仮にもパートナーを疑いたくはないけれど、晶は何か隠しているような気がする。
しかし、考えても仕方ないので、美恵
はベッドに入った。
とにかく今は休もう。明日また考えればいい――。
しかし何かを感じ、思わず上体を起こしてしまった。
何、この感じ?何だか嫌な予感がする……。
その頃、このホテルから数十メートル離れたビルの屋上では――
「残念。カーテン閉めてるのか」
冬樹が双眼鏡を片手に立っていた。もちろん、こんな真夜中にバードウォッチングなどしているわけがない。
「それにしても、あの堅物に女がいたなんてなぁ。あいつをバラしたら、あの女が悲しむだろうな。
……仕方ない。あの女の為に一肌脱いでやるか」
「それにしてもイイ女だったな。フフフ……いつもより燃えるぜ」
Solitary Island外伝―疑惑・中編―
チチチ……スズメのさえずりが聞こえる。
「もう朝……思ったより眠れたようね」
爽やかな朝の到来、しかし美恵は重たい気分でそれを迎えた。
晶のこともあるが、ここ数ヶ月たまらないくらい暗く重苦しい思いをしていたのだ。そっと携帯を手にした。
「……返事が無い」
美恵はメールの返信を待っていた。しかし最後のメールからすでに一週間。
「……どうして返事がないの」
美恵は沈んだ表情で着替えだした。
そして着替え終わるのと、ほぼ同時に着信音という名の悪報を告げる序曲が鳴り響いた。
もしかして!美恵は飛びつくように携帯を手にした。
「晃司!?……あ、ごめんなさい。ううん、なんでもないの。それより、久しぶりね元気だった?うん、私は元気よ」
相手は旧知の間柄のようだ。その証拠に美恵の表情が柔らかくなっている。
しかし次の瞬間、これ以上ないくらい硬い表情となっていた。
「……何ですって?」
「ルームサービスです」
(ルームサービス?変ね、そんなもの頼んでないのに)
不思議に思いながらも、美恵 はドアを開けた。真っ先に瞳に映ったのはバラの花束だ。
「お客様にとのことです。カードも預かってます」
そのカードには『カーテンを開けてごらん』とメッセージが書かれていた。
(カーテン?)
カーテンを開く。暖かな陽射しが部屋を包んだ。 が!美恵
は思わず顔が引き攣りそうになった。
ベランダに「おはよう。何だったら今すぐオレの胸に飛び込んでこいよ」と両手を広げて立っている冬樹の姿があったからだ。
余談だが、この部屋は5階。 瞬時にカーテンを閉めた。
「……チッ、ガードの固い女だな」
さて、どうする?鍵をこじ開けるか?
そんな事を思っていると再びカーテンが開いた。
昨夜の純白のドレスとはうって変わってジーンズにタンクトップというラフな格好だ。
エレガントなドレス姿もよかったが、こっちもなかなかいいな。
「待ってたわ」
「待ってた、オレをか?」
「ええ、あなたに話があるの」
「……そうか、OKわかった何も言うな。おまえの気持ちはわかってる」
「……まだ何も言ってないけど」
「とりあえず街を歩こうぜ。ほら」
そういうと腕を差し出してきた。どうやら腕を組んで欲しいようだ。
(……何て図々しい男なの。初対面でこんな態度とるなんて徹や薫の上をいくわ)
(昼間からステーキか。コレステロールの取りすぎは身体に良くないぜ代議士先生。
もっとも、もう健康に気を使うことも無いけどな。
最後の食事だ、ゆっくり噛み締めて食べるんだな)
晶は某ホテルのレストランに来ていた。
例のターゲットが霜降りの肉を口に運ぶ、それにあわせてパチンと何かをはじいた。
それはステーキ肉とともにターゲットの口に突入。数分後には胃袋に到達するだろう。
(これで終わりだ。五時間後には毒薬入り超極小カプセルが胃液で解け心臓麻痺で死亡。
証拠も一切残さない、完璧だ。美恵を連れてさっさと帰るか。
明日には徹と雅信が任務から帰ってる。美恵を連れ出したことがバレたら厄介だからな)
「美恵帰るぞ。さっさと支度を……」
チェクインした部屋はキチンと片付けられ、ひとの気配が全く無かった。
「出掛けたのか?」
しばらく待つか、晶はベッドに仰向けになり天井を見詰めた。
「……?」
枕に違和感を感じる。枕をどかすとメモ帳が置いてあった。丁寧に栞がはさんである。
そのページをひらくと真っ白だ。何も書いてない。
普通の人間なら、何だ?と思うところだろうが、もちろん晶はそうではない。
そっと、そのページに触れると微かだが指先に凹凸を感じた。
晶はシャーペンを取り出すと、そのページ全体を軽くこするように塗りつぶしていった。文字が浮き出てくる。
「……あのバカッ!」
その浮き上がった文章を見た途端、晶は上着を手に取るとドアを叩き開けるようにして飛び出していった。
(1時……もう、そろそろ晶の仕事が終わってもいい頃ね)
「ねえ、あの人すごくカッコよくない?」
「うん、でも彼女がいるよ。いいなぁ、お似合いのカップルで」
冬樹と街を歩いていて何度同じような言葉を耳にした事か。確かに冬樹はかなりのハンサムボーイだった。
茶髪でやや長い前髪。その前髪が数本目にかかっている様すら絵になる。
少々切れ長の涼しげな目元、今風な顔立ちでありながら貴族的な感じさえする面持ちだ。
「聞いたか美恵。オレたち注目の的だな。 おまえもオレみたいな男が相手で鼻が高いだろ?」
本当に図々しい男だ。美恵のことをまるで自分の女のように呼び捨てにしている。
出会ってからまだ24時間もたっていないというのに。
「あなたって本当に不思議なひとね。真面目に仕事する気あるの?
晶は一見いい加減な男に見えるけど、仕事だけは真面目な男なのよ」
「そういう男に限って恋愛面は面白味がないって相場が決ってるんだ。
だから、おまえもオレを選んだんだろ?」
(本当に図々しい男。薫といい勝負だわ……あ、メールが着てる)
もしかして晶からの任務終了の連絡かも知れない。
だが画面に表示された文章を見て美恵は口元が僅かに引き攣るのを感じた。
『出来る限りの愛とキスを君の唇に送りたい。
美しい君、永遠の君、僕は毎晩君を夢見ている。
一日も早く愛しい君の元に戻れるように祈っていてほしい――君の魂の半身・K』
……K。心当たり一名。
美恵は頭を抱えながら携帯の電源を切った。
「あのバカ、あれほど深入りするなと言ったのに」
ホテルの廊下を早足で駆けながら晶は携帯を取り出した。
『この電話は現在電波の届かない所か……』
「クソッ、電源を切っている」
冬樹の事だ。万が一にも美恵を殺したりはしないだろう。だが何もされない保証はない。
いや、むしろ奴に目をつけられて何もされずに帰ってくる確率の方が低いだろう。
ホテルを出るとタイミングよく暴走族らしい男が数人たむろしていた。
その中で1番走りそうなバイクにまたがった男に近づくと晶はその男を突き飛ばした。
「て、てめぇ!!何するんだ!!」
「このバイクは貰っておく」
「何だとふざけるなぁ!!」
だが男は殴りかかろうとした瞬間、「ヒッ…」悲鳴をあげ、両手を挙げ、これ以上ないくらい蒼白くなっていた。
晶が、その男の顎に銃口を突きつけていたからだ。
「今すぐ吹っ飛ばされたいのか?」
「め、めめめ…滅相もない!!」
「美恵、そろそろ二人だけになれる静かな場所にいかないか?」
「いいわよ。ただし場所は私が指定するけど、かまわない?」
「ああ、もちろんだよ」
美恵の肩に(図々しくも)腕を回しながら笑顔を絶やさない冬樹。
それとは反対に、美恵は険しいくらいの表情だった。
「あなた……敵対する男に恋人がいたら、その女性を寝取るのが趣味なんですって?」
冬樹の目つきが変わった。
「……どうして昨日会ったばかりのおまえが、オレの高尚な趣味を知っている?」
冬樹はいささか驚いたようだ。しかし、それ以上に美恵の表情を見て悟った。
美恵は明らかに怒っている。自分の目的を知っていながらノコノコついてきたなんて、何を考えているんだ?
「おい隼人どこに行くんだよ」
「決っているだろう、美恵のところだ」
美恵に冬樹の性癖を教えたのは俊彦だった。万が一にでも美恵が冬樹の毒牙にかからないようにと忠告したのだ。
しかし美恵の様子が少しおかしかったので、特選兵士の中でも美恵と特に親しい隼人に相談した途端、隼人は出発すると言い出した。
そして今、バイクにまたがっている。
「おい、美恵はバカな女じゃない。あのテロリスト野郎の性癖を教えたんだから、奴に近づくわけないだろ?」
「いつもの美恵ならな。だが今は違う。カッとなってバカな行動をとるかもしれない。
おまえも知っているだろう。三ヶ月前、晃司たちが激戦地に飛ばされたのは」
「……あ」
そう、晃司、秀明、そして志郎の3人は反政府軍との戦う為に戦場にかり出されていた。
「表面上は平然と構えているが、あいつの精神は切れる寸前だ。
先週、晃司たちからの連絡が途絶えたらしい。
今のあいつは不安で冷静な判断ができな状態だ。だからオレが行く」
俊彦は今さらながら、自分の浅はかな親切心を呪った。
「晶が何を企んでるのかなんて関係ないわ。でも……」
冬樹の目は、すでにプレイボーイのそれではなく、冷たい光を放つテロリストの目となっていた。
「でも私をそういう目で見てたのなら、あなたは敵よ。敵として相手をすると言ってるのよ」
「ふーん、つまり……オレと戦おうっていうのか?」
冬樹はククッと楽しそうな笑い声を発すると、今度はこれ以上ないくらい面白いものを見つけた子供のような満面の笑みを浮かべていた。
「初めてだよ。オレが口説いて落ちなかった女は」
そして、その形のいい指で、スッと美恵の前髪をかき上げると、こう言った。
「いい目だ。本気で惚れそうだぜ」
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