ここはどこだ?森の中……?辺りには人の気配はおろか猫の子一匹いない。
「……どこだ?見たこともねえ場所だな」
勇二はゆっくりと歩いた。足元はゆかるんでおり、とても不安定だ。
「そこの若者」
勇二は目を見開いて素早く振り向いた。
(気配が全くしなかっただと?!)
杖をついたよろよろの老人が倒れた大木に腰掛けている。
「……憐れな若者じゃのう」
「……なんだと?」
途端に勇二の眉間にしわができた。
「おまえさんの運命は二人の人間によって握られておる。二人の男と女によってじゃ……」
「オレの運命?」
「女はおまえの命を助けはするが、おまえの死の原因となる。
男はおまえが殺そうとするが、おまえを殺すことになる」
「……なんだとぉ?」
「せいぜい気をつけることじゃな」
Solitary Island―Fate(勇二編)―
「……ち、またか」
勇二はベッドから上半身をおこすと機嫌悪そうに頭をかいた。
窓から光が差し込んでいる。
いつも上半身裸で寝ている勇二は、そのまま洗面台にいくと顔を洗った。
そして顔をふいたタオルを乱暴に備え付けてあるかごにたたきいれる。
これが一日の始まりだった。
常に不機嫌の塊のような勇二だが、最近は特にそうだ。
理由は二つある。一つは最近、妙な夢を見る。
昨夜見た変な夢は初めてではない。実は二度目だった。
似たような夢を何度見ようがかまわない。しかし、その内容が気に食わなかった。
自分の死の予告のような縁起の悪いものだったのだから。
そして二つ目の理由。これが一番の理由だった。
その理由とは、ある一人の女だった。
名前は天瀬美恵。科学省の秘蔵娘で、あのⅩシリーズの身内。
初めて出会った頃から何となく気に入らなかった。
だが、それは美恵個人が気に入らないということではなかった。
実は勇二は女そのものが嫌いで(と、いうより他人そのものが)美恵だろうか、他の女だろうが気に入らなかったのだ。
普通なら、それで済んだ。なぜなら、そうかかわりを持つこともないと思ったから。
ところが、勇二の思惑とは反対に美恵は特撰兵士たちと深いかかわりを持つことになった。
自然と勇二とのかかわりも出てくる。
「……うざくって仕方ないぜ」
「美恵、待たせたね。さあ、帰ろうか」
「今日の訓練はどうだったの?」
「ああ、大したことなかったよ。何しろ、相手が相手だったし」
特撰兵士たちは任務のないときでも特殊な施設で特殊な訓練に明け暮れなければならない。
そんな場所にいる女なんて軍の人間でも限られているが、美恵もその一人だ。
「おい徹、それはオレが相手だからって意味か?」
ご機嫌で美恵との会話を楽しむ徹に勇二は早速ケンカを売った。
「なんだいたのか?」
「てめえ、何女連れでここに来てるんだ。いい加減にしろ」
徹が住んでるマンションは美恵と同じだった。しかも、何故か部屋は美恵のすぐ隣。
その為、徹は美恵がこの施設に来るときは必ず一緒に来て一緒に帰る。
まるで一緒に学校の登下校をするカップルみたいだ。
それが色恋沙汰なんて大嫌いな勇二には面白くなかった。
何より、その相手の美恵個人に何故か腹がたって仕方ないのだ。
出会った頃も、勇二は美恵に対して最悪な態度をとっていた。
その勇二と全く同じ態度で接する男がいた。それが徹だ。
今でこそ美恵に甘いくらい優しい徹だが出会った当初は最悪。
それこそ勇二同様、いや、それ以上に散々陰険な方法で美恵をイジメていた。
ところが、ある日を境にどういうわけか徹の態度がガラッと変わった。
あれほど苛めていた美恵を熱愛するようになってしまったのだ。
今では風が美恵にあたるのさえ気になるほどのいたせりつくせりの態度で守ってやっている。
徹同様、美恵に冷たい態度をとっていた勇二は、それが非常に面白くなかった。
徹が美恵と仲が良ければいいほど、ますます面白くない。どうしてなのか、自分でもわからないくらいだ。
他の特撰兵士は個人差はあれ、それなりに美恵と上手くやっている。
女とは滅多に口もきかない晶や直人でさえもだ。
勇二だけだった。今だに仲良くなれないのは。
元々、勇二は美恵に冷たかったが、それでも一時期はましになった時もあった。
戦場で勇二が怪我をして寝込んだときに美恵が看病してくれたからだ。
もっとも勇二がおれたというよりも、美恵が勇二の操縦方法を覚えたといったほうがあっていたが。
ともかく、第三者から見ると、最悪な関係だった。
それでもわかる人間がみたら勇二がかなりマシな態度になっていることには気づいたことだろう。
しかし、それもほんの数日だった。
ある日、徹が食堂にやってきて公衆の面前で美恵にとんでもないことをした。
それを見た直人は固まってしまったし、隼人は溜息をついた。晶なんかは笑いを堪えていた。
そんな中、勇二は呆気にとられたが次の瞬間カッとなってテーブルの上にある食器を全部ぶちまけた。
色恋沙汰が大嫌いな勇二には戦場でイチャイチャされるのが我慢ならなかったのだ。
せっかく美恵が勇二を手懐けかけたのに、徹のせいで全部おじゃんになってしまった。
さらに、それを決定づけたことがある。
陸軍から科学省に書類を渡すようにと勇二に指示があった。
科学省、つまり美恵を通してだ。勇二は渋々美恵のマンションに赴いた。
こんな命令がなければ、女が一人暮らしをするマンションなんかには絶対に行かないだろう。
ドアを開けた美恵に書類入りのA4サイズの茶封筒を突き渡し「用はコレだけだ!」と怒鳴った。
その時だ、「何だい、今の怒鳴り声は?」と、奥の部屋からひょこっと徹が顔を出したのは。
夜の七時を回っていたということもあって勇二の怒りはあっと言う間に沸点に達した。
「徹、何で、てめえが美恵の部屋にいやがるんだっ!?」
土足で部屋に上がり、徹の胸倉を掴んだ。
「何でだって?オレもここに住んでいるからさ」
隣の部屋にだけどね。徹は心の中でそう呟いた。
「今から食事なんだ。だから、さっさと帰ってくれないか?」
「てめえら、出来てやがったのかっ!!?」
「それは君の想像におまかせするよ」
それだけ聞くと勇二は美恵をまるで娼婦でも見るような目でギロッと睨みつけさっさと帰ってしまった。
それ以来、勇二は美恵を見ると凄い目つきで睨み、まともに会話すらしてくれない。
「おい攻介、おまえやけにご機嫌だな」
鼻歌まじりでルンルン気分の攻介に俊彦は「おまえこそ」と反論された。
「だって久しぶりに美恵に会えるんだぜ」
いつも任務やら何やらで忙しくて会えない。
珍しくⅩシリーズが任務を終えて三人とも揃って帰ってきたので美恵が会いに来るのだ。
晃司や秀明が揃って帰ってくると、ちょうどいい機会だから訓練の相手にと他の特撰兵士も全員呼び戻される。
その為、普段滅多に会えない美恵に会える。だから攻介はご機嫌なのだ。
「ところで美恵はまだ来ないのかよ?」
「そういえば姿みせないよな。そろそろ訓練始まる時間だし来てもいい頃なのに」
二人の会話に水をさすように直人が「美恵なら30分も前に見たぞ」と言った。
「徹が訓練に集中する為に皆精神統一しているから邪魔しないほうがいいと言って客室に連れて行ったけどな」
「「…………」」
「『どうして、そんな嘘聞き逃したんだ?』って顔だな」
「どうして、そんな嘘聞き逃したんだよ!?」
「アレだ」
直人はチラッと目線である人物をさした。
「……勇二?」
「あいつは美恵にことあるごとにつっかかって悪態ついているだろう。
徹にとっては美恵に対して邪な感情を持たない男は歓迎してもいいくらいだが度を越えるとそうでもないってことさ。
美恵は勇二に嫌われていることを気にしているんだ。それが徹にはどうにも面白くないらしい。
『どうしてオレの美恵があんな奴に冷遇されなければならないんだ』と息巻いていたぞ」
直人は一呼吸置いてさらに言った。
「今、この場所に美恵が来たらどうなる?」
二人は意味ありげに勇二を見た。
訓練前に美恵と仲良く会話などしているところを見られでもしたら……。
勇二のことだから『こんな場所でいちゃつくなんていい度胸してるじゃねえか』と即ケンカを売ってくるだろう。
勇二に会わせたくないからと美恵を連れて行ってしまった徹は正しい。
「……なんだって、あいつ、あんなに美恵のこと嫌ってんのかな」
「……ああ、怪我したあいつを徹夜で看護してくれたのは誰だっていうんだよ。まったく」
「あいつは、美恵でなくてもいつもそうだろう」
「確かにオレたちにもすっげー冷たいよ」
「でも美恵は女の子なんだぜ。もっと言い方とかあるだろう」
勇二に聞えないように話していたつもりだったが、その勇二がギロッとこっちを睨んできた。
会話の詳しい内容はわからなくても自分の悪口を言われていることは容易に察してしまったらしい。
「おい、言いたいことがあるなら、はっきり言いやがれ!!」
「落ち着けよ勇二。オレたちは何も……」
「オレが何もしらねえとでも思ってたのかっ!?
どいつも、こいつも、あの女と親密になりやがって、面白くねえっ!!
オレは、あんな女は大嫌いなんだっ!いつの間にか徹とねんごろな仲になりやがってっ!!」
「……?」
直人たちは不思議そうな表情で勇二を見詰めた。
「……あいつとオレは最初は同じだったんだ、なのに」
「ちょっと待てよ勇二」
「なんだ直人。てめえもオレに文句があるのか?」
「……おまえ、まさか美恵と徹が仲がいいのが気に食わないのか?
おまえと徹はスタート地点は一緒だったのに今では大きな差があるからな」
「どういう意味だ」
「おまえ、徹にヤキモチやいてるのかっていってるんだ」
俊彦と攻介はゲッとうなった。
「ふ、ふ、ふざけるなっ!どういう意味だっ!?
それじゃあ、オレがまるであの女に気があるみてえじゃねえかっ!?」
「違うのかよ」
「違うに決まってんだろ!!オレはああいういい子ぶった女は一番嫌いなんだっ!!」
すると直人は鼻で笑った。
「だったら美恵が誰と親しくなろうと、おまえには関係ないだろう?
それなのに、美恵が他の男と親密になるたびに一々悪態ついているなんて見苦しいって言ってるんだ。
おまえにそんなつもりはなくてもオレにはただの嫉妬にしか聞えねえんだよ。
無様な男になりたくなかったら言動にはせいぜい注意しろ。
そんなおまえの愚痴を聞かされるこっちの身にもなって欲しいぜ。
迷惑なことこの上ないんだ。自覚くらいするんだな勇二」
攻介と俊彦は賞賛のまなざしで直人を見詰めた。
(……す、すごい直人……な、なんで、あんな残酷なことをスラスラ言えるんだ?)
(まして相手はあの勇二なのに……オレには絶対言えねえ……)
攻介たちが見守る中、勇二は言い返すことも出来ずに、そばにあった額縁を壁に叩きつけて破壊すると出て行ってしまった。
「……言い返せないと物にあたるクセは一生治りそうもないな」
「お、おい直人……」
「なんだ?」
「ちょっと、言い過ぎじゃねえの?あいつの性格、おまえだって知ってるだろ?」
「……まあな。確かに言い過ぎたが、毎回あいつの言動に今まで我慢してきたんだぜ。
たまには少々きついこといってやらないとオレの気がすまないんだ」
「おまえも言い分ももっともだけどよぉ……でも、あいつの怒りの矛先は多分美恵に行くぜ……」
直人はちょっとだけ「あ」と呟いた。
そして俊彦の推測通り、勇二はその後廊下でバッタリ会った美恵に思いっきり八つ当たりした。
しかも、訓練をボイコットして、施設にある自室に閉じこもってしまったのだ。
「……直人の野郎……いつか、ぶっ殺してやる」
言いたい放題言ってくれやがって……。それにしても……腹減った。
かれこれ、あれから五時間以上たっている。
いつもなら夕食の時間だが、自分から閉じこもってしまった以上、食事時だからといって部屋からでるわけにもいかない。
勇二は意地っ張りな男なのだ。
もしルームメイトが気の利く人間なら、トレイに軽食を盛り付けて持ってきてくれるだろう。
が!ルームメイトは秀明なので、全く期待できない。
万が一、もってきてくれたとしてもⅩシリーズのお情けを素直に受け取るような真っ直ぐな性根ではない。
「……あいつら今頃食堂で」
どうでもいいことだが、誰一人として「いい加減に機嫌直して、食堂に来いよ」と言ってくれなかった。
「……腹が減るとイライラするってのは本当だな」
オレがこんな目に会うのも、元はといえば美恵のせいだ。
本当に、あの女にかかわるとろくなことないぜ!
そんな逆恨みしている間にあっという間に時間は過ぎ、時計は九時をさそうとしていた。
「……こんなことなら非常食くらい用意しておくんだった」
その時、トントンとドアをノックする音がした。
「……誰だ?」
「勇二、私よ」
元凶の声じゃないか!勇二は途端に不機嫌になった。
「おなかすいたでしょ?食事持ってきたから」
(食い物……?)
ちょっとだけ反応してしまった。しかし、ドアの向こうから、もう一つ余計な声が聞えた。
「勇二が食べてくれるわけ無いだろう美恵。君がそんなに気を使うことないんだよ」
(その声は……徹!!)
「でも、ちゃんと食事をとらないと」
「君は優しいね。でも、普段君にあんな態度をとっている勇二が素直に君の好意を受け取るものか」
勇二の中でアマノジャクが巨大化していった。
「賭けてもいいよ。勇二は絶対に君の……」
徹が言い切らないうちに「誰がてめえの施しなんか受けるか!!」と怒鳴り声。
「てめえの哀れみうけるくらいなら飢え死にしたほうがまだマシなんだよ!!」
「ほらね、言ったとおりだろう?望み通り飢え死にさせてやればいいんだ」
「徹!!てめえの声なんか聞きたくねえんだよ!!
さっさと、そのバカ女連れて、部屋の前から消えろっ!!
オレはマリオネットの晃司や秀明は大嫌いだ、その身内もな!!
いいか、よく聞け、オレはおまえみたいな女は大嫌……」
「わかってるわよ。言われなくても、あなたが私のことを嫌いなことくらい!」
言い返したのは徹ではなく美恵だった。勇二はちょっとだけ驚いた。
「わざわざ言われなくても、あなたの私に対する態度で嫌ってほどわかるわ!!
でも、そんなにはっきり言う事ないじゃない!!
あなたには迷惑でも、私はあなたとも上手くやりたいとそれなりに努力してきたつもりよ!!
それが迷惑なら、もう金輪際あなたにかかわらないから安心して!!」
「な、なんだとぉ?」
「もう、あなたに好かれようなんて考えないって言ってるのよ!!
これ以上ないくらい自分を嫌っているひとの機嫌とるほどバカなことはないもの。
あなたが私を嫌いなのは知っていたけど、今ほどはっきり思い知った事はないわ」
「ふざけるなっ!!」
勇二は思わずドアを開けた。
「やっぱり、てめえは全然わかってねえじゃねえかっ!!
思い知ったぜ、わかっていたが再確認したっ!!
オレはおまえが気にくわねえっ!何が嫌いなのは知っていたけど……だ!!
てめえがオレの何をわかってるっていうんだっ!!
勝手にオレのことをわかったつもりでいるな、このバカ女っ!!」
「……バカ女、バカ女と、さっきから黙って聞いていれば」
徹の殺意を感じたのか、ついカッとなって怒鳴ってしまった美恵は冷静になって焦っている。
「……徹、夜の訓練始まるんでしょう?」
「……ああ、そういえば、そんな時間か。じゃあ帰ろう」
徹は美恵が持っていたトレイを「持ってあげるよ。さあ行こうか」と促した。
どうやら勇二には水一滴もやりたくない、そんな気持ちが行動に現れている。
「帰りたければ、さっさと帰れっ!!」
勇二は突然徹からトレイを強奪した。
「……何するんだ。それは持って帰って生ゴミに捨てるよ」
「うるせえ!オレは施しうけるのは嫌だが、おまえなんかにオレのものを好き勝手にされるのはもっと嫌なんだっ!!」
バタンっ!!壊れるのではないかという勢いでドアが閉めるられる。
すぐに徹たちの足音が遠のいていった。
「……面白くねえ。あの女、言いたいことわめき散らしやがって」
それにしても、あの女が切れるなんて珍しいな。
そういえば秀明がずっと部屋に戻らねえし、もしかして晃司たちに何かあったのか?
「……森……この森は……」
そうだ、以前夢で見た。そして、また同じ老人が出てきた。
「……また、てめえか」
「おまえの運命は……」
「聞き飽きたんだよ、その台詞は!うざってえことこの上ないぜ、何が二人の男女に運命を握られているだ!!」
「……女とはすでに出会っている」
「……なんだと?」
いつもと違う展開に勇二は思わず言葉を失った。
「忠告しておこう。その女とはかかわらないことじゃ」
「……かかわったらどうなるっていうんだ」
「……おまえの死の原因となる」
「じゃあ、オレを殺すっていう野郎は?」
「……その女とかかわらなければ、その男に殺されることは無い」
「……むかつくじじいだな。オレが負けるってことかよ。返り討ちにしてやるぜ」
「……無駄じゃ。その男は強い、おまえさんでは逆立ちしても勝てん」
「なんだとぉ!?バカにしやがって、すぐにぶっ殺してやるぜっ!!
その男は誰だ!!オレを殺すっていうんなら、やられる前に殺してやるぜっ!!」
「その男とはいずれ会う」
「どんな野郎だ!?まさか晃司なんてオチじゃねえよな?」
「……赤毛の男に気をつけることじゃな」
「……赤毛?」
「そう……炎のように紅い髪をした男。瞳はブラウン。そして紅蓮のように激しい目と気性をした男じゃ。
怒らせたら……相手の息が止まるまで攻撃の手を止めない危険な男」
「……外人?国際テロリストか?」
「違う」
「なんで女が関係するんだ。その野郎の情婦なのか?」
「違う。だが、その男は……」
「……またか」
時計をみた勇二は「まだ一時じゃねえか」と呟いた。
「……赤毛の男」
随分と具体的な夢だったな。相変わらず胸糞悪いぜ。二度とみたくねえ。
「……この時間なら、全員寝てるだろうな」
勇二はそっと部屋から出た。念のために気配と足音を消して廊下を歩いた。
「……晃司たちなら大丈夫だろうけど、美恵がかわいそうだな。せっかく再会したばっかなのによぉ」
直人と攻介の部屋の前にくると中から声がした。
(晃司?)
「帰国早々、すぐに任務がはいるなんて。それも相手は名うてのテロリストだ。
美恵も心配でたまらないんだよな。あの美恵がカッとなって勇二にケンカ売るくらいだろ?」
「こんな時に勇二に晃司たちを人形呼ばわりされたんだ。
いくら争いごとが嫌いな美恵でも怒鳴りたくなるさ」
(晃司と秀明は任務に出掛けていたのか……それで、あの女機嫌が悪かったんだな)
晃司や秀明の為にオレに反抗したってことか。
ますます、面白くねえ!!こうなったら、あの女に文句言わないと気がすまない。
そう思った勇二は予備の寝室に向かったが美恵の姿は無かった。
「あの女、どこに行ったんだ?……ん?」
ふと中庭を見ると、木の幹に美恵がよりかかって座っている。
「……見つけたぜ」
勇二はいちいち一階に下りるのが面倒だったので、一気に二階のベランダからジャンプした。
「おい!さっきはよくもオレに八つ当たりしてくれたな!!ただじゃあおか……って、ねてやがる」
こんな所で。
(まさか晃司たちを待っているうちに……?)
夜風は冷たい。こんなところにいたら風邪をひくだろう。
……本当にムカつく女だぜ!!
次の朝、美恵は目を覚ますとベッドの中にいた。
もしかして徹が運んでくれたのかと思い聞いてみると、「想像におまかせするよ」と言われた。
なぜか、その会話を聞いた勇二が「てめえは最っっ高に最悪な女だな、反吐が出るぜ!!」とわめき散らした。
思えば、この時にしたケンカが美恵と勇二が戦場以外でかわした最後の言葉になろうとは。
数日後、勇二は軍用基地で美恵と会った。
会ったというよりは、遠くから見かけただけだったが、その時、美恵は数人の男に囲まれていた。
普通なら、ただのナンパだと思い気にもとめなかったが、その時は事情が違った。
(……あの男……あの野郎は……)
勇二はさすがにヤバイと思った。
なぜなら、相手の男はそこらへんにいる歩兵などではなかったから。
ただの可愛いナンパなどではない。
その証拠に美恵は怯えて「私は特撰兵士の佐伯徹の友人なのよ」と、徹の名前を出していた。
もしも、軍内で厄介なことに遭遇したら、迷わずに自分の名前を出せ、徹がそう教えていたからだ。
普通の相手なら、徹の名前にびびって退散した事だろう。
(……相手がまずすぎる。徹の名前なんかで引き下がるものか!)
勇二の予想通り、男は「それがどうした?」と薄笑いすら浮かべている。
そして、美恵の腕を掴むと強引に引っ張り出した。
「い、嫌っ!!誰か助けてっ!!」
美恵の周囲には軍人が何人もいて、その光景を見ていた。
しかし、誰も助けようとしない。それどころか、目を合わせないようにしている。
(……あの野郎を相手に助けようなんてバカなことするか!あのままだと美恵はあいつらに……)
徹は……いつも美恵にひっつ付いている徹はこんな時どこにいやがるんだ?!
見渡したが影も形もない。
(……オレには関係ないことだ。もし、下手な真似をして、あいつに睨まれたら……)
「誰か助けてっ!!」
「……クソ!」
勇二は一歩前に出た。自分は何をバカなことをしようとしているんだ?
相手が誰かわかってるのか?あの野郎は、今のオレより階級も実績も上だ。
しかも一人じゃない。そこにのこのこ出て行ったらどうなるか?
そんなことは火を見るよりあきらかなのに。
その時だった。
「やめろ」
そんな声がした。勇二より早く美恵に救いの手を差し伸べた者がいたのだ。
出遅れた勇二は思わず廊下の角に姿を隠した。
「オレにご意見しようっていうのか?」
美恵の腕を掴んでいる男が不機嫌そうに言った。
「おまえは変わってないな。多分死ぬまで治らないな、そのバカな脳みそは」
「なんだと?……てめえ、誰に向って口きいている?」
「その女は科学省の秘蔵娘だ。下手な事をしてみろ。
科学省のトップは将軍と同等の階級だ。左遷だけじゃすまないぞ」
そんなやり取りがしばらく続いたが、やがて「せいぜい夜道に気をつけろよ」と捨て台詞を残して男たちは去っていった。
「大丈夫だったか?」
美恵はよほど怖かったのだろう、安堵した表情で救世主に何度もお礼を言っている。
その男は何もいわずに、そっと美恵の頭に手を置いてなでていた。
(……面白くねえ。ふん!)
勇二はこれ以上ないくらい頭にきて、その場を去った。
勇二は全く知らなかったが、これがきっかけで美恵はその救世主と急速に親しくなった。
もしも、この時、勇二がその男より先に美恵に救いの手を差し伸べていたら……。
あの凄惨な事件は起こらなかったかもしれないなどと勇二が知るよしも無い。
数ヵ月後、美恵は男性恐怖症になってしまい、しばらく軍からはなれることになった。
何があったのか、勇二は何も知らなかった――。
あの時、勇二が決断するのが遅かったが為に美恵は地獄を見た。
運命の皮肉か、勇二は再び決断しなければならない日が来る。
その運命の日は――そう遠い未来ではない。
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