「オレが守ってやる。だからオレのものになれ」
「相変わらず女性の扱い方がなっていない奴だな。
僕は他意はないから安心していいんだよ美恵
さん」
「……ありがとう」
……そう、いうべきなのかしら、この場合?
そんな様子を半ば呆れながらも面白そうに見詰めている男がいた。
(……まったく、徹も雅信も薫もこんな時まで口説くなんて余程のバカか、
それとも余裕なのかわからないが、まあオレにはマネできないな)
美恵
は視線を感じ振り向いた。そして目が合ってしまった。
(……晶。何を考えているのかしら?本当に桐山くんに変なマネするつもりじゃないでしょうね。
彼は信用できないわ。本当に何考えてるのかしら)
(……ん?何だ、オレの方を見て何か言いたそうだな。まさかオレに気があるのか?
だとしたら厄介だ。徹たちにオレが逆恨みされるじゃないか、オレは面倒なことには首を突っ込まない主義なんだ。
……それにしても、あの3人もよくやるよ。オレには理解できない。
オレは絶対に女に溺れたり、女を自分の中心に置いたりしない)
例え、それがどんなに惚れた女だろうとな――。
Solitary Island外伝―疑惑・前編―
――それは、或る日の昼下がりの出来事だった。
「晶ァァァー!!」
怒鳴り声が近づいてくる。 あの声、考えなくてもわかる。激怒した時の声だ。
晶はヤレヤレと読んでいた小説を閉じた。同時に、破れんばかりの勢いでドアが開けられた。
「このバカがァァァー!!」
そして、間髪入れずに晶の直属の上司であり、育ての親でもある鬼龍院が殴りかかってきた。
予想していたのかサラリとかわす晶。
が、瞬時に今度は蹴りがくる。晶は反撃せずによけてばかりいた。
そして晶が除けるたびに、部屋を飾っていたインテリが次々と破壊されてゆく。
「り、輪也さん、止めてくださいよ!!」
「誰が止められるんだよ!?大佐も本気だすと強いんだぞ!!」
輪也たちは、まるでゴジラ対キングギドラのような二人の凄まじい攻防戦になす術もなく、ただ見詰めていた。
そして3時間後――。
「……ハァハァ」
大の字になり、絨毯の上で仰向けになっている鬼龍院。晶はコップに水を注ぐとスッと差し出した。
「ほら」
「……クソッ!」
鬼龍院は奪い取るようにコップをとると一気に飲み干し悔しそうに呟いた。
「後…、せめて後10年若ければぁ……おのれぇ」
「で、今度は何だよ?」
「何だだとぉ?」
「いきなり殴られるようなことをした覚えはないぞ」
「その口でいうか晶ぁぁ!これは何だ!!」
鬼龍院は一枚の紙きれを突きつけた。その途端、晶は鬼龍院の怒りの理由を知った。
そして「しまった、ばれたか」とバツの悪そうな顔をした。
「忘れたとは言わさんぞ晶!この前の定期テストの結果だ!!
オレが何も言わないと思って黙っているつもりだったな、このクソガキが!!」
定期テスト?鬼龍院の凄まじい怒り方かたすると相当悪い結果だったのか?
二人のやり取りを見ていた輪也はおろおろしながら訊ねた。
「あの大佐、兄貴のテストの成績は、そんなに悪かったんですか?」
「悪いだぁ?そんな言葉で片付くようなものじゃない!!これを見ろ!!」
鬼龍院は、その紙きれを輪也たちに向かって投げつけた。
「……国語92点、数学100点、社会95点、理科94点、英語100点」
……シーン……
「あ、あの大佐。オレが見る限り、まあまあの成績だと思うんですが……」
「まあまあだぁ?いいか、このクソガキはなぁ……こともあろうに……こともあろうにぃぃ…」
鬼龍院の青筋が切れんばかりに盛り上がってきた。
「柳沢のところのクソガキに4点差で負けたんだよ!
晶ッ!!!オレは常日頃から言っておいたはずだ!!
例え最下位になることはあっても、氷室隼人にだけは負けるなとなぁ!!
オレが柳沢にどんな嫌味を言われたのか、おまえわかっているのかぁぁ?!」
「おや、これはこれは久しぶりだな鬼龍院。
おたくの周藤くん、今度のテストでは随分と頑張ったそうじゃないか。
それに比べて、うちの隼人はろくに勉強もしないから期待通りに結果を残してくれなくてなぁ。
いやぁ、本当に、ほ・ん・と・う・にぃ――心の底から羨ましいよ」
「おのれぇぇー!柳沢めぇぇぇー!!」
「……わかったオヤジ。オレが悪かったよ、で?どうすればいいんだ?」
「何でもいい!!あのバカをギャフンと言わせてやれ!!
そうだ、確か氷室がまた軍功上げたとか自慢しまくってたから、おまえは氷室以上の手柄をあげてこい!!
何でもいいから今すぐにだ!!」
「OK…わかった」
(隼人以上の手柄か……確か、奴はテロとの関係が噂されている財界の大物の暗殺に成功したんだったな。
だったら、オレは政界の大物を片付けるしかないな)
晶は一枚の資料を取り出した。
(大物代議士・皆本総一郎……テロとの裏取引により、軍事情報を横流し。
フン、バカな奴だ。こいつにしておくか、こいつの護衛をしている奴は……)
その瞬間、晶は顔をしかめた。
(……こいつが相手か。まいったな、オレは女とはコンビを組まない主義なんだが……
だが、こいつが相手となると、女連れの方がやりやすいんだよなぁ……)
「おい聞いたか俊彦。あの晶が今度の仕事のパートナーに女を指名したそうだぞ」
「ああ聞いた。あいつ女と関わると後々厄介なことになる可能性が出てくるから女とは組まない主義通してたのに、
どういう風の吹き回しだよ」
「まあ、敵が敵だからなぁ」
「なんだよ攻介、その敵って?」
「ねえ晶、私は何をすればいいの?」
「何もしなくていい」
「何よ、それ。どういうこと?」
「女連れの方が敵に怪しまれないから、おまえを選んだ。後は全部オレがやるから、おまえは適当に遊んでろ」
リムジンの中、頬杖して外の景色を見ている晶を、美恵は訝しげに見つめた。
晶が自分を指名したからには、それなりの理由があると思ったのに。
本当に、ただ敵の目をそらしたいだけなのだろうか?
だとしたら、わざわざ自分を選ばなくても陸軍にも女性兵士は大勢いるだろうに。
(……相変わらず何を考えてるのかわからない男ね。それに何を話していいのかわからない……)
普段は少々強引で馴染めない徹の愛想の良さが懐かしく思えるくらいだ。
徹なら、こちらが何も言わなくても向こうから会話をしてくれるのに。
「ついたぞ」
そこは高級ホテルだった。 政財界から芸能界にいたるまで、あらゆる金持ちが時々息抜きに訪れる。
その為に定期的にパーティーが開催されているのだ。
当然、晶もタキシード姿だし、美恵の純白のロングドレスを身に纏い、髪も大人っぽくアップしている。
確かに、こういう場所に来るのならパートナーが必要だが、晶は計算高い男なので、美恵は心配だった。
相手が隼人なら、こんな心配は無用なのだが……。
「特殊部隊のエリートが、軟弱なパーティーに何の用だ?」
その時だった。背後から、このような場所には似つかわしい声が聞こえたのは。
それだけではない。美恵は一瞬背すじが凍りそうな感覚を味わった。
相手の男――まだ顔も見て無いが――は、まともじゃない。
勘、いやむしろ本能で感じるのだ。今自分の隣にいる晶と同じタイプの危険な男だ。
その証拠に、その明るい声とは裏腹に凄まじいくらいの殺気を感じる。
「テロリスト予備軍に言われる筋合いはない」
「テロリストぉ~?証拠があるのかよ? あー、やだやだ憶測だけでものをいうしか能がない奴は」
「……晶」
美恵は心配そうな表情で振り返った。
その瞬間、その男の殺気が一瞬にして……消えた。
「冬樹ぃ~?あのテロリスト野郎が?」
「ああ、だが今だにテロ行為の証拠が一切見つかってないから逮捕も出来ない厄介な奴だ」
「あいつが相手かよ。おい、下手したら殺し合いになるんじゃないのか?
晶はともかく美恵に何かあったら、どうするんだよ」
「ああ、それは大丈夫だ。あいつは女は殺さない主義なんだよ。まあ美人限定だけどな」
「そうか、よかった」
「それが……よくないんだよなぁ」
「はぁ?何でだよ?」
「とにかく、相手があのスケコマシ野郎だから、晶の奴美恵を連れて行ったんだぜ。
美恵は美人だからな。絶対に目をつけられるに決ってる。 何しろ、あいつには悪い癖があるからなぁ……」
「何だよ癖って?」
「……まあ、美恵なら、あんなバカ相手にすることもないだろうけど、徹や雅信が知ったら怒り狂うぞ……」
「………」
美恵は信じられないという表情をしていた。
つい今しがた自分達に殺意を向けていた男が、振り向いた途端に 「おい、どけ」と、晶を突き飛ばしたと思いきや、
自分の手を握り締めているのだから。
「オレは美しい華を遠くから見つめる趣味はない。 手折って自分のものにするのがオレの愛し方だ」
「………」
「そんな目で見詰めるなよ。今すぐ攫ってやりたくなるじゃないか」
思わず呆気に取られた美恵だったが、我に返るとキッと晶を睨みつけた。
何なの、この男は!?
「おい下がってろ。その女はオレの連れだぞ」
ここにきて、ようやく晶が助けに入ってくれた。
男はあからさまに面白くないと言った表情をしている。
「周藤、まさか、おまえのコレだなんて言うんじゃないだろうな?」
男は小指を立てて、そう言った。 もちろん美恵は晶の恋人でも無ければ友達ですらない。
ところが晶はとんでもない行動に出た。
美恵の腰に手を回したと思ったら、グイッと引き寄せたのだ。
美恵の頭が、晶の首のあたりに触れるくらい密着し、美恵は慌てて離れようとしたが、晶が離そうとしない。
「この女はオレのものだ。手を出すなよ」
「何だって?おまえの女だぁ?」
「ああ、そうだ。まあ、おまえなんかが口説いたところで、こいつはなびかないぜ。
何しろ、こいつはオレに心底惚れてて、もうメロメロだからな。
他の男なんか目にも入らないらしい。何なら試してみるか?」
――その夜、とあるホテルの一室――
美恵はベッドに腰をおろし、ジッと一点を見詰めていた。
いや、見詰めているとういのは適当な言い方ではない。睨んでいた。
「オレは3時間程仮眠をとったら仕事に出掛けるから」
そう言って、ソファに枕をセットしている。
「多分、明日の昼まで戻らない。だから、気兼ねなく眠れるだろ?
この辺りは観光地だからな。適当に遊んで来い」
「あなた何考えてるの?」
「何のことだ?」
「さっきのこと」
「ああ、あれか。まさか仕事の目くらましの為に連れてきた女だなんて言えないだろ。くだらない質問はするな」
「そうじゃないわ、その後よ。あなた言ったわよね『手を出すな』って」
「それが、どうかしたのか?」
「でも、あなたの言い方……まるで、あの男をわざと挑発しているみたいだった」
「………」
「図星なの?」
「……相変わらず勘のいい女だな。一つだけ教えてやる。オレが最初に言ったことは嘘じゃない。
この仕事はオレが一人でやるから、おまえに危険は及ばない。それは保証してやる。
だから、明日は観光を楽しんで来い。ただ、あの男だが、もしかしたら、おまえを口説きにかかってくるかもしれない。
その時は適当に会話して、その場に引き止めろ。
ただし絶対に深入りはするな。特に奴と二人っきりになったり、人気の無い場所には行くな。
それから、奴が差し出したものは絶対に口にするな。 もしも忠告を守らなかったら、責任は取れないからな」
「で、何だよ、その悪い癖って?」
「つまりだ……もしも敵の男に美人の恋人がいたら」
「いたら?」
「必ず自分のものにするんだ」
俊彦は目眩がしそうになった。
「あいつは美人は絶対に泣かせないのがポリシーだ。
でも敵の男を殺したら、当然その恋人が悲しむ。それは奴のポリシーに反する。
だから、そうならない為に、奴は敵をぶっ殺す前に、その恋人を自分の女にするんだ。
そうすれば女が悲しむことはない、何の気兼ねもなく敵をぶっ殺せるというわけだ」
「……なんだよ、それ」
「とにかく、この場合の敵は晶だろ。だから晶は軍の中でも美人の誉れ高い美恵を連れて行ったんだよ。
奴が美恵に気を取られている隙に仕事を片付けるつもりなんだろ」
「そんなことして、本当に美恵が口説かれてその気になったらどうするんだ?」
「美恵に限って、そんなことないと思うけど。
だから晶も美恵を選んだんだろ。美恵は尻軽な女じゃないからな」
「でも心配だな。何もおこらなければいいけどさ」
俊彦と攻介の心配を余所に……夜はふけていった。
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