「おはよう」
明るい声。その明るさと優しい人柄でクラスメイトたちに愛されている。
その名は天瀬美恵。
「おはよう美恵」
そして美恵に挨拶を返した女生徒の名前は貴子。
学校一の美人と名高いが、そのきつい性格が災いしてクラスメイトたちからは遠巻きに見られていた。
友達といえば幼なじみの杉村と隣のクラスの北沢かほる。そしてこの美恵だけだ。
「おはよう天瀬」
その声に貴子の神経はピクッと反応した。
「おはよう新井田くん」
声の主は貴子白く史上最悪の男・新井田和志。
かつて貴子は新井田にこともあろうに付き合っているなどという噂を吹聴され散々嫌な思いをした。
もっとも杉村が新井田のやり方に激怒して、新井田を呼出し話をつけてからはそんな噂もすぐに消えたが。
あれから二年、今度は貴子の親友美恵にちょっかいを出していたのだ。


あなたはわたし


「ああっ!!本当に腹たつわっっ!!」
「貴子、落ち着いて」
「落ち着いてあられるわけないでしょ!!あの最低男、今に目にものみせてやるわ!!
本当にあの馬鹿死んでくれたらいいのに!!」
「言い過ぎよ貴子」
「あんたの身を守る為なのよ!!」
「そんなことより杉村くんとはどうなっているのよ」
「弘樹?」
「そうよ。ああ見えて杉村くん、結構カッコイイし、ぐずぐずしてたら他のひとに横取りされるわよ」
「何を言っているのよ。あいつはただの幼馴染みよ。それより、あんたこそどうなっているのよ」
「ど、どうって?」
「本当にいいの?」
「うん。私、和雄のこと好きだから」
美恵には好きなひとがいた。そのひとに告白され三ヶ月前から付き合っている。
もっとも、そのことを知っているのは親友の貴子だけだ。
「まあいいわ。あんたが幸せなら」
「よかった貴子にそう言ってもらえて。あ、授業始まるよ。早く教室に帰ろう」
「そうね」
二人が急いで廊下を曲がったときだった。
ドンッ!!!……衝撃が二人を襲った。
「……いたーい。どこ見て歩いてるのよ!!」
「ご、ごめんなさい」
「何言ってるのよ。そっちこそちゃんと前見なさいよ」
三人はお互いの顔を見た。
「「「どうして私(あたし)がそこにいるのよ!!!!!」」」




本当に……どうしてこんなことに。
「もう二人とも暗すぎるわよ。前向きに考えなさいよ」
「「どうしてそんなに落ち着いていられるのよ!!」」
うなだれる貴子と光子。反対に平然としている美恵。
「それにしても美恵って結構着痩せするタイプだったのね」
「な、なんてこと言うのよ!!」
貴子が真っ赤になって抗議している。
「でも何とかしないと。三人で知恵を絞るのよ」
光子が冷静に切り出した。三人とも随分と性格が変わっている。
いや……違う変わったのは性格ではない、外見のほうなのだ。
つまり何と言う運命のいたずらか、あの時ぶつかったショックで三人の中身が入れ代わってしまったのである。
美恵は貴子に、貴子は光子に、そして光子は美恵にという具合だ。
「そうだ!!月岡くんに相談しましょう。ああ見えて彼凄く物知りで頼りになるのよ」
ところが、その頼みの綱の月岡は三村を追い掛けてどこかに行ってしまい姿が見えない。
仕方ない、こうなったら暫くこの姿で我慢しよう。
中身が入れ代わったなんて言っても誰も信じないし、話がややこしくなるのであくまでも本人のふりをして。









「貴子、貴子」
(え?あ、ああそうか……私が貴子だったんだ)
貴子らしくふるまわければ。美恵は決意した。立派に貴子を演じきろうと。
「な、なあに杉村くん……じゃなくて、ひ……」
でも、やっぱりいきなり呼び捨てなんてテレてしまう。
「……ひ、ひ……ひろ……」
「どうしたんだ貴子、顔が赤いぞ」
「何でもないわ……弘樹」
真っ赤になりながらも何とか言えた。
「…………」
「どうしたの弘樹?」
「……いや、何だかいつもと感じが違うな」
ギクゥ!!どうして完璧だったのに!?何とかごまかさないと!!
「あ、あの弘樹……そ、その……」
「貴子」
杉村の手が美恵の頬に添えられた。
「……え?」
こ、この雰囲気は!!
「動くなよ」
杉村の顔が近づいてくる。
(な、何よ貴子!ただの幼馴染だなんて言ってたけど、やっぱりそういう仲だったんじゃない!
ど、どうしよう!このままだと和雄以外の男にキスされてしまう。そんなの……)
そんなの……。


「嫌ぁぁぁーーー!!!!!」


美恵は反射的に杉村を突き飛ばし走り去っていた。
「……嫌?」
シリモチをつき、呆然と美恵の後姿を見詰める杉村を残して。









「本当に今日はついてないわ」
溜息をつく貴子(外見は光子)の背後から「相馬、相馬」とねちっこい声がした。
(そうか、あたしは今は光子だったんだ)
振り向くと陰険教師・坂持が辺りを気にしながらたっている。
「何の用ですか?」
「やっと手にいれたんだよ、例のバイト用の制服。だから今から先生と一緒に来てくれ」
「バイト?何の話?」
「とぼけないでくれよ相馬~。先生とマンツーマンでメイド喫茶ごっこしてくれるって約束だろ。お小遣はずむから」
光子!あんた、どういう商売してるのよ!
「ほら素敵だろ、このフリフリメイド服。ささ、脱いで脱いで」
「ちょっと触らないでよ!誰がそんなもの着るものですか!」
「何を今更!先生は嘘をつく子は大嫌いだぞ!」
「嫌いで結構。絶対にごめんよ!」
貴子は坂持に蹴りを入れると猛スピードで逃げ出した。










「……熱を計ろうとしただけなのに」
子供の頃からやってることじゃないか。額同士を接触する方法は。
それなのに嫌だなんて。なぜ貴子は急に態度が変わったんだ?
もしかしてオレのこと嫌いになったのか?
杉村は学校の裏庭で落ち込んでいた。
「杉村どうした?」
ちょうど彼女との別れ話を裏庭で終えた三村が杉村を見つけやってきた。
「何落ち込んでるんだよ。オレに話してみろ。人生経験豊かなオレに」
確かに三村は人生経験が豊かだ。
「……実は」
杉村は全てを話した。
「どう思う?」
「おまえ千草の気に障ることしたんだろ。たとえば不純異性交遊とか」
「馬鹿な!オレはおまえとは違う!」
「それもそうだな」
しかし杉村が築き上げた信用を一気ちぶち壊す出来事が起きた。


「弘樹ー!!!」
「「え?」」
杉村を名前で呼ぶ女など一人しかいない。貴子一人のはずだ、だが…。
「「そ、相馬ぁ?!」」
猛スピードで走って来たのは光子。あの相馬光子だったのだ!
「助けて弘樹!」
光子は杉村に縋りついた。
「え?」
「ど、どういうことだ杉村!おまえたち、いつから名前で呼び合う仲になったんだよ!」
「ま、待て三村!オレには身に覚えがないん……」
「何わけのわからないこと言ってるのよ三村。あたしと弘樹は昔からこういう仲じゃない!」
「な、なん……」
三村が『なんだって』と叫ぼうとした時だった。


「なんですってぇぇぇーー!!!!!
杉村くんが光子ちゃんのヒモだったなんてーー!!!!!」



近くの茂みからビデオカメラを持った月岡が飛び出した。
「月岡、もしやバッチリ撮ったのか?!」
「もちよ三村くん!」
「でかした月岡!杉村、後は任せておけ!」
「み、三村?」
「千草が不機嫌だったのは、おまえが相馬とできてたからヤキモチ妬いてたのさ。
だが、おまえたちが公認のカップルになれば、いくらあいつでもイチャモンつけないだろ。
行くぞ月岡、新聞部に直行だ。レッツゴーっ!!!」
「OK!」
二人は風のように去って行った。


「相馬どうしてくれるんだ!三村の奴すっかり勘違いして……ん?」
それは幼馴染みの直感だった。
「た……貴子?」
「そうよ」
「な、何で相馬に?」
「色々とわけありでね。まずは変態教師坂持を殺ってちょうだい」
「わ、わかった」
杉村はメイド服を持って追い掛けてきた坂持に必殺技を食らわし井戸の中に捨てると貴子から詳しく事情を聞いた。
「そんな事情があったのか」
「だから今はあたしは美恵なの」
「よかった。オレおまえに嫌われたかと思ったよ。じゃあ相馬は今は天瀬なんだな?」
「そうよ」









「あーあ、本当にまいったわぁ」
光子(外見は美恵)は屋上で溜息をついていた。
「今夜はパパと会う約束してたのに。総裁選で忙しいから滅多に会えないのに」
「誰と会うんだ?」
背後から低くはないが威厳のある凛とした声が聞こえた。
「あら桐山くん」
「二人っきりの時は名前で呼ぶ約束だろ美恵」
「え?」
美恵……あ、あんた桐山くんと付き合っていたのね!
「どうした美恵」
「な、なんでもないわ和雄。それよりも…あたしダイヤの指輪が欲しいわ」
「いくつだ?」
光子の口の端が微かに上がった。
「……10個でどう?」
「それだけでいいのか?」


イヤッホーー!!!!!









「戻る方法はあるのか?」
「あったらとっくに戻ってるわよ」
「それもそうだな」
杉村はどうしていいかわからず貴子の肩に手をおいて「元気だせよ」と型通りの言葉をかけることしか出来なかった。
「す、杉村大変だあ!」
「七原?」
七原が猛スピードで走ってくる。
「杉村……え?な、何で相馬と?」
「ちょっとな……それより何があったんだ?」
「そ、それが……美恵さんと千草が」
自分の名前を出された貴子は何事かと七原を凝視した。
美恵さんと千草が桐山を巡って争ってるんだ!」
「何ですってぇぇ!!!!!?」









「ねえ和雄、あたし何でも買える魔法のカードが欲しいな。ね、いいでしょ?」
「ああ、構わない。オレのゴールドカードでいいか?」
「和雄大好き!」
桐山に抱き着く美恵(実は光子)を見て、二人が付き合っていることを全く知らなかったクラスメイトたちはただただ驚愕していた。
「和雄にベタベタしないで!」
自分の恋人が(いくら肉体は自分のものとはいえ)他の女に付き纏われて黙っていられる女などいない。
美恵も例外ではなかった。
「和雄は私の彼氏よ、触らないで!」
教室の温度が一気に下がった。
「千草、オレはおまえと付き合っていたのかな?」
「違うの和雄。その私は私じゃなくて」
「言っている意味がわからないな」
「とにかく私を信じて!」
桐山はその形のいい顎に拳をつけたポーズで考えている。
そして突然立ち上がると光子(外見は美恵)を抱きしめた。教室に黄色い声があがる。
「……違う」
謎の言葉を呟き今度は美恵(外見は貴子)を抱きしめた。
「……美恵?」
「……わかるの?」
「ああ」
またしても黄色い声が。
「抱いてみればもっとわかる。今すぐ保健室に行こう。ベッドはあそこしかないからな」
「え?」
今度は黄色い声はなかった。代わりに驚愕の悲鳴が。
「ちょ……ちょっと待って和雄」
「どうした?いつもやっていることだろう。
安心しろ、いつも言っている通り子供が出来てもきちんと責任はとってやる」
桐山が美恵の手を引いて歩きだした、その時。


「冗談じゃないわよ!それはあたしの体なのよ!」
杉村を引き連れた貴子(外見は光子)登場。
「相馬、オレが誰と寝ようと、おまえには関係ないんじゃないかな?」
「大ありよ!第一あんた美恵の外見違うのによくそんなマネできるわね!」
「魂さえ美恵なら、オレは入れものなんて気にしない」
「あたしは気にするのよ!」
教室中がざわめいた。
「お、おい……どういうことだよ?」
「よくわからないけど、天瀬と桐山さんが付き合ってるってことだろ?」
「でも千草ともそういう関係ってことか?」
「おまけに千草との交際を相馬が大反対……つーことは相馬とも?」
B組始まって以来のスキャンダルに教室中は騒然となった。
「待ってよ。勘違いしないで!!」
「そうよ。美恵のいう通りよ。もとはといえば、光子、あんたのせいよ!」
「言い掛かりよ」
「あんたが金目当てで余計なことするからじゃない!」
「や、止めろよ!」
よせばいいのに熱血青少年・七原が争いの輪に飛び込んでいった。
「ケンカはよせよ。なんならオレがまとめて相手してやろうか?オレ、悪くないと思うぜ」
よせばいいのに熱血性少年・新井田がしゃしゃりでた。


「「「うるさいわよ!」」
もみくちゃ状態。
「どうして皆殺し合うんだよ!」
ケンカを止めようとした七原。
「あ」
その七原が足をつまずいた。そしてダンゴ状態の美恵たちに激突。
全員、床に倒れてしまった。
美恵!」
「貴子!」
駆け寄る桐山や杉村たち。
美恵、大丈夫か?」
桐山は美恵(つまり外見は貴子なわけで)を抱き上げた。
「……あたしは美恵じゃないわよ」
「……違う。美恵じゃない」
さっきは確かに貴子の中身は美恵だった。でも今は違う。
桐山は今度は美恵(先ほどまでは光子だった)を抱き抱えた。
「……美恵だ」
直感でわかった。
美恵だ。元に戻ったんだな」
美恵を抱きしめる桐山。
「え?じゃあこの貴子は?」
脳震盪を起こした貴子(外見は光子)を抱き抱えていたつもりでいた杉村は青ざめた。


「あたしに決まっているじゃない」
「そ、相馬ぁ?!」
「弘樹、あたしはこっちよ」
振り返ると貴子が立っていた。
「た、貴子……本当に貴子なのか?」
杉村はじっと貴子を見詰めた。
「貴子だ…確かに貴子だ!よかった元に戻ったんだな!」
なぜ突然元に戻ったのかはわからない。
しかし七原がぶつかってきて元に戻った。おそらくぶつかったショックのせいだろう。
「ありがとう七原!」
杉村は歓喜のあまり七原を抱きしめた。
「ぎゃぁぁーー!!男にハグされたぁーー!!!」
「……七原?」
「おえええーー!!!」
な、なんだ?明らかにいつもの七原と違う。
「何が七原だ、オレはハンサムボーイ新井田様だっっ!!」
「……え?」
どうみても七原……でも新井田。と、言うことは。
杉村は恐る恐る新井田を見た。
「……七原?」
新井田(少なくとも外見は)は無言で頷くとその場に泣き崩れた。
「……ま、まあ災難だったな。でも貴子たちは元に戻ったんだからハッピーエンドかな?」
メデタシメデタシ。









――次の日――

「……こ、これは」
学校の掲示板の前で呆然と立ちすくむ杉村。
『スクープ!相馬光子熱愛発覚!』
などというゴシップとしか思えない見出し。そして光子と杉村のツーショット写真。
追い打ちをかけるように三村のコメントまで記載されている。


杉村氏の友人・三村氏語る。
『二人はすでに将来を誓った仲なんだぜ。何?どこまで進んでいるかって?
もちろんラストまでぶっちぎりに決まってんだろ。
ま、そういうわけだから全校生徒で応援してやろうぜ』



杉村は崩れるように、その場に膝をついた。
「よお杉村」
ポンと肩に手が置かれた感触を感じ杉村はゆっくりと振り向いた。
「どうだオレのコメントは?」
「……三村」
「礼ならいいぜ。オレたち友達だろ。これくらい朝飯前だ。
必要とあれば、またいくらでも新聞部のインタビューに答えてやるからな」
――杉村の悲劇は始まったばかり。


END


BACK