「じゃあ、行って来る」と出掛けて行った。
「貴弘の奴、随分と嬉しそうだったな」
「そうね」
「友達でも出来たのか?あいつは昔のおまえに似て友達作るのが苦手だろう?
だから心配してたんだ。どうやら杞憂みたいだったようだな」
「失礼ね。でも、ただの同級生だって聞いたわよ。何でも文化祭の準備の為に買い物に付き合うんですって」
「そうか……それにしても、やけに態度が柔らかくなかったか?」
「そうね。いくら、あの子でも相手が女の子だもの」


ガッシャァァーンッ!!


「ちょっと大丈夫?何やってるのよ、お茶碗落とすなんて」
「……今、何て言った?」
「だから文化祭の買い物を」
「そうじゃない!!相手は男じゃないのか?!」
「ええそうよ。くじ引きで決まったって言ってたわ」
「お、お、おまえは相手が女の子だと知っていたのか?」
「だって貴弘がそう言ってたもの」
「それで黙って送り出したのか?……おまえはそれでも母親か!!」
父は立ち上がるとスーツを脱ぎ私服に着替えだした。


「ちょっと、どこに行くのよ!?」
「決まってるだろ!尾行だ、尾行!!」
おまけに双眼鏡まで持ち出している。
「会社はどうするのよ!!」
「有休だ!!」
「……あきれた。あそこまでいくと表彰ものよ」
飛び出して行った夫を見て、貴弘の母は溜息をついた。

過保護というか……溺愛しすぎてるというか……。

「まあ、そこがあいつのいいところなんだけどね」

でも、貴弘にバレたら親子の縁切られかねないわね……。














「……えーと。塩、こしょう、砂糖、小麦粉、バニラエッセンス、しょうゆにソース……これで全部かしら?」
「そうだな。、それもオレが持つから」
「でも杉村くんにばかり持たせたら悪いわ」
「オレがいいって言ってるんだから遠慮する必要は無いんだよ」
「杉村くんって優しいのね」
「そうかな?」
は笑顔でそう言ったが、それは大きな間違いだった。
貴弘は去年も買出し係だったが(美咲と小夜子相手に)、「一番重いものは持ってやるが、おまえたちも持てよ」と冷淡な態度をとっていた。
もっとも貴弘はそれでも気を使ったつもりなのだ。
しかし、いつも家族に甘やかされている美咲にはそのクールさは堪らなかっただろう。
ちなみにB組の今年の出し物は喫茶店だった。
「買い物も済んだことだし、良かったら一緒に食事でもしないか?」
どうでもいいことだが、去年は用を済ませた後、小夜子が「どこかで食事にしない?」と誘ったが、「オレはいい」とさっさと帰っていた。


「文化祭楽しみね」
は本当に楽しそうだな」
「うん、初めてだから」
「初めて?」
「…あ、ごめんなさい。何でもないの」
「そうか。ところでは……誰か好きな相手とかいるのか?」
「…え?」
突然の質問には目をパチクリさせた。
はモテるから恋人の一人や二人いてもおかしくないからな」
「そんな……私は…」
と、言いかけては思わず表情が引きつった。


、どうした?」
「……何でもないわ」
「何でもないって顔かよ。いいから話してみろ」
「何でもないわ。私達をさっきから見ている人がいると思ったんだけど、ただの勘違いだったみたい」
(……オレたちを見ている奴?)
貴弘は後ろを振り向かずに、持っていたナイフに映った背後の人間を見た。そして顔が引き攣った。
、少しいいかな?すぐに戻ってくるから」
そう言うと、そそくさとその場を後にした。














「あ、貴弘が離れた……それにしても、あれが相手の同級生か……。
随分と美人だなぁ。あいつの若い頃に勝るとも劣らない。
貴弘の奴、嬉しそうな態度だったが意外にもメンクイだったんだな……」
フッと視界が真っ暗になった。なんだ?慌てて双眼鏡を下げた。
すぐ前に誰が立っている、見上げて顔を確認した途端体内の地が一斉に引くのを感じた。
「……ここで何してるんだ?」
「……た、貴弘…」
「質問に答えろよ」
「……何って……バ、バードウォッチングだよ……」
「ふーん」
やけに冷たい視線だった。














、待たせてすまない……って、どうしておまえがここにいるんだ!?」
図々しくもの隣(「そこはオレの席だ!」)に座っていたのは同級生の三村真一だった。
「よお杉村。買い物してたら偶然通りかかったんだよ」
「……偶然だと?」
「ああ偶然だ」
その瞬間、貴弘と真一の間に常人には見えない強烈な火花が飛び散った。
――と、後世の歴史家は述べている。


「三村……話がある」
「何だよ、おい引っ張るなよ」
貴弘は真一の腕を掴むと引きずるように店の外に連れ出した。
「単刀直入に言う。今すぐ帰るか、それとも病院に直行したいか、どっちだ?」
「……単刀直入すぎるぞ。おまえ、それ脅迫だぞ」
「質問したことにだけ答えろ」
「どっちもごめんだ。いいかはおまえの女でも何でもない。オレが手を出そうが自由恋愛だろ。
おまえにそんなこという権利はぜーんぜんないんだよ。理解できたか?」
「おまえの意見なんてどうでもいい。母さんが言ってたぜ、惚れた女くらい命懸けで守ってやれる男になれって」
(……こいつ、本気でオレを半殺しにするつもりらしいな。しょうがない。いつかははっきりさせることだったんだ。
OKやってやるよ。おまえみたいな乱暴で我侭な男に振り回されたらが迷惑だ)
真一が悲壮な決意をした、その時だった。

「あっ」
「どうした?」

真一が目を丸くして店の中を指差している。
その方向を見た途端、貴弘は店の中に走っていた。




「ふーん、じゃあ買い物終わって食事中だったんだ」
「ええ、そういう相馬くんは?」
「オレ?今度ママの誕生日だからさぁ、何かプレゼント買ってやろうと思って」
「相馬くんってお母さん思いなのね」
「ま、先行投資って奴だよ。うちのママってさぁ、金持ってるくせに普段プレゼントしないと拗ねて小遣いくれなくなるんだ。
誕生日だけじゃなく、母の日、クリスマス、お正月、バレンタインデー、etsと、おねだりしてくるんだから大変なんだよ。
しかもさあ、今月は株に手を出したから金欠でプレゼント買ったらスッカラカン。
昼ごはんはどうしようって困ってたんだ。よかったよ、に会えて。これって神様のお引き合わせって奴だよね♪
普段の行いがものを言うんだよ。あ、デザートも頼んでいい?」


「相馬、何してる?」


(……冷たい声。ヤバイな、相当怒ってるね♪)
「あ、杉村くん。相馬くんお昼まだだって言うから。一緒にいいでしょ?」
「そうそう、せっかくだから皆で楽しく食事しようよ♪」
「相馬……話がある」
「何だよ、痛いなぁ」
貴弘は洸の腕を掴むと引きずるように店の外に連れ出した。


「単刀直入に言う。今すぐ帰るか、それとも病院に直行したいか、どっちだ?」
「……うわぁ、ご立派。それって脅迫だよ、感心しないなぁ」
「質問したことにだけ答えろ」
「どっちもごめんだよ。別にさぁ、は杉村の彼女じゃないんだろ。
だったらオレがおごってもらったってかまわないじゃないか。をとって食おうってわけじゃないんだし」
「おまえの意見なんてどうでもいい。母さんが言ってたぜ、惚れた女にたかるハイエナくらい排除出来る男になれって」
(……まいったな、本気でオレを半殺しにするつもりらしいよ。しょうがないなぁ。ここで引っ込んだら商売あがったりだよ。
第一、オレにこんな酷い態度とるなんて許せない。少し思い知らせてやらないとね♪)
洸が楽観的決意をした、その時だった。

「あっ」
「どうした?」

洸が面白いものを見たような目をして店の中を指差している。
その方向を見た途端、貴弘は店の中に走っていた。




「でも久しぶりね。お兄さんに会いに来たの?」
「ああ、兄貴は滅多に電話もくれないから」
「それで会えたの?」
「留守だった。今日は兄貴の部屋に泊まるつもりで来たのに……」
「そう……それでどうするの?」
「まあ兄貴が帰ってくるまでマンションの前で待つよ。帰ってこなかったら野宿する」
「野宿?」
「ああ、馴れてるからどうってことない」
「良かったら私のところに来ない?」
「いいのか?」


「……周藤。どういうつもりだの部屋に泊まろうだなんて」


「誰だ、あんた?」
「……周藤じゃないのか?」
遠目からだと晶に見えたが、よく見たら晶ではない。少し幼い感じがする。
「周藤くんの弟の輪也くんよ」
「弟?」
「なんだよ文句あるのかよ」
「……生意気なガキだな。目上の者に対する礼儀ってやつを兄貴から教わらなかったのか?」
「兄貴は年功序列なんて旧態依然のものには左右されない性格なんだ。
要は自分より上か下かだけだ。だから、おまえに敬語なんか使わないからな」
そういうと輪也はフンと横を向いてしまった。元々短気でプライドの高い貴弘はムッとした。


「そうだ、前から聞きたかったんだけどさんって兄貴の恋人なのか?」
「えっ?」
「なっ!」
「だって、あの兄貴がまともに口きく女って、あんただけだろ?
それにさん兄貴のタイプだし、それに大佐もよく言ってんだよ。
さんを是非兄貴の嫁に欲しいって、さんなら自分の老後も安心して任せられるいい嫁になってくれるだろうって。
それに兄貴はクソ生意気な性格だけど、母親がさんなら、子供まではそうはならないからって」
「……何言ってるの。冗談でしょ?」
「本当だよ。オレもさんが姉さんなら悪くないって思うんだ」
「おい周藤弟」
「何だよ弟って、オレには輪也って名前があるんだぞ」
「さっきから黙って聞いていれば好き放題言ってくれるじゃなないか。
、君も君だ。いくら年下だからって男を泊めようだなんて」
「大丈夫よ。輪也くんを泊める時は私がカイの部屋に泊まるから」




「何だって!?」
「……ふざけるな、寺沢海斗殺す!!」
「全く、ゲイの分際で図々しいにもほどがあるよ!!」


貴弘「……佐伯、鳴海…立花まで……いつの間にいたんだ」
輪也「……何だよ、あんたたち……」
「……さっきから感じてた気配。あなた達だったのね……」




「……結局、邪魔が入って何も出来なかったな」
貴弘はとぼとぼと帰宅した。

「ただいま」
「貴弘!おまえ、お父さんに何言ったのよ!?」
「何って?」
「あいつ、帰ってくるなり『貴弘が不良になった』って言って部屋に閉じこもって出てこないのよ」
「……不良?」
もしかして、しばらく口もききたくないって言ったことか?


……全く、これじゃあ好きな女が出来たなんて言ったら出社拒否にでもなりかねないな。


貴弘の苦悩は続く……わけねーな




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