ある所に、ごく普通(?)の男性がいました。
そして、普通とは違うかもしれない女性がいました。


二人は、ごく普通の出会いをし
ごく普通の恋愛をし
ごく普通の結婚をしました
唯一、普通でなかったのは……


お子様が、傲慢・高飛車・我侭身勝手・傍若無人なオレ様野郎・貴弘君だったことです。




Solitary Island外伝―杉村家の人々―




彼等は中学三年生。そう、文字通りの受験生。
貴弘も勿論例外ではない。成績には問題はなかった。
貴弘は優等生とは懸け離れた存在の分際で、通知表は4と5ばかり(それも5の方がずっと多い)という成績の持ち主。
しかし高校受験は筆記試験だけではない。 人格テスト・面接なるものもある。面接とは自分との戦い。
だが緊張という言葉は知っていても意味は知らないんじゃないか?
というくらいの心臓の持ち主・貴弘にとって面接も恐れるに足らず、と言ったものだった。


それは担任教師とのマンツーマンによる面接の練習の時だった。
「では杉村くん、君の尊敬するひとは誰ですか?」
待ってたぜ、その質問。 こういう課題は大抵誰もが親をだす、もちろん貴弘も例外ではなかった。
貴弘はこの世で最も偉大な女性である母の素晴らしさを熱弁したのだ。
ここまでは完璧だった。が!担任教師渡辺は次に貴弘が予期しなかったとんでもないことを言い出した。

「では杉村くん、次に……お父さんの素晴らしいところを答えてください」




「はぁ?」




「いつ食べても、おまえの手料理は最高だな」
「何言ってるのよ。あなたの作った漬物も最高じゃない」
貴弘の両親はすごく仲がいい。共働きなので家事も平等にやっている。
夕食も毎日二人で作っているし、理想の夫婦だろう。
が!貴弘はそんな両親をジィーー…と意味ありげに見詰めていた。
あの質問……貴弘は結局答えられなかったのだ。勿論、父にも長所はあるが……


『父の長所は優しいところです』
などと答えたら……
『はっきり言って、甘すぎるとしか言い様がないくらいです。あきれるくらいのお人よしです』
……と言ってしまいそうだ。

『父の長所は温厚で控え目なところです』
と言おうものなら……
『欲がなさ過ぎて出世できるかどうかも怪しいくらいです』
……とボロがでてしまうだろう。


母は貴弘の欲目ではなく本当に素敵な女性だ。
女優やモデル顔負けの美人で、頭もよくスポーツ万能。しっかり者で、すごく頼りになる。
母くらいの女性なら、もっと社会的地位や資産をもっている男に嫁げただろうに、どうして父を選んだのだろうか?
貴弘は時々不思議に思っていた。


「ん?どうした貴弘食べないのか?おまえの好物ばかりじゃないか。具合でも悪いのか?」
「父さん、一つ聞いてもいいかな?」
「何だ?」
「どういう手練手管を使って母さんのこと誘惑したんだよ?」














「……ゲ、ゲホッ…!!」
「ちょ…ちょっと大丈夫!?」
どうやらコロッケが喉に詰まったようだ。母が必死に背中を叩いてやっている。
「貴弘!おまえ、なんて事を言うのよ!!お父さんは真面目だけが取り得の男なのよ!!」
その後、貴弘は珍しく母からこっぴどく叱られた。
父は必死に庇ってくれたが、貴弘はベッドに入っても、その疑問を忘れることは出来なかった。
父は悪い人間ではない。むしろ善人だ。
見かけも、そう悪くは無い。背は高いし、強面だが精悍な顔立ちだとは思う。
でも母と釣り合うような絶世の美男子なんてガラじゃない。


そう言えば子供の頃、両親の馴れ初めを聞いた時
『そうね。あたしの方が最初に惚れたかもしれないわね』
母は懐かしそうに、そう語った。嘘を言っているようには見えなかったが、貴弘には今いち信じられなかった。
父が母に恋したのなら話はわかるが、母のほうが最初に惚れたなんて……。

「……わからないな。どこに惚れたんだろ」














次の日の国語の授業は作文だった。テーマは『家族』だ。
「じゃあ発表してもらおうか。根岸」
「はい」
根岸純平が元気よく立ち上がった。
「オレの親父は、息子のオレがいうのも何だけど、すごく気前のいい奴です」
(……ふーん)
貴弘は何気なく聞いていた。
「日曜日のことでした。母が『五千円あげるから尾行して浮気の現場おさえるのよ』と依頼してきたんです」

……クラスの雰囲気が妙に気まずくなった。

「そしてオレは決定的瞬間をとらえました。『やった、成功報酬ゲットだぜ!』と叫んだら、親父に見つかりました。
親父は『母さんから、いくら貰った?』と言うので『成功報酬含めると一万』と言うと親父は財布から五万出して
『これからも母さんの報酬の倍出すから』と言ってくれました。
おかげでオレは楽しい青春を送ることができます。これも全て親父のおかげ。ありがとう親父」




「……じゃ、じゃあ次は……三村くん」
「オレは父と二人暮しです。他に家族はいないので仕方ないから父のことを書きました。
でも、はっきり言って、父の何を書けばいいのか、さっぱりわかりません。
父とはあまり顔を合わさないし、ろくに会話も無いからです。
先週オレが学校から帰ったら珍しく『お帰り』と言ってきたので『ただいま』と答えてやりました。
3日ぶりの親子の会話です。五分後に父が半年前につくった恋人が怒鳴り込んできたので、オレは部屋に非難。
その後は修羅場でしたが、もう慣れました。父のおかげで真っ当な人生が一番だとしみじみそう思います」


ヤバイ……教師はそう思った。
クラスの雰囲気が異常に重い……何とかしなければ!
教師は優等生を指名することにした。




「じゃあ次は立花くん」
「僕の父は、ある上場企業の社長です。
先代、つまり祖父が一代で築き上げた会社をさらに繁栄させようと必死になっている父を僕は……」
『とても尊敬しています』
そんなお決まりな言葉が続くことだろう……が!
「とんでもない愚か者だと思ってます」

クラス中にピシッと亀裂が入った……。

「はっきり言って僕の父は社長の器ではありません。親の残した地位と財産にしがみつくことしかできない小者です。
祖父が築いた会社も、あのバカが跡取では、この不況を乗り越えられるのか、とても心配です。
そんな甲斐性無しのくせに、女遊びだけは一人前にやっているのだから大したものです。
父のおかげで銀座の女性は大いに潤いました。僕の母もその一人です。
母は父の4人目の愛人だそうですが、父には僕の他にも隠し子が……」


「ス、ストップ!!立花くん、それ以上はぁぁ!!」
「あれ?いいんですか?」


(……世間の父親って、みんなああなのか?)
貴弘は母が父を選んだことに何となくだがわかったような気がした。
(そう言えば内海の親父は家族捨てて蒸発したっていうし、仁科の親父は最低最悪だからな……)
「杉村くん、どうしたの?」
貴弘の様子に隣の席にいた女生徒が心配して声をかけてきた。
「……ん?ああ何でもないよ天瀬」
美恵 は貴弘の恋人(貴弘の予定では近いうちにそうなるはず)だ。

(オレと天瀬なら美男美女カップルだけど……やっぱりわからないな。うちの両親アンバランスじゃないのか?)














「ただいま」
「「お帰り貴弘」」
「あれ?お客さん?」
玄関に見知らぬ靴が一足ある。誰だろう?
「よう、久しぶりだな」
それは貴弘の父の昔の友人だった。 二年前、一度会ったことがある。
友人の来訪が余程嬉しかったのだろう、父は珍しく酒を飲み、夜がふけてきた。


「じゃあオレはそろそろ帰るよ」
「駅まで送るよ」
貴弘は親切な態度にでた。普通なら、こんなことはしない。家から数百メートル離れた場所で貴弘は切り出した。
「おじさん、親父たちが結婚する前からの友達なのか?」
「…そうだな、かれこれ中学生の時から約20年だからなぁ」
「だったら一つ聞いていいか?」
「オレが知ってることなら何でもいいぞ」
「どういう経過で、あの消極的な親父が母さんみたいな美人をモノに出来たんだよ?」
「…………」
父の友人――仮にA氏としておこう――はくわえていた煙草を思わず落としてしまった。




「と、言うわけなんだよ。母さんなら、もっとハンサムで金持ちの男と結婚できたのに」
「……なるほどなぁ…。確かに、おまえの両親は一見アンバランスかもしれん。
でもなぁ、オレから言わせたら実は似たもの夫婦なんだぞ」
「はぁ?あんた、まだ酒が残ってるのか?」
(……相変わらずかわいげのないガキだな)




A氏は思い出していた。二年前の空手大会のことを。
A氏は貴弘の父に招かれ見にきたのだ。どうも自慢の息子を見せびらかしたいらしい。
「で、おまえの息子ってのは、どういう人間だ?」
「……そうだな、すごくイイ子だぞ。優しくて思いやりがあって。おまけにブラッド・ピットやトム・クルーズも真っ青な美男子だ」
「……おい、それはただの親の欲目じゃないのか?」
「オレの欲目?なあ、貴弘は日本一の美男子だよな」
貴弘の父は、隣の席に座っている妻に同意を求めた。
「何わかりきった事言ってるのよ。うちの息子以上の男が存在するわけないでしょ」
「そうだよな」
(……こいつら、とんでもない親バカだな)


「ところで杉村。その息子、貴弘っていったよなぁ。
どっちに似たんだ?母親か?それとも、おまえに似たのか?」
「多分オレだと思うが」
(……こいつ、思ったより図々しい性格だったんだな。自分に似たから美男子だなんて)
と、ここで選手入場。
「見ろよ、あれがうちの息子だ」
「……ふーん、あの強面の奴か?」
「違う!あんなのと間違えるな。その隣にいる方だ」
「隣の奴……って、おい!おまえ嘘つくなよ!どこが、おまえに似てるんだ!? どう見ても母親似じゃないか!?」
「そうか?」
「まさかとは思うが性格も母親似じゃないだろうな?」
「……どういう意味だ」
「……い、いやだから、もしも母親似だったらドギツイ性格なんじゃないかと……」
「うちの息子は絵に描いたようなイイ子だぞ」
「……そ、そうか……それならいいんだが」




貴弘は順調に決勝まで勝ちあがった。決勝戦の相手は去年の全国チャンピオンだ。
「おい、おまえ」
貴弘はスッとその相手を指差して飛んでもないことを言い放った。

「おまえの時代は終わった。理解できたか?『元』チャンピオン」

……シーン……

「……おい、あれのどこがイイ子なんだ?」
「自分の意見を相手にはっきり伝えただけじゃないか」
「そうよ。どこに問題があるのよ」
(……こいつら、やっぱり親バカだ)


相手は、かなり激怒している。当然だろう。
「ふざけやがって!!運良く決勝まで残っただけでいきがるんじゃねえ!!」
「全く……弱い犬ほど、よく吠える」
「な、何だとぉ!?」
「異論があるなら実力で証明して見せろよ『元』チャンピオン。安心しろ、すぐに終わらせてやる」

……シーン……

「……おい、もう一度言うが、あれのどこがイイ子なんだ?」
「相手が熱くなりすぎているから、たしなめてやってるだけじゃないか」
「そうよ。どこにも問題はないわ」
(……こいつら、究極の親バカだ)




結果的に貴弘は、その相手を十数秒で倒し最年少チャンピオンの座に輝いた。
司会者がマイクを向け「勝因はなんでしょうか?」とお決まりの言葉を綴っている。
普通なら、「ここまで支えてくださった両親や先生たちのおかげです」という殊勝なセリフがでるだろうが――。
なんと貴弘は、いきなり司会者からマイクを取り上げとんでもない一言を放った。


「母さん、結婚記念日おめでとう」

……シーン……


A氏は開いた口が塞がらなかった。

……おい、何なんだよ。あのガキは。


「あの子ったら」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


……おまえたち、子供の育て方に疑問は持たなかったのか?









「……フゥ…」
A氏は煙草の煙を吐きながら、こう言った。

「とにかく、おまえの親は常人には理解できない強い絆で結ばれてるんだ」
「……フーン、そんなものか?」
「……ああ、絶対に常人には理解できない」


「……絶対にな」




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