長く艶のある黒髪に象牙のような肌。そして愛らしい微笑みを持つ母親。
そして、そんな母親に似てこれまた愛らしい息子。
彼は素晴らしくイイコでした。
とても正直で、素直で、愛想が良くて、誰に対しても分け隔てのない優しい少年だったのです。
ただ一つ残念なのは、この家庭には父親がいないことでした。
でも、そんな寂しさを微塵も感じさせないほど、いつも明るい笑い声が聞こえてきます。
こんな素敵な母と子はきっと世界中どこを探してもいないでしょう。
Solitary Island―相馬家の人々Ⅱ―
それはある日のことでした。母の知り合いという男が2人やってきたのです。
「全く、おまえは昔から大した女とは思っていたが、こんな豪華なマンションに息子と二人暮らしとはなぁ」
「本当だ。オレのマンションより、ずっと豪華だぞ」
2人の男は実に対照的でした。
一人は茶髪でハンサムで、とにかくモテそうな男。
もう一人は坊主頭で無精ひげ。見た感じかなり人生経験豊富そうです。
洸はお茶を持ってきて「どうぞ」と愛想よく微笑みました。
「サンキュー」
「相馬の息子か。よく似てるな」
「お2人は母とどういうご関係なんですか?」
「オレたちはおまえのおふくろさんとは中学生時代の同級生だったんだ」
「同級生……あの失礼ですが、お2人はクラスメイトだったんですか?」
「ああ、まあ川田は留年だったら一年年上だけどな」
「ええっっ!?」
洸はこれ以上ないくらい驚いた表情をしました。
初対面の2人は、それが洸が母親から受け継いだ演技力とは気付いていません。
「川田さんのほうが、ずっと若く見えますよ!!」
「なにぃっ?!」
――2人が帰った後――
「あら洸。そのお金どうしたの?」
「川田さんがお小遣いにってくれたんだ。あのひと、いいひとだね♪」
「そう、良かったわね」
こうして、洸は臨時収入を得ることになったのです。
「あーあ、学校生活にも飽きてきたよなぁ。オレって基本的に飽きやすいから……」
何か面白いことないかなぁ。
例えば、ストーカー騒ぎとか、不良の乱闘とか、とにかく面白いこと。
お金になることなら尚更いいな♪
「おい仁科!!おまえ掃除当番だろう、どこに行くんだ」
「うるさい。オレは用事があるんだ」
「何だ用事って。本当に大事な用事なら止めはしないが、くだらないことなら単なるサボりだぞ。
さあ、どんな用なのか、説明してくれ」
「……どうしておまえに一々説明しないといけないんだ?おまえ、何様のつもりだ、学級委員でもないくせに」
「おまえは普段から自分に都合が悪いことから逃げ出してばかりだろう。
だから信用できないんだ。それとも説明できないような理由なのか?」
(あれあれ山科、仁科につっかかってるよ。
下手だなぁ、いくら正論でも、ああつっかかられたら仁科みたいな自己中反発するだけだよ)
「いいから、そこどけよ」
「そうは行くか。どうしても行くというのならオレは力づくでおまえを止めるぞ」
「うるさい!!うざいんだよ、さっさとどけ!!」
悟が伊織を突き飛ばした。その勢いで伊織が倒れこむ。
いや倒れこむだけならいい。生徒手帳が放り出されたのだ。
洸の足元に……そして落ちた時ぱらっと開いた。
蘭子の写真がはさんであった――。
いつもは冷静な伊織の顔が引き攣ったのを洸は初めてみただろう。
伊織は生徒手帳を拾い上げ、恐る恐る洸を見た。
洸は……ニヤっと笑った。
「バッチリ見たよ」
「……っ!!」
「安心してよ」
洸は伊織の肩にポンと手を置くと小声で囁いた。
「オレ、自分でいうのもなんだけど口かたいから言いふらそうなんて気はこれっぽっちも起きないんだ。
でも、知らなかったなぁ……へえ、鬼頭のことをねぇ」
「……そ、相馬」
「なんだよ心配性だなぁ。大丈夫黙っててあげるから。昔から言うだろう?地獄の沙汰もなんとやらって」
伊織は固唾を飲んだ。
「魚心あれば水心ありっていうけど、オレと山科の仲じゃないか。安心して学生生活送りなよ。
大丈夫、誰にも言わないからさ。山科が鬼頭に惚れてるなんてこれっぽちも言う気は――」
「ば、ばか!!聞こえるだろう!!」
伊織は慌てて洸の口を塞いだ。クラスメイト達が何事かと2人に視線を集中させる。
「ああ、ごめんごめん。オレさぁ、口はかたいけど音量はあるから」
「……頼むから黙っていてくれ」
「うん、わかってるよ。ついでに言えばお腹すいたんだ。
満腹になればもっと口かたくなると思うんだ」
その日、銀行から貯金を下ろして落ち込んでいる伊織と、料亭で母と楽しく食事をする洸の姿がありましたとさ。
メデタシメデタシ。
洸にとって他人の弱味や争いは人生のスパイス。
どんなお酒よりも酔わせてくれる最高のカクテル。
「あーあ、最近やけにつまらないんだよね……」
洸は溜息をつきました。
(山科と委員長って友達で同じ女好きなんだから友情にヒビはいるのかとワクワクしてたけど、
あいつらお互い相手が鬼頭に惚れていることに全く気付いてないんだから、いやになるよ。
軟弱少女マンガみたいにさぁ、三角関係期待してたのにあてがはずれたね)
洸はチラッと窓際の席でデートの相談をしている誠と菜摘に目をやった。
(クラスで唯一のカップルなんだからさぁ……期待してたんだよ。
妊娠騒ぎでも起さないかなって。だけど、あいつらオレの勘じゃあキスもまだだね。
あーあ、親にいえないようなふしだらなことした挙句駆け落ち。
その後は堕ちるところまで堕ちるなんてドラマの中だけなのかなぁ)
かつて洸の母を二十代前半だと勘違いしてナンパしようとして、そのことで洸にゆすられている純平もそろそろ限界だ。
(……元々金持ちじゃないあいつから、これ以上金取るなんて出来ないしね。仁科辺りをゆすってやろうかな……)
洸はMDプレイヤーと取り出し、イヤホンをつけると再生した。
『父さん、何だったらオレも協力してやるよ。杉村のおふくろの事』
『本当か悟?』
『ああ、なあに金さえ積めば妻くらい喜んで差し出す男は大勢いるだろう。
杉村の親父は単なるサラリーマン。大喜びで金受け取るさ。
問題は夫より息子だ。あの空手野郎マザコンの上、乱暴だから』
(……全く、我ながら上手く録音できたね。それもこれもママのおかげ。
ママの店の常連だったのが運のツキさ。これ、杉村に聞かせたら多分あいつ殺されるよ。
そうならないためにも、しっかり忠告してあげないとね。
それに、仁科家って世間体にうるさそうだから、こんな会話が公開されたら大変だよ。
良かったね仁科。これ録音したのがオレでさ)
――その夜――
「あら洸。そのお金どうしたの?」
「ママの常連さんがお小遣いにってくれたんだ」
「そう、良かったわね」
こうして洸は臨時収入を得ることになったのです。
そんな、ある日のことでした。
洸が望んでいた争いの種がやって来たのは。
「転校生を紹介するぞ。さあ挨拶をしなさい」
「天瀬美恵です。よろしくお願いします」
洸は、その少女に目を奪われていました。
その少女はとても美人だったのでクラスの男子生徒はとても喜んでいましたが、洸の喜びはそれとは全く違ったのです。
洸は直感で感じたのです。『面白いことになる』――と。
やがて二年に進級し、洸はその少女とまた同じクラスになったとき心から喜んだのです。
これで二年間は一緒のクラスだと。そして洸の予想通り面白いことになってきました。
転校生が続々やってきたのです。その少女とは勿論初対面のはずなのですが……。
(……あいつら絶対に顔見知りだよ)
洸は直感でそう感じました。それなのに初対面のフリをするとはわけありに違いありません。
(……面白くなりそうだな♪)
そんなある日のことでした。
「どうしよう……困ったな」
邦夫が頭を抱えていました。
「委員長、どうしたのさ?」
「実はPTA会費まだ未納の生徒が何人かいるんですよ。
僕が責任を持って今日までに集めなければいけなかったの……」
「そうか委員長風邪ひいて昨日まで学校休んでいたからね。で?誰と誰と誰?」
「……三村くんと吉田くんと鳴海くんなんですが。ちょっと目を離した隙に帰ってしまって」
「ねえ、オレが集めてあげようか?」
「本当ですか?お礼はします」
「うん勿論だよ。じゃあ行くよ根岸」
「ええっ!!オレも行くの?!」
ピンポ~ン……♪
「三村は留守か……ん?何してんだよ」
純平が不審がるのも当然です。洸は鞄の中から鍵の束を取り出しているのですから。
「……えっと……三村のマンションは、これだこれだ」
その中の一本を選んで錠穴に差し込むと……ガチャリ。
「ビンゴ♪」
「ちょっと待てぇぇー!な、なんでおまえが三村の家の合鍵持ってんだよっ!!」
「ああこれ?ちょっとね」
「……って、なんで勝手に入ってるんだよ!!」
「いいからいいから」
「うわぁー、三村の親父さん何やってるのかしらないけど金持ちなんだな。
見ろよ高そうな家具や機械が一杯ある。
……あれ?変だなぁ……三村は確か父子家庭のはずだけど……」
純平の第六巻が疼いたのです。
「さすがは根岸。だてに女好きやってないね。だから、おまえを連れて来たんだよ♪ほらこれ」
洸は純平にデジカメを渡したのです。
「三村の親父さん、オレの独自の調査によるとかなりヤバイことしてると思うんだ」
(……ど、独自の調査?)
「まあ、オレはやばい事には手を出さない主義だから、そんなことはどうでもいいよ。
ただね。どうやら私生活でも叩けば埃のでる身のようなんだよ。
……と、いうわけで脅せるネタ探して証拠取っておいてよ」
「……っっ!!」
純平は勿論そんなことゴメンでしたが自分が洸ににらまれるのは真っ平ごめんだったのです。
仕方なく言われた通りにしてしまいました。
「……取れたぞ。それにしてもすごい親父さんだな……。
オレの睨んだところだと現在4人の女と同時に付き合って、内2人と肉体関係持ってる」
「さすがは根岸。そういうところ大好きだよ。あ、ちょうど良かった三村が帰ってきた」
2人は外にでると、また例の合鍵で今度は鍵をかけました。
その途端、洸は先ほどのウキウキした表情とはうって変わって困惑した悲しい顔をしました。
「あれ?相馬に根岸。おまえたちどうしてこんなところに。
オレに用でもあったのか?」
「三村良かった!実はPTA会費の徴収に来たんだけど誰もいなくて困ってたんだ」
「PTA……ああ、ごめんごめん。すっかり忘れてた。
ちょっと待ってくれよ。金取ってくるから。まあ上がっていけよ。お茶くらいは出すぜ」
「良かった。このまま君が帰ってこなければどうしようかと思ってたんだ」
真一は2人を部屋にあげリビングを指差し「ほら、ソファでくつろいでくれ」と言うと、父の私室に入り金庫を開け始めました。
ちょっと離れたところに洸と純平。
勿論、2人からは真一の後姿しか見えないのですが……。
(……3……4、7……逆回転で1……4、6……さらに逆回転で2、2、……ラストは9か)
腕の動きで洸はわかってしまったようです。
勿論、金庫の暗証番号がわかったからと言って洸に悪さをする意思はないので、まあどうでもいい情報なのですが。
『吉田、吉田』
「ん~……何だよ」
『ほら起きなよ』
「……ねむいよ……」
『学校から帰ってすぐ寝るなんて不健康だよ。ほら起きなよ』
「うるさない……あれ?相馬に根岸……何でオレの家にいるの?」
「PTA会費の徴収だよ。玄関の鍵が開いてたんだ。
全く無用心だな……君の靴があったから、まさかと思って悪いと思ったんでけどお邪魔させてもらったんだよ」
「そうか悪いな……ああ、それ……その机にオレの貯金箱あるだろ?適当にもってってくれよ」
「適当でいいんだね?」
「ああ……オレ今ねむいから……すぅすぅ……」
「あーあ、また寝たよ。じゃあお言葉に甘えて……」
洸は貯金箱からお金を取り出しました。
「……相馬」
「何だよ」
「……PTA会費って3000円だろ?どうして4000円とってるんだ?」
「手数料だよ。吉田だって『適当』に持っていってくれって言っただろ?」
「……」
「じゃあ戸締りしっかりして帰ってやるか」
2人が帰ってから二時間後に拓海は目を覚ましました。
「……ああ、よく寝た……アレ?貯金が少し減ってる……まあ、いいか」
元々お金持ちの拓海には1000円程度はどうでもいい額だったようです。
ただ一つだけ気になることが……。
「……オレ……帰ってすぐ鍵かけたような」
思い出しました。確かに家に帰ってすぐに玄関の鍵を掛けて戸締りしてから寝たはず……。
「……あれ?」
でも考えても仕方ないので忘れることにしました。
メデタシメデタシ。
「次は鳴海だよな……まさか三村や吉田みたいにあいつの家の合鍵持ってるのか?」
「まさか、あいつは普通とは違う。全く、その隙がなかったんだ」
「普通とは違う……?どういうことだよ」
「まあ気にしない気にしない」
とりあえず鳴海のマンションに辿り着きました。
ピンポ~ン♪
チャイムを鳴らすも誰も出ません。
「……留守だぞ」
「そうかな?」
洸はMDプレイヤーを取り出しました。再生!
『Ⅹを代入して……』
それは美恵の声でした。どうやら数学の授業の時に録音しておいたようです。
「美恵っ!!」
開かずのドアが開いたのです。
「鳴海いたんだね。PTA会費の徴収に来たんだけど……」
「……いない」
ガチャン……!即ドアを閉められました。
「……天瀬に頼まれて来たんだ」
バタン……。ドアが開きました。
「……美恵にか?」
「うん、そうだよ。自分で会うのは照れくさいからって」
「……美恵が」
「もしかして彼女。君に惚れてるかもね」
「……かもじゃない。惚れさせる、力ずくでも」
「頑張ってね。とりあえず出すもの出さないと嫌われるよ」
「…………わかった」
こうして洸は善意で委員長を助けてやることに成功したのです。
「……それにしても、どうしておまえがクラスメイトたちの家の合鍵を」
「企業秘密。まあ、些細なことは忘れなよ。
でないと根岸がオレのママをナンパしようとしたことうっかり言っちゃうよ」
「……ああ、わかった」
(……それにしても、オレって本当にまめだよなぁ)
洸は合鍵の束を見詰めてそう思いました。
『あれ?内海、そのキーホルダーカッコイイね』
『そうか?』
『うん。ちょっと見せてくれる?』
『いいよ』
勿論、キーホルダーなどどうでもいいのです。
目的はただ一つ。
洸はキーホルダーを見るフリをしてすかさず一瞬の隙をついて粘土で鍵の型を取りました。
『はい返すよ。ありがとう』
こうして、せっせとクラスメイトたちの合鍵を作っていたのです。
(……それにしても)
洸は家に帰るとクラス名簿を見ながら考え込みました。
(……なんなんだろうね、こいつら)
「洸、どうしたの?」
「ああママなんでもないよ。ちょっと考え事」
「何よ考え事って」
「クラスにさ……どう考えても素人じゃない連中がゴロゴロいるんだ。
表向きは普通の中学生やっているけど隙がなくて指紋もとれないんだよ」
「……何よ、そいつら」
「さあね……まあ、いいか深く考えなくても。それより今月のお小遣いまだだよ、早く頂戴」
「……たく、人の顔みれば小遣い小遣い……って。一体、誰に似たのかしら?」
ともあれ洸は今日も健やかに成長していくのであった。
メデタシメデタシ。
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