「おーい俊彦、集合かかってるぞ……ん?何読んでいるんだよ、もしかして彼女からの手紙か?」
「そんなんじゃねえよ」
「だったら見せてみろよ」
「バカ、見せられるか。勿体無い」
俊彦は慌てて手紙を持った手を上に上げた。
「なんだよケチくさいな。おい見せろよ!」
からかい半分の友人に俊彦は「いい加減にしろよ」と必死に手紙を守った。


『俊彦、お手紙ありがとう。私は元気よ、心配しないで』

そんな出だしで始まる手紙。


「二人とも何をしている!!さっさと召集場所に集合しろ!!」

上官の一喝に俊彦は慌てて、「了解!」と叫んだ。
「はいはーい、わかりました」
しかし、俊彦の友人のほうは、そんな不真面目な態度で返事をした。
「おい直輝、おまえ態度改めないと上からもっと睨まれるぞ」
「あー、やっぱそう思うか?オレって不器用だからさぁ。それより俊彦。おまえ、今度民間の学校に転入するんだって?」
「まあな」
「なんだって、今更おまえが民間の学校なんかに行くんだよ」
「……ちょっとな。ちょっと特殊な任務ってやつだ」
「ふーん、あやしいなぁ。まあ、落ち着いたら会いに行ってやるよ」




Solitary Island―Fate(俊彦編)




「ここか……へえ、思ったより綺麗な学校じゃん」
学ランの中学校に私服の男子。かなり目立ってしまう。
「あの……」
「ん……何?あんた、もしかしてオレに用があるわけ?」
「あなた、ここの生徒じゃないわよね。もしかして転校生?」
「そうそう転校生なーんてね。ほんとはただの面会人。ダチがこの学校にいるから会いに来たんだよ」
「お友達?」
「そうそう。あ……俊彦ー!!」
その怪しい男は右手をあげてぶんぶんふりだした。


「直輝……なんだ、おまえ、本当に来たのかよ!」
渡り廊下を歩いていて偶然出会うことが出来た俊彦は驚きながらも喜んで駆け寄ってきた。
「元気にしてたか相棒?」
「この通りだ。おまえこそ来るなら来るって連絡くらいしろよな」

「あの」

そこでやっと俊彦は女生徒の存在に気づいた。
「あ、そうだ。この女さぁ、オレに親切にしてくれたんだ。おまえからも礼言ってくれよな」
「そうか、サンキュー委員長」
俊彦が笑顔でそう言うと、その女生徒はちょっと赤くなって「そんな、お礼言われる事なんか何も……」とちょっと困っている。
困っているが、なんだか嬉しそうだった。
それを見た直輝は「ははーん、そういうわけね」と意地悪そうに笑っていた。




「あの女、おまえのコレかよ?」
女生徒が立ち去るや否や直輝は切り出した。
「なんだよそれ。ただのクラスメイトだぜ」
「そうかぁ?でも、向こうはおまえに気があるみたいだぜ」
「ばーか、彼女は学級委員長だから誰にでも親切なんだよ。変なかんぐりするなよ。たく、おまえは」
「へえ、じゃあ、おまえは何とも思ってないのか、勿体無いなぁ美人なのに。
てっきり、おまえの初恋の君とやらかもしれないって思ったんだぜ」
「なんだよそれ」
「ほら、あの手紙の主だよ。おまえと時々文通していた」
その時、背後から「あなた軍の人間なの?」とおそよ校内には不釣合いな台詞が聞えた。


「んー、なんだよおまえ?」
振り向いた直輝は、その女生徒をみるなり「へえ驚き、さっきの子より美人じゃん」と手を振ってきた。
「でもさあ、なんでおまえオレが軍の人間だってわかった?
もしかして、おまえも軍の人間か?だったら話はわかるぜ」
美恵、いいからどこかに行けよ。オレとあまり接触しているところ他の奴等に見られたらまずいだろ」
俊彦が促すと美恵と呼ばれた少女は「そうね」と納得して去っていった。
その後姿を見詰める俊彦の顔を見て直輝は「ふーん、そういうことかよ」と意味深な言葉を吐いた。


「あの女かよ、おまえのコレは?」
「だから違うって言ってるだろ」
「告白したのか?」
「するわけないだろ。おまえってデリカシーのない奴だな、ほんと」
「はぁ?こんなそばにいるのに何も言ってないのかおまえ?
まさか恥ずかしいとかいうんじゃないよな?オレだったらはっきり言うぜ。それにしても、あの女どっかで見たような……」
直輝はハッとして荷物の中から雑誌を取り出した。




「思い出した!今月号のゴシップ大東亜に写真載ってた女だ!」

「ゴシップ大東亜?軍に出回っている、あのふざけた雑誌だろ。なんで、そんなものに、美恵が載ってるんだよ!!」
「これだ、これ!!」
直輝が広げたページには『佐伯徹大尉熱愛発覚!』と見出しが。
俊彦は眩暈がしそうになった。目の部分に黒い線が入っているとはいえ、確かに美恵の写真が載っている。
「海軍じゃあかなり噂になってるぜ。女嫌いで有名な佐伯に恋人がいたんだから」
「……おい、徹が熱愛しているってのは本当だけど恋人ってのは噂だぞ」
「へえ、マジかよ。随分、話違うじゃねえの?ほら、ここ」
直輝が指差した文章には徹の言葉がそのまま記載されていた。


『彼女との関係?他人に話したくないんだ。君たちの想像におまかせするよ。
でも、指輪くらいはあげた仲かな。もちろん将来的には特別な指輪をプレゼントする予定さ』

俊彦は雑誌を握り締め、わなわなと震えた。


(……何が想像におまかせするだ。これじゃあ恋人宣言も同然じゃないか)


「どうする俊ちゃん、このままじゃあ、愛しの彼女を佐伯にとられちまうぜ?」
「……うるさいぞ、黙ってろよ」
「言えよ、色恋沙汰ってのは早い者勝ちだ。さっさと告白しねーと本当に佐伯に取られちまうぜ」
「オレはもう……こいつのことはあきらめたんだよ」
俊彦がそう言うと、途端に直輝は不機嫌そうな顔をした。
「……なんだそれ?おまえ告白もしないうちに逃げるのかよ。相手が佐伯だからか?
そんな情け無い奴とは思わなかったぜ。こんな根性なしとガキの頃からダチやってたと思うと興醒め」
「おい直輝、もう帰るのかよ?」
「そういうこと。バイバイ」
「おい」
「もう、嫌になった。特撰兵士になったんだから、おまえもちょっとはマシになったと思ったのによ。
せっかく任務さぼって遊びに来てやったのに、ほんとガッカリさせてくれるぜ。じゃあな」














「俊彦に友人が会いに来ただって?」
「ええ、俊彦嬉しそうだったわ」

美恵は俊彦の過去はあまり知らない。俊彦が自分から話さない限り聞こうとも思わない。
だが国立の孤児院にいる以上、まともな素性ではないことくらいわかっている。

きっと俊彦の旧友だろう。だから、あんなに嬉しそうに……。

仲のいい友人が嬉しいと自分も嬉しい。
だから、いつもは話しかけてくる薫が正直いって疎ましかったが、今は普通に会話をしてやっているくらいだ。


「直輝……って、俊彦は呼んでいたわ。海軍のひとかしら?」
「直輝?……海軍で俊彦の友人の直輝……か。
そうか、多分、そいつは大友直輝(おおとも・なおき)だよ」

「知ってるの?」
「奴も特撰兵士の候補だったからね。もっとも最終試験直前の面接で落ちたらしいけど。
確かにあいつの実力は本物だったらしいけどね。
もし面接に落ちなかったら、同じ海軍の俊彦が落ちていた可能性大くらいに。
でも、奴が落ちたおかげで俊彦は無事特撰兵士の一員さ。
もっとも僕から言わせれば、あんな人間が最終試験寸前まで残っていたこと自体不思議なんだよ」
「どういうこと?」
「特撰兵士は歩兵じゃない士官なんだ。組織の上に立つ人間を養成する特別なコースなんだよ。
士官になるには戦闘能力、統率能力、あらゆる才能が必要なのことは君も承知しているだろう?
だが才能だけじゃあ士官にはなれない。士官になるには『人格』が必要なんだ」
「…………人格が?」
「ああ、そうさ。奴はその人格が最悪だったんだよ。だから落ちた。
特撰兵士たるもの。兵士の見本となるような高潔な人格でなければならない。
よって大友直輝が落ちたのは当然。むしろ特撰兵士の試験を受けれただけでも七不思議さ」

「……薫、人格、人格って……あなた、自分で言ってて、その言葉に何の疑問もないの?」
「……美恵……それ、どういう意味かな?」














――おまえ告白もしないうちに逃げるのかよ。

「……たく、何も知らないくせに言ってくれるぜ」

あいつは昔っから、そういう奴だったよな。孤児院に入ってからずっとダチやってるのに……。
少しはオレの気持ち察してくれよ。おまえとは一番長い付き合いなんだぜ……。


「……それにしても、あいつ、また任務さぼったのか。
大丈夫なのかよ……あんまり度が過ぎると、そのうち独房入りだけじゃすまなくなるぜ」

薫が美恵に吹き込んだ『人格』の問題は正しかった。
実力だけなら大友直輝は特撰兵士になってもおかしくない逸材だった。
しかし人格に問題があったのだ。人格と言っても、そう大したものじゃない。
つまり『任務を忠実にこなせるか』『軍法に従えるか』『軍の人間関係に上手く対処できるか』この三つだ。


私生活はどうでもいい。仕事をきちんとこなせば誰も文句は言わない。
プライベートで、どれだけ問題を起そうと、それは個人の問題だから。
だが直輝はそれが出来ない人間だった。
自由奔放な性格の直輝には軍の生活は合わなかったらしく直輝は任務にはいつも不真面目。
軍のルールも平気で破る。気に入らなければ上官にすら手を挙げる。
そんな性格では士官なんて勤まるわけがない。普通なら独房入りですまない事件を度々起こしているのだ。
ただ軍人としての実力があるから、何とかギリギリもっているだけの話。




特撰兵士の試験にしてもそうだ。
上官の推薦をもらえた者は軍人としての適格度は問題無しと判断され面接は除外される。
しかし自薦で試験を受けたものは面接を受けなくてはならいのだが直輝はとんでもないことを言ったのだ。
特撰兵士を志望した理由。

「え?そんなの歩兵になりたくないからに決まってんじゃないですか。
だって歩兵って坊主にならなきゃならないんでしょ。オレはごめんスよ。
士官ならバッチリとヘアスタイル自由に決められるから、それが理由。なんちゃって」

これで受かる道理がない。俊彦はそんな直輝が心配でたまらなかった。
上官や同僚からは迷惑で非常識な奴だと嫌われているが俊彦にとっては親友だから。
兄弟同然に育った仲だから。

あいつはいつも明るくへらへらしているけど、いつかとんでもない事件を起こす。
そんな臭いがプンプンするから。

「……たく、少しは自重しろよな」

俊彦の願いはかなわなかった。それから一ヶ月もたたないうちに直輝はとんでもない事件を起こした。
罪状は『上官殺し』。それに対する刑罰は『銃殺刑』
俊彦は、その知らせを聞くなり全てを放り出して海軍に戻った。















「では面会時間は守ってくださいよ。何しろ二時間後には刑が執行されますから」
そんな会話が鉄の扉の向こうから聞える。
「……なんだよ。まさか、こんなオレに会いにきてくれる殊勝な奴がいたのかよ。
感激だな。もっとも、顔は見えないけどさ」
「……直輝」
「……その声……俊彦か。いいのかよ中尉殿が死刑囚なんかに会いに来て」
扉一枚隔てていたが、俊彦がどんな表情をしているのかは容易にわかった。


「……おまえ、なんでこんなバカことしたんだ。
上官殺しが軍でどんな罪かくらいおまえだってわかっていたはずだろ?」
「……たまたまだよ。むかついて殺した奴がたまたま上官だった、それだけ」
「……バカ野郎……おまえ、やっぱり救いようのない大バカ野郎だ」
「なんだよ俊彦……おまえ、今頃気づいたのか?
おまえも思ったより利口じゃねえな、オレのこと言えねえんじゃねえの?」
「……何があったんだよ。おまえ気にくわないからって殺しまでするような奴じゃないだろ。
一体、上官との間に何があったんだよ……」
「…………ムカついた。ホント、それだけだ。ま、気にするなよ」




突然、乱暴に開けられたドア。
『なんだ、騒々しい!大友、貴様、上官の部屋にノックも無しで!!』
『騒々しいの当たり前だろ?わざとそうしてるんだから。
そんなこともわからないのかよ。あんたって知能低いよな』
『なんだと!!貴様、今度という今度は独房入りくらいじゃ済まさんぞ!!』
『わかってるっすよ。でも、その前に質問』
『なんだ!?』
直輝は図々しくもソファにドカッと座ると銃を取り出した。上官はギョッとする。
それを横目に直輝は銃の引き金に指を入れてクルクルとまわしていた。


『……オレが立てた手柄、ちょっと調べたら大半が書類上他の奴の手柄になってたんすよ。
これってどういうことですかね。ああ、ちなみに、その手柄横取りした奴、あんたの息子だろ?』
上官は思わず口をつぐんだ。
『隠しても無駄っすよ。あんたのサインがしてあったんだから。
まあ、それはどうでもいいから深く追求はしませんよ。その息子がしたヘマを書類上はオレがしたことにしたのもね』
『…………』
『……オレ、ただでさえ問題児だから、今更一つや二つ経歴にキズがついてもかまわないし。
立派な軍人さんになる気もさらさらなかったんだから。
でもさぁ……あんた、やりすぎなんだよ。
息子がやった民間人婦女暴行の罪までオレになすりつけやがって……』
直輝が銃を持って立ち上がった。


『……な、何をするつもりだ!?』
『どうせ、オレは叩かなくても埃だらけだから書類上罪を加算してもばれないって思ったんだろ?
上手くやったってほくそ笑んでいたんだろ。誰だってそう思うぜ。
オレが問題児でいつも懲罰くらっているのは誰もが知ってることだしなぁ。
さっきも言ったとおり、お偉い士官になれねいオレに今更経歴もクソもないし。
けどなぁ……軍律違反ならともかく、プライベートの汚い罪まで押し付けやがって……』
『ひ……っ。ま、待て大友!!』
『女傷つけてといてへらへらしてる道化演じられるって思われて黙ってなんかいられなくってね』
銃声が鳴り響いた。
『……もっと相手選ぶべきだったよな中佐さんよぉ』





「おまえ、何があったんだよ!」
「なんでもないって。気にするなよ」
直輝は相変わらず皮肉めいた口調で笑っていた。


「……逃げれるだけ逃げてみるか?」


それがどういう意味なのかわかっていて俊彦は言ってみた。
「バーカ、それが中尉殿のいう台詞かよ」
答えはわかっていた。
「……泣くなよ俊彦。おまえ、案外涙もろいとこあるからさ。おまえの、そういうところが心配なんだぜ、オレは」
「……おまえがどうしようもないバカだからだろう」
「それもそうだ。悪かったな、ま、友達運悪かったって思ってあきらめろよ」
ハハッと笑い声が聞えたが、俊彦はとても笑えなかった。
ただ鉄の扉に両手をついて俯いていた。














執行時間。俊彦は立会人として、その場にいた。志願したのだ。
「では目隠しを……」
執行人が目隠しを持つと俊彦は「……オレが」と言いだした。
最後の最後に親友の顔をそばで見れるチャンスだったから。近寄って、その顔を脳裏に焼き付けるようにみた。


「あんな辛気臭い顔するなよ。こっちまで暗くなるじゃないか」
「……おまえみたいなバカの顔、一生忘れないだろうな」

目隠しをつけようとした。

「……つけなくていいぜ」
「直輝?」
「オレ、別に怖くないから必要ないって。俊彦……オレさぁ、軍人としてのプライドなんてどうだっていいけど」
「…………」


「男のプライドだけは捨てたくないんだよね。臆病な死に方だけは真っ平だ。わかってくれよ」


「……そうか」
俊彦はそれ以上何も言わず、目隠しをポケットにしまった。
そして、その場を離れようとした。
「俊彦」
「……?」


「言えよ、彼女に。おまえの気持ち!」

「……直輝?」

「あの世じゃ後悔も出来ないかもしれないんだぜ。言えよ、オレなら言うぜ。相手が誰だろうとな」

最後の最後に言う台詞がそれかよ……おまえらしいぜ。

「じゃあな……バイバイ俊彦」


――その直後、銃声が何度も俊彦の耳に轟いた。














「俊彦、どうしたの?」
俊彦が美恵を尋ねてマンションまで来るなんて転校してきて以来初めてだった。
学校では赤の他人を演じているから挨拶程度しか言葉はかわさないのに。
「……ちょっとな。あがってもいいか?」
「ええ、どうぞ。散らかってるけど」
美恵の部屋は同世代の女の子に比べたら殺風景だったかもしれない。
でも掃除が行き届いており、窓際やテーブルの上には花が飾られている。
何より、この部屋の主人の人格のせいだろう。ここには温もりがあった。


親兄弟を知らずに大きくなった俊彦。
直輝も全く同じ境遇だった。だからこそ気があったのだろう。
いつか、優しい女性と一緒になって温かい家庭を作る。
そんな将来があったらいいなと二人で冗談交じりに話したことも合った。
その温かみがここにはあるような気がしたのだ。


「俊彦、何かあったの?」
「……ん?」
「今日は様子が変よ」
「……何でもない。ちょっと気が滅入っただけなんだ」




『言えよ、彼女におまえの気持ち!』




「……美恵」
「俊彦?」

美恵は目を疑った。突然、俊彦がガクッとうなだれ、床に膝をついた。
そして美恵の体に腕を回すと声を押し殺して泣き出したのだ。

「……俊彦……どうしたの?」
「……悪い。今だけは……何も聞かないでくれ……」
「……俊彦」




『あの世じゃ後悔も出来ないかもしれないんだぜ』




バカ野郎、最後の最後まで余計なことばかり言いやがって!

「……俊彦」

美恵は何も言わずに、自分に縋っていた俊彦の頭を抱きしめた。
俊彦はその後しばらく泣いていた。




『言えよ、オレなら言うぜ。相手が誰だろうとな』




――今だけは泣かせてくれ。美恵、おまえのそばで。
――今だけでいいから、だから……。


――これが美恵が俊彦の涙を見た最初で最後だった。




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