「安心しろよ。ちゃんと手加減してやる。あんまり疲れさせると後のお楽しみの体力も無くなるしな」

二人は人気のない空地に来ていた。
文字通り二人のほかには誰もいない。ただ、月明かりだけが、この戦いの立会人だ。


『戦いは技量だけで左右するとは限らない。どんな奴でも油断をしたら、それが命取りになる。
世界チャンピオンが四回戦ボーイのたった一発のラッキーパンチでマットに沈むことだってあるんだ。
わかるか美恵 。最大の敵はもしかしたら自分自身かもしれない。
だから、オレは常に相手を過小評価することだけはないように心がけている。
それがオレが負けたことがない理由だろうな』


――隼人、あなたはやっぱり強い男だわ。
私が知る限りでは晃司を除けば、あなたが一番強いかもしれない。

美恵 はソッとベルトの後ろに差し込んだナイフに手を伸ばした。




Solitary Island外伝―疑惑・後編―




「ああそうだ。戦う前に確認しておきたい」
「?」
「負けた奴は勝った奴の軍門に下る。それ常識、だから……」
「………」
「オレが勝ったらおまえを自由にするからな」
そう言い終らないうちに冬樹が走ってきた。同時に美恵 がナイフを投げる。
「おっと危ないなぁ!」
だが冬樹は、それを軽々と除けたと思いきや、トンボまで切っていた。
「!」
だが、着地して立ち上がった瞬間、冬樹は目を見開いていた。 美恵 が銃を構えていたからだ。

「……マジかよ、飛び道具なんて反則だぞ」














「ああ、この女だったよ。男連れだったぜ」
美恵の写真を手にした男(レインボー模様の長髪だった)はダルそうに答えた。
美恵は晶が選んだだけあって、軍の中でも特に美しい女だ。だから、情報も集め易い。
道を歩いているだけで誰もが振り返るような女だから。問題は、男連れと言うことだけだ。


「それで、どこに行った?」
「さあねぇ、ホテル街じゃねえの?相手の男、見るからにヤル気満々って顔してたしなァ。
うらやましいよなぁ、こんなイイ女相手に。
オレも一度でいいから、こういう女をベッドの上でヒーヒー言わせてみたい……」
言葉が続かなかった。胸元を掴まれたと思ったら壁に叩きつけられるように押し付けられていたからだ。
何より、男の目が怖い。 凍てついていて、もしも続きの言葉を一文字でも言おうものなら、瞬時に殺されそうなくらいの迫力を感じる。

「……オレは急いでいるんだ。質問にだけ答えろ」
「……に、西……35番ロードを西の方角に……バイクで……
そ、それ以上は……何も知らない、本当だよッ!!!!!」














「おい待てよ!本気で撃つ気なのか!?」
「安心して模擬弾よ。ただし……」
美恵はグッと引き金に力を込めた。
「ただし、アバラの数本は折れるかもしれないわね」


冬樹が飛んでいた。 美恵が撃つより一瞬早くにだ。そして、クルッと空中で一回転。
何と次の瞬間には美恵の背後に着地している。
しかも間髪居れずに背後から抱き締められたかと思いきや、こともあろうに耳に息を吹きかけてきた。
「……!」
こんな侮辱はない。美恵は渾身の力を込めて、その鳩尾に肘打ちを食らわせた。
「痛ッ!つれないなぁ」
冬樹の腕の力が緩んだ。美恵は冬樹を押しのけると、振り向きながら銃を向ける。
しかし、今度は両手首を握り締めれた。やはり男と女の力の差は歴然。
まるで金具で固定されたかのように腕がビクとも動かない。




「じゃあメインディッシュの前に前菜といくか」
「!」
冬樹の顔が近づいてくる。何をするつもりなのかは聞かずとも火を見るより明らかだ。
「ふざけないで!!」
がら空きの足に蹴りを入れてやった。
「痛ゥ!何するんだよ!!」
女相手と見くびっているせいか、冬樹は全然本気を出していない。
もしも付け入る隙があるとすればそこだ。油断している間に片付けるしかない。
美恵は冬樹の顔面目掛けてパンチを繰り出したが、呆気なく止められていた。


「おいおい乱暴だなぁ、オレを甘く見すぎてるんじゃないのか?」
「甘いのはどっちよ」
美恵の、もう片方の手。何かを握っている。
それが冬樹に接触した途端、ビリビリッと何かが光った。スタンガンだ。
「うわぁぁー!!」


やった。後は麻酔弾でも撃ちこんでしばらくオネンネよ。


「……なーんてね」
「え?」
美恵は我が目を疑った。
次の瞬間、一瞬景色が回転したような感覚を味わったと思うと、目の前に漆黒の闇、いや天空が広がっていた。
そして背中に冷たい感触、地面に押し倒されている!
慌てて起き上がろうとする美恵を冬樹が上から押さえ込んだ。


「…そんな、どうして」
「残念でした。スタンガン程度の電圧なんてオレには通用しないんだよ。
常日頃の訓練の賜物って奴かな?」
何てこと……完全に、この男を甘く見ていた。
「じゃあ約束守ってもらおうか。たまには野外でやるのも趣があるしな」
「……!」


嫌、助けて誰か!


冬樹の顔が再び近づいて来た。


……志郎!……秀明!!


「……嫌!助けて晃司!!」
「何?晃司だと!?……高尾晃司か!?」


冬樹の声を消すかのように銃声が轟いていた。
「おい、その女から離れろ」
「相変わらず野暮な野郎だな。銃ぶっぱなすなら時と場所を考えろよ。オレたちは熱烈なラブシーンを演じてたんだぜ?」
「オレには嫌がる女を無理やり犯そうとしているようにしか見えないな」
「……想像力が貧困な野郎だな周藤晶。そんなんだからオレのようにモテないんだぜ。反省しろよ」


「反省するのは、おまえの方だろ」
晶ではない別の男の声。冬樹も美恵も、そして晶も、その方向に振り向いた。
「……隼人。どうして、おまえがここにいる?」
美恵の為だ。おまえは関係ない」
(……チッ、いくらオレでもこいつら二人を相手に戦うなんて無謀なマネできるか)
冬樹の腕が僅かに緩んだ。 美恵は咄嗟に冬樹を押しのけると隼人の方に駆け寄っていった。
「しまった」
悔しそうに冬樹が言った。




「バカなことをしたな」
「……ごめんなさい」
美恵……晃司達は来週には帰ってくるぞ」
「え?」
「本部に連絡があった。信用できる情報だ、怪我もしていないそうだ」
「………」
「だから、もう安心していい」
「……隼人」
美恵は隼人の胸に飛び込んでいた。そして泣いていた。隼人が包み込むように抱き締めてくれた。
「良かったな」


「おい待てよ!オレに抱かれるのは拒んだくせに、その男には自分から胸に飛び込むなんて納得できないぞ!!」
隼人はチラッと冬樹を見た。いや睨んだ。そして美恵の涙を拭ってやると一言いった。

「命拾いしたな」

「どういう意味だ。失礼な奴だな」
冬樹がさも面白くない面持ちで近づいて来た。
「いいかオレは確かに何人もの人間を地獄に送ってきた。だが女を殺したことだけは一度もない。
オレは女をたぶらかしたことはあっても暴力をふるったことだけは、ただの一度もないんだ。
その女にも暴力をふるうつもりは、これっぽっちもなかったんだよ。オレはただ、その女を犯してやろうとしただけなんだ」
「理解してないようだから教えてやる。オレが命拾いしたと言ったのは美恵じゃない」


「おまえだ」


「はぁ?」
「二度とバカなマネをしないように教えておいてやる。
この女に手を出していたら、おまえは特選兵士のほとんどを敵にまわすところだった」
「……何だと」
美恵はそういう女だ。二度と近づくな」
隼人は美恵を連れて、早々にその場を後にし、後には冬樹と晶が残された。
「おい、何者なんだ、あの女は?」
「……隼人が言ったとおりだ」
意味深な言葉を残して晶も、その場を後にした。




「……何なんだ?あー、何か疲れた」
冬樹はその場に仰向けになった。

……そう言えば女に本気で牙向かれたのなんて初めてだな。
あんな美人で、抱き締めれば壊れそうな華奢な女が……。
外見には似合わず気が強いかと思えば、あんな涙を流すなんて……。














――数日後――

「おい機嫌直せよ」
「もう怒ってないわよ」
美恵は、とある高級レストランに来ていた。お詫びとお礼を兼ねて晶におごってもらっていたのだ。
「だったら、その仏頂面はは何だ?」
「……あのひとの事が気になって」
「あのひと?ああ冬樹か。安心しろ、あいつは熱し易く冷め易いことで有名な男なんだ。
アプローチの仕方はメチャクチャだが後腐れのない奴だから、もう二度と会うこともない。保証してやる」
「それならいいけど……」
二人が食事を終えて店の外にでた瞬間……美恵は白昼でありながら悪夢を見た。


「久しぶりだな美恵」


「………」
今しがた、晶がもう会うことは無いと保証したはずの男・冬樹が立っていた。
「感動の再会ってやつかな。さあ来いよ」
両腕を広げているが、まさかあんな目に合わせた相手が喜んで、その胸に飛び込んでいくとでも思っているのだろうか?
「何の用だ?オレに報復しようっていうのか?」
晶が美恵と冬樹の間に入ってきた。
晶がそう思うのも無理はない。何しろ、晶は冬樹が護衛していた代議士を暗殺したのだ。
冬樹がその報復をするのは十分考えられることだ。しかし、それは違った。
「……眼中にないんだよ。さがってろよ三下。オレはおまえなんかには用はないんだ」
晶を押しのけると冬樹は満面の笑みで美恵のすぐ傍まで来た。




「オレが用があるのはおまえだよ。お・ま・え♪」
「………」
「フフフ……このオレを本気にさせるなんて憎い女だ」
「……私に何の用なの?」
「あれから色々考えたんだ。で、結論が出た」
嫌な予感がした。


「おまえこそオレの運命の相手だ。今すぐ結婚しよう」


「……冗談は顔だけにして」
「冗談じゃないんだよな、これが。自分でもビックリだ。
まあ、そういうことだ。オレが相手なんだ、不足もなければ断る理由もないだろ?
まして青春は短く人生は長い。その長い一歩を一番美しい青春時代からはじめるのがベストなんだ。
わかったか?な、結婚しよう」




「晶、話が違うじゃない。どこが後腐れのない男なのよ」
「……ああ悪い。完全にオレのミスだ」
今二人は冬樹から少しばかり離れた場所にいる。
そして冬樹はベンチに腰掛け、美恵が振り向くとニコニコと手を振っているのだ。
もちろん結婚どころか、清く正しいお付き合いだってゴメンだ。
しかし丁寧にお断りしたところで、あの男が大人しく引き下がるとは思えない。


「……わかった元はといえばオレが面倒を避けるためにおまえを巻き込んだのが原因だから責任はとってやる。
二度とおまえの前に姿を現さない様にするば文句はないな?」
「二度と姿を現さないように……って?」
「息の根を止めれば済むことだ」
「……!。ダメよ、そんなことは!!私は平和的に解決して欲しいのよ」
「平和的?つまり話し合いか……わかった」
良かった、美恵はホッと胸をなでおろした。

「断っておくが、これはおまえが望んだことだからな」
「え?」

意味深な言葉を残し、晶は冬樹のほうに歩いていった。
それから、二人はほんの二言三言言葉を交わしていたが、冬樹が驚愕の見本のような表情で立ち上がると晶の胸元を掴んだ。




「…おまえは!!」
「……仕方ないだろう。あいつはおまえの運命の相手じゃなかったってことだ」
「……………」
「わかったら大人しく引き上げろ」
晶が何を言ったのか、美恵には全く聞こえなかった。
しかし冬樹は激怒している。もしかしたら話し合いどころではなくなるかもしれない。
冬樹がチラッとこちらを見た。とても悲しそうな表情だった。 まるで捨てられた子犬のような、そんな瞳……。

(何?……まるで私が裏切ったみたいに悲しい目をして……)




「……わかった。オレも男だ、男はあきらめが肝心だからな……」
「そうか。わかったら、さっさとオレたちの前から姿を消してくれ」
「最後に美恵に一言だけ……そのくらいいいだろ?」
冬樹が、あの悲しい目をして近づいて来た。
そしてジィーと、美恵の顔を見ると「はぁ…やっぱりイイ女だよなぁ……」と呟くように言った。
そして、さも未練がましい表情でこう言ったのだ。


「……色々と悪かったな、おまえの事情も考えなくて。幸せになってくれ」
良かった、晶が上手く説得してくれたんだ。
「……もしも、あいつが嫌になったら、いつでもオレのところに来い」
どうやら冬樹はまだ未練があるようだ。 しかし、諦めて大人しく帰るといっている以上、問題はないだろう。
「さよならだ。オレ初恋だったんだぜ、だからオレの手で幸せにしてやりたかった。それだけは信じてくれ」
「ありがとう」
「……やっと笑ってくれたな」
クルリと向きを変えると哀愁漂う背中を見せながら冬樹は去り始めた。


「……バイ、元気でな」

これで全てが終わった――。


「今が一番大事な時期なんだから身体を大事にしろよ」
「え?」




「やっと帰ったか」
「……晶。あなた、彼に何を言ったの?」
「言うつもりはない」
「何言ったのよ!!」
「企業秘密だ」


――思った、この男は絶対に信用できないと。




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