美恵 ……

おまえがオレたちの前から消えて一年が過ぎた
今度、転校する学校に美恵 がいると聞いたよ。すごく、すごく嬉しかった
晃司も秀明も何も言わなかったけど、オレは指折り数えているんだ

美恵 に会える日のことを……。

あの日、美恵 がいなくなって、もう一年がたつ
美恵 がいなくなって初めて知ったよ

時間がこんなにも長いってことに……。




Solitary Island外伝―君がいた夏―




「ああ、もういい加減にしてくれよ……オレはおまえのお守りじゃないんだ」
まただ。また同じことを言っている。
「……なあ、おまえが世間知らずってことはオレも重々承知だ。
でもなあ限度ってものがあるだろ?」
「それで俊彦。おまえ何を怒ってるんだ?」
「おまえに怒ってるんだよ!」
「どうしたの?」
その時だった。丁度美恵 が通りかかったのは。
オレはとりあえず美恵 を抱き締めた。いつものことだ。挨拶代わりかな?


「志郎は、本当に甘えん坊ね」
そう言って美恵 もオレを抱き締めた。そして後ろに回した手で背中を撫でてくれる。
「……いいところにきてくれたよ。なあ、こいつ何とかしてくれ」
「志郎が何かしたの?」
「……何かしたのじゃないよ。ルームメイトのオレの身にもなってくれ」
溜息をつくと俊彦は昨夜のことを話し出した。














――昨日の夜――

『こいつ自殺しやがったぜ』
『しょうがない。上に報告を……!』
『な、なにぃ!おまえ生きてたのか!?』
『グ……』
バタッ……大袈裟くらいの効果音が大音響で響く。


俊彦は映画鑑賞をしていた。 アクション映画は大好きだ。今見てるのはスパイ映画。
敵のアジトに潜入して捕らえられ監禁されていた主人公が自殺したと見せかけ、敵が油断したところを反撃する場面だった。
主人公は狂言自殺で手首まで切っていたが、もちろん傷は浅い。すぐに傷口を止血すると走り出した。
ついに敵の首領との最終決戦だ。その時だった。


「俊彦」
「ん?何だよ」
珍しく志郎から話し掛けてきた。
「あんなことで敵が騙せるのか?」
「さあなぁ、何だかんだいってもフィクションだし。やってみないとわかんねーだろ?」
「そうか……俊彦」
「まだ何か質問あるのか?」
「少ししたら洗面所に来い」
そう言って志郎はスタスタと洗面所に入って扉を閉めてしまった。




「なんだ、あいつ?」
とにかく今は映画のクライマックスだ。
今が1番いいところなんだ。構っている暇はない。暇は無いんだが……。
「……気になるな」
それからどのくらい時が過ぎただろう。
「やっぱり気になる」
俊彦はビデオを一時停止にして洗面所の扉の前まで来た。とりあえずノックしてみる。
「おい志郎」
シーン……反応なし。
「おい聞こえてるんだろ?」
が、まるで反応なし。
「………まさか」
俊彦はドアノブに手をかけた。ガチャガチャ…鍵がかかってる。
「クソッ…!」


突然銃声がおき、ドアの取っ手から煙が昇っていた。
しかし、そんなことどうでもいい。 俊彦はドアを蹴り開けた。
「畜生!!このバカ、やりやがった!!」
そこにはリストカットして、床に倒れ込んでいる志郎が……!
「おい、志郎!!」
俊彦は志郎を抱き起こそうとした……その時!


一気に視界が回転するかのような錯覚に陥ったかと思うと、次の瞬間、天井が目の前に広がっていた。
そう、俊彦は床に叩きつけられていたのだ。
「……おい、どういうことだよ」
「ふーん、結構騙されるんだな」
志郎は立ち上がると「救急箱、救急箱」とスタスタと歩き出した。呆気にとられる俊彦を無視して。
しかし……数歩歩いてフラッと倒れた。


「おい、大丈夫か!?」
「……だるい」
「当たり前だ!!オレが来なかったらどうするつもりだったんだ!?
あのまま出血多量で死ぬつもりだったのか!?」
「……おまえがもっと早く来てくれたらよかったんだ。
……だから、おまえが悪い」
「……あのなぁ」
とにかくほかっておくわけにもいかないので俊彦は一晩中看病してやる羽目になったのだ。














「と、言うわけなんだ……もう、疲れたよ勘弁してくれ」
「それで俊彦。おまえ結局何が言いたいんだ?」
「……あ、あのなぁ……胸に手を当てて考えろよ!!」
「胸に手を当てて?……こうか?」


その瞬間を俊彦は一生忘れないだろう。


「……し、志郎……」
「どうした美恵 、顔色が悪くなってるぞ」


こともあろうに志郎は……。


「俊彦、おまえの言うとおり、胸に手を当てて考えた。 でも、やっぱりわからない」
「……お、おまえ……」
「おまえは嘘つきだ。全然わからないな。意味のないことを言うな、混乱する。
それにしても美恵 、どうしたんだ急に黙って?」


目の前にいた美恵 の胸に手を当てたのだ……。


「……バカッ!」
美恵 は泣きそうな顔をして走り去っていった。
「……俊彦、美恵 の様子が変だったな」
「………あぁ」
「おまえ何かしたのか?」
「何かしたのは、おまえだろうが!!」














――次の日・食堂にて――

志郎はジッと右手を見詰めていた。
「おい、どうかしたのか?」
攻介が様子がおかしい志郎を心配して声をかけてきた。
「不思議なんだ」
「不思議って?」
「昨日、俊彦に美恵 の胸に触れろと言われて触れたんだ」
……その瞬間、攻介だけでなく、その場にいた者全員が呆気に取られた顔で志郎を振り返った。
(もっとも晃司と秀明は、ほとんど無表情だったが)


「……おい、マジかよ」
志郎はコクコクと頷いた。
「本当に俊彦が揉めといったのか?」
「ああ、そうだ」


「ちょっと待てよ志郎ぉぉー!!」


俊彦が立ち上がっていた。 このままでは誤解では済まないことになる。
「騙されるな攻介、志郎が言っているのは真っ赤な大嘘だ!!」
「大嘘?……じゃあ聞くが触ってないのか?」
「……そ、それは」
「……触ったんだな……」
攻介は溜息をついた。
「見損なったぜ、純粋培養の志郎にセクハラを教えるなんて
……どうせなら、もっといいやり方教えてやれよな」
「だから誤解だって言ってるだろ!!」




美恵 が怒った」
俊彦と攻介はケンカを一時中断して志郎に視線をうつした。
美恵 が怒った。俊彦はオレが怒らせたと言った。
……晃司、秀明、オレが悪かったのか?」
「……志郎」
秀明は少し頭を押さえながら諭すように話し出した。


美恵 とおまえは姉弟みたいなものだ。だからといって何をやってもいいわけじゃない。
そういうことは配偶者でないとやってはいけないことなんだ。
そうでない相手、つまり非配偶者が女の体にむやみに触れたら大東亜共和国刑法第15条猥褻罪にあたる。
わかるか志郎?おまえがやったことは猥褻罪だ。
もしも美恵 が親告すれば50万円以下の罰金もしくは2年以下の懲役が課せられる。
つまり、おまえにそんなつもりはなかったかもしれないが、罪を犯していたんだ。
おまえは美恵 の配偶者じゃない。 配偶者で無い以上、女の胸部に触れるときは同意が必要なんだ。わかるか?」
「じゃあ、オレが美恵 に同意を求めなかったから怒ったのか?」
「ああ、そうだ。今度触る時は許可を貰ってからにしろ」
その会話を周囲の連中は呆気にとられた表情で聞いていた。
「どうしたら美恵 の機嫌はなおるかな?」
「素直に謝ればいいだろう。次からは一言断ってから触るんだな」
クールな表情で何て事を言うんだ晃司……俊彦をはじめ誰もがそう思った。


こいつら……程度の差はあるが、3人とも普通じゃない。


俊彦と攻介は溜息をついていた。
薫は「……美しくない。僕なら優しくしてやれるのに」と顔をしかめていた。
直人は俯いていた。どうやら赤面しているのを見られたくなかったらしい。
隼人は「しょうがない奴だな」というような表情で特に何も言わなかった。
晶は…少し笑いを堪えているようだった。
勇二なんかは無言で立ち上がったかと思うと、いきなり3人(特に晃司を)睨みつけて出て行った。
(確信したぜ、オレはやっぱり、あいつらは大嫌いだ! ……クソッ、胸糞悪い!!)




「それにしても不思議なんだ」
相変わらず右手を見詰めながら志郎は呟いていた。
美恵の胸の感触がなぜか忘れられない。オレはおかしいのかな?」
「……志郎、それは少しもおかしくないぞ。 むしろ男として正常な反応なんだ」
「そうなのかな?」
「ああ、安心したぜ。おまえも、そういう感情あったんだな……
ところで志郎、話がある」
「何の?」
「……ここじゃあ言いにくい。ちょっと顔かせ」
攻介は半ば強引に志郎を連れ出して中庭までやって来た。
そしておもむろに周囲に人がいないことを確認して……














「……どうだった?」
「?」
「……どうだったんだよ」
「何が?」
「チッ、じれったい奴だなァ……。決ってるだろ、美恵 の……アレだよ」
「胸の事か?」
「……ハッキリ言うなよ」
「柔らかくて大きかった」
「……そうか」
美恵 さえ良ければ、もう一度触れてみたい」
「……それは止めておけ。それよりオレがおまえを連れ出したのは警告しておこうと思ったからだ」
「警告?」
「いいか、この話は絶対に二度とするな。特に徹と雅信の耳には入れるなよ」
「???」
「食堂にあいつらがいなくて本当に良かったな。
いくら俊彦が触れと言ったのが原因だとしても、美恵 を熱愛しているあいつらにバレたらただじゃあ済まないぞ。
何しろ、あいつら美恵 の意志は完全無視して自分の女だと思い込んでいるからな。
それを他の男にセクハラされたなんてバレたら、どんな仕返ししてくるか……」




「オレが何だって?」




「おはよう徹」
あっけらかんとしている志郎とは対照的に攻介は蒼白い表情でゆっくりと振り向いた。
「……最初から聞いていたのか?」
「いや、ただ通りかかっただけなんだ。そうだな……」
徹は天使のような笑顔で言った。
「『胸のことか?』って辺りからかな」
「……ほとんど最初から聞いてたんじゃないか」
ますます青くなっている攻介を無視して徹は志郎の方に視線を移した。
「触ったんだ。オレの未来の妻の身体にオレに無断で」
美恵 が未来の妻?」
「ああ、そうだよ。志郎、一つだけ確認しておきたい」


「彼女の身体に触れと言ったのは俊彦なのかい?」
「ああ、そうだ」
「そうか」
徹はクルリと向きを変えた。
「おい!どこに行く気だ!!」
「急用が出来たんだよ」
そう言った徹の笑顔はいつにも増してにこやかだった。
しかし……目は全く笑っていなかった……。


数秒後、攻介が携帯を取り出し「死にたくなかったら、しばらく雲隠れしろ!!」と怒鳴っていたのは言うまでも無い。














美恵 ……すぐに会って謝りたかったけど、会えなかった
その間に君はどこかに転校してしまった。今日やっと会える
晃司と秀明はなるべく近寄るなというから話も出来ないけど

でも……オレは美恵 に会えるだけで満足だよ




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