立花薫。軍ナンバー1のプレイボーイ。
泣かせた女は数知れず。
とにかくモテる彼だったが、その半面同性からの人気は最悪だった。

某海軍士官の証言
「最低だね。もし絶対に罪に問われない魔法の銃があったら全弾奴にぶち込んでやるよ」

某陸軍士官の証言
「奴の性根は液体状に腐った野菜より最悪だ。ろくな死に方しないだろうな」

そんな彼が最近狙っているのが天瀬美恵。
最初に手を出した理由は簡単。大嫌いな佐伯徹が生まれて初めて愛した女をモノにして悔しがらせてやりたかったから。
相手は世間知らずで純粋培養された男に免疫のない女。
百戦錬磨の自分のテクニックをもってすれば簡単に落ちるだろう。
薫はそう信じて軽い気持ちでちょっかいをかけたが結果は悲惨だった。
相手にされなかった上に侮蔑の眼差しで見られてしまったのだ。
何故なら、ちょっかいだした理由が徹に対する嫌がらせだとばれていたから。
その上、これまた天敵の晶が、薫の女性遍歴を彼女に吹き込んでいたから。
自分からアタックした女にふられるなんて我慢ならない。こうなったら意地とプライドにかけてモノにしてやる。
そう思ってこともあろうに睡眠薬を盛ってことに及ぼうとしたが徹に邪魔される始末。
軍№1の誇りにかけても、このままでは引き下がれない、絶対に――。




Solitary Island―Fate(薫編)




美恵、久しぶりだね。会いたかったよ」
学校の裏庭でばったり出会った第一声。
「本当に久しぶりね」
「ああ、元気だったかい?」
「ええ」
「隣、いいかい?」
ベンチに腰掛けて詩集を読んでいる美恵は「どうぞ」と言った。
「君と離れている間は寂しかったよ」
「…………」
「君に出会ったとき、僕の心臓がどれだけときめいたか、君はわからないだろうね」
「…………」
「再会したら君に言おうと思っていた愛の言葉も全て忘れてしまうくらいだった」
「……薫、申し訳ないけれど」
「何だい?」


「今、読書中だから静かにしてくれないかしら?」
「……な!」

何だって!!僕がここまで言ってやっているのに!!


「徹に対する意地で私に付きまとうのはやめて」
薫の眉が僅かにピクリと動いた。
「……心外だな。僕は純粋に君を愛しているんだ。だから君に会う為にこの学校に……」
「陸軍の滝沢中将の娘さん。お父様が戦死した途端にさよならしたんですって?
いくらなんでも露骨過ぎるわ。感心できないわよ」
「…………どうして、それを?」
「親切に教えてくれるひとがいるのよ」
(晶ぁぁ!!また、おまえかぁぁ!?)

まずいな……珍しく、怒ってる。ここはいったん引いた方がいい。
それにしても晶の奴……僕に対する嫌がらせの数々。もう黙っていられない!!














「晶!!」
「なんだ、騒々しい」
「よくも彼女に余計なことを吹き込んでくれたな!!」
「余計な事?」
「僕が懇意にしていた女性と疎遠になったことを美恵に悪く言っただろう!!」
「ああ、あれか?諜報部の幹部の娘と別れた話だな。それとも、警察庁の幹部の娘のほうだったか?」
「……そんなに言ったのか?」
「まあ、オレの知っている範囲だがな」
「おかげで彼女の僕に対するイメージはがた落ちだ。どう責任とってくれる?」
「安心しろよ。おまえのイメージなんか、最初から底辺だ」
「なんだと!!?」
「いい加減にしろ二人とも。騒々しいぞ」
薫と晶のケンカに隼人が口を出してきた。


「おまえたちが争うのは勝手だが、低レベルすぎると見ていて気持ちのいいものじゃない。
いい加減に、つまらない言い争いはやめてくれないか?」
「君は相変わらず争いごとが嫌いなんだね隼人」
薫は心の中で呟いていた。

(全く……何かといえば、すぐにことを穏便に済ませたがる、この性格。
温厚といえば聞えはいいが、ただの臆病者じゃないのか?こんな男が晶とライバル関係なんて、いまいち信用できないよ。
それとも、こんな気の弱い男だから、かえって晶が図に乗っているのか?)

「第一、美恵を巻き込むのはやめてくれ」
「ああ、わかったよ。君のご希望になるべく沿うようにするよ」
「そうか、頼んだぞ」
それだけ言うと、隼人はその場から立ち去った。

(……ふん。どうせ、僕に対して大きな態度にでることなんて出来ないくせに)

「おい薫」
「なんだい?」
「おまえ、内心隼人を舐めているだろう?」
「なんだ君、読心術でもあるのかい?それとも、君もそうだから僕の気持ちがわかるのかな?」
「一つ、忠告しておいてやる。あいつだけは本気で怒らせないほうがいい」














「本気で怒らせないほうがいい……ねえ。全く、あんな男にどうして晶は一目置いているのやら」

薫はお土産のケーキを持って美恵のマンションに来ていた。いつまでも落ちない美恵にしびれを切らして行動に出たのだ。
時間は夜の九時。玄関のチャイムを鳴らす。


「どなた?」
「僕だよ」
「……こんな時間に何のようなの?」
「大事な話があるんだ。開けてくれないかな?」
「……悪いけど、あなたのことは信用できないわ。用があるなら昼間、ひと気の多いところで聞くから」
「……君に会いに来た男にそんな態度はないだろう?」
「あなた一年前に私にしたこともう忘れたの?」

(……ち、たかが薬を盛ったことを今だに根に持っているなんて。思ったより執念深い女だったんだな)

だが美恵は実際正しかったといえるだろう。なぜなら薫はケーキに媚薬を混ぜていたのだから。


「……わかったよ。でも君に渡すように上から命令された書類があってね。
中に入れてくれなくてもいいからドアを開けてくれないか?」
それならドアを開けないわけにはいかない。美恵はドアを開けた。チェーンキーはつけたままだったが。
(……思ったより用心深いな。でも、まだまだだね)
薫は霧吹きのようなものをスッと美恵の前に取り出した。

「……え?」
「お・や・す・み」




プシューと、怪しい液体が霧状に噴射された。
美恵は薫にはめられた事に気づきすぐに口元を手で覆ったが後の祭り。その場に倒れてしまった。
「まったく世話かけさせてくれるよ」
薫は道具を取り出すとチェーンキーを切断。
「じらしてくれた分、しっかり代償は払ってもらうからね。徹がどんなに悔しがるかと思うと今から楽しみだよ」
とにかく、こんなところじゃあなんだから、ちゃんと寝室に運んであげないと。何と言っても僕は紳士だからね。
とりあえずリビングルームのソファに美恵を置いた。


「……さてと。まずはシャワーを浴びようかな」
ピンポーン~♪
まずい、誰か来た!薫は息を潜めた。
ピンポーン~、ピンポーン~、ピンポーン~♪
連続してチャイムを押している。

(誰だか知らないがしつこい奴だな……さっさと帰ってくれよ)

そんな薫の苛立ちにガソリンをぶちまけるように、今度は電話が鳴り出した。
もちろん受話器をとるわけにはいかない。
やがて『ただいま出掛けています。ピーとなりましたら……』と留守電作動。
美恵、オレだ』
(隼人?)
『居るのなら出てくれないか?』
(どうして隼人が電話なんてしてくるんだ?)
薫には関係ないことだが、秀明から任務で不在の間は自分の代わりに美恵の面倒を見てやって欲しいと隼人は頼まれていたのだ。
だから無事を確認するために電話をかけてきたのだろう。




ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン~♪
(まだいる!誰だ、一体!!)
女性が一人暮らししているマンションに、こんな時間に押しかけていつまでもチャイムを鳴らすなんて。
まさか女性の一人暮らしを狙った強盗じゃないだろうね?
薫が自分のことを棚にあげて犯罪を連想していると、カチャ……と鍵がはずされる音がした。
(……何だって?)
薫は壁に背中をつけて身を潜めた。
(……鍵を簡単に外した。どういうつもりだ、泥棒なのか?)
完全に気配をたって様子を見ることにした。玄関が開く音がして足音が近づいてくる。
そしてリビングのドアが開いた。入ってきた人物を見た途端、薫はそいつの目的を知った。


(……ま、雅信!!)


そう、入ってきた人物は超危険人物の鳴海雅信だったのだ。
雅信はソファに横たわっている美恵に近づくと、「寝ているのか?」と声を掛けた。
もちろん薬で気を失っている美恵が返事をするはずがない。
「……目を覚まさないな。まあいい」
雅信はニヤッと笑みを浮かべると、美恵の服に手をかけた。


「やめろ雅信!!」


雅信がハッとして振り返る。
「どういうつもりだ。君がやろうとしていることは立派な性犯罪だぞ!!」
「……うるさい。おまえは帰れ」
「こんな現場を目撃して黙って帰れるか!!彼女から手を離せ!!」
「……邪魔をするなら……殺すぞ」
「いい加減にしろ雅信!これ以上、バカなマネをするなら……」




ガチャ……玄関のドアが開く音がした。
美恵、無事なのか!?」
それは美恵が電話に出ないことを心配して駆けつけた隼人の声だった。
マンションに来てみれば玄関の鍵は開けられ何者かが侵入した形跡がある。
美恵の身に何かあったと焦るのは当然だ。
その隼人が見たものは眠らせれている美恵。その美恵にどう見てもいけない行為をしようとしていた雅信。
そして、なぜかその場にいる薫の姿だった。
相手が雅信だったこともあって隼人は理由も聞かずに激怒した。


「どういうことだ雅信!!」
「……うるさい」
「オレとの約束はどうした?美恵に強引なマネはしないと誓っただろう!」
「……そんな約束忘れた。オレはもう我慢できない」
隼人は薫を見た。
「ぼ、僕は偶々美恵を尋ねて、雅信の凶行を目撃したんだ。もちろん止めようとしたさ。つまり、君と同じ立場ってことだよ」
薫の言い分は嘘くさかったが、一応半分は本当だし、今は雅信のことが先決だ。
「……今すぐ出て行け。こんなことをして美恵がどれだけ傷つくか。
おまえは、いつも自分の気持ちだけを優先して一度も美恵の気持ちを考えたことがない。
美恵のような女にとっては殺されるより辛い事なんだぞ」
「……すぐにオレに溺れさせるから問題ない」
美恵はおまえが今まで相手をしてきた女とは違う」
「……関係ない。オレはもう我慢できない、それだけだ」
「…………」
その時、隼人の中で何かが切れた――。




「……そうか、雅信。おまえの考えはよくわかった」

(……なんだ?口調が変わった)

薫はギョッとして隼人を見た。


「……どうやら、おまえの性格は死んでも治らないようだな」
ツカツカと雅信に近づいていく。そして雅信の胸倉を掴みあげた。
「……離せ。そして出て行け。立花薫も一緒に」
「……バカだ、バカだと思っていたが、ここまでとは思わなかった。バカは死なないと治らない。死んでもらうしかないな」
ドンッ!と物凄い音がして雅信の腹に隼人の拳が食い込んでいた。
雅信は一瞬瞳を拡大したが、ガクッと意識を失い、その場に倒れた。


「……薫」
「……何だい?」
「確認の為に聞いておくが、おまえは本当に偶然この場に居合わせただけか?」
「…………」
「どうなんだ?」
「あ、ああ……そうだよ」
「徹の話では、おまえは以前美恵に酷いことをしようとしたらしいが」
(……あの事を言っているのか。くそ、徹のお喋りめ)
薫はいつもと全く様子が違う隼人に内心焦っていた。
だからこそ、今ここでYESなんて絶対に言ってはならない。そう、思い「それは徹の戯言だよ」と言いきったのだ。
「……そうか」
隼人は雅信の襟を掴んで歩き出した。当然、雅信は引きずられてゆく。


「どこに行くんだい?」
「知りたかったら、おまえもついてくるか?」














「……ん」
ここはどこだ?雅信は辺りを見わたした。
ぼやけている視界がだんだんとはっきりしていく。そして、完全に視界がハッキリした途端、雅信は覚醒した。
そうだ、オレは氷室隼人に暴行を受けて気を失ったんだ!
立ち上がろうとしたが、上手く出来ない。両手を後ろ手で縛られている。
今いる場所はどこなんだ?
土の上……しかも、どうやら四方を深さ数メートルに掘られた場所。その大きな穴の中に自分はいる。


「気がついたか雅信」

冷たい口調。見上げると隼人がいた。

「氷室隼人!!よくも、よくもっっ!!すぐにオレを解放しろ!!美恵はどこだ、ここはどこなんだ!?」


「ここはビルの基礎工事中の現場だ。おまえが今居る場所にコンクリートを流し込んで土台を作るらしい」
「……なんだと?」
「バカは死なないと治らない。だから死んでもらう」
隼人は傍にあった機械のスイッチを押した。
ウィィーーーンっ……と嫌な音がして一気に液状のコンクリートが流れ込んできた。
「ひ、氷室隼人、貴様っ!!」
普段、無表情な雅信が珍しく焦っている。
「貴様、こんなことをしてただで済むと思っているのか!殺す、八つ裂きにしてやる、すぐに止めろっ!!」
「おまえは、このビルの土台の一部になるんだ。
誰も、おまえがここに眠っているなんて思わないだろうな。せいぜい、自分がしたことを反省して逝け」




コンクリートはあっと言う間に雅信の体を覆い始めた。
「や、止めろ!!……機械を止めろっ!!」
「窒息死するのが嫌なら今すぐ舌を噛み切って死ぬ事だな。そのほうが、ずっと楽な死に方かもしれないぞ雅信」
その様子をずっと見ていた薫はすっかり青ざめていた。
「……は、隼人?」
「この男はな薫……超えてはいけない一線を超えようとしたんだ」
雅信を見る隼人の目は冷たかった。脅しなどではない雰囲気がそこにはあった。
その間にもコンクリートは流れ続け、雅信の体は見る見るうちに見えなくなっていった。


「…………」
薫は言葉も出なかった。本当にやりやがった。
雅信はもう絶命しただろうか?隼人は眉一つ動かしておらず、助けるつもりはないらしい。
その時、コンクリートの中から何かが飛び出してきた。

「ま、雅信!?」

コンクリートまみれで一見それとはわからなかったが、確かに雅信だ。
雅信は微かにケホッと咳き込んだが、そのまま動かなくなった。
最後の力を振り絞って脱出したものの、今度こそ気を失ったのだ。
隼人は相変わらず冷たい目で雅信を見下ろしていたが、その顔を踏み、「しぶとい奴だ」とだけ言った。




「薫」
「な、なんだい?」
「おまえが美恵に不届きなことを考えてなくてよかった」
「…………」
「おまえも雅信と同類なら……わかっているな?」
「……あ、ああ。……もちろん、僕はそいつとは違うよ」
「その言葉、オレが心底信用していると思うか?」
「!!」
その意味深な言葉に薫は初めて恐怖で固まった。


「雅信が目を覚ましたら言っておいてくれ」

雅信を踏んでいる足にさらに力が込められた。




「オレに二度目はない――と」





それだけ言うと隼人はゆっくりと歩き出した。

(……二度目はない……だって?)

薫はその言葉の意味を理解した。

(……雅信に対する忠告だけじゃない)

あいつだけは本気で怒らせないほうがいいと言った晶の言葉がやっとわかった。


(あれは……僕に対する忠告でもあるんだ)


今度やったら、こうなるのは僕自身――だ。














「薫、いい加減にオレの恋人に手を出すのはやめてくれないか?」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」
「……おまえたちうるさい。アレはオレのものだ」
今日も三人のくだらないケンカが繰り広げられていた。
「あきもせずによくやるよ、あの三人も」
「そうだな。でも、薫も雅信も前よりやり方がまともになったと思わないか?」
「確かに薫はかなり強引だったし、雅信にいたっては犯罪レベルだったよな」
どういう心境の変化か美恵に無理強いしなくなった。
過去に何度も雅信の犯罪まがいのアタックを見てきた俊彦と攻介はそれが不思議なのだ。
もちろん、美恵のことを考えたらいい傾向ではあるのだが。


「……あいつでも反省することあるんだな」
「ああ、まだまともな人間性が残ってたんだな」
二人が徹たちのケンカを横目にそんな雑談をしているところに隼人がやってきた。
「何の話だ?」
「ああ、ほら、あれ。またケンカしてるんだよ。あいつら」
「……またか」
隼人は表情にはだしてないが、随分とあきれているようだ。
「……氷室隼人」
雅信は隼人を見ると立ち去ってしまった。
「なんだ、あいつ、あの態度」
「隼人、雅信とケンカでもしたのか?」
「いや、覚えが無い」
「そうだよな。おまえはくだらない争いはしない主義だもんなぁ」


「オレたち特撰兵士は軍人なんだから、冷たい奴が多いのは仕方ないけど、おまえだけは違うもんな」
「そうそう、雅信も、それに徹も薫も温かみのかけらもないし」
「それ言ったら晶だって冷たいなんてもんじゃないだろ。
軍人としては一流でも人間としては……なぁ」
「直人も悪い奴じゃないんだけど厳格すぎて融通きかないし」
「まして晃司たちは科学省に非人間的教育されて、それが骨の髄まで染み込んでるだろ。
比較するとよくわかるけど、おまえほど人間が出来ている奴なんてほんといないよ」
「だよなぁ。軍の中じゃあ本当希少な存在だぜ。本当に隼人は優しいし、性格いいと思うぜ」
「そうか」
そんな雑談を聞きながら薫は思った。


(……優しい、だって?)


晶は気づいていたんだ、隼人の本性を。
この男の表面上の物静かさや温厚さに決して騙されてはいけない――。
晃司たちⅩシリーズでもない。晶でも徹でも、雅信でもない。
特撰兵士でもっとも冷酷非情な男。

それは、この氷室隼人だ。


――この男だけは絶対に敵にまわしてはいけない。




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